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悪夢を招く者 11

 それは、歌だった。子守歌のような、わらべ歌のような、どこか懐かしく、それでいて物悲しい歌。


 ――歌っているのは、遠子とおこだった。


 部屋の中に、雨が降っている。その雨の中を、遠子はゆっくりと歩いた。

 動けずにいる皆の前で、彼女の周囲だけ時間が流れているかのように、静かに歩みが進められる。そのたびに、ゆったりとした服の隙間からごとり、ごとりと何かが下に落ちていく。


 それは、いくつもの『ミュート』だった。転がる『ミュート』の近くでは、小さな緑色のカエルが、軽やかな鳴き声を発していた。その上にも、雨粒が落ちる。


 ――いや、雨粒ではない。落ちてきているのもまた、沢山のカエルだった。


「遠子さん!」


 誰かの悲痛な叫び。『ゲート』から飛び出してきた白い煙が、彼女の身体を覆い尽くした。

 圧し潰されたような声。それは人の悲鳴ではなかった。白い煙は凝縮し、重力により引っ張られて落下する。床に這いつくばり、ゲコゲコと鳴くのは、やはり緑色のカエルだった。その数はどんどんと増え続ける。


 その異様な光景を、ようやく見る者たちは理解する。『ゲート』からやって来た白い煙――『悪夢ファントム』たちが、()()()()()()()()()()()

 そう、空中を漂っていたロープの切れ端も、先ほど床に落ちた『ミュート』さえも、すべてがカエルへと変わっていた。


「ど、どうなってる……」

「なによ、これ――!?」


 自らが悪夢を見ることになろうとは思ってもいなかった者たちは、その様子を呆然と見た。ジュノとレーナは恐怖で立ちすくんだが、怒りに身を任せた者もいた。


「何てことを!」

「てめぇっ!」

「キリ! バルザ! やめろ!」


 ゲコ。ゲコ。

 

 遠子へと襲いかかった二人も、彼女が一瞥いちべつしただけでカエルへと変貌へんぼうし、一回転して着地をする。

 その間にも勢いのついた侵入者はとどまることを知らず、押し寄せてきていた。しかし、もはや白い煙が見えることすらなく、『ゲート』からはせきを切った濁流だくりゅうのように大量のカエルが噴き出してくる。


「ジュノさんとレーナさんも、肉体が欲しいのよね? 差し上げるわ」


 遠子は突然歌うのをやめ、振り向いた。表情も声音も仕草も、普段の彼女と何ら変わりはない。

 しかしこの場の誰もがさとっていた。その圧倒的な力の差を。


「ち、違う! ぼくたちは……」

「やめて……やめて……お願い……」


 視線の先には、腰を抜かした『悪夢ファントム』の姿がある。この状況下においても『肉体』を維持するのをやめないのは、執着のなせるわざかもしれない。


 いつの間にか『ゲート』からの噴出は止んでいた。床を覆い尽くすカエルの背が揺れる。音はこだまし、空気を震わせた。まるで緑の草原が波打ち、鳴いているかのようだった。

 それはどこか滑稽こっけいであり、おぞましくもある光景。


 ――そのけしき、草の原、鳴るがごとし。


「……鳴原君なりわらのきみ


 以前読んだ本の一節を思い出したマリーが、震える声でつぶやく。


「その名も、久々ね」


 遠子は少し困ったように笑った。

 かつてそう呼ばれた魔女は、一つの国を歴史から消し去ったとも言われている。


「あなたたちの技術は見事だったわ。初めて見る『アパート』の結界を解いて、上手くエネルギーを引き出した。その奥に()()()()()()()()()、もっと考えてみれば良かったわね」


 ジュノもレーナも、いよいよ人の形を保つ余裕はなくなっていた。急いで姿を消し、逃亡を図る。――しかしそれは、カエルの数を増やすだけに終わった。


「遠子さん……ですよね?」


 おずおずと言った理沙りさに、遠子はいつもと変わらぬ笑みを見せる。


「ええ。こんなだけど、私が私であることに変わりないから」


 それから少し『ゲート』を眺めた後、再び口を開いた。


「残りは異変に気づいて戻っていったみたい。閉じてしまう前にこの人たちを送りかえして、『ゲート』も消滅させないと」

「何する気だよ、遠子さん!」

「分かるでしょ? 才くん。一度つながった『ゲート』は、またどこかへと移動して、開いてしまう恐れがある。だから完全に壊さなきゃ」

「だからそんなこと――」

「出来るわ。こっちには素晴らしいチームがいる。向こうには――私が行くから」

「えっ、それで『ゲート』壊しちゃったら、遠子さん戻って来れなくなるんじゃ?」


 無邪気ともいえる祥太郎しょうたろうの発言に、皆一瞬言葉を失う。カエルの声が、急にうるさくなったような気がした。それが、答えを物語っている。


「マジで? 冗談じゃなく!? ダメですよ、探せばもっと違う方法だって――」

「そうよ!」


 一際ひときわ大きな声に、視線が集まる。涙を目の端に浮かべたマリーは、声をあららげた。


「やめてよそういう自己犠牲じこぎせいみたいなの! 最悪! 信じられない! ……みんなで考えれば、きっといいアイディアが出るわ!」

「そうですよ遠子さん! せめてあたしたちも一緒に行きますから!」

「それは駄目」


 今度の理沙の言葉は、強く否定される。


「一緒に行けば、あなたたちは死ぬわ。そうじゃなかったとしても、体を乗っ取られてしまうでしょう。自己犠牲なんかじゃない。私は単身渡っても生き残れる自信があるから言っているの」

「だけど……だけど……」


 うつむくマリーに近寄り、遠子はそっと抱きしめる。彼女はすがるように袖をきつく握りしめ、こらえきれず泣きじゃくった。


「ありがとう、マリーちゃん。でも、みんなにだって大切な仕事があるわ。『ゲート』を無理に壊せば、その影響がこっちにも出る。だからこの場所を守ってほしいの。……それにね、鳴原君なりわらのきみへと戻った私には、もうこの世界に居場所はないのよ」

「そんなことない! トーコの居場所はここだもの!」


 その言葉をきっかけとし、口々に呼ばれる自らの名前をみしめるように、彼女は微笑んだ。


「いいわね、その響き。私、ありのままの自分でいられる、この時代が好きよ。しんちゃんとげんちゃんが作ってくれた秘密の庭も、みんなのことも。……私は大丈夫。エレナさんだってそう。元気で生き延びて、きっとそのうち帰ってくるわ」


 そして静かにマリーの体を離し、すでにマンホールほどの大きさとなった『ゲート』の方へと視線を送る。


「そろそろ時間ね。みんな、頼んだわよ」

「……すまない、遠子」


 ずっと黙って見守っていたマスターが、重い口を開く。彼女は静かに、首を振った。


「どうして謝るの? 私は新ちゃんたちのおかげで、新しい人生をもらえたのに。だから――ありがとう。今度は私が、約束を果たす番」


 それから遠子はマスターへと小走りで近寄ると、両手で顔を引き寄せ、唇を重ねる。不意をつかれて見開いた彼の目に、悪戯いたずらっ子のような笑顔が映った。彼女は、ふわりと体をひるがえし、もう一度、仲間たちの顔を見る。


「それじゃ、またね」


 『ゲート』へと飛び込んだ姿は、一斉に吸い込まれていくカエルにまぎれて見えなくなった。やがて『ゲート』も閉じ、何事もなかったかのような景色が戻ってくる。

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