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嵐のあとに 3 

「あいつは協力的だった。しかし、本来の力を隠しながら生活するには、いくつか問題があった」


 源二げんじはどこから出したのか、缶コーヒーを一口飲むと、マズそうに顔をしかめる。


「まず、どんなに力を抑えたとしても、分かる者には分かる。そのリスクを減らす必要がある。それからもう一つ。バレた後のことも、あいつは心配した。(かくま)ったことが明るみに出れば、私たちの立場も危うくなるからと。だから何重もの仕掛けで力を抑え込み、管轄区(かんかつく)の周囲を覆う結界にも細工をした」

「結界――もしかして、それで『レディ・サウザンド』も?」


 マリーの脳裏に、見えない壁と格闘する女の姿がよみがえった。源二は頷き、足を組み直す。


「対魔女用結界だからね。『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』が創り出した幻影にそういった属性が反映されることも新たな発見だったが、とにかく被害が拡大せずに済んだ。あいつがどこまで予測していたのかは知らないが」

「トーコが管轄区の外に出ようとしなかったのは、そういうことだったのですね……」


 出かけようと誘っても、彼女はいつも、のらりくらりとかわしていた。

 おっとりとした笑顔の中に沢山の秘密を抱えていたことを、こんな形で知ることになったのは、寂しくもある。


「当時――もう30年以上も前の話になるね。源二が考案した『アパート』の計画も最終段階に来ていた時、私達は彼女と出会ったんだ。というより、『発掘』してしまった」

「発掘?」


 そこでようやく術を解いてもらったさいが、少し控えめに会話へと加わった。マスターは過去を懐かしむような目をしながら頷く。


「そう、アパート建設の前に、この土地を調査していてね。そうしたら埋まっていたんだよ、彼女が」

「埋まっていた……封印されていたということなのでしょうか?」


 マリーの問いに、マスターは腕組みをする。


「確かに、彼女は魔力の(まゆ)に包まれた状態ではあったが、誰かに封印を施された訳ではないだろうね。まるで……冬眠しているかのようだった。私はすぐに源二を呼び、周囲に被害が出ないように結界を張らせたんだ。明らかにただ者ではなかったからね。慎重に掘り起こして、繭を()がしていったところ、彼女は目覚めた。そして言ったんだ。『鳴原君(なりわらのきみ)と申します』と」


 彼は一呼吸おいてから、言葉を続けた。


「驚いたよ。磋和国さわのくに消失後、行方をくらましたと言われ――そもそも、どこまでが真実か分からないような伝説の存在が、目の前に突如(とつじょ)、現れた訳だからね。でも不思議と恐怖や、身の危険は感じなかった。どこか諦めたようにたたずむ彼女の顔は、今でも忘れられない」

「ま、それで私達も放っておけなくなってしまったのさ。だからこのアパートのデザインを大幅に変更し、匿うことに決めた」


 大袈裟(おおげさ)な身振り手振りで話す源二と、穏やかに語るマスター。対照的な二人が、実は長年の友人だったことは、才ですら知らなかったことだ。


「そんで? ダチ同士知らんぷりして、遠子とおこさんとも仲悪いフリして……まぁ分かんなくもねーけど、アホくせ」

「別にあらたとは知らんぷりしていた訳ではないがな。立場の違いというものがある。お互い忙しいし、仕事でしか会う機会もない」

「マスター、アラタって名前なんですか?」

「そうだよ。坂崎新さかざきあらた


 初めて知る事実に、驚く祥太郎しょうたろう。周囲を見回すと、皆きょとんとしている。


「えっ、みんな知ってたの? 『マスター』はコードネームみたいなので、本名は秘密とかじゃないの?」

「ショータロー、知らなかったの!? 書類とか、責任者の所にも名前書いてあるじゃない!」

「い、いや……そういえば、見たような見なかったような……。でもさ、最初に会った時も名乗らなかったし、みんなマスターマスターって呼んでるじゃん」

「すまないね、祥太郎君。どちみちマスターって呼ばれることになるし、そのうち分かるから良いかと思ったもので」

「うわっ、まさかのドクターと同類……!」


 ショックを受ける祥太郎に、笑いが起きた時――アパートが、大きく揺れた。


「地震……!?」

「……じゃないですね」


 その断続的な揺れは、もっと別のものに似ている。


「何だか、工事してるみたい」

榎波えなみくん、正解だ」

「はい?」


 理由を知っているらしい源二に、注目が集まる。その間にも、頻繁(ひんぱん)に部屋が揺れた。


「アパートの修復が始まったんだよ。私はそのために来たからな。しばらく揺れ続けるが、夜までには終わるから、居住棟(きょじゅうとう)も各自の部屋も使ってもらって構わない」

「修復って、誰がしてるんですか?」

「勝手に」

「自動ってことですか!?」

「そうなるね」


 彼は目を丸くする理沙へと、ウィンクで応える。


「といっても、ここに来る前に必要なポイントに行って、術を発動させた訳だが。……では、そろそろ帰るとしようか。見送りは結構。よい週末を送りたまえ」


 そう言って服を整えると、足早に部屋を出ていく。皆、挨拶(あいさつ)をすることも出来ず、ぼんやりとその背を見送った。


「自動修復って……どういうシステムなんだよ」

「俺に聞かれても知るかよ」

「アパートを建設する時に、あらかじめそういう術を組み込んでおいたんだね。破損時に修復しやすいようにと。何が起こるか分からないしね」

「マスター、さらっと言いますけど、大変な術ですよ?」

「仕方ねーよマリーちゃん。あのジジイ天才だし」

「人一倍の努力家でもあるけどね」

「知ってまーす。ガキのころは一緒に住んでたし。あーあ、ムカつく」


 特にいつもと変わらぬ口調で言いながら、才はミーティングルームを出ていく。


「才、どこ行くんだよ?」


 祥太郎が声をかけた時には、もうドアは閉まっていた。


「……触発されたかな。仕事でも探しに行ったんだろう。まったく、素直じゃないね。二人とも」


 マスターは笑って、自らも支度をし、扉へと向かう。


「今のところ頼みたいことはないし、君たちは自由にしてもらって構わないよ。――ああ、食堂の稼働は明日以降になるだろうからよろしく」


 パタンという音と共にマスターの姿が消えると、祥太郎とマリーは、何気なく隣を見た。


理沙りさちゃん、何やってんの?」

「リサ、どうしたの?」


 思わず同時に声が出て、顔を見合わせる。


「うーん……」


 理沙は眉根にしわを寄せ、壁をじっと見ていた。


「おかしいなぁ」

「だから何が?」


 マリーの問いにも、彼女はうなり声で返事をしてから、ようやく口を開く。


「何だかね、壁がおかしい気がするの。こんなだったかなぁ」

「こんな……だったと思うけどな。僕は」


 試しに祥太郎も近くに寄って見てみた。白く、何の変哲(へんてつ)もない壁だ。指先で触れると、少しだけざらっとしている。


「でもさ。確かにちゃんと見ると、こんなだったかなって思うよね。いつも見てるようで見てないんだなぁ」

「そう――なんですけど、ちょっと違うというか」


 そこでまた地面が揺れ、一旦言葉が途切れた。少し落ち着くのを待ってから、会話は再開される。


「……まあ、自動修復とかやっちゃう人が作ってるんだし、僕らが知らないだけで、実際はしょっちゅう変わってるのかも?」

「そうか! 結界の関係なのかな。マリーちゃん、何か分からない?」

「そんなこと言われてもレベルが違いすぎて、正直、どこに結界が張ってあるのかすら――」


 ため息をつきながらも、ひとまず目を凝らしたマリーの動きが止まる。


「どうしたの?」

「ちょっと静かに」


 彼女は身を乗り出す理沙を手で制してから、改めて意識を集中させた。

 分かると胸を張っては言えない。けれども、感じられた。その感覚は拡大し、次第に形をあらわにしていく。見えて来たのは、輝く糸で緻密(ちみつ)に織られた、最高級のタペストリーのような存在。

 こんなに身近にあったのに、それに気づけなかった。いや、もしかしたら今までのマリーだったら、理沙のヒントがあっても見ることは出来なかったかもしれない。


(なんて綺麗(きれい)……)


 読み取り、仕組みを知るには力が足りない。けれども、その計算し尽くされたような術式(じゅつしき)は、ただただ美しかった。天才と呼ばれる結界師(けっかいし)三剣源二(みつるぎげんじ)の織りなす世界に、マリーは圧倒される。


「え――」


 それを眺めているうちに、思わず声が出ていた。集中は途切れ、目の前には白い壁が戻ってくる。


「大丈夫? マリーちゃん」

「ええ、大丈夫。ごめんなさい」


 心配そうに(のぞ)き込む顔に、今度はうなずきを返してから、また考え込む。

 見えたのは一瞬。それほどの自信はない。でも。


「リサ、ショータロー。マスターの所へ行きましょう」


 完璧に見えた結界の中に混じっていた違和感。

 ――恐らく、術者である源二の意図とは別に、何かが仕組まれている。

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