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異変 2

「なんかどんどん湧いてくるんだけど!? キリがないよ!」


 祥太郎(しょうたろう)が異形を適当に吹き飛ばしつつ言う。『ブロット』はある程度の衝撃を受けると姿を消すようだが、すぐに新手が美世の居る小屋の周囲から出現する。

 これからどうするか考えあぐねている時、理沙(りさ)が動いた。立ちあがろうとした咲子(さきこ)が腰をおさえてうずくまったからだ。


「大丈夫ですか?」

「私は大丈夫……それより美世(みよ)を……」


 彼女は気遣う視線を跳ね除けるように背筋を伸ばしてみせたものの、無理をしているのは明らかだった。


「ばーさん、こっち向いてみ?」


 軽い口調で呼びかけたのは(さい)。怪訝そうに向けられた顔に突然、緑色の粉末が振りかけられた。軽く咳き込み――文句を言う間もなく彼女の体から力が抜ける。そばにいた理沙はすぐに察し、腕で自分の鼻と口を覆いながらもう片方の手で咲子を受け止めた。それから静かに寝息を立て始めた彼女をそっと地面へとおろす。


「びっくりした。トーコの薬ね?」

「いらねーって言ってんのにゼロがどうしてもおすそ分けしたいっつーからさ、少しだけもらっといて良かったよ。これで大抵の不調は治るしな。――祥太郎(しょうたろう)、ばーさんを家の中に頼む」

「了解!」

「待って、わたしも一緒に行くわ。結界で守っておいた方が安心だから」


 しばらくして二人は戻ってきた。その間は主に理沙が異形たちに対処していたが、数は減る様子を見せないどころか、徐々に増えている。


「まずいな。こいつらそんな強ぇわけじゃねーけど、このままじゃ町にまで出ちまう」

「ごめんなさい、わたしが急かしたせいで。先にマスターに報告してからにすれば良かったのに」

「マリーちゃん、過ぎちゃったことは仕方ないよ。報告しなかったのはあたしたちにだって責任があるんだから」

「そーそー、事態のヤバさに気付けたのもマリーちゃんのおかげだしな」


 三人のやり取りを眺め、考えていた祥太郎が口を開く。


「能力が使えなくなってるわけじゃないし、僕がちょっと出てって連絡してこようか?」

「何が起こるかわかんねーからやめとけ。わけわからん場所に飛ばされるかもしれねーぞ?」

「えっ」

「それにこんなに『ブロット』がいるところを見ると、今までと同じに見えてもう異世界に来てる可能性も……」

「ええっ!?」

「あくまで可能性よ。だから気をつけましょうってこと」


 マリーが言いながら扇を振れば、いくつかの小さな『ブロット』が消えた。すると今度はより大きな『ブロット』がどこからか現れる。誰かのため息が聞こえた。


「美世ちゃんが『ファントム』を発動してるのは間違いねーだろうな。それに『ブロット』の奴らが引き寄せられてる」

「どんどん増えるから美世さんのいる小屋にも近づけないんですよね……美世さん大丈夫でしょうか」

「無自覚に発動しているとはいえ、術者のミヨは守られてるはず。そうじゃなきゃ危ないもの。ただ、このままにしておけないのは確かよね」


 才はマリーの言葉を聞いて少し思案する。


「祥太郎、さっき家ん中に移動してみてどうだった?」

「どうだったと言われても……ああ、そういえばいつもよりちょっと集中しづらかったかな?」

「美世ちゃんのいる小屋の中、行けそうか?」


 祥太郎はじっと小屋を見てみた。すると何故だか背筋が寒くなり、自然と身震いが起こる。


「なんていうか、ヤな予感するかも……」

「だよな。まずはやっぱ『ブロット』の排除で行こう。んで、助けを待つ」

「了解!」


 才にうなずき、祥太郎は近くの『ブロット』を吹き飛ばした。消えたそばからまた現れるそれに、理沙は首をかしげる。


「うーん……もしかしたらこれ、衝撃を与えても消えてるように見えるだけなのかも?」

「その可能性を考えて準備してたの。結界の中に閉じ込めましょう」


 マリーが何度か扇を振ると、小屋の入り口の前にドーム状の光が現れた。


「この中に放り込めばいいんだな? やってみる!」

「あたしも頑張ります!」


 祥太郎と理沙がマリーの結界へと追い込んでいる間、才は外との通信が復活しないかをチェックする。まだ繋がらないことに舌打ちをし、意識のチャンネルをずらしたとき、それを『視た』。


「みんな気をつけろ! ヤバそうなのが来る!」

「サイ、ヤバそうってどんなの?」

「ええ……モヤモヤで、ギラギラしてて……」

「何よそれ!? 気をつけようがないじゃない!」

「いやヤベーのは分かるんだけどさ、上手く『視え』ねーんだよ」

「それって才の平常運転じゃないのか?」

「イチャモン太郎はうるせーぞ! 普段はもうちょいマシだ!」

「情報が歪められてるってことなのかもしれないわね……とにかくわたしたちの周りにも結界を張っておきましょうか」


 マリーが言って扇を構えた直後。


「『ブロット』が……?」


 異様な気配の発露。あれだけ湧き出していた『ブロット』が突如、我先にと逃げるように姿を消し始めた。皆に緊張が走り――そして『それ』はやってきた。


「この感じ……」


 ねっとりと重たい、紫色の闇。この中では祥太郎だけがその正体を知っていた。


隙間鬼(すきまおに)だ! 隙間鬼が来る!」

「どういうことですか? 祥太郎さん!」


 理沙に問われても、どう答えたら良いのか分からない。悩む間にも、闇はその存在を増していく。

 記憶の中を引っかき回し、とにかく思いついたことを口にしてみる。


「ええと……とにかく、みんな集まって! はぐれたら危ない!」


 三人ともその言葉にすぐ従った。それから次の指示を求めるような目を向けられるが、そう簡単に案が出て来るものでもない。


「スキマオニって『いたずら角(トリック・ホーン)』のことよね? ショータローが戦ったっていう。わたしたちはどうすればいいかしら?」

「え、えっと、隙間鬼にはスピードスターとかヘヴィーアタッカーってのがいて……僕が戦ったのはスピードスターなんだけど、予戦と本戦があってダメージ与えてゲージをMAXにしなきゃいけなくて」

「落ち着け祥太郎。ソシャゲの話してる場合じゃねーぞ」

「ソシャゲの話じゃねーわ! とにかく、妙なルールの中で戦わなきゃいけないし、時間内に勝てなきゃヤバいんだって!」


 そんなやり取りをしてる間にも、あたりの闇は霧のように広がってどんどんと濃くなり、庭に生える木々や美世のいる小屋も見えなくなってしまった。

 代わりに現れたのは――不気味に輝く、二つの赤い光。


「来ます! みんな散って!」


 理沙が叫ぶ。皆あわててその場から飛び退った。その直後に起こる重い地響き。何とか踏ん張りながら今までいた場所を見れば、そこには丸太が刺さっていた。――いや、丸太ではない。太い腕だ。見上げるような巨体の持ち主は、牙の生えた大きな口でニィっと笑う。


「ちょっと待て、速くないか?」


 どう見ても攻撃特化という風体。友里亜(ゆりあ)の情報によれば、動きはもっと遅いはずだ。


「だから一人で納得してねーでちゃんと説明しろよ」

「ごめん。攻撃特化だと動きがトロいって聞いてたから。『スピードスター』は速さに特化してて、逃げ回るばかりで攻撃してこなかったんだ。最後は体当りされてピンチになっちゃったけど、攻撃ってほどの破壊力はなかったし」

「でも、複合タイプみたいなのも居るってことじゃないかしら?」

「そうなんだけど……そうは見えないんだよなぁ」

「確かにトロそうだよなー」


 巨体の隙間鬼は地面へと刺さった拳をゆっくりと引き上げ、振りかぶる。その動きを見ていた才が、突然鋭い声を上げた。


「いや、やっぱやべー! 祥太郎! なるべく遠くへ!」


 祥太郎は無言のまますぐ全員を転移させる。今までいたはずの場所には、大きな衝撃とともにぽっかりと穴があいた。


「うわぁぁ、危なかった……才、ナイス」

「ジャンプしたんでしょうか? あたしには動きが見えませんでした」

「いや、僕わかったかも。今回は向こうもチームなんだ。たぶん、転移能力を持った隙間鬼がいる」

「なるほど、そういうこと。つまり整理すると、本来動きが遅いのが弱点だった攻撃型のスキマオニがいきなり降ってくるってことよね? ――最悪じゃない!」

「才さん、さっきみたいな感じで、なんとか出現場所予測出来ませんか?」

「ああ、うーん……よし、こうなったら二択で行こう!」

「二択って、どういうことですか?」

「今見えてるフィールドを、ざっくり9等分する。左奥から1・2・3な。で、俺がヤバそうな番号二つ言うから、そこには行かないようにする」

「わたし、すごく不安なんだけど……それより転移能力があるという仲間を先に見つけたほうがいいんじゃないかしら?」

「才と理沙ちゃんは、もう一人の『隙間鬼』のいる場所、わかる?」


 マリーの意見に疑問を挟んだのは祥太郎だった。


「いや、俺は今んとこ『視え』てねーな」

「あたしも、気配が感じ取れないです」

「やっぱそうか……もしかしたら『隙間鬼』じゃないのかもしれない。難易度を上げるギミックみたいなものなのかも」

「ギミック? 何故そんなものが必要なの?」

「僕たちが四人チームだから、かな? これはあいつらにとって『ゲーム』だから、バランスを取ろうとすると思うんだ。サポート役が倒されちゃったら決着が早く着いちゃうしね」

「なるほど、よくわからん。でもま、とにかくやるしかねーのはわかった」


 そこへ低く響く、耳障りな笑い声。空中に現れたのは無数の時計だ。


「もう本戦だ!」


 12時ちょうどを示したところから、狂ったように針が回る。そして指し示されたのは――11時45分。


「15分!? 短っ! 前は30分だったのに!」

「それもお前がいうところのゲームバランスってヤツなんじゃね? とにかく行くぞ!」


 才はそう言い放ち、集中する。不快なノイズも多く入りこんでしまうため、強い意識が必要だった。


「ああっと……1か5!」


 それを聞いた皆は、左奥と中央を避けて散る。そのすぐあとに、隙間鬼の巨大な腕は中央の地面へと振り下ろされた。


「『怠け者の蔦スラッガード・アイヴィー』!」


 間髪をいれず、マリーの術が発動する。見えない蔦は隙間鬼へと絡まり、その動作をより緩慢にさせた。


「理沙ちゃん!」


 祥太郎の能力で『隙間鬼』の頭上に浮かぶのは、理沙の姿。彼女はそのまま、勢いよく落下していく。


「はぁぁぁぁっ!!!」


 気合とともに脳天への一撃。隙間鬼の悲鳴とともに空中へと示されたダメージゲージが上がった。


「今のダメージで、たったあれだけなの?」


 マリーがため息とともに言葉を吐き出す。彼女の言うように、ゲージに加えられた色は全体の長さから見ればほんの僅かでしかない。


「おい祥太郎、なんなんだよこの硬さは!」

「僕に聞かれても……」

「とにかく、繰り返し攻撃しましょう! あたしも頑張ります!」

「くそっ、めんどくせぇ――2か3!」


 今度は全員、急いで端まで移動する。


「『巨神の手甲タイタニック・グローブ』!」

「理沙ちゃん頼んだ!」

「たぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 今度は飛ばされた理沙にマリーの結界で強化が施された。隙間鬼の顔面に入る強力な一撃。だが――


「さっきとゲージの増え方がほとんど変わらないわ!」

「おい祥太郎、なんなんだよあのゲージ! 壊れてんのか!?」

「いやだから僕に言われても……」

「とにかくやるぞ! 1か9!」


 それからも四人は隙間鬼の攻撃を避け、そして打撃を与え続けた。連携は完璧。敵はこちらに触れることすら出来ない。


「もう時間が……!」


 それなのに、疲労で息が上がった祥太郎の口から絶望の響きが漏れる。残りは5分。ダメージゲージは、ようやく半分というところだった。

 同じくゲージを見上げ、立ち尽くす三人。――その顔が一斉に前を向いた。


「はぁ? こんなどうでもいいゲームに巻き込まれて死ぬなんて冗談じゃないわ!」

「そうそう! 美世さんも助けないといけないし!」

「てめーこのクソ鬼! もう守りに入るのはやめだ! ここから超攻撃型フォーメーションで行くぞ!」

「はははっ……みんな元気だなー」


 落ち込みかけていた気持ちが一気に楽になる。頼もしい仲間だった。


「二択はやめだ! ぜってー当てる! ――2番に鬼! 手数で勝負!」

「おっけーです! 『ライトニング手のひら.buzz』!」

「『いかづち生す小箱キャスケット・オブ・ライトニングブレス』!」

「そこら辺にある石の弾丸!」


 現れた途端に怒涛の攻撃。隙間鬼は為す術もない。拳の連打に小さな無数の電撃、最後は石つぶてをひたすら浴びせられ、ダメージゲージはみるみる上がっていく。

 やがて、時計が止まった。隙間鬼の姿は溶けるように消えていく。次第に闇は晴れ、あたりの景色が変わり始めた。鳥のさえずりが聞こえる。気がつけば、朝日が差し込む時間となっていた。


「おーい、無事かー?」


 懐かしく感じる声が呼ぶ。四人はほっとした顔でハイタッチをし、それから揃って地面へとへたりこんだ。

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