1 理科実験の失敗
「どうすんだよ、これ」
マッシュルームのような髪型をした少年の目の前には、理科の授業で使う蒸気機関の実験モデルが鎮座していた。
ソバカスの浮いた顔に苦悶の表情が浮かぶ。
「なにをどう組み合わせりゃいいんだ……」
名前はリチャード・コッペンスミス。十四歳になるフェルミア市立寄宿学校の中等部に通っているけれど、同年代の中では身長も平均以下で、学業成績の方はさらにそれを下回っていた。
これから組み立てるのは蒸気機関の複数パーツである。
世は産業革命のご時世で、古き伝統ある魔法学問は廃れ、これからは科学の時代だと人々が口にしている。フェルミアの寄宿学校もそんな時代の流れによって設立された学び舎なのだ。
リチャードはそんなフェルミア下町の機械工職人の子供として生まれた産業革命の申し子たちのひとりといっていい。
時代を象徴するような授業の実験だけれども、リチャードは学業成績が伴わないために目の前で行われている理科実験の蒸気機関の授業は意味不明だった。
決して簡単ではないけれど「授業をしっかりと聞いていれば出来るはずよ」とは実験開始の段階で理科教諭のキッシンジャー先生が口にした言葉だ。
「わけわかんねーんだけど……」
作業台には、ボイラーと火室、燃料室、それらを有機的につなげるパイプと、駆動させるための歯車たち。
この理科実験の授業では二人一組の班を作って、実験モデルを組み立てる。
「ねえ見なさいよリチャード! この煙突にパイプ付けたら、なんだかリボンぽく見えて可愛いんですけど!」
という事でリチャードの相棒になったのは、彼と同じ下町生まれの少女で、花屋の娘ジェイコブズ・グラプトン。まるで男の様な名前だけれど、本人は気にしていない。通称ジェイクだ。
口を開くと下町娘らしく姦しくって、ついでに学業成績の方も算盤勘定がちょっとばかり出来る以外はリチャードとおっつかっつ。下町育ちだけあって大概の事には物怖じしないという、男勝りなのは彼女の名前だけではなかった。
「もしかして、もしかしてウチって天才かも! ね、リチャード!?」
「あ、ああ……」
リチャードは内心で何を言っているんだこいつはと思ったけれど、そんな事は口にしない。
機械工職人の跡取り息子をさしおいて、テキパキと指示を出す花屋の娘。上機嫌に狐色の髪の上から生やした耳をくりくりと動かして、実験モデルを組み立てていく。
「後はこれと、これを組み合わせたらたぶん完成ね! リチャードその部品とって」
授業の最初に配られた設計図と注意書きをしっかりと読めば、簡単に実験モデルは組み立てられる。最後に燃料を注入して火室に火を入れれば、ボイラーが稼働して歯車が回り出すはずなのだ。
「よし、これでいいわ。完成ね!」
そのはずなのだけど、もういちど改めておきたいのはリチャードもジェイクも学業成績がすこぶる劣悪だという事。
「気持ちはわかるがちょっとまて」
「何よリチャード、あんた理科の成績赤点のくせに、ウチに何か文句でもあるわけ?」
「部品が残ってるんだが」
「…………うぇ?」
狐の両耳をぴょこんと直立させてジェイクが返事を返した。
「どうすんだよ、これ……」
「こ、細かい事を気にしすぎなのよ! 予備の部品かもしれないじゃない!?」
リチャードは機械工房の跡取り息子ではあるけれど、物覚えも悪いうえに特別手先が器用ではない。それでも目の前の蒸気実験モデルが設計図通りに組み立てられたとはとても思えないのだった。
「爆発しないだろな」
「大丈夫よ、たぶん。ウチを信用してくれないわけ?」
「だってジェイク、前の実験でも爆発したじゃないか」
「あ、あの時はタマタマよ! 実験に失敗はつきものなのよ。失敗から学べば問題ないわっ」
「…………」
「せ、先生。組み立て完成しましたー!」
ソバカス少年を無視するように元気よくジェイクはそう宣言したのだ。
すでに理科実験室内でいくつかのペアが組み立て完成を主張して、実際に火室に火を入れていたけれど、今のところ実験に失敗したペアはいない。
「はいじゃあ発動させてください」
周囲の実験風景を見回したり、時折何かの資料に目を落としていた理科の女教師は、あまり確認もせずにズレたメガネを押し上げて気のない返事をした。
「じゃ、じゃあやるわよ」
「お、応」
燃料タンクの蛇口をひねってアルコールを火室に落とし込むと、マッチを擦って放り込む。
添加した燃料は勢いよく燃えだした。
授業の最初にキッシンジャー先生が説明したところによると、正しく組み立てれば親指ほどの大きさがある煙突から蒸気と排煙がまじりあった黒い煙が出るはず。
そしてタービンが回転すれば実験成功である。
けれども現実には実験モデル本体のあちこちから、ネズミ色の煙が漏れ出している。ネズミ色の煙が出たときは不完全燃焼が起きた時だと聞いていたのだが……。
「おい、ジェイク……」
「な、何よリチャード」
「煙出てる……」
「蒸気機関は煙を出すものよ。何もおかしくないじゃない?」
そうジェイクが言い返した直後に、不気味な灰煙はますます広がって「ボフン!」という破裂音の後に実験モデルは崩れさった。