4:トラウマティック~ハジメテの夜~
この世界が”人工的なもの”か否か、それは私達の旅の目的に直結する問題だった。
もしもこの世界がパラレルワールドなら、ここに生きる人々を助けなくてはならない。そのために召喚されたのも理屈は通っているし、やるべきことも明確になっている。――だから闇の侵略とやらを止めるために、情報を集めながら旅をし、戦う。(結果、元の世界に戻れるかどうかは解らないけど)
けれどもし、もしもこの世界が”人為的”なもので、私達がただランダムに選ばれた”テストプレイヤー”だとしたら……宿屋の女将も村の若者もみんなNPCで、闇の侵略は”そういうシナリオ”で、私達の戦いも”仕組まれた流れ”でしかないのだとしたら――私達の取るべき道は2つ。
GMのお気に召すシナリオを演じきって解放してもらうか、ゲームの抜け道を暴いてどうにか元の世界に戻るか。
どちらが正解なのか、まだ私達には確信に至る決定打が無い。だから今はまだ、レールの上を進むしかないのだと、センイチは言った。ハツヒもそれに同意している。
私はといえば、この世界が”作り物”ならむしろ好都合だ。だって労せず裏ワザクリアが可能ってことだもの。私はただうちに帰りたいだけ……それが本音だ。
「なんだか……どっと疲れた……」
宿屋のふかふかのベッドに倒れ込むと、私は思わずそう吐き出した。
悔しいことにこの布団、本当にきもちいい……真っ白で、ふかふかで、私の好きな起毛の手触りだ。これから旅が続くということは、この世界で私達は『帰る家』を持つことが出来ないということ。それを考えると宿屋のクオリティが高いのは有難い。
だけど。
「こんなに何も出来ない役立たずの異世界転移なんて、前代未聞だよね」
現時点で、この”物語”の主人公はセンイチとハツヒ、彼等の方だろう。
私は彼等が一年という時間をかけて集めてきた情報のお零れをもらって、本来の目的である戦闘能力にも不安を抱えたまま、金魚の糞のようにくっ付いて行くだけのモブだ。転移者、の名が廃りまくっていることこの上ない。
「っていうかなんで私ここにいるんだろう……」
改めて考えても、意味が解らない。
自分で考えて行動する、戦闘能力も高い、目的意識もはっきりしている――あんな二人がいるなら、私要らなくない? 神様、やっぱり私、明らかに人選ミスです。
「はー……帰りたい……」
「なんじゃなんじゃ、辛気臭いのう。来てしまったものは仕方ないのだから、そろそろ腹を括らんか」
ぼやく私に降ってきたのは、呆れたハツヒの声だった。
「あ、お帰り、ハツヒ。温泉どうだった?」
「なかなかのものじゃった。おんしも寝る前に湯を浴びてくるが良い」
彼女は私のベッドの端に腰を下ろすと、バスローブの裾を崩して足を組む。幼女のはずなのにどこか艶めかしいその仕草は、彼女の若い頃を伺わせた。大正浪漫の時代、女学生姿でさぞ男を惑わせたのだろう。少なくとも私には真似事すら無理だ。顔形だけ美人になったとしても、非モテは非モテ、身に着いた行動習性がそう簡単に変わるわけでもない。
――そこまで考えて、ふと、私は一つの可能性に気付いてしまった。
「ハツヒは……元の世界に戻りたくない、って思ったことある?」
「そりゃあ、あるさ」
意外にもあっさりと彼女は答えた。
「元に戻れば儂は婆じゃぞ。余命幾ばくもない白寿の寝たきりシワシワ婆が、ここにおれば見ての通りの美少女じゃ。しかも儂には魔力がある。この世界では魔力が主たる動力源であることは話したじゃろう? つまり儂はどこへ行っても金に困ることが無い。第二の人生がイージーモードで歩めると解っていて、拒む理由があるまい?……というのは無論、半分は冗句じゃが」
「じゃあ、残りの半分は?」
つい、問い掛ける――それはまだ聞くべきではなかったのかもしれないけれど。
だって不意に崩れた彼女の微笑みは、聖母のような慈愛に満ちていて――どこか狂気すら孕んでいて。一瞬、ぞくり、と背筋が凍る――怖い、と思った。
だがそれも一瞬、すぐにハツヒは幼女らしい無邪気な表情を取り戻し、くつくつと喉を鳴らす。
「内緒、じゃ。まあそのうち、機会があれば話してやろう」
「そ、そっか。解った、じゃあ、そのうち」
思い切り上下に首を振って頷き、私はなんとなく体をずらして彼女から離れた。
と、それに気付いたのか、ハツヒはにんまりと悪戯な顔をして、ベッドの上に乗り上げてきた。
「そういえば、おんしの”光の種”はどこにあるんじゃ? まだ確認しておらんのか?」
「えっ、あっ、そういえばそんなのもあったね」
怒涛の展開に流されるのが精いっぱいで、そういえば確認していなかったのをやっと思い出した。空気を換えるため、とりあえずいそいそと”光の種”を探すため体を起こした。まず袖を捲ってみたが、両手足の見える範囲にはセンイチの手首にあったような光は見当たらない。
「……手首足首、肘、膝……の裏にもないよねえ。着替えた時に見たけど、胸とかおなかには何もなかったし……となると、背中? 自分で見えないところにあるってこともある?」
「さぁな? 儂もセンイチも見えやすい場所にあるからのう。何せサンプル自体が少ない」
と言いながら、ハツヒは何気なく私のローブに手を掛けてくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
「なんじゃ?」
「この手は何かなー……って」
「初心な生娘でもあるまいに、何を言っておるんじゃ?」
心底不思議だと言わんばかりに、きょとんとした顔で言われる。――ああもう、初心な生娘でごめんなさいね!
「良いって、自分で確認するから! 後で鏡でも見れば解る事だから!」
「若い癖に遠慮なんぞするでない。大丈夫じゃ、何せ儂は百年、女の体と付き合ってきたんじゃからのう。力を抜いて任せておけば宜しい。痛くはせんよ」
「こらこらこら、どこまで何する気よ! 人聞きの悪い事言うなあああ……」
人生で初めて剥かれるのがこんな美幼女だなんて、笑っていいんだか泣いて良いんだか解らない。せめてこれが男――例えばセンイチだったら――なんて想像して慌てて首を振った。いやいやそっちの方が洒落にならない。寝間着のついでに貞操まで持って行かれるわ。
「もう、いい加減にっ……ぁっ、だめだめ、引っ張っちゃダメって……」
「ええい、往生際が悪い。”Freeze”!」
「へ?」
ハツヒの細い指が額に触れた。――瞬間、ピキン、と金縛りにでもあったように全身が固まる。
「えっ、ちょっ、これ魔法……ずるっ……」
「やっと大人しくなったのう。それでは、ゆっくりと楽しませてもらおうか」
獣のように舌なめずりしたハツヒが、身動き取れない私の体に覆い被さり――
「やっ、うそ……冗談だよね? ね? ぁっ……まさかそんなところ、までっ、……いっ、いやああああああああああ……っ」
***
……穢されてしまいました。
すっぽんぽんのまま、私は先程から毛布を被って小さく丸まっている。
ハツヒはといえば、自分のベッドに戻るとすっきり満足げな顔をして、難しそうな専門書を広げ寛いでいる。
「いつまでそうしておるつもりじゃ。そろそろ風呂に行かんと、清掃時間に入ってしまうぞ」
「見られた……今日会ったばかりの初対面の女の子に、恥ずかしいところ全部見られた……」
「指を入れたわけでもなし、おんしは大袈裟に取り乱し過ぎじゃ」
確かに、別に大事なものを奪われたわけではないけれど。でもショックはショックだ。しかも、しかも――
「なんでっ……なんで私のはお尻なのよー……!」
「蒙古斑のようで可愛いではないか」
「他の人に見せられないじゃんっ……」
いや、今後他人に見せる必要があるのか解らないけど!
これじゃモブどころかピエロだよ、と嘆きながら、私は毛布の下で自分のお尻を押さえる。
「風呂に行かんなら早く寝てしまえ。明日は早いからの」
「あんたは私の彼氏か!」
ツッコミを入れながらも私はようやく体の力を抜き――光を確かめるだけならパンツの上からでも良かったのでは?脱がす必要は一体どこに?と気付いたのは、眠りに落ちる直前。文句を口にする前に私の意識は眠りに吸い込まれ――