6 理科実験室の爆発事件
学校内でその事件は突然起きた。
昨夜のうちにどうやら何者かが学校の敷地内に侵入したらしく、寄宿学校の教室で破壊工作を働いたというのだ。
朝からその事件を調査するために王立警察庁の警官隊がかけつけて、学校関係者と教師陣を巻き込んで事情聴取が行われていた。
校門から生徒たちが出入りする校舎入り口前までの広場は騒然となって、多くの関係者が黒山の人だかりを作っていた。
事件の事など何も知らなかったリチャードは、いつものように寄宿舎で起床すると、同室の生徒たちが部屋を出たのを確認して戸締りを行った。たまたま今日がリチャードの戸締り当番だったのである。
リチャード自身は、校舎へ向かって生徒たちがほとんどいなくなった寄宿舎の廊下を歩きながら、毎朝行われる小テストの事をぼんやりと考えていた。
ちゃんと予習はしていたつもりだが、何でも暗記に頼るくせがある彼は応用が利かず、試験の類はたいがい結果が悪い。
そもそもリチャードの家は裕福ではなかった。
そんな彼が決して安い学費ではない寄宿学校に通っているのだから、テストや実験のたびに焦燥感にまみれてしまうのは当然の事だ。
父親はボイラーやピストンの部品を作る小さな工房をリチャードの叔父とともに経営していたけれど、資金繰りの方はいまひとつで、息子を市立寄宿学校へ送り出すのがやっとだった。もしリチャードが一人息子でなければ、学校へ送り出す事はかなわなかっただろう。
父の口癖は、何につけ「これからは科学の時代」と「科学は俺たちを裏切らねぇ」だった。
彼自身は勉強の方はすこぶる成績不良だったけれど、無学でとにかく苦労した父が、学費を工面して寄宿学校に送り出してくれた事そのものには、とにかく感謝していた。
無学のままでいたら、
――間違いなく俺の代には機械工房は倒産だ。
そういう自覚がある。
時代は日進月歩で、しっかりと新しい知識を学ばなければ置いてけぼりにされてしまう。
けれども、学ぶ気はとてもあるのに、どうしても理数の科目は成績が悪かった。
初等科入学当初は必死に食らいついていたのだけれど、中等部にあがった頃には落第生もいいところだった。
かといって機械工職人の跡取りに国語や美術の成績は必要ないので、こちらにははじめから力が入っていない。
それでも図工の授業だけは、職人の跡取りの意地で及第点ギリギリをキープしていたけれど、どうも手先が不器用なのか、リチャードが作る木工品はどれも不細工だった。
あんなに憧れていた新しい時代の機械工職人という夢も、最近では極めて現実的な思考をせざるをえず、憧れよりも先に、とにかく寄宿学校をなんとか卒業しなければ、という想いである。
今のところ彼が今の成績でしがみついていられるのは、小柄な体躯に似合わず運動神経だけはずば抜けているからだ。最悪もし機械工職人として腕が無くても、寄宿学校出の人間なら軍隊で食い扶持ぐらいはあるだろうと、学校の担任に言われている事だけが救いだった。
寄宿舎を出ると中庭を抜けて校舎入り口へと向かう。
中庭を挟んで反対側からも見える立派な時計堂は、まさに科学の象徴だった。王都の学校ならば偉大なる魔法使いが発明した魔法陣の永久機関か何かで時計を動かしているはずだが、少なくともファルミアの時計といえば魔法ではなく蒸気機関で動いている。
そんな事をふと考えながらリチャードが校舎入り口に目を向けると、そこにはたくさんの大人たちが集まって、何やら騒然としていたのである。
「また何かあったのか……」
耳を澄ませていると、どうやら理科実験室内で爆発事件があったという事らしい。
完全に戸締りされているはずの理科実験室でそんな破壊工作があって、犯人は密室状態にもかかわらずそのなかで爆破を決行したらしい。
もちろん、指紋やら何やら状況証拠からは今のところ犯人を特定するものは発見されておらず、事件解決への道は混迷を極めそうだという内容だ。
「市議長逮捕の次は、市立寄宿学校の爆破。王統派の連中はやる事がえげつないな……」
さりげなく誰かが発した言葉がリチャードの耳に届いた。
王統派と共和派が権力闘争をしている事は、いくら政治情勢に疎いリチャードでもどことなく知っている。
それはそれとして、さすがにたくさんの生徒たちがいる学校が巻き込まれる事件が起きるなんて聞いたことがない。
そんな事をソバカス少年が考え込んでいると、その背後から彼に声がかかった。
「これはしばらく、この話題で持ちきりになりそうねー」
振り向くと、そこには狐耳をうごめかすジェイクの姿があった。
「お、おうジェイク。おはよう」
「おはよう! まあ考えても仕方がないわよ。それより朝の小テストがあるんだったっけ? ウチすっかり忘れてたんですけど!」
「そうだな。予習は一応したけど俺も自信ねぇし……」
「何よリチャードのくせに抜け駆けしたの?」
現実に引き戻されてふたりは軽口のたたき合いをした。