3:この目が見た不自然な世界
――見られている。
村の中心部へ一歩足を踏み入れた瞬間、私はかつてない視線の集中砲火を受けて、思わず足を止めた。
自分の姿にどこかおかしな点があるのかと不安になり見下ろすが、そもそもこの世界の”標準”が解らないので、何がおかしいやらおかしくないやら。どちらにせよ見当がつかない。
しかし、その疑問は振り返ったハツヒによってあっさりと溶解された。
「まだ自分の姿に慣れておらぬようじゃな」
「自分の?……あっ、そうか……」
そうだ、あの神様(ハツヒのいうところの”もどき”)の不思議パワーで、今の私は超絶美女なんだった(自分で自分を美女と言うとナルシストみたいだけど、そもそもこの外見は本来の私じゃないからセーフとする)
しかも同じく”異様”もしくは”異常”なほど整った容姿を持つ二人が共にいるのだから、そりゃあ注目も浴びるってものだろう。例えばひなびた温泉街の駅前をイケメンと美女と美幼女が揃って歩いてたら、私だって「一体何の撮影か」と目を奪われないわけがない。
「視線というのは得てして不躾なもんじゃからのう。儂もこの姿になってから、よぉ身に染みたわ。若いおんしには格別負担になるじゃろう。羽織り物が要りようかえ?」
「いえ、大丈夫です……今のところは」
既にその姿で半年以上も生活しているハツヒはこの戸惑いにも覚えがあるのか、同じ女性として気遣ってくれる。
小さく首を振りながら、それでもまだ「どーだ私は美人だぞ!」と開き直れるわけでもなく、私はなるべく体を小さくしてセンイチの陰に隠れた。彼の大きな体はこんな時役に立つ。
「それにしても……意外ときれいなんだね、村……」
ようやく一呼吸して村の中を観察すると、すぐに私はその違和感に気付いた。
「正直……もっと荒れてると思ってた」
空から見下ろした時、現代の地球のようなビル群は見当たらなかった。有名RPGの印象もあって中世ヨーロッパくらいの文化レベルを想像していた私は、少し拍子抜けする。
見たところ上下水道は整備されているようだし、常夜灯らしきものもあった。電線はないし、発電所があるとも思えないのだが……動力は魔法だろうか?
さらに路地は清潔で塵もほとんどなく、村内には活気があった。露店に海物山物問わず食品が十分数陳列されていたし、人々の服装はシンプルだが小洒落ていて、獣臭さも泥臭さもない。栄養状態もよさそうだ。
勿論、スマホを持った若者がごろごろしているわけではないし、鉄筋コンクリートの建物があるわけでもない。でも……何かおかしい。快適過ぎる。
「ねえ、二人とも、これって……」
「聞きたいことは解るが、話は後じゃ。先に食事にするぞ。どうせその間にも聞きたいことが増えるじゃろうからの」
促されて宿屋に向かう。そこでも私は更なる困惑を覚えることになった。
「……美味しい」
ご飯が、美味しいのだ。
いや勿論、それ自体は歓迎すべきことなのだけど、これはちょっと美味し過ぎる。
まず水に氷が浮かんでいて、ほんのり柑橘の香りがする。人参と水菜のサラダはシャキシャキでドレッシングは3種類から選べた。ポテトフライにはたっぷりのマヨネーズが付き、白身魚のカルパッチョはうまみがあって臭みがなく、ミディアムレアに焼かれたステーキ肉もジューシーで柔らかかった。
つまりどういうことかといえば、新鮮な野菜、新鮮な魚介類、新鮮な肉がきちんと冷凍もしくは冷蔵されており、何種類ものスパイスが使用され、何通りもの方法で適切に調理されているということ。――こんな田舎の村でまでこのクオリティの料理が食べられるということは、王都ではきっと、もっと……。
「やっぱり、私が想像してた異世界と、全然違う……」
思わず呟くと、それまでにやにやと私の様子を眺めていたセンイチが、とうとう声を立てて笑った。
「どんな世界を想像してたんだよ」
「だって、剣と魔法の世界だよ? なんかもっとこう……田舎町は人が少なくて、食べ物も素材そのままで、干し肉とか塩辛い魚とかをちびちび食べながら、やけにアルコール度数の高い安酒で固いパンを流し込むみたいな……」
「そう言いたくなる気持ちは俺にも解るけどな。嬉しい誤算だろ、これは?」
だってよくある異世界モノってそうじゃない?
大体、文化レベルが現代日本より数段下で、どこかしら不便で、そこを逆手にとって異世界人が知識で無双していく……っていうのがお約束だと思うのよ。調味料とかその最たるものよね。
でもこんなに快適な環境じゃ、ほとんど日本にいるのと変わらない。それこそ天才料理人か発明家か何かなら腕の鳴らしようもあるだろうが、私程度じゃお役に立てることも無さそうだ。
「本当に、私達って純粋に戦うために呼ばれたんだね」
「そりゃそうだろ。最初にそう言われた通りだ。逆に違うこと……例えば食文化の発展やら、技術提供やらを求められてたとしたら、それこそ詐欺だ」
「むしろ私はそっちの方が良かったなー……詐欺でもいいから、今からでもそっちに設定変更してもらえないかな……」
「なんだ、戦うこと以外に何か自信のある分野でも持ってんのか?」
「……まあ、ありませんけども」
「だろうと思った」
顔に書いてある、と笑いながら手を伸ばし、センイチは私のほっぺたをつんつんとつついてくる。その『イケメンだから許される絶妙なラインのスキンシップ』に思わず頬を赤らめて、私は軽く彼を睨めつけた。
「やーめーて。子供じゃないんだから」
「子供じゃないから触りたくなるんだろ?」
「センイチは子供の方が良いんじゃなかったっけ?」
「ばっ……だから俺はロリコンじゃねぇって言ってんだろ! 頼むからそのネタは勘弁してくれ……」
このロリ婆連れてるから洒落に聞こえねぇんだよ、とわりと本気で嫌がるセンイチ。どうやらこれまでの道中、いろいろあったみたいだ。……こう見えて意外と苦労性なのかもしれない。
そんな私達のやり取りもどこ吹く風、ゆっくり食事を終えて、ハツヒは行儀よく口元を拭った。
「さて、セクハラごっこはその辺にして、腹もくちくなったところで本題じゃ。イツキの疑問にそろそろ答えてやらねばの」
「あ、はい、お願いします」
話し方のせいか、つい彼女にはかしこまってしまう。年上(に見える)センイチにタメ口を使い、幼女のハツヒに敬語を使う。――なんだか妙な感じだ。実年齢のことを考えると、そうなっちゃうものは仕方ないんだけど――余計な思考を首を振って飛ばしながら、私は言葉を選び、二人に問い掛けた。
「……この世界、なんかおかしくないですか? アンバランス、というか……不自然、というか」
センイチとハツヒは視線を交わすと、一つ頷き、口を開く。
「この半年、俺達はこの辺りの村や町を中心に情報収集をしてきた。結論から言うと、どこへ行ってもこの村と大差ない状況だ。小さな村でも衛生的で、食べるものに困ることもなく、必ず宿や教会がある」
「一方で、電気でモノを動かす技術は発達していないようじゃ。すべてが魔力で動いておる。魔法を使えない者の為には”魔石”が売り出されておって、電池のようにして使うらしいのう。儂は自前の魔力で大抵のものは動かせてしまうがの」
「ちなみに電車やバスなんかの交通機関はない。主な移動手段は馬車だ」
え、と私は思わず声をあげてセンイチの言葉を遮った。
「じゃあ、食べ物は? 地方の人達はどうやって食材を手に入れてるの?」
「ほとんどのものは”転送”で各地に流通してるらしいな。店と店の間をこう……どこでもどあー……的な?」
青い猫型ロボットの真似だったのだろう。やってしまってから自分でも少し恥ずかしくなったのか、センイチは頬を掻くと、何事もなかったフリをして話を続けた。
「つまりそういうこった」
「それって、人間は通り抜けできないのかな?」
「出来ないんだろうな。生き物はその方法じゃ転送できないと聞いたことがある。もっとでかい魔力やら魔法道具やらの準備がいるんだとさ」
「なんかいろいろ都合がよすぎるなあ……」
「そりゃもう、不自然なくらいに」
「儂等がここで旅をするための環境を、わざわざ整えたといわんばかりじゃな」
ハツヒが揶揄するように言うが、その目は笑ってはいない。
ふと、私の脳裏に”彼女”が浮かんだ。――この世界を救え、と彼女は言った――もし、あの時の私の直感が冴えたものだったとしたら。
私は続くセンイチの言葉を最初から、もうずっと前から、予感していた気がする。
「ここが本当に”異世界”なのか――あー、いや、ニュアンスが難しいな――異世界は異世界なんだが、”自然発生的な異世界”……つまりパラレルワールドなんかの一つなのか、それとも”作られた異世界”……ゲームの中とか、そういう類なのか、俺達はまだ結論を出せていない」