詫び石と魔法の書庫 4
「ぐっ!?」
思わずうめき声が漏れる。転移した直後、視界を覆う赤。結界に守られていることが分かっていても、そのプレッシャーは相当のものだった。
祥太郎はコントロールを手放さないよう注意しながら、皆を書棚の上へと出来るだけ静かにおろす。
爆炎が収まった後、煙の向こうに見えるのは、うごめく『ブックマーカー』たちの姿だった。白い色の中に時折、眩い光がほとばしり、さらなる爆発を生み出す。
「本が!」
マリーが悲痛な声を上げ、扇を何度も振り回した。もちろんそれで起こるのは風ではなく、結界を生み出す力だ。しかしすでに複数の結界を展開している状態の上、混乱の最中ではターゲットを絞ることも容易ではない。全ての本を守るのは諦めるしかなさそうだった。
「あれ見てください!」
その時、理沙が下方を指さしながら、大きな身振りで皆に知らせた。白い煙の中に見えるのは黄色いキャップ――あの少年だった。彼は迫りくる『ブックマーカー』達や爆発をモノともせずに笑っている。
「いっけー! 『レディ・サウザンド』!」
隣には、中世の貴婦人を思わせるドレスを着た女の姿があった。上からでは顔は見えなかったが、ほっそりとした片腕を振るうと、突如現れた炎の球が、荒ぶるブックマーカーを飲み込みながら爆ぜる。
「なっ!?」
「はははっ! ざまーみろ! ボクに歯向かうからだ!」
爆風は水の結界が阻んでくれたが、その轟音よりも何故か、少年の言葉のほうがはっきりと近くで聞こえた。踊る炎に囲まれながら愉快気に笑う彼の輪郭が次第にぼやけていく。
「消えた……!?」
次の瞬間には、その姿は跡形もなくなっていた。しかし、女はそこへと残ったままだ。再び振り上がった腕の前に、新たな火の玉が出現する。それを阻止するべくブックマーカーの電撃が集中攻撃するが、女は意に介していないようだった。
「『レディ・サウザンド』!? 中世ヨーロッパで暗躍したと言われる魔女じゃない! 毎年『最凶の魔女ランキング』のトップ100には入ってるわ!」
「そんなランキングあるんだ……」
「トップ100程度なのか……」
マリーの解説に、理沙と祥太郎がそれぞれ違ったベクトルの感想を述べる。
「まさに神出鬼没。顔を変え、姿を変え、様々な場所に現れては、人を惨殺したというわ。だから『千の顔を持つ貴婦人』」
なおも立ち向かおうとするブックマーカー達だったが、成す術もなく引きはがされてしまう。女がゆらりと顔を上げる。人形のように整ってはいるが生気のないその目が、笑みの形へと歪められた。
「でも、きっと本物の『レディ・サウザンド』とは違うのよね? 祥太郎くん」
「ぼ、僕ですか!?」
急に話を振られ、戸惑う祥太郎に、遠子は頷く。
「だってあの人、ゲームから出てきたんでしょ?」
言われてみれば、女の姿は先ほど嫌というほど目にしたゲームの中の『レディ・サウザンド』に酷似していた。あの少年も、ずっとガチャのことを口にしていたから、同じゲームをやっていたのかもしれない。
ようやく言葉の意味を理解した祥太郎は、記憶を頼りに言葉を紡ぐ。
「えっと……レディ・サウザンド、火属性。暗闇・毒・マヒ無効で、スキルが全体攻撃の爆発と、猛毒効果の連撃」
「猛毒ですって!?」
「祥太郎くん、ひとまず外へ退避!」
遠子の言葉が終わるか終わらないかの間に、景色は一変する。目に映るのは鮮やかな緑――アパートの庭だった。今は遠い書庫の方角から音が聞こえたような気もしたが、定かではない。
「マスター? 今、書庫におね――『レディ・サウザンド』っつー魔女? が出て。詳しい話はあとですっから、とりあえず毒の対策とスタッフへの避難指示ヨロ」
『コンダクター』を介し、マスターへと手早く現状報告を済ませた才は、一つ長い息を吐いた。
「祥太郎、つるみやの前に移動。待ち伏せするぞ」




