本当の彼
グレイが私の家に来なくなってしまってから、私は何度か彼に会いに行った。
しかし彼の家の者に追い出され、面会すらが叶うことはない。
一体あの日……何を話したのだろうか。
それとも引きこもる私に愛想をつかしたのか……。
それすらもわからない。
でも彼は大事な友達だ……だからこそ私はちゃんと話をしたかった。
そうこうしているうちに、私とアラン王子の関係は進み、婚約者候補から婚約者へと話が進められていく。
あまりにとんとん拍子に進む事に恐怖を感じている中、アラン王子は用意周到だった。
徐々に外堀は埋められ、私に婚約破棄をできないように働きかけてくる。
あらゆる不安分子をつぶし、円満に婚約者へとなれるよう画策していくのだった。
そんな彼は……グレイが来なくなってから、私の屋敷へ月に一度会いにくるようになった。
私と他愛無い話をし、王子は私の母と父にもにこやかに話しかけ、信頼関係を築いていく。
彼は優しく、紳士的で……私の好きな事や私の興味の引く話をどこから仕入れているのか定かではないが……用意してくる。
しかしそんな彼と逢瀬を重ねていくうちに、彼の良さも十分に理解する事が出来た。
嫌いではないが、恋愛としてはどうなのだろうか。
例え恋愛になったとしても王妃は嫌だ……。
私は魔導士になりたい。
それに……グレイとまた元の関係に戻りたい……。
そんな思いとは裏腹に婚約話は進むと……私は15歳になっていた。
16歳になれば女性は結婚できる年だ……。
猶予は後1年しかない、気持ちは焦るばかりだ。
別の婚約者の存在もない今……このままだと本当に私は王妃になってしまう……。
思い悩む中、トントントンと部屋にノックの音が響くと、私は顔を上げた。
「お嬢様、アラン王子が来られました」
メイドのその言葉に、私は自然と大きな息をつく。
また来たのか……。
最初の頃は父と母へ挨拶をし、私へは軽いおしゃべりだけだったので心地よいものだったのだが……今では私へ愛を囁くようになった。
王子の来客にいつものようにメイドたちが私の部屋に押し寄せると、急いでドレスへと着替えさせ、髪を整える。
ただただされるがままになる中、私は必死にアラン王子との婚約破棄について考えていた。
彼に絆されながらも、婚約には断固と断りをいれ、冷たい態度とっているにも関わらず……それでも彼が私に愛想をつかすことはない。
はぁ……とため息をつきながらに来客室へやって来ると、すでにアラン王子は紅茶を片手に優雅に椅子に腰かけていた。
まぁこれもいつもの事だ。
「今日は君が好きな砂糖菓子をもってきたよ、さぁ食べて」
テーブルにはアラン王子が持ってきてくれたであろう星のような形のお菓子が並べられていた。
アラン王子は私の家に来るたび、私へのプレゼントを持ってくる。
最初は大きな花束を、次は豪華な宝石や、ドレスを……その度に私は冷たい態度で花や宝石に興味がないと言えば、次来た時には私の好きそうなお菓子をもってくるようになった。
これがまたおいしくて、彼との婚約を破棄をしなければいけないとわかっていながらも、ついつい我慢できずに食べてしまう。
「ありがとうございます」
淡々とした口調で、ニコリともせずゆっくりと向かいの椅子へと腰かける。
アラン王子は笑顔のまま私を見つめ続ける姿にまた自然と深いため息が出た。
これもいつものことだ。
彼はなぜか私をそんなにもずっと見るのか……。
そろそろ穴があきそう……。
そんな視線に耐え切れず私は砂糖菓子をつまみ、口へと運んでいく。
あっ、また食べてしまった……。
私は口もとに手をあてると姿勢を正し、ゆっくりと彼に視線を向ける。
「アラン王子……今日はどうされたのですか?」
「婚約者の君に会いにくることに、理由が必要かい?愛しい僕の君」
「私は認めておりません!!!」
そう強く言い放つ中、アラン王子は何が楽しいのかクスクスと笑っている。
これも最近よくみるやり取りだ。
しかしいつも彼に流されるままに終わってしまうが、今日は違う!!
私はスッと立ち上がると、王子の深いブルーの瞳を見つめながらに、一度深呼吸をした。
「アラン王子……私には好きな人がいます!なので婚約者にはなれません!!!」
言い切った!
私頑張ったよ!
すると優雅に紅茶を楽しんでいたアラン王子の手がとまり、笑顔のままに、私をじっとみつめる。
「好きな人はだれだい?まさか……君のそばにいたグレイの事かい?」
いつもの笑顔のように見えるが……彼の纏う雰囲気がガラリと変わったような気がする。
その様子に言葉を詰まらせると、私は答えを必死に考えていた。
ここでグレイの名前を出してしまったら、大変なことになるきがする……。
ここは違うが正解だよね……。
私は恐る恐るに顔を上げると、ゆっくりと首を横に振った。
「なら誰なんだい?それを聞くまでは……君を婚約者から外さないよ」
彼のいつもの笑顔が次第に強張っていく中、私はグッと唇を閉じると押し黙る。
「もしかして……僕の婚約者から外れたくて嘘を言ったのかな?」
そう静かに放たれた言葉に図星をさされると、体がこわばっていく。
彼の顔は笑顔のままだが……目の奥底には深い闇が渦巻いているような気がした。
そんな緊迫した空気の中、入口の前に立っていた王子専属騎士がこちらへやって来ると、王子へと何かを耳打ちしていく。
「ごめんね。急用が出来たようだ。今日はここで失礼するよ」
そう話すと、彼は静かに私の隣を通り過ぎていく。
ようやく彼がいなくなった部屋で、私は深いため息をついた。
だめだ……。
私はようやく彼との話し合いで、婚約破棄をするのは無理だと悟った。
残り時間が少なくなる中、私は最後の手段へと出ることを決意する。
ずっと考えてはいたが……大きな代償に実行に移せずにいた事を……。