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悪夢を招く者 2

「あり得るんじゃないかなぁ?」


 理沙りさはあっさりと言い、せんべいをポリポリとかじる。マリーは黙って、畳の縁を眺めた。

 あれから廊下をウロウロとしていたところ、理沙とばったり出くわした。態度が妙なのを感じ取ったのだろう。自室へと誘われて話を聞いてもらい、今に至る。

 この部屋には何度か来たことがあるが、一部が和室となっていたり、トレーニング器具と観葉植物、それから大量のお菓子が同居していたりと、中々不思議なバランスの場所だった。


遠子とおこさんの薬が、それだけすごいってことだよね。『アパート』周辺の結界を作ったのも、さいさんのお祖父さんでしょ? 力の差が大きければ、相手に何やってるのかさえ分からなくすることもできる。あたしも、お師匠様の気配まだ全然読めないし、そんなものじゃないかな」

「そう、よね……」


 マリーはぽつりと返し、少し間を置いてから続ける。


「それなら何故、トーコはそういう扱いをされてないのかしら。ショータローがここに来た時だって、マスターはトーコの能力が大したことないかのような言い方をしてたし、わたしたちにもそういう空気で押し通してきたでしょう? 隠す必要なんて、全然ないのに」

「それは……やっぱり全部教えてくれるものじゃないんじゃないかな? こういうお仕事だし。あたしたち、まだまだヒヨッコ能力者だし」


 そう言われると、返す言葉がなかった。精鋭部隊の一員だという自負があったが、それは思い上がりだったのかもしれない。何だかんだで理沙は自分よりも大人なのだと思った。


「ごめん、言い方がきつかったかな?」

「……ううん、わたしこそごめんなさい。目が覚めたみたい」


 言って笑みを見せるマリーに、理沙もほっとしたような顔をしてから続ける。


「お祖母さんの言ったこと、気になる?」

「そうね……ちょっと神経質になってたかも。それにね、やっぱりショックだったの。書庫を守るのに、わたしでは力不足だったこと。あれはママの本でもあるし、お祖母様が集めた本でもあるから」

「仲良かったんだ」

「そんなことは、ないんだけど。あまり会う機会もなかったし」


 マリーがロンドンに居たころ、祖母はウェールズの山奥で暮らしていた。母に連れられて何度か訪れたことがあるが、廃墟のような古城の中で、彼女は揺り椅子に座り、いつも古びた本を読んでいた。

 ずっと黙っていたかと思えば、ぽつりと話し始めたり、マリーに興味がないようなそぶりをしていたかと思えば、突然遊んでくれたりする不思議な人だった。幼かったから彼女の言ったことをすべて覚えているわけではないが、教わった『遊び』のいくつかは、現在のマリーの結界術の土台となっている。


「とにかくリサ、ありがとう。おかげで落ち着いた。……そろそろ行くわね」

「また気軽に遊びにきてね」

「ええ。じゃあ、また明日」

「うん、バイバイ」


 笑顔の理沙に手を振り返し、閉じていくドアを眺める。幾分気持ちは軽くなったが、まだスッキリはしなかった。

 理沙には言えなかったが、もう一つの想像がマリーの頭をよぎっていたのだ。『ファントム・ブリンガー』が訪れたことで、遠子が自分たちの知る彼女とは、()()となっている可能性。


「……流石に、呆れられそうだわ」


 ため息をつき、軽く頭を振る。自分で思っている以上に疲れているのかもしれない。

 考え事をしながら歩いていたら、居住棟から離れてしまった。ぼんやりしながらあちこちをうろついているなど、流石に挙動不審すぎる。もう自室へと戻ろうと思った時、廊下の先にマスターの姿を見つける。

 声をかけようか迷っているうちに、彼はどこかへと行ってしまった。


「マリーちゃん、何してんの?」


 近くでした声に慌てて振り向くと、才だった。出かけていたのか、いつもよりも派手な格好をしている。


「いいわね、サイは楽しそうで」

「たまには管轄区外にも出たくなるじゃん? まー、区内ののどかさもいいけどさ。大体のもんは揃うし。落ち着いたらまた、みんなで出かけようぜ! 遠子さん、今度こそ来てくれっかな?」

「サイが行きたがるのって、騒がしい場所ばっかりなんだもの。だから遠子にも嫌がられるんじゃない?」

「えー? でもさ、川沿いにあるカフェとか、静かで良かっただろ?」

「まぁ、あそこはサイが選んだにしては良かったけど……」


 マリーがため息をつくと、才はそれをどう取ったのか、パチパチと目をまたたかせてから言った。


「まだする? 嫌な予感ってヤツ」

「え? ……うーん、どうかしら」

「だーいじょーぶだって! 今だって、えーと……お客さんか新しいスタッフかな? きれーなお姉さん方と、楽しそうに話してるのしか視えねーし!」

「そうなんだ」

「あ、それなりに若いヤローもいるぜ。でもなー、俺様の方がカッコいいからなー」

「なによそれ。……でもありがとう。楽しみね」


 皆それぞれ、自分のことを気遣ってくれているのだということが感じられて、嬉しくもあり、それでも気持ちが晴れない自分がもどかしくもある。

 ふと窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。


「それじゃ、そろそろ戻らなきゃ。おやすみなさい」

「おー、また明日なー!」


 才とも別れ、今度こそマリーは自分の部屋へと向かう。見慣れたドアを開け、部屋へと入ると、疲れがどっと噴き出してきたように思えた。

 シャワーでも浴びて、さっさと寝てしまおう。そう思った時だった。

 パチンと、軽やかな音がした――ような気がした。


「何……?」


 突然。頭がぼんやりとし、体がどっと重くなった。

 この感覚は馴染みのあるものではあった。眠気だ。けれども、なぜ唐突にそうなったのか、しかもこんなに強烈なのか、マリーは戸惑っていた。

 二、三歩足がよろける。前方に見えるふわふわとしたベッドが、ひたすら恋しかった。あれに包まれたなら、どんなにか心地よいことだろう。

 足はマリーの事などお構いなしに、自然と動いていく。しかし、目的地へとたどり着く前に膝から力が抜けた。とっさに手が体を支えたが、その感覚もどんどんと失われていく。


 ふわりと、鼻の奥でかすかな香りがした。ベルガモットの香りだ。その中には青臭い、何ともいえず不快なにおいが混じっている。そのにおいも覚えのあるものだったが、どこで嗅いだものなのか思い出せない。

 その代わりに、かすむ頭の中を別の記憶がめぐる。ミーティングルームで、男三人はコーヒーを飲んでいた。マリーと理沙は紅茶だった。

 そして遠子は、一人で煎茶を飲んでいたはずだ。いつものように、全て彼女が用意したものだ。


「…………っ」


 口から出た声は、言葉にならない。ついに指先の力も抜けた。赤いじゅうたんが、目の前へと迫ってくる。

 柔らかな毛先に受け止められながら、マリーの意識は急速に遠のいていった。

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