2:第二の出会いと私の役割《ロール》
小さな村の入口で待ち構えていたのは、やたらと露出の高い下着のような衣装を身に着けた幼女だった。
「遅かったのう、センイチ。儂は待ちくたびれたぞ。で、”それ”が今回の”落ちモノ”かえ? なんじゃ、あまり頭も体も強そうではないのう。おんし知っておるか? メリケンでは”ブロンドジョーク”という言葉があるくらいで、ブロンドは頭が弱いという俗説が今も根強く――」
「おいおい、いきなりひでぇご挨拶だな、婆さん。この子は俺と違って落ちてきたばっかなんだから、お手柔らかに頼むよ」
言葉を遮られ、ふん、と不満げに鼻を鳴らす幼女。
――幼女、と呼んでいいはずだ。表情は不遜で不穏で不敵、偉そうに胸を張ってはいたが、身長だけなら私の腰ほどまで。外見年齢は10歳そこそこだもの。幼女で間違っていないはず。例えセンイチが彼女を「婆さん」と揶揄したとしても。
気を取り直して、私は彼女の前に進み、軽く会釈を向ける。彼女が何歳であれ、礼儀は大事にしなくちゃね。
「えっと……イツキです。はじめまして。あなたも異世界人なんです、よね?」
「うむ、認識に相違ない。儂の名はハツヒじゃ。元の世界では白寿の婆であったが、今はほれこの通り。愛らしく若返ったものじゃろう? これでまた長生きが出来るというものよ」
くるん、とターンしてみせる。確かに、その姿はとんでもなく可愛い。長い黒髪に黒曜石の瞳。華奢な肢体は同じ女であっても思わず守ってあげたくなるほど庇護欲をそそる。まさに完璧な美少女だ。……ただし、中身が百歳手前のお婆さんだと知ってしまうと、手放しに褒めるのも微妙な気持ちだけど。
「職業は魔術師。この世界で魔力を高めるものは素質と知識と欲である。年の功ゆえ、攻撃力はそこな小僧より上じゃ。道中死にたくなくば儂を崇め奉りよく仕えよ」
「はっ……ははぁ……」
思わず平伏したくなる調子で言われ、私はたじたじと後ずさる。助けを求めセンイチを見ると、彼は軽く頭を掻いてから、二人の間に割り入った。
「だぁから、婆さんは押しが強過ぎンだって。初対面なんだから手加減してやれよ。嬢ちゃんがびっくりしてんだろ」
すると、面白げに目を細めたハツヒは、パン、と音を立てて手に持っていた扇を開くと、その陰からセンイチの顔を上目遣いに覗き込んだ。
「なんじゃおんしは、さっきからやけにその娘に甘いではないか。ブロンド女の乳のでかさに絆されおったか?」
「いやいや、人聞きの悪い事を言うな。絆されてねぇし、大体でかいからいいってもんでもねぇし」
「ほほう? なんと、貧乳派であったか。ではこれまで儂の体をずうっといやらしい目で見ておったわけじゃな? いずれあーんなことや、こーんなことをする気だったのじゃろう? うたまろの春画みたいに!」
「んなっ……なんでそうなる! 見てねぇし幼女も婆も趣味じゃねぇ!」
「おおいやじゃいやじゃ、そんな必死に否定すると余計に怪しいわ。これだから男というやつは……」
「待て待て待て、おいイツキ、真に受けんなよ! 見てねぇからな? ほんとだからな!? ってか今、なんでそういう話の流れになった!?」
あら意外。
修道院で酒池肉林していたはずの人が、顔を真っ赤にして否定する。その様がなんだか可愛くて、私は思わず吹き出した。
「っふ、ふふ……あははっ、そっか、解った。二人は仲良しなんだね」
「よくねぇよ? 今のどこをどう見りゃそう見えるんだ……完全に俺が遊ばれてただけだろうが」
「それは仕方ないよ。年の功、年の功」
実年齢的に言えば、彼等は祖母と孫くらい離れている。百戦錬磨の女傑の口撃はワンダー級。センイチが彼女に勝とうと思うのが間違いだ。
一頻り笑った後には、すっかり肩の力が抜けていた。一瞬でもここが異世界だということを忘れられたからかもしれない。そんな私を満足げに見て、ハツヒは一つ頷いた。
「さて、あまり弄るとおもちゃが壊れてしまうでの。おんしの気も晴れたようじゃし、本題に参ろうか」
「本題、ですか?」
「左様。これからの旅に向けて、まずはおんしの力を知らねばならぬ」
手に持った扇をひらひらと揺らし、歌うように彼女は言った。
ハツヒの周りを取り巻く空気が変わり、不意に清浄な風に体が包まれるような感覚を覚える。――これが、魔力というものなのだろうか。
「我等にはそれぞれ役割があり、あの神もどきに基本的な力を与えられておる。例えば儂は魔術師。ここに”落ちた”時から魔法の使い方を心得ておったし、戦士であるそこな小僧は巷の剣術道場の指南役程度なら軽く捻ることが出来よう」
その言葉に呼応するように、扇の上に小さな火の玉が躍る。ひらり、扇が翻るとそれは水に、そして光の玉へと順々に姿を変えた。
これが彼女の魔法か。私もこういうのが良かったな……便利そうでちょっとうらやましい。
「そんな目で見ても、おんしには魔法の素養はなさそうじゃ。諦めよ」
「そっか……でも、何かほかの才能はあるんですよね?」
「恐らくは。神もどきの手違いか何かでない限りはのう。でなくば、この世界に落とされた意味がなかろうよ」
まあ、そうか。闇の侵略とやらを止めるために来たんだから、それくらいのボーナスはもらって当然だよね。
ハツヒはまた扇をくるりと反すと、そこに青白い炎の輪を浮かべた。サーカスの虎がくぐるようなアレだ。
「儂にはその者の持つ役割を映し出す力がある。おんしに秘められた力を見せてしんぜよう」
「お、お願いします」
神妙に頭を下げてから、私は言われるがまま、彼女の正面に立った。炎の輪を覗き込むと、向こう側にハツヒの顔が見える――まあ、当たり前か。炎で出来たただのわっかだもの。他のものが見えるわけもない。
――と思ったのも束の間、ぐらり、と視界が揺らぐような感覚があって、炎の輪は私の前で姿を変え始めた。ただの輪から、青い焔を湛えた鏡――白雪姫の女王が持っていたような”それ”に。
「うわっ……」
「逃げるでない。とくと視よ。己の本質から目を逸らしてはならぬ」
「私の、本質……それがここに、映るっていうの?」
じ、と目を凝らすと、その鏡の中に何かが見えてきた。じわり、じわりとシミのように滲み出し、形を成していく。
――白い。
白い小山のようだ、と思った。いや、生きているのか。動いている。大きな、ふわふわとしたもの――動物? 熊のようだが、ちょっと違う。泣いている、子供のような背中――あ、羽がある。柔らかくて、でもたくましい、鳥のように美しく力強い翼――なのに泣いている。しゃくりあげながら、誰かを――私を、呼んでいるの?
「イツキや、何が見える?」
「……解らない……大きな動物……ふわふわしてる、羽がある……」
「動物か。羽がある動物……ペガススかえ?」
「ううん、馬じゃない……もっと大きい、ふわふわの……白い……あ、消えちゃう……」
薄れる映像。その向こう側で、動物は泣き続けている。
待って、待って、消えないで。あなたは何なの? そんな風に私を呼ばないで。私の為に泣かないで――最後に見えたのは黄金の瞳。そして、開かれた――口。あれは、あの顔かたちは、どこかで見覚えが――そう、あの形はまさか――
「どっ」
「……ど?」
「ドラゴン、だっ……!!」
ぎょっとして、私は大きく仰け反った。瞬間、炎の鏡は弾けて消え、私はその勢いで無様にも尻もちをつく。
ぽかん、と口を開いたままの私を余所に、ハツヒは訳知り顔で扇を引くと、はたはたと自身を煽ぎながらセンイチを見た。
「なるほど、竜か。イツキの潜在的な役割は竜騎士かもしれんのう。センイチが前衛主力、儂が後衛火力、イツキが飛行戦力……となると、次は壁役か隠密が欲しいところじゃの」
「俺としては、次は癒し手が希望だな。神さんにお祈りでもしておくか? 信心深くしときゃ、早めに落っことしてくれるかもしんねぇぞ」
「ふむ、教会に饅頭でも供えにいくかえ?」
二人は暢気に言葉を交わしている。
けれど私はそれどころじゃなかった。――ドラゴン……ドラゴンナイト? 私が? 先程見たドラゴンに乗って自分が戦うところを想像した――いや、想像できない――あんな泣き虫ドラゴンと、剣もまともに握れない私。どう考えても足手まといの役立たずになる未来しか見えなかった。いや、そもそも戦いたくなんかないんだけど。どうする私。このままだと確実に私は前線で戦わされる羽目になる。逃げるなら今――今、なのかも、しれない――?
呆然とする私をやっぱり置いてきぼりにして、話はずんずんと進んでいく。
「王都に出て、まずはイツキの竜を探すのじゃな?」
「それから俺達の探し物の情報も集めねぇと」
「次の異世界人がどこに落ちるかも解らんし、長距離の移動手段についても調べたいのう」
「よし、ひとまずこれで今後の方針は決まったな」
ずんずん、ずんずん、ずんずん……ぐう、きゅるる。
「さて、それじゃそろそろ、腹が減っては戦も出来ぬ。宿に戻って飯にするか」
私のおなかの音に気付いて、センイチが言った。そういえば大分長い間、何も食べていない。
「ほら、行くぞイツキ」
「しっかり栄養を付けるんじゃぞ、未来の竜騎士殿」
ははは、と空笑いを浮かべながら、招く彼等を追って歩を進める。――結局ここで生きていくには、ひとまず彼等について行くしかないようだ。
己の未来に一抹以上の不安を抱きながら、こうして私は彼等の旅に同行することとなったのである。