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遠子の謎 1

 それから特に異世界からの襲撃もなく、平穏に数日が過ぎた。


遠子とおこキック!」

「うわっ、あぶね!」

「それって、ただ普通にキックしてるだけじゃない」

「おはよーございます……って、何やってんの?」


 ミーティングルームに入った祥太郎しょうたろうが目にしたのは、防具をつけたさいと遠子が対峙している姿だった。

 その隣には扇を構えたマリーが行司のように立っている。


「遠子さん、マリーちゃんに馬鹿にされたのが悔しくて、何か必殺技を考えてるみたい」

「遠子ファイヤー!」

「ちょ、え? 待って!? おわっ!?」


 今度は気合とともに彼女の手のひらから出た炎が、才の体を包み込んだ。


「それはねぇ、ここの仕事向きじゃないし」


 マリーが言って扇をパタパタとやると、その火はあっという間に小さくなって消える。

 あらかじめ張られていた結界のおかげで、床や壁が焦げるということも全くない。


「……ああ、わかってても心臓に悪い」


 もちろん才も無傷である。彼は床にへなへなと座り込み、大きく息を吐いた。


「理沙ちゃん。マリーが言った『ここの仕事向きじゃない』ってどういう意味?」

「ここの仕事って、あくまで異世界の人を追い返すのが目的だから、殺傷能力があるものは向かないんですよね。侵略する気もなく、話し合いが出来る人たちであれば、交流が生まれることもあるんですよ」

「へぇ……」

「いま、少しここの仕事、見直したでしょう?」

「……まあ、少しはね。だけど遠子さんなら、僕と同じようなことも出来そうだけどなぁ。物体置換なんて、かなり高度な技だと思うし」

「ブッタイチカン?」

「缶コーヒーと薬草スープのすり替え」

「ああ、なるほどー」

「コーヒーもスープも、数をなして襲ってきたり、逃げ回ったりはしないからね」

「うわっ、マスターいたんですか。ビックリした」


 驚く二人を見て、マスターは楽しげに目を細める。


「それなら、ずっと易しくはなるだろう?」

「ああ……まあ」

「遠子君は各々のレベルはそれほど高くはないんだが、器用に何でもこなせるからね。だから、サポートを担当してもらっている」

「へぇ」


 そう言われれば納得するしかない。理沙も何も言わなかった。


「ところで……そろそろやめて貰っても良いだろうか」


 マスターの声に、何故か掃除用具で戦っていた三人は、ぴたりと動きを止める。


「試合終了! 今のは私の勝ちよね」

「違うわよ! 絶対に、わ・た・し!」

「俺だろ俺!」

「皆に客人を紹介するよ」


 揉めている三人は無視して、マスターは手で隣を示した。しかし、そこには誰の姿もない。

 皆がいぶかしげな顔で見守る中、彼のズボンの裾から、小さな空色の物体がひょっこりと出てきた。


「あっ!」

「ああっ!」


 祥太郎と理沙が同時に声を上げると、羽の生えた象は怯えたようにまた姿を隠す。  


「ミリソーニルのアリアマネ大使だ」


 象は、また恐る恐るといった風に出てきて、ぺこりと頭を下げた。


「アリアマネさんですかー。よろしくお願いしますね!」

「へぇ、本当に交流ってあるんだ」


 笑顔で象に近づき、長い鼻と握手する理沙を見て、祥太郎は不思議な気持ちになる。つい先日戦っていたことが嘘のようだ。


「ま、圧倒的な力の前には、屈服するしかないわな」

「才くんは特に見せつけてないでしょ。アリアマネちゃん――アリーちゃんね。よろしく」


 遠子が笑顔で近づき、手を差し出す。

 大使アリーは、最初こそ緊張した様子を見せたものの、やがて嬉しげに長い鼻先で彼女の手のひらをぺしぺしと叩き始めた。


「その呼び方、わたしとカブるからやめない?」

「大使はしばらく、こちらに滞在なさるそうだ。まずはアパート内や周辺を見てもらおうかと思っている。君たち、頼むよ」


 マスターは皆の様子に満足気にうなずくと、返事を待たずに部屋を後にする。


「私も、ちょっとお出かけしてこようと思うから、みんなよろしくね」


 遠子もそんなことを言いつつ、さっさと部屋を出て行った。


「トーコがまた逃げたわ。まったく二人とも、面倒なことはすぐ押し付けるんだから!」

「じゃ、俺もこれで――」

「サイは手伝ってくれるわよね?」

「え、あ、まあ……」


 ぶつぶつ文句を垂れるマリーの脇を通り抜けようとする才の腕は、がっしりと掴まれる。

 様子を静かに見守っていたアリアマネは、明らかにしょんぼりとうなだれた。


「あのね、みんなアリーちゃんのお世話をするのが嫌ってわけじゃないんだよ。用事があって……」

「ちょっとリサ、その呼び方定着させるのやめて!」

「まあまあ、名前くらい大目に見ようよ。嫌ならマリーはフォンドラドラのほうで呼べばいいわけだし」

「フォンドラドルードよ! それに何故わたしのほうが変えなきゃならないの!?」

「とりあえず、アパートの中を案内すればいいのかな?」


 アリアマネは嬉しそうに羽を動かして浮かび、理沙の肩へとちょこんと座る。


「ふふ、かわいい。じゃあみなさん、行きますよー」

「いいなー、俺も小さくなって理沙ちゃんの肩に乗りたい」

「気色悪いこと言ってないで、わたしたちも行きましょう。ショータローも」

「うん」


 部屋から出ると、廊下の先に、エントランスへと向かう遠子の姿が見えた。途中すれ違ったスタッフと、何やら立ち話をしている。


「遠子さん、どこに出かけるんでしょうかね? ほらアリーちゃん、出かける遠子さんだよー」

「ブモォー」

「リサ、それ紹介する必要ある? というかその象、ブモォーって言ったわよ」


 その間に遠子は話を終え、再び歩き出した。


「……何だか遠子さんって謎だよなぁ。おっとりしてるんだけど、神出鬼没しんしゅつきぼつだし」

「そうなのよね。トーコとはそれなりに付き合いが長いはずなのに、良く分からないことが多いの。――そうだ! いい機会だから、探ってみましょう」

「探るって……もしかして、後をつけるってこと?」

「ええ」


 彼女は驚く祥太郎にうなずく。


「うーん、それっていいのかな……だけど確かに気にはなるよな。じゃあ、どうやって探る?」

「誰かが小型カメラをつけて追うのはどうだ? 残りのメンバーは、モニタでチェックする」


 才はノリノリで持っていたアタッシュケースを開き、そこから指先ほどの大きさの機器を取り出した。

 ケースの内側半分にはモニタが取り付けられているのが見える。


「盗撮用か」

「データ収集用だよ! ――それで、誰が行く? 俺はこれの操作があるからな」

「……あたし、尾行って苦手なんですよね。音もなく近づいて攻撃していいなら大丈夫ですけど」

「遠子さんが、男が入れないような場所に行ったら困るし、僕も無理だな」


 すると、一同の視線はマリーへと集まった。


「わ、わたし? イヤよ。ドレスだって目立つし、汚れちゃうし」

「そこは着替えればいいじゃん!」

「着替えてる間に出て行っちゃうわ。それに、わたしだって向いてないもの」

「攻撃しちゃう理紗ちゃんよりは、向いてないマリーちゃんのほうがきっとマシだって!」


 祥太郎と才が説得を試みるが、彼女は中々首を縦に振らない。

 ここでグズグズと時間をかけていたら、遠子を見失ってしまいそうだ。


「そうだ! アリーちゃんにお願いしたらいいんじゃないですか? 体もちっちゃいし、空も飛べるし、適任だと思います!」


 今度は視線が理沙の肩へと集まる。


「ブ、ブモォ……?」


 まさか自らに矛先が向くとは思っていなかったアリーは、おろおろとそれを見返した。

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