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3 今日からお友達

 かつてこの、王と王の臣たる貴族たちに率いられていたリンケイシア王国の基盤を担っていた魔法学が廃れ、世の中が科学一色に塗り替えられるきっかになった出来事があった。

 蒸気機関を発明したトマス・セイヴァリという人物の登場である。

 貴族軍人の四男として高度な教育を受けながらも、まったく魔法の素養が無かった彼は、そのために魔法学に代わる技術の革新を目指して一部で研究がおこなわれていた当時の異端学問、科学に魅了されたのだ。

 リンケイシアの王宮殿で行われた、セイヴァリのポンプ式蒸気機関は見事実験に成功し、こうして産業革命の夜明けが訪れた。


 セイヴァリのポンプ式蒸気機関は当時まだまだ稚拙(ちせつ)で単純なものではあった。

 これまで接続的に火力を維持する事は、人間が魔術を駆使し、複雑な魔法陣と人的制御のみによって熱し続けなければならなかったけれども、この蒸気機関の発明によって石炭とポンプ式蒸気機関さえあれば、必ずしも魔法とは人間にとって必要なものではない事を世のリンケイシア市民たちに知らしめたのである。


 魔法学は貴族のもの。

 それは王都カディフのみならず、これまでリンケイシア臣民にとっての常識だった。

 けれども産業革命によって魔法に頼らない機関の発明にがもたらされたことで、一般の市民にも文明の恩恵をもたらしたのである。

 その市民による科学の萌芽(ほうが)が生まれたのが、古来よりリンケイシアと海外との交易拠点であった南部の港湾都市ファルミアだ。

 やがて、ひろく国民に科学や医学を普及させる目的で、ファルミアに市立のプリミエラ大学と市立寄宿学校が開校されたのである。


「あら、マリアさんじゃない!」

「よ、よう……」


 四時限目の授業が終わりお昼休みの時間を迎えた寄宿学校の生徒たちは、みな思い思いに学生食堂へと集まっていた。


 たまたま狐耳(ヴェルペ)のジェイクと連れ立って食堂を訪れていたリチャードは、そこでつい数日前の実験で手伝ってもらったマリア・ノールズを目撃したのだ。

 寄宿学校では文字通り、生徒たちは原則的に寄宿舎に部屋を与えられて、そこから学校に通う事になっている。

 そうなれば当然食事は食堂で済ませる事になり、朝昼夕の三食を学校と寄宿舎に併設された学生食堂で食べる事になる。


「ハイハイ、ウチらマリアさんの連れだからー」


 リチャードたちよりも先に学生食堂の配膳の列に並んでいたたマリアのすぐ後ろに、ジェイクが調子の良い事をならべながら割り込もうとする。


「お、おい順番を――」


 ちゃんと守れよ、と言葉を続けようとしたけれど、あいにくとリチャードは口下手なのでうまく続けられない。


「何よ、問題ある?」


 そんな言葉を口にしてジェイクはリチャードとマリア、それから後列に連なる生徒たちを威嚇(いかく)してみせる。

 下町生まれの人間特有の、やかましい声と押し出しの強さに、他の生徒たちは冷たい視線を向けるけれども言い返すことが出来ずにいた。


「よし、これでいいわ! ね、マリアさんウチらは友達っ」

「…………」


 何事も強引なジェイクに白い目を向けるマリアだけれど、特別何も言葉は返さなかった。


「や、やあマリア」

「何、あなた今日も独りでお昼食べるの? さびしい人ね!」


 やりにくそうなソバカス少年の言葉をかき消すように、相変わらず姦しいジェイクが言葉を重ねた。


「お、おいよせよジェイク。マリアが困ってるだろう」

「そんな事無いわよリチャード、マリアさんだって独りで食べるよりも、ウチらと一緒に食べた方が楽しいに決まっているじゃない!」


 そんな風にジェイクが返す間にも、配膳列は進んで、プレートの上に給食のおばちゃんが油で揚げたポテトとカレイを盛り付けていった。


「あの、おばちゃん。ブロッコリーはいらな――」

「なにリチャード、あなた子供じゃないんだから好き嫌いはいけないわ。そんな事だから背が伸びないのよ」

「うっせ、お前だって……」

「何っ!?」


 背の低いソバカス少年が、背の低い狐耳娘(ヴェルペ)に無駄な抵抗をした。

 それまでしらけ気味に無視を決め込んでいたマリアだったけれど、そこでたまらずクスリとしてしまう。


「ウチは狐耳族の血が入っているから小柄なのはしょうがないの! でも見なさいよマリアさんを。ちゃんとしっかり好き嫌いしていないから、金色の(かみ)(つや)はウットリするぐらサラサラ、体躯(からだ)も胸もあんなに立派じゃない。同じ女の子としてうらやましい限りだわ……」


 ね、マリアさん! とばかり白い歯を見せつつも軽口を叩いたジェイクに、マリアは続けて笑った。

 配膳が全て終わると、スカスカで固い黒パンと芋に白身の油揚げ(フィッシュアンドチップス)、鶏肉と豆のシチューが盛り付けられていた。

 決して褒められた味ではなかったけれど、ファルミア市民にとってはごく一般的で親しみのある料理だ。

 そんなプレートを持って、ジェイクが「こっちこっち!」と連れの二人を開いたテーブルに呼びつける。


 いつも行動を共にしている下町組のリチャードはともかくとして、普段は必ず独りで行動しているマリアは、ちょっとばかり戸惑いの顔をしながらも引っ張って行かれた。

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