8 事件現場の検証
夕食を終えて自由時間を迎えると、リチャードはトイレに行くふりをして外へ抜け出した。
集合場所は寄宿舎の裏手にある馬小屋だ。そこならば馬たちもいるし、気配をごまかせるかもしれないとジェイクが提案した。
お互いに言葉は交わさず目で確認をすると、リーダーシップをとるジェイクを先頭に中庭を抜き足差し足忍び足で抜けて、後者へと向かう。
校舎裏手にある守衛室へ行き、堂々とジェイクが作り話をした。
「ウチら教室に忘れ物をしたんですけど!」
すると守衛は何の疑いも無く校舎と教室の鍵を差し出した。必要なのは校舎の鍵だけで教室は関係ないけれど「教室に忘れ物をした」という理由付けをした以上、それもあずからなければ不自然だ。
「よし、これでいいわ。いきましょ」
そうして三人は爆破事件のあった理科実験室に向かった。
理科室は普通の教室サイズの実験室と、その隣に教室半分程度の準備室が並んで配置されている。さらに横に教職員用の小部屋があるのだが、ここから入口はわからない。
問題の爆破事件があったのは三つの部屋のうち、先日の授業で使った実験室。そこには「立入を禁ず(キープアウト)」と書かれた張り紙とテープで封がされていた。
「それで、わたくしをここに連れてきてどうしようというのかしら、ジェイコブズさん?」
引っ張られていた手が解放されると、それまで大人しくしていたマリアが質問を口にした。
「この通り中には入れないね」
「そうですわね」
「鍵もない」
「ええ、そうですわね」
「でもとりあえず中は見えるわ!」
そう言ってジェイクが実験室の引き戸をコンコンと叩く。実験室のドアには小さな窓がついていて、中の様子はここからでも確認することが出来る。
ジェイクが中を覗き込むと、リチャードもそれに続いた。
「おお、あの黒く焦げたところが爆発した現場か」
教室後方の様子は滅茶苦茶という具合だった。作業台の他には本来整理整頓された実験器具や薬品、書籍の類が棚に陳列されていたはず。
けれども棚からあらゆるものが散乱して一部は破損している。それに床が黒こげになっていた。
「放火で炎上したってよりも、爆発したって感じね。教室の噂とも合致するわ」
「けど、それだけ把握したところでしょうがないだろ、マリアが犯人じゃないって証拠をつかめないとな」
そう言ってリチャードは錠前を破るためつもりで持ち込んだピッキング用の工具袋を出した。
カチャカチャと道具を鍵穴に差し込んだり、耳を近づけたりと錠前破りをはじめた。
「ちょい待ってくれ、しばらく時間がかかると思う。上手くいくかな……」
「あんた不器用だからね、でもちゃんとマリアさんの為に上手くやりなさいよ!」
ふふん、とジェイクが鼻を鳴らすと、改めてマリアへ向き直る。
「さて、マリアさん」
「何かしら?」
「ここから魔力の残り香みたいなものは感じられるかしら?」
「魔力の残り香?」
リチャードの質問にジェイクが返す。
「そう、リチャードも魔法基礎Aの授業で習ったでしょ」
魔法学のさわり、座学程度のものはファルミアの寄宿学校でも基礎課程で学んでいる。
「いや覚えてないな……」
「そんなんだからリチャードはいつも落第点なのよ!」
「ぐぅ……」
「それでマリアさんどう? ここには魔法を遣った痕跡みたいなのは残っているかしら?」
「そうですわね。この中に魔法装置か何かがあるみたいですわね」
「理科実験室に魔法装置がか? おかしいだろ」
リチャードの思案顔にマリアが首肯する。
「ええ。それに」
「それに?」
「もうひとつ言い忘れていたことがありました」
マリアはそう言って続ける。
「ある程度魔法の扱いに熟練していたら、こういう簡単な鍵は訳もなく開ける事が出来ますわ」
何かの術式を唱えて理科実験室の施錠を簡単に開けてしまうマリア。
「すげえ、魔法でピッキングか……」
「魔法遣い、いえわたくしにはそれが可能です。科学的には密室かもしれませんが、恐らく犯人も魔法を遣えば簡単に開け閉めできた訳です。だから反論するだけ無駄だと思っていたのですわ……」
マリアはそう締めくくりながら、理科実験室の引き戸を開けて中に入った。