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騎士と姫君 7

 ――見たことのない天井。


 まずリドレーフェが抱いたのは、そんな思いだった。

 やがて、記憶がなだれ込むようにして戻ってくる。故郷の町並み。エフィーゼ、ガルデ、イディスの者たち、白い煙、パーティー会場で笑顔を浮かべる人々、そして父と母。

 ゆっくりと顔を動かすと、そこには、エフィーゼの姿があった。

 彼女は普段は着ないような女性らしい服に身を包み、ベッドの横の椅子に腰掛けて、今まで見せたことのない寝顔をさらしている。


 反対側に目を向けると、ガルデも隣のベッドで静かに眠っていた。

 体をゆっくり動かしてみても、痛みも重さも感じられない。手を見ると、そこにあった傷や汚れはすっかり消えている。服は破れたドレスの代わりに質素なものを着せられていたが、清潔で肌触りがよかった。

 明るさに眼を細めれば、窓の外からカーテン越しに柔らかな光が入ってきている。

 穏やかな、朝だった。

 

「お目覚めになられましたか」


 身を起こした彼女に気づき、エフィーゼが声をかけてくる。

 再会したのが嘘ではなかったという実感が、改めて湧いてきてほっとした。いつもと変わらぬその表情が、胸の中にあたたかい火をともしてくれるかのようだった。


「エフィーゼ、体は大丈夫ですか?」

「はい。負傷しておりましたが、ずいぶんと良くなりました。姫様こそ、お体は?」


 もう一度確認してみるが、やはりどこも痛いところはない。


「ええ、何ともありません。あちこち、怪我をしていたはずなのだけれど」

「こちらのお医者様はとても優秀なようです」

「ひめさま……?」


 二人の話し声を聞き、ガルデも目をこすりながら起き出した。彼のほうが深手を負っていたはずだが、やはり問題はなさそうだ。


「姫様、元気になったんだね! 良かった」

「ありがとう。ガルデこそ無事で本当に良かった」


 ひとしきり喜んだ後、彼は壁際かべぎわの人物に目を向ける。


「えっと……」

「エフィーゼだ。姫様の近衛騎士このえきしをしている」

「おいらはガルデ! おいらも姫様の騎士――ええっと、ジンメイ騎士ってやつだよ!」


 それを聞いて、エフィーゼは目を丸くした。顔を向けられて、リドレーフェは頷きを返す。


「では、やはり……これは失礼いたしました、神命騎士じんめいきし殿。此度こたびの貴殿の働き、誠に感服いたしました」

「なんだよ急に、気持ち悪いなぁ」

「神命騎士のほうがくらいが高いから。本人が気持ち悪いと言っているのだから、やめたらいかが?」

「そ、そうだよ! おいらは姫様の騎士になったけど、おいらのままなんだから、ガルデって呼んでよ! でなきゃ体中からだじゅうがかゆくなっちまう!」


 必死に手をばたばたとやっていると、ガルデの腹の虫もきゅう、と訴えかけてくる。今度は一転、恥ずかしさで顔が赤くなった。


「何も食べずに、ずっと頑張ってくれたものね。……わたくしもお腹、すきました」

「では姫様、それから――ガルデ。食堂へと参りましょう。調理場の方が準備してくださっていますから」


 食堂へと向かう道すがら、二人はエフィーゼからこれまでのことを聞いた。

 ここはオウンガイアとは全く別の世界であり、自分たちもイディスの者も『ゲート』というものを通ってこちらへと来てしまったこと、敵は捕らえられたということ、あの懐かしい街並みは、自分たちを誘導するための幻だったということ。


 にわかには信じられない話だったが、では別の説明をしろと言われても難しい。何よりエフィーゼが嘘をつくことなどありえないから、やはり本当のことなのだろうとリドレーフェは思う。

 今歩いている廊下も、オウンガイアの城内に比べれば質素ではあるが、別の世界と言われるほど奇妙なものにも見えなかった。


「こちらです」


 案内されて入った食堂には、奥の調理場でせわしなく動く人影以外には誰の姿もない。それなりに広い室内には、クロスも掛かっていない円形のテーブルと、背もたれのない簡素な椅子が点在している。

 先に二人を席へと着かせると、エフィーゼは調理場と食堂を隔てているカウンターへ向かった。


早苗さなえ殿。よろしく頼む」


 調理場の女は鋭い目つきを一瞬こちらに向け、二つのトレイをカウンターの上に置く。エフィーゼは驚きの表情を浮かべてから礼を言い、それを慎重に運んできた。


「うわぁ、うまそう! いただきまーす!」


 テーブルに置かれた瞬間にがっつき始めたガルデの隣で、リドレーフェはまじまじと料理を見つめる。


「これ……ササウリのスープ? ハナドリのクリームソース煮に、テスカ・トーナまであるわ。本当にここ、わたくしたちが居た世界とは全く違う場所なの?」

「あちらの早苗殿が、オウンガイアの食事に似せて作ってくださったのです。本当に何といいますか……多芸な方々ばかりで。とにかく、お召し上がりください」

「エフィーゼは?」

「いえ、私は」


 彼女が答えを返す前に、背後から音もなく近づいた影が、もう一つのトレイをとん、とテーブルへと置く。


「さ、早苗殿!?」


 慌てて振り返るが、すでに彼女はカウンターの向こうへと戻っていた。


「本当に、すごいのね……とにかく、せっかくだから一緒に食べましょう?」

「は、はい。恐れ入ります」

「おかわり!」


 そこにガルデの明るい声が割って入り、自然と笑いが起きる。

    

「では、いただきます」

「……いただきます」


 確かに口の中へと広がる感覚は、知っているものと異なっていた。それでも、どこか懐かしいようなその味に、気持ちが安らいでいくようだ。

 ずっと空腹だったのもあり、二人はすぐに食事を食べ終えた。――ガルデはその間にもう一度おかわりをしたが。


「あら、あなたたち元気になったのね。よかった」

「これはマリー殿。おかげさまで」


 三人が一息ついた時、入り口から声が掛かる。エフィーゼは頭を下げ、笑顔を見せた。


「この人も、どっかのお姫様?」


 その美しい若草色のドレスを見てガルデが言うと、彼女は頬を赤らめる。


「お、お姫様? そ、そんなんじゃないの。平民平民」

「あら、フォンドラドルード家だって、名家じゃない?」

「元よ元。今は落ちぶれたもの」

「……遠子殿も」


 その背後からさらに増える人物。エフィーゼはすでに知り合いのようであったし、ガルデはもう慣れてきたようだった。


「だけどさ、お姫様みたいな服着てるじゃんか」

「これはね、たくさん借金をして」

「トーコ! ――もう、そんなことはどうでもいいの! ところであなたたち、そろそろ『ゲート』の準備が整いそうだから、故郷に帰れそうよ」

「マリー殿、本当ですか!?」

「よかったな! 姫様!」


 故郷へ帰れる。

 とても嬉しいことのはずなのに、その言葉は胸の中へと暗い影を落とした。


「……姫様?」


 影は幾重いくえにも重なって広がり、色濃くなっていく。


「……オウンガイアに帰れることは、嬉しいのです」


 その重みに耐え切れず、ぽつり、と告白していた。


「けれど、オウンガイアの皆は、お父様やお母様たちは無事なのでしょうか……わたくしたちが戻っても、イディスに勝てるのでしょうか」


 昨日はイディスの輩から逃げ、城へ戻ることだけを考えていた。

 しかし『その先』を思う余裕を取り戻した今、怖くなる。目を、そむけたくなる。


「勝てますとも。オウンガイア騎士団も、国民の皆も一丸となって戦い、陛下をお守りしていることでしょう。無論むろん、私も戦います」

「おいらも! 一緒にいたみんなも助けて、イディスのやつらをこらしめてやるんだ! 今からそんな悪いこと考えたってしょうがない。きっと、何とかなるよ!」


 二人の眼差しを受けていると、くじけかけた心に力が注がれる気がした。


「ええ……そう、よね」


 まだ不安が拭い去れたわけではない。

 けれどもオウンガイアの王女として、もっとしっかりしなければならないと、リドレーフェが顔を上げた時だった。

 聞いたことのない音が、すぐ近くからする。


「はい」


 それは、遠子のしていた腕輪からだった。

 光る腕輪の表面には、初老の紳士の姿が映る。


『ああ遠子君。マリー君や、オウンガイアの皆もいるね。「ゲート」の準備が整った。その前に、コントロールルームへ来て欲しい』

「了解。すぐに向かうわね」


 その人物が故郷の名を出したことにぎょっとしているうちに光は消え、遠子がこちらへと顔を向ける。


「きっと何とかなるわ。――きっとね」


 そして微笑み、ひらひらと手を動かすと、幻の中で見たオウンガイアシラユキのように、リドレーフェたちを部屋の外へといざなった。

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