慌ただしい日々
そんな出来事があった後……私の生活は慌ただしいものとなっていた。
貴族社会で生きていくために、マナーレッスンや、ダンスの授業、それに歴史に政治学さらには魔法学と必要最低限の知識を詰め込んでいく。
毎日毎日があっという間に過ぎていく中、私は覚えが速いらしく、皆が驚いていた。
次次にレッスンをこなしていくと、先生たちもどんどん変わっていく。
新しい知識を身に着けることに苦痛はない。
知らない事を理解するという事はとても楽しい事だった。
そうして……そんな忙しい生活の中で、私の記憶から、あの時に出会った彼の存在は薄れていった。
そんなある日の事。
父様の友人である侯爵家が、息子を連れて私の家へと訪れた。
お前も同席を、と父からの命を受け、よそ行きのドレスを着替えさせられ玄関の前で父様と並び立つと、お客様を迎え入れる。
お客様を来客室へと案内し、訪れた友人と息子に父と私は軽く挨拶を済ませるや否や、父はその友人と別室へ行くからと、私たち子供を置いたままに、部屋を出ていってしまった。
そして部屋には私と彼……二人きりとなった。
初対面の彼と向かい合う中、何とも言えない沈黙が部屋を包み込む。
気まずいなぁ……。
パパたち早く戻って来てくれないかなぁ……。
そっと視線をあげてみると、少年は整った顔立ちに、サファイアの短髪で前髪が少し目にかかっている。
きっと私と同い年ぐらいだろう彼は……目元は私と似てつり目だが、深いルビーのような輝きをみせる瞳を、私は魅入るように見ていた。
そんな中、彼がこちらの視線に気がつき、頬が赤く染まったかと思うと……なぜかふてくされた様子で私から視線を反らせた。
静寂が部屋に流れ続ける中……耐え切れなくなった私はとりあえず彼に声をかけてみる。
天気の話や、家の事……こちらの質問や、何気ない話に淡々と答えていく彼の様子に、なかなか話が続かない。
とりあえず彼の興味のあるものを探らないと、会話は厳しそうだな……。
探り探りながらも、色々な話題を提供していくうちに、魔術の話をしてみると思った以上の食い付きがあった。
何でも勉強していてよかった、そう実感すると、さっそく昨日習った魔術を話題にあげてみる。
すると想像以上に、魔術にはとても興味があるようで……先ほどまでの素っ気ない返答はなんだったのか、と思うほど、表情豊かに話す姿に、私も楽しくなってくる。
どれぐらい話していただろうか……二人で魔術について盛り上がっていると、部屋にノックの音が響き、父と友人がもどってきた。
ふと時計に視線を向けると、結構な時間を魔術の話で盛り上がっていたようだ。
和気藹々としている私と彼の姿に、父とその友人は仲良くやってそうでよかったと、安心した表情を浮かべていた。
そろそろ帰ると友人が話すと、私は父と一緒に玄関まで彼らのお見送りへと向かう。
すると少年はモジモジとしながらも、私へと体を向けた。
「俺の事はグレイと呼んでくれ。また来る」
彼はそれだけ言うと、私に背を向け玄関を走り去っていく。
ふふっ、照れたのかな?
少年らしい彼の姿に自然と頬が緩むと、私はまたねーと大きな声で叫びながら、彼らを見送っていった。
そうして私の毎日に、彼と魔術について語り合うことが日常となっていった。
彼は女性が苦手らしく、私との初対面もどうしていいかわからなかったそうだ。
そう照れて答える彼の姿に、胸の奥から何とも言えない感情が湧き上がってくる。
そんな彼と過ごす時間が増える中で、彼の事をたくさん知っていった。
一番驚いたのは、なんと彼は私よりも二つ上だったことだ。
私よりも背の低い彼に年下だろうと勝手に思っていたが……今では私にとってお兄ちゃんのような存在になっていた。
なんでも知っていて、魔術も私より詳しく、お転婆な私を守ってくれる大切なお兄ちゃん。
そんな彼に私はずいぶんなついていた。
そうして月日は流れていく中で、彼の魔術に触れ彼の夢を聞き、彼に追いつきたい、彼と横に並んで立てるような魔導士になりたい!そう思うようになっていった。
その決意をそのまま彼に伝えてみると、彼は嬉しそうに微笑んでくれる。
貴族令嬢が魔導師になる事は険しい道だろう……。
でも……将来魔導師のトップレベルである《宮廷魔導師》に一緒になろうと、私と彼は約束交わしたんだ。