懐かしい記憶
グレイを見送り、私は馬車へ乗り込むと、王宮へと向かっていく。
そんな中、ふと馬車の外を眺めていると、幼いあの日の記憶を思い出した。
ブロンドヘアーの青い目の男の子が、困った様子で何かを探している姿……。
確かあれは私が初めて街へ出た時だったわぁ……。
彼は元気だろうか?
そういえば……あの時の彼は何を見つけたのかしら。
私はそっと窓の外から視線を外すと、同乗していた古い付き合いのある執事へ声をかけた。
「ねぇ、昔に私が突然馬車を飛び出したことがあったでしょう?あの時は迷惑をかけたわね」
執事は私の言葉に不思議な顔を見せると、軽く首を横に振った。
「わたくしはお嬢様と付き添いで、よく街へのご同行しておりますが……お嬢様が馬車から逃げ出したことは、一度もございませんよ?」
その返答に、私は驚きのあまり目が点になった。
うそ……。
確かあのとき……私は皆の静止を振り切り馬車から飛び出したはずなのに……。
でもよく考えてみれば、おかしいわよね……。
子供の私が、大人を振り切れるなんてありえない。
あれ?ならこの記憶はいったい……。
それにあの少年は……?
様々な疑問が頭の中でグルグルと渦巻く中、気がつけば馬車は王宮へと到着していた。
私は慌ててドレスを整えると、歩きなれない王宮の廊下を、王子との面会の為ひたすら歩いて行く。
メイドや執事が私へ深い礼を取り道を開けていく中、向こうからかわいらしい令嬢がこちらに向かって歩いてきた。
しかしそんな彼女は私に挑発的な視線を向けると、避ける事なく、目の前に立ちはだかった。
「あら、魔術バカの令嬢がこんなところで何をやっているのかしら?まさかアラン王子にでも会いにきたの?」
失笑する彼女に、私は何も言わずただただ見つめ返す。
「何よ、その目は……。まぁいいわ。ふふふ 私もね、婚約者候補にあがっているのよ。今もアラン王子と交流を深めていたところなの~。きっと私が選ばれるわ!だから……あなたは今すぐ屋敷戻って、机にかじりついた方がいいんじゃないかしら」
そう言い捨てると、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべながらに廊下を去っていく。
その姿を呆然と眺める中、ドッと疲れが押し寄せる。
はぁ……王子と婚約すれば、あんな令嬢にからまれることが日常茶飯事になりそうね……。
私はまた深く息を吐きだすと、思い足を引きずりながらも、また歩き始める。
コツコツと足音が響く中、ようやく王子と会う応接室へとやって来ると、私は大きく息を吸い込んだ。
私の姿に、部屋の前にいた騎士がアラン王子へと私の到着を知らせる。
するとギギギッとドアが開かれていく中、私は気合を入れなおすと、そのままゆっくりと扉を潜っていった。
「久しぶりだね、君のデビュー以来だ。わざわざ僕に会いに来てくれてうれしいよ」
応接室へ入ると、美しい笑みを浮かべた彼が、ソファーに深く腰掛けている。
私は優雅に彼へと近づき、背筋を伸ばし両手でスカートのすそを柔らかくに持ち上げると、淑女の礼をとった。
そのまま流れるように顔を上げると、私は深いブルーの瞳を真っすぐに見つめ返す。
「アラン王子、お忙しい中お時間を割いて頂きありがとうございます。私がこんなことを言える立場ではありませんが……私を婚約者候補から外していただけないでしょうか」
単刀直入にそう口にすると、アラン王子は笑顔のままに体を起こした。
その笑みは……あのテラスで見たものと同じだ。
彼はソファーからゆっくりと立ち上がると、私の元へと近づいてくる。
「それは……かなえられないお願いだね」
「なぜですか?アラン王子は先ほどまで、婚約者候補の女性と会われていたのでしょう。それに……あなたと結ばれたいと思う女性はたくさんおられますよね」
そう言い切ると、彼は私へ困ったような微笑みを浮かべて見せる。
「婚約者候補は君一人だけだよ。先ほどの令嬢がだれかはわからないけれど、君に嫉妬し嘘を吐く女なんて……消えてなくなってしまえばいいのにね……」
王子は笑みを浮かべたままにボソボソと話す中、言葉尻は声がか細くなり、私の耳には届かなかった。