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騎士と姫君 4

「はぁっ……はぁっ……姫様、大丈夫?」

「わ……わたくしは、平気です……わ」


 強がってはみるものの、上手く言葉にはならない。ガルデも隣で荒い息を立てながらうつむいている。細い路地の中にひっそりとある建物の陰に隠れて周囲をうかがうが、誰もいないようだった。向こうも土地勘がないせいか、ひとまずは撒くことが出来たようだ。

 この見知らぬ町に迷い込んでから、どれだけの時が経ったのだろう。パーティーの前に朝食をとって以来、何も口にしていない。日差しは強くはないが蒸し暑く、汗が一向に引かない。喉もからからに渇き、頭がぼんやりとした。


 リドレーフェは座ったまま背後を見る。小ぢんまりとした家のカーテンは閉まっていて、誰の気配も感じられない。そもそも町の様子からして住人がいるのかも怪しかったが、もしかしたら食料や服などは置いてあるかもしれない。続く逃走劇により衣服の痛みも激しく、二人の体にもあちこちに傷が出来、血がにじんでいた。


「ガルデ、少しここで待っていなさい」

「姫様!?」

「そんな顔をしないの。少し家の中を見てくるだけだから」

「ダメだよ! それならおいらも行く!」

「あのね、ガルデ」


 見張りも必要だ、とリドレーフェは言おうとしてやめる。そもそもこの状況でそれが意味をなすかはわからなかったし、一緒に行動した方が得策のようにも思えたからだ。


「……わかりました。では、一緒に参りましょう」

「うん!」


 二人とも疲れ果てていたが、新たな目標ができたことで、少しだけ元気が湧いてくる。


「おいら、先に行くよ。姫様に何かあったら困るもん」

「そう。ありがとう」


 そうしてガルデを先頭に、赤い屋根の家へ二人はそろそろと近づいていく。だが表から見える窓も扉も、しっかりと鍵がかかっていた。


「裏に回ってみよう」


 それから塀と壁の隙間のような庭を横歩きで進んでみたが、そちらには何もなく、高いところに同じくしっかりと閉まった小窓があるだけだった。

 結局二人は、また正面へと戻ってくる。


「おいら、ちょっとした鍵なら開けられるんだけど、これは難しいやつだ。窓の方が何とかなるかも」


 今度は扉を少しがちゃがちゃとした後、ガルデは小声でそう言って、窓の方へと移動した。張り付くようにして調べる少年の姿と、それを見守る少女の姿が、ガラスに映り込む。


 幼い頃、よく城を抜け出しては街へと行き、同じ年頃の子供たちと遊んでいたことをリドレーフェは思い出す。今となっては会うこともなくなってしまったが、あの時の遊び仲間は元気にしているだろうか。

 父や母、大臣や兵士、様々な人の顔が浮かび、最後にエフィーゼの顔が浮かんだ。彼女は身をていして自分を守ってくれた。

 無事でいるのだろうか。――また、会えるだろうか。


「……姫様?」


 顔を上げると、ガルデの困惑した表情があった。

 自分よりも小さい彼が、こうして自分のことを案じてくれ、守ってくれようとしている。こんなところでくじけている場合ではないと、口を笑みの形にする。


「いえ、何でもないの。鍵は――」


 言いながら、視線が再び窓に向く。体の方が先に動いていた。


「ひめ――」


 爆音と破砕音はさいおん

 ガラスを割った弾丸は、突き飛ばされたガルデの黒い髪も一房、引きちぎっていった。


「命拾いしたな、小僧こぞう


 舌打ちと共に現れたのは、あの黒服の男。その鋭い眼光は、反動で尻餅しりもちをついたリドレーフェにも向く。


「姫様に手を出すな!」


 ガルデは急いで立ち上がり、リドレーフェのもとへと駆け寄ると、背後にかばって男と対峙たいじする。


「勘違いをするな。害する気などない。我々は姫を迎え入れるだけだ」

「迎え入れたいのはわたくしではなく、神器じんぎでしょう?」


 リドレーフェが皮肉交じりに言うと、乾いた答えが返ってくる。


「ああ。でもそれを得るには姫の力も必要なのだから同じことだ」

「わたくしが貴方がたの言うことを聞くとでも?」

無論むろん、聞いてもらうとも」


 男は言って、にやりと笑う。


「聞かせる手段はいくらでもある」

「そんなこと、させない!」


 ガルデは両手を大きく広げた。


「邪魔立てするなら元仲間とはいえ消すぞ、小僧」

「仲間なんかじゃない! おいらのこと騙したじゃないか! 姫様にこんなひどいことするなんて聞いてなかったぞ!」

「当然だろう。お前に計画を話して何になる。お前も無邪気に喜んでいたではないか。姫様とお近づきになれると。餓鬼がきくせに色づきおって」


 ガルデはぎりぎりと奥歯を噛む。浮かれていたのは事実だ。身寄りのない子供の自分に、突然舞い込んできた大きな話だった。今ならわかる。だから利用されたのだと。

 他の皆はどうしただろうか。真っ白な煙の中、姫の姿を見つけて追いかけたら、いつの間にか知らない町で二人きりだった。


「こっちに来るな!」


 銃口を向けられ、恐くて体が震える。その時、後ろからそっと手を握られた。震える手を握り返すと、手のひらが熱くなる。

 何事かをぶつぶつと呟いていたリドレーフェが耳元でささやいた。言われている意味がさっぱりわからなかったが、夢中で何度も頷く。


「何をしている!」


 男が銃をこちらに向けたままで怒鳴った。しかし背後にリドレーフェがぴったりとくっついているため、撃つのをためらっているようだ。そう思い至ると、恐怖と緊張がない交ぜになって耳まで熱くなる。


「我、神器エレスヴァイスが主、リドレーフェの名において命ずる。これよりこの者を神命騎士じんめいきしとし、そなたの力を貸し与えよ!」

「ひ、姫様」

御意ぎょい、と。――早く!」

「ぎょ――御意!」

「やめろ!」


 男が銃を撃つ。

 しかしそれは、二人の手のひらから漏れ出した光にはばまれた。鉛の玉はスピードを失い、ことり、と地面へ落ちる。

 光は白銀の帯となって周囲を幾度か跳ね回った後収束し、形となっていく。

 やがてガルデの手に現れたのは、小さな銃だった。


「ど、どうだ、これでおいらは姫様の騎士だ! お前なんか恐くないぞ!」


 銃を構え、男へと向ける。その先が小さく震えた。


「どうした? その玩具がんぐのような銃で我を撃つのだろう?」


 男が再び銃を構える。引き金を引かせたのは、姫を守らなければという思いだった。


「何だ、それは?」


 もう一度指に力を込めたが結果は同じ。銃口から発せられた白い光が、男の黒服の上で揺れるだけだった。


「やはり玩具か。餓鬼には玩具で十分ということか!」


 男の目が、怒りに燃える。


「そんな玩具にするために、貴重な神器を使ったのか! 我らがために使われるはずだった神器を!?」


 銃声が響く。銃弾は土がむき出しになった地面へとめり込んだ。三度、銃口がガルデへと向けられる。


「殺してやる――殺してやる!! 貴様もその娘も用済みだ!」

「はいっ、そこまで!」


 唐突に割り込んできたのは、華奢きゃしゃな背中と軽やかな声だった。男の体は軽々と吹き飛び、そのまま向かいの家の塀へと激突する。


「あうっ」


 背中を強打した男は、口から空気を吐き出しながら、ずるずると地面へ崩れ落ちた。


理沙りさちゃんナイス!」

祥太郎しょうたろうさんもナイスサポートです!」


 笑顔でハイタッチをする祥太郎と理沙を、ガルデとリドレーフェは呆然と見つめた。


「いやー、警報機仕掛けてあった家で良かったなぁ。つーかここら辺、ほとんど無人の地区なんだって?」

「予算もないし、人手も足りないから、色々大変らしいです」

『……そういう話は、また今度にしてくれ。祥太郎君、二人をとりあえずミーティングルームへ』

「了解!」


 マスターの指示に頷き、祥太郎が意識を集中させた時だった。


『待て祥太郎! ――あ、いや』


 さいの声が『コンダクター』から漏れ聞こえてくる。


「姫様はおいらが守る! あっちへ行け!」


 注意がれた一瞬を突き、ガルデの神器が光った。


「――へっ!?」


 その光に押し出されるように、路地を滑っていく祥太郎。


「あ、あのちょっと? 理沙ちゃん、助け――」

「祥太郎さん!」


 その姿はあっという間に見えなくなる。


「あの、二人とも落ち着いてください? あたしたちはですね」

「お前もあっちへ行け!」

「ちょっと、話を――」


 理沙は慌てて事情を説明しようとするが、同じように神器の光によって遠ざけられた。


「姫様、こっち!」


 それからガルデは気を失ったままの男から黒服をぎ取り、自分とリドレーフェに覆い被せる。


「――っと。あの銃は何なんだ」

「二人がいません!」


 それから数分後。祥太郎と理沙がようやく合流し、転移してきた時には、すでに二人の気配は消えていた。


「才、お前が急に声上げるからこんなことになったんだろ! どこに行ったかわかんないのかよ!?」


 祥太郎の言葉に、『コンダクター』から申し訳なさそうな声が返ってくる。


『……いや、すまねぇ。今んとこはさっぱり。でも、別のことはわかった』

「別のことって?」

『イディスとかいう国の奴は、他にもいるってことだ。……ちょっと面倒なことになってきたな』

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