彼の心境・前編
俺は伯爵家の一人息子だ。
父は王宮の魔導士へ勤め、稀代の魔導師と呼ばれていた。
そんな父の背中を見るたびに、俺も父のような魔導士になりたいと思うようになった。
そんな俺は毎日魔術の勉強に明け暮れていた。
ある日、父が友人の家に行くから一緒にいくか?と俺に問いかけてきた。
父の友人は王の側近を務めているらしい。
俺は少し考えた後、何か学べることがあるかもしれないと考え、行ってみることにした。
友人の家に着くと、めずらしい漆黒の髪を肩の辺り伸び、ブラウンの愛らしい瞳が僕を見つめていた。
幼く可愛らしい少女が俺に笑いかける。
突然の女の登場に俺はどう対応していいのかわからず簡単な挨拶を済ませ、父のほうへと視線を向けた。
女性は苦手だ……。
部屋に入ると、父と友人は別室へ行くと部屋を出て行ってしまい、俺は少女と二人きりになってしまった。
ちょっと待て、父上!!!と心のなかで叫ぶが、戻ってくるはずがない。
女と話す機会のなかった俺はどうすればいいのかわからず、彼女の何気ない会話に素っ気ない返事をしていた。
そんな彼女が魔術を話題にだした。
今、水を操る魔術を特訓中のようだ。
令嬢が魔術に興味があることは珍しい……。
驚き目を見張る中、彼女の紡がれる魔術の話に、会話が広がっていく。
気がつくと……時間はあっという間に過ぎていき、俺は魔術について熱く語っていた。
彼女は俺の話についてこられるほど魔術の知識が深く、そして聡明だった。
俺よりも年下であろう彼女と時間も忘れ、会話を楽しんでいると……父達が戻ってきた。
父は俺達の様子に苦笑し、楽しそうでよかったと含みのある笑顔を向けてくる。
帰り際、俺はまた話したい一心でまた来る旨を彼女に伝えた。
俺は真っ赤に染まった顔を隠すように急ぎ足で彼女の家を後にした。
そうして度々俺は彼女の家へと通った。
彼女と話をするなかで彼女の事をたくさん知っていった。
甘いお菓子が好きなことや、庭に咲くピンク色の花好きなこと。
ドレスや装飾品が苦手で、動きやすい服を好むこと。
虫は苦手で、嫌いな食べ物はコッソリと残す。
何かに失敗した時は苦笑いを浮かべ謝り、楽しい事があると思いっきり笑う。
俺に魔術で負けるといつも下唇を噛み、泣くのを必死に我慢する。
その表情がかわいくてついつい苛めたくなってしまうのは秘密だ。
俺は誰よりも彼女のそばで彼女を見てきた。
彼女はマナーやダンス、歴史学なども軽々とこなすほど聡明で、どんなものにも一生懸命取り組み、努力を惜しまない姿に、俺はどんどんひかれていった。
ある時彼女に会いに屋敷を訪れると、庭先でメイドと話す彼女を見つけた。
「お嬢様はグレイ様をお好きなのですね」
ニコニコとメイドがそう語りかけていた。
その問いかけに彼女は満面の笑みを浮かべて見せる。
「当たり前だよ!だってグレイは私の家族だもん、私のお兄様なのよ!」
幼い笑顔でメイドに話す彼女の姿を前に、お兄さんか……と独りごちた。
そうして月日は流れ、俺は14歳、彼女は12歳となった。
彼女が社交界へデビューする年齢だ。
彼女のデビューには俺がエスコート役になるように、地位や名誉に眩んで近づいてくる貴族、彼女の可愛さに引き寄せられた貴族へ、日々牽制し、エスコートの手紙を届かないように画策した。
もちろん彼女の父上・母上にも根回し済みだ。
これで彼女へのエスコートの誘いは、俺以外はないだろう。
俺は彼女のデビュー当日、彼女をエスコートするためにいつもの普段着ではなく、彼女の隣になっても見劣りしないように、この日の為に用意した礼装に腕を通す。
髪は後ろでまとめ大人らしさを演出する。
どこからどう見ても立派な貴族男子だ。
彼女の家へと訪れると、彼女はデビューのため新しい淡い桃色のドレスを身にまとい髪を結い上げ、とても大人っぽくなっていた。
漆黒の黒髪に赤い髪飾りがよくはえる。
そんないつもと違う彼女に戸惑いを覚えた。
彼女へ目線をあわせると、幼い微笑みが消え艶やかにほほ笑む彼女の姿に目がくぎづけになる。
綺麗だ……そう言葉にしたかったが……なぜかできなかった。
俺は彼女を馬車へとエスコートし、王宮へと向かう馬車へと乗り込む。
狭い密室で彼女の香水だろうか?甘い香りに頭がおかしくなりそうだ。
そんな俺の気もしらない彼女は俺へともたれかかり、お尻が痛い……と俺の腕にしがみつく。
王宮へ到着すると彼女は俺の手に重ね、並んで入場していく。
周りの視線が俺たちに集中した。
あまり貴族社会に出ていなかった美しい彼女は、やはり注目の的だ。
この機会にお近づきになろうと、狼たちが彼女を見つめる。
俺はそんな視線に睨みをきかせ牽制するのを忘れない。
何もしらない彼女は、微笑みを浮かべたままに、挨拶へとやってくる貴族たちの対応に追われていった。
そうしていると王族が到着したようだ。
俺たちは王族へと挨拶に向かう。
王族への挨拶を済ませると彼女の手を引き、彼女の両親がいる壁のそばまでエスコートした。
変な虫がつかないように……。
壁から動かないように!と言い聞かせ俺は彼女の手を離す。
本当は彼女のそばを離れたくないが……はぁ、全く貴族と言うものは面倒だ。
彼女の笑顔を名残惜しそうに見つめ、早く終わらせよう……と俺は急ぎ足で挨拶周りへと向かっていった。
俺が挨拶周り奮闘していると、突然会場の声が消え視線が一点に集中した。
どうしたんだろうか、と俺もそちらに視線を向けると……そこには第一王子の手を取り舞台へ姿を現した彼女の姿があった。
彼女は貴族の笑みを浮かべ王子へと寄り添っていく。
その姿はまるで一枚の絵のように美しかった。
どうして彼女が?
彼女は第一王子との面識などないはずだ。
王宮にだって一度も訪れた事がないと、以前彼女は言っていた。
王子の彼女に対する瞳に明らかな恋情が浮かんでいる。
くそっ、挨拶周りなどせず彼女の側に居ればよかった……。
王子と楽しそうに踊る姿に、心が締め付けられていく。
彼女をそんな目でみるな……。
彼女に触るな……。
彼女の微笑みは俺だけのものだ……。
そんなどす黒い感情が湧き上がってくる中、俺はグッと拳を握りしめると、蓋をするように、会場を後にした。
くそっ、心を落ち着かせようと王宮の廊下を歩き、俺は外へと続く扉を開けた。
外は冷たい風が吹き、頬に冷たい風がかかると少し冷静さを取り戻す。
風を感じていると、彼女の笑顔が頭を過る。
彼女は今も王子と手を繋ぎ踊っているのだろうか……。
そう考えると、また心が荒れていった。
ふと誰かの話し声が耳に届く。
俺は気配を殺し、バラの影に身を寄せた。
「我が息子もようやく自分を見つけてもらえた相手に再会出来たのだな」
「そうね……、只彼女も一筋縄ではいかない様子ですわ……」
腕を組み仲良さそうに語り合う二人の男女のシルエットが月明かりに照らされている。
「彼女は壊れる前に気がつくのかしら……」
女の背中には花のタトゥー見える。
「どうだろうな、しかしあいつにはもう王になる為の力を継承してある。もう彼女に逃げ道はない」
淡々と語る男の声に、腕を組んでいた女がボソッと何かを呟いた後、彼らは庭の奥へと消えていった。
(全てを受け入れなければずっと光は射し込まないのよね……)