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悪夢を招く者 10

「!? ――ぐうっ!?」


 体を、またあの痛みが襲った。祥太郎しょうたろうはたまらず小さく声を上げる。目を開き、あわてて周囲を見回せば、並べられたパイプ椅子に、自分と仲間たちが縛りつけられていた。

 思考が目まぐるしく回る。

 思いがけず遠子とおこと合流したあと、レーナがやって来て――どうやら意識を失い、その間に別の場所へと連れてこられたようだ。右隣に遠子、マリー、理沙りささい棒人間ぼうにんげんの姿はない。


「気がついたみたいね」


 いつの間にかレーナが目の前に立っている。そしてゆっくりと近づいてくると、一人一人の顔をたのしげに眺めた。遠子は大袈裟おおげさにため息をつき、長いまつ毛に囲まれた瞳を見返す。


「棚の次はパイプ椅子。縛られてばっかりだわ、私。せめてソファーに座らせてくれたらいいのに」

「遠子ちゃんって面白いのね。ところで、才くんはどこに行ったのかしら?」


 その問いには、誰も答えない。しかしレーナが余裕の表情を崩すことはなかった。


「まぁいいわ。どちみちここに来るしかないものね」


 彼女が視線を移した部屋の中央には大きな直方体が積み上げられ、高い天井近く、塔の先端には、天球儀てんきゅうぎのようなものが、淡く光りながらゆっくりと回転している。

 そこから拡がるのは、音楽の波だった。だがスピーカーとは違い、近いからといって音が大きくなることはない。

 『増報装置アンプリファイア・システム』――想像していたよりも、ずっと魔術的なそのシロモノに、祥太郎は不思議な感覚をおぼえる。


 レーナの言う通り、才はこの場所を目指してくるだろう。しかし、才が棒人間になっていることは、向こうには伝わっていないようだ。そもそも、棒人間という存在自体、知られていない可能性が高い。

 マリーが棒人間へと変えられた時も、『アパート』の機能では追うことが出来なかった。今は彼らの働きにゆだねるしかなさそうだ。

 ちらりと遠子に視線を送ると、彼女は黙って何か考えこんでいるように見える。かわりにマリーが口を開いた。


「目的は何? 地球征服でも企んでるの?」

「違うわ。ただあなた達と、共生したいだけよ」


 レーナは少し離れ、余っていたパイプ椅子を引き寄せると、それに腰かける。


「私たちには、肉体がない。大昔には違ったようだけれど、生まれた時からエネルギー体だった私達にはずっと、生身の身体というのは憧れの対象だった。様々な情報をかき集めて、それらしく見せることは出来ても、やっぱり本物じゃない」


 才の伝言の通りだった。だが研究の成果なのか、足を組み、背もたれへと寄りかかる動きまでもが自然だ。


「でも、そこに来た大きなチャンス。不思議な力が、ここへと導いてくれた」

「――まさか、わたしたちの身体を乗っ取ろうとか思ってるんじゃないでしょうね?」

「まさか! 借りるだけよ。大事に使わせてもらうわ」

「じゃあいつ返してくれるのよ」

「そこは――無期限レンタル?」

「わたしたちの中身は? どこに行くの?」

「……さぁ?」

「冗談じゃないわ! それのどこが共生なの! ――いたたたた」


 興奮しすぎたあまり、拘束こうそくされていることを忘れかけていたマリーだったが、強烈な痛みによって思い出させられる。


「価値観の違いなんですって。ジュノさんも言ってたわ」

「さすが遠子ちゃん。飲み込みが速くて助かる」

「理解はしても、共感も許容もする気はないけどね」

「ずるい。――あなたたちはいいわよね。自分の身体があるもの。私たちの渇望かつぼうなんて分かりっこない」


 レーナは口をとがらせ、苛々《いらいら》と何度か首を振ると立ちあがり、部屋の奥にある小さな扉へと向かおうとする。


 ――その時。ずっと鳴り続けていた音楽が、やんだ。


 その場にいる誰もが不審に思い、装置を見上げたが、特に怪しげなものは見つからない。きょろきょろと視線をさまよわせる面々へと降ってくる、笑い声。


「ふはははははっ、残念だったな! その野望、俺様が砕いてくれる!」

「その声は、才くんね?」


 レーナは冷静だった。捕虜ほりょたちを一瞥いちべつしてから装置のもとへ一瞬にして移動し、陰までを確認する。

 しかし当然、彼女の知っている人物はどこにも見当たらない。いぶかしみ、考え込んだわずかな間に聞こえてきたざわめき。

 あわてて戻ると、床には解かれたロープが落ち、捕らえていたはずの皆は、すでに自由に動き回っていた。その中には、才の姿もある。


「どうして――?」

「遅かったねぇ、レーナちゃーん」


 驚きに目を丸くするレーナを、才はここ一番のドヤ顔で迎える。


「へっへーん、遅かったねぇ、だっピ!」


 そしてドヤる影がもう一つ。


「ざまーみろだっピ! ボクと師匠がコンビネーションで大活躍なんだっピ!」

「な、何よこの謎生物なぞせいぶつは!」

「べー、だっピ! 白いケムリ生物には言われたくないっピ!」

「何ですって!?」

「落ち着きなよ、レーナ」


 その時、部屋のドアが開いた。やって来たのはジュノだった。


「解析が完了したよ」

「本当に!? 思ったより早かったじゃない」

「ああ、こっちには強力な助っ人が居るからね」


 言った彼の背後に付き従うようにして中へと入ってきたのは、皆が良く知った人物。


「マスター!」


 あがる声に向けられた顔。丸眼鏡の奥にある瞳は虚ろで、いつもの優しげな輝きはなかった。


「止めちゃったんだね、増報装置アンプリファイア・システム。でも、もういいんだ。必要ないから」

「さっさとマスターを放せ!」


 自由になった祥太郎が仕掛ける。だが救い出そうとした意図は、マスターの周囲を取り囲んだロープの結界によって阻まれた。


「何っ!?」


 そして、床に落ちていたロープは、意志を持ったかのように祥太郎へと襲いかかってくる。


「はぁっ!」


 とっさに放った理沙の『気』が、それを切り刻み、吹き飛ばす。効果があったことに安堵あんどし、次のロープへと狙いを定めた時、才が叫んだ。


「ダメだ理沙ちゃん!」


 その声で理沙だけではなく、結界を展開しようとしていたマリーの動きも止まった。


「こっちの力まで、利用されちまう」

「賢いアドバイスだ。さすが才くん」


 ジュノが笑う。その皮肉めいた口元も、切れ長の目も、緑がかった髪の流れもはっきりと認識できた。

 レーナが何事かをつぶやくと、先ほど理沙がバラバラにしたロープはさらに粉々になり、ゆっくりと空中を漂い始める。体から急速に力が抜けていくような感覚に、身震いが走った。


「簡易的な結界よ。だってこの期に及んで逃げられたら困るもの。大切な身体なんだから」

「簡易的、ですって……?」


 マリーが唇を噛む。確かに、見た目には糸くずが空中を舞っているだけだ。だがそれは、完璧にこちらの動きと能力を封じている。


「こ、こんなのボクは平気なんだっピ……! まだまだやれるっピ……!」

「謎生物はグルグル巻きにしときましょうか。お願いね」

「任せとけ」

「了解」


 いつの間にやって来ていたのか、男二人が棒人間の頭部だけを残し、ボール状になるまでロープを巻き付けていく。


「ちょっとぉ! 扱いヒドイっピ!」

「くそっ、また予知も使えなくなっちまった。――ったく俺の予知は以下略」

「才、こういう時に笑えない自虐じぎゃくネタはやめてくれ」

龍脈りゅうみゃくが……」


 ぽつりとこぼれた言葉。それをジュノは耳ざとく拾った。


「理沙ちゃんには分かるんだね。そもそも普段はそれが分からないように巧妙こうみょうに作られてるからね、この『アパート』は。だから、解析作業が必要だった。――ちょっと解説をしようか。まだ時間はあるから」


 彼は言って、増報装置アンプリファイア・システムへと近づき、寄りかかる。マスターも従者のように後へと続いて移動し、隣へと控えた。


「『ゲート』っていうのは、エネルギーの流れが不安定なところに出来る、ひずみのようなものだ。三剣源二みつるぎげんじさんは、『ゲート』を監視すると同時に、周囲のエネルギーの流れをより安定させるため、この『アパート』を設計した。実際、この『アパート』が建てられてから、『ゲート』の発生件数は減っている。そして、もう一つ重要なのが――」


 指揮棒のように空中で軽快に動かされていた指が、隣へと向かう。


「『マスター』の存在。エネルギーのエキスパートである彼は、『アパート』をコントロールし、その力をより強固にする。彼の協力のおかげでこちらは、その膨大なエネルギーを自由に使えるって訳さ」


 ジュノは変わらず指を動かし続けている。その後ろ――増報装置アンプリファイア・システムが、一瞬揺らいだように見えた。


「この装置のデザインは素敵だね。ぼくたちは最初ここに降り立ったんだ」

「『アパート』の結界に下手に手を加えれば、通報されるようになってるのよ。知ってた?」


 挟まれた遠子の言葉に、ジュノはレーナと顔を見合わせ――そして、噴き出す。


「セキュリティは施されてたようだけど、それも解除させてもらったよ。ぼくたちもエネルギーのエキスパートだしね」

「遠子ちゃん、もしかしてそれが切り札だったのかしら? 残念だったわね」

「ここは記念すべき場所。ぼくたちの世界とも繋がりが強いと言えるだろう」


 ジュノは笑いをこらえながら、背後の塔を指先で叩く。今度は部屋全体の空気が振動した。この場にいる皆なら、誰もが知る感覚だ。


「『ゲート』をここに開く気か!?」

「才くん、正解だ。『アパート』で『ゲート』が発生するのは日常茶飯事にちじょうさはんじ。そのための対策も万全。本当に奇跡としか思えない。最高の奇跡だ。周辺へ被害を出すこともなく、移住を進められる」

「こっちは最悪だっつーの……!」

「私、せっかく仲良くなれたから、身体を借りるなら、この中の誰かがいいな。マリーちゃんも可愛いし、理沙ちゃんもステキだけど……やっぱり、遠子ちゃんが一番魅力的ね」


 声を弾ませたレーナにのぞき込まれた顔が、ゆっくりと上げられる。


「そう。……とても、おろかな選択をしたのね」


 言った遠子の表情は、どこか寂しげだった。


「ひとつ、教えてあげる。どの『アパート』にも『マスター』はいるけれど、彼らの仕事は『ゲートキーパー』たちをまとめることと、『ゲート』への対処。複雑な結界である『アパート』に干渉してエネルギーをコントロールすることなんてしないし、出来ないの」


 指が、パチンと鳴らされる。


「やっぱり、二人は天才ね。悪夢の中でさえ、秘密は守られた。でももう――扉は開かれる」


 ジュノの隣で揺らぐ体。マスターの目は、次第に正気の光をやどしていく。


「何故だ!? 彼の心は完全に、こちらの支配下にあったはず」

「ジュノさんは、私が薬で魔力を『中和した』と言っていたでしょう? でも、それだけじゃない。あなたたちがここへと来る前から、『コーティング』を施していたの。後から薬を飲ませる機会はなかったけれど、元々人並外れた精神力を持つ彼なら、それだけで十分。あとは解除するタイミングだけだった」

「はっ! なるほどね。でももう遅い。本国から仲間もやってくる。ここは、ぼくたちの庭となる」


 増報装置アンプリファイア・システムの上へと生まれた小さな黒い染みは、見る間に全体を包み込むように広がっていく。『ゲート』が開いたのだ。


 深淵の中に浮かぶ小さな白い炎。それは急速に、こちらへと近づいてきていた。


「遅くはないわ。ねぇ、()()()()? だってここは――『秘密の庭シークレット・ガーデン』なんだから」

「遠子――きみは」

「迷ってる暇はないでしょう? だって、絶体絶命ぜったいぜつめいのピンチってやつだもの」

「……分かった。解放しよう」


 マスターは意を決して頷くと、何度か手を握って開くことを繰り返す。


「さぁ、おいで!」


 ジュノがえる。拡大した『ゲート』から、今まさに無数の白い煙が生み出されようとした時――。


 音楽が、聞こえた。

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