10 機械仕掛けの蒸気ロイド 中
「しかしよく出来てんな。マリアにそっくりだぜ」
「ちょ、ちょっと。あんまり不躾に触りまわるのはやめてくださらないかしら……」
「どうしてだよ」
マリアに向き直るリチャード。ランプに照らされた彼女の顔は、気恥ずかしげにしていた。
「だって、その。まるでわたくしを触られてるみたいで……」
「そうよジェイク、レディのお胸を触るなんてホント変態ね!」
「え、でもこれただの機械人形だろ……」
「じゃあ何でマリアさんのお胸を中心に触っているのよ。ハッハーン、どうせマリアさんのお胸がちょっとばかし巨乳だからでしょう。やっぱり変態!」
ジェイクにそう言われて慌てて手を放すリチャードである。
「わ、わたくしはそれほど胸は大きくありませんわ。そっ、それにこの機械人形の胸は、わたくしのよりも、その、若干小さいですし……」
「な、なんですって!! これよりも大きいの!?」
十四歳でけしからん大きさなんて許せないわね、などと言いながらジェイクがマリアの胸に手を伸ばそうとしたところ。
ガチャリとドアノブが回る音がした。慌てて三人が振り返ると、準備室のさらに奥にある職員用の小部屋からひょっこりと白衣を着た若い女教師が顔を出すではないか。
「あなたたち、こんな夜中に何をやっているの!」
声の主は理科の授業を受け持っているキッシンジャー教諭だった。
生徒たち三人はてきめんに驚いて硬直した。
その瞬間にリチャードが機械人形から手を放してしまい人形は姿勢を崩す。慌ててマリアがそれを手に取って姿勢を立て直した。
「いや、俺たちは……」
「ウチらはただ昨日あった理科実験室爆破事件の真犯人探しをしていただけですよ!」
口下手なリチャードに代わって、ジェイクが言葉を繋いだ。
「……爆破事件の犯人ですって? そんな事は警察に任せておけばいいでしょう。あ、あなたたち生徒が口を挟む問題ではないのよ!」
「そんな事言いますけど先生、同級生のマリアさんがウチのクラスでも犯人だって疑われていたんです! それに――」
「それに何ですか!?」
怒れるキッシンジャー先生にジェイクが抗弁する。
「ココを調べていたらマリアさんにそっくりな人形が出てくるし、ウチらもこのままハイソウデスカって引き下がる訳にもいきません!」
これはどういう事ですか? という風にジェイクはずいとキッシンジャーに迫った。
「う、これは」
「これはマリアさんですよね!」
「そ、そうね」
「マリアさんの顔をした機械人形が、どうして理科準備室にあるのでしょうか!」
「そっそれはタマタマよタマタマ、他人の空似じゃないかしら? これは蒸気ロイドっていう蒸気機関を使って動く機械人形よ」
そんなやり取りをハラハラしながら見やっていたリチャードは、ふと緊張の顔を浮かべたマリアの姿が目に飛び込んできた。
先ほど姿勢を崩した機械人形を抱えた彼女は、自分の手で機械人形の心臓部あたりをささえていいる。
「でもこれって、魔法も遣って自立制御させてるんですよね!」
「ななな何の事かしら。ここは科学教育の普及を目的に作られたファルミア市立寄宿学校なのよ! 蒸気ロイドを動かすのに魔法なんて遣う必要なんてありません」
「おかしいですね! マリアさん曰く、ここから強い魔力を感じてるそうですよ?」
改めて自分の話題になった瞬間、マリアはビクリと背筋をさせた。
その瞬間に蒸気ロイドと呼ばれていた魔法と科学の混成機械の腹部が蒼く怪しく輝いた。
「えっ。動き出した……」
マリアの驚きの声とともに、どういう訳か立ち上がろうとする蒸気ロイド。
「ちょっと、ノールズさん! あなた今何をやったの!!」
「あの、わたくし、何も……」
ジェイクを押しのけてキッシンジャーが蒸気ロイドに手をかけようとするが、それを払いのけて動き出した。その力は人間など問題にならないほどに強力だ。
蒸気ロイドは立ち上がると一瞬ゆらりとしたものの、マリアの言っていた自立制御をつかさどる魔法回路が優秀なのか、すぐにもしっかりとした足取りで歩きだす。
向かう先は廊下の外だ。
ぐいと右拳を振り上げて構えると、力まかせにドアへ一撃を加えた。ドアはその一撃で貫かれ、蒸気ロイドはそれを蹴破って廊下へと飛び出した。
「誰でもいいから蒸気ロイドを止めて! ああもうマリアさんあなた、蒸気ロイド(この子)に魔力を注ぎ込んだでしょう!! とんでもない事だわ」
外へ出た蒸気ロイドを追って、キッシンジャーに言われるまでもなく三人は後に続いた。
「あっちだ!」




