7 騎士学校防衛戦!
その日はいつもとそう変わりなく始まった。
普通に寝起きし、朝食を食べ、授業を受け−−
−−気づけば学園は大量の魔物に包囲されていた。それもみっちりと。
*
「じゃ、今回の事態に関して、対応の方向性やら何やらを説明するぞー」
緊急で行われた教官同士の打ち合わせから戻ってきたアルは、開口一番そう言った。
「まず、基本的に籠城の構え。うちの班の担当は、正門付近の警戒な」
「……強力な援軍が期待できない時に籠城するのは悪手って聞いたことあるよーな気がするんですけどー……」
ヒューイがうろ覚えの知識ではあるが、アルに不安を示した。
「つってもなぁ……今更、逃げ道探そうにも塞がれてる可能性が高いぞ」
魔物に全方位囲まれ、今や騎士学校は陸の孤島である。救いがあるとすれば、周りを囲う高い塀のおかげでしばらくは魔物の侵入を考えなくても良い事と、残っている者ほぼ全てに戦う手段がある事か。
「それに一応、通信魔具で救助は呼んでるからな?」
「……援軍、アレ突破できますかね」
「………………」
無言で顔をそらすアル。
「ですよねー。……短いじんせいでした」
「いやいやいや、縁起の悪い事言ってんじゃねーよ!?」
「でも実際問題、あんなに魔物がみっちりしてたら倒すのめんどくないです?」
「お前にとっての問題そこ!? そこなのか!?」
いやまあ、スタミナや士気が持つかどうかという点では重要な問題だが。
「それなら、安心。……最初、魔術ぶっぱ……数、減らす」
「そっか。なら、むしろみっちりしてる分ラクかも」
「問題は、数を減らせる威力の魔術ぶっぱできる人数が少ない事っすけどねー」
「ですよねー。……さようならー現世さーん、こんにちわー来世さーん」
「まあまあ。ヒューイもそう悲観する事も無いじゃろ」
「囲まれているとはいえ脅威度の低めな魔物ばかりだしな」
一匹一匹は脅威度の低い魔物だが、如何せん数が多いのが問題だった。何せみっちり詰まっている。
「なあ、お前ら……まさか自分たちだけでアレを片付けようとか思ってないよな? なんかいつの間にか自分たち目線になってる気がするが、本気で言ってる訳じゃねぇよな?」
「教官こそ何を言っている。万が一援軍に期待できないという事になれば、自ら動いてどうにかするしか無いだろうが」
いつもは形式やらにうるさいエルンストが、今回に限ってはやる気を−−むしろ、殺る気−−を出している。
今回の敵の種類・規模を考えれば、確かに彼らなら何とか出来るかもしれない……しれないのだが−−
「もうちょい援軍の皆さんに期待しても良くねぇ? 一応ウチの学校の就職先の一つなんだぜ……」
アルにしてみれば、少しは気を使えと言いたい所だった。ヒューイ達に万が一のことがあった場合にしろ、何かやらかした場合にしろ、後始末するのは最終的にアルの仕事である。
「援軍のことで最初に目を逸らしたのきょーかんだった気が……」
「…………いや、あれはまあ、その場のノリというか……いくら雑魚相手つっても、あの分厚さじゃあ相応の時間がかかるっつーか……な?」
*
「教官、大変ですっ! 食料の備蓄が……その、あまり残っていない、と」
慌てた様子でやってきたアステルが報告する。今まで別行動で備蓄のチェックや配給作業に駆り出されていたのだが……。
なんでもちょうど備蓄の入れ替え期間中だったとかで、普段より量が少なかったとの事。丁度目先に長期休暇が控えていた事も災いした。
「マジかよ……つーかこのタイミングで判明とか担当者何やってたんだ」
その報告に、これまで気楽に構えていたアルの表情も流石に険しくなった。
「………………ごはん足りないの?」
「……ヒューイ君……」
食べ物には人一倍執着のあるヒューイである。その呟きには絶望の色があった。
「こりゃ、籠城は難しいか」
救援も間に合うかどうか……。不安が広がっていった。
「短期決戦でどうにかするしかねーかねぇ……」
「ならばやはり俺たちが自ら打って出るべきでしょう」
エルンストが一歩前に出るが、
「早まるんじゃない。ここは別の班と連携を−−」
−−そんな中。
「−−いや、食べ物なら目の前に沢山あるじゃないか」
クスクスと嗤うヒューイ。それは完全に肉食獣の笑みだった。余りのショックに壊れたか? と周りの人間達に戦慄が走った。
「……沢山ある、んですか?」
一体どこに……。アステルは戸惑いの声をあげた。
「魔物さんの恵みがあるじゃない。この際、味は二の次でいい」
ちなみに魔物の肉は入手難度が高ければ高いほど美味と言われている。基本的に入手難度=脅威度だ。
「−−まさか奴らのドロップを狙うというのか!?」
「……じゃが全部が全部、食材をドロップするとは限らんのではないかの?」
「問題無し。ザッと見た限りだと鶏肉、豚肉、きのこ、その他たくさん揃ってる」
「……さすが、雪うさぎ。……食べ物関係……神懸かり」
「彼らには僕らの生きる糧になってもらおう。……だってご飯が無いと生きていけないもの」
フフフと笑うその瞳に光はなかった。
「……ま、魔王様が降臨してしまったっす……!」
「……は? 魔王様?」
一人だけ蚊帳の外なアルが脳裏にクエスチョンマークを浮かべた。
「ヒューイさんの食事に対する飽くなき欲求が爆発した時に発現するモードっすよ!」
「ちょ、え、何だその訳分からん設定……」
「ああなったら本人が満足するまで止まらないっす。自然災害のような物っす」
「いや、普通に人災だろそれ!?」
アルが叫んでいる間も事態は動いていた。
「テオ君、魔術ぶっぱ!」
「……了解」
テオドールが放った炎の魔術が正門付近に詰まっていた魔物十数匹を一度に焼き払う。そのお陰でちょっとした空白が出来上がる。
「やろーどもー。狩りのはじまりだー」
ヒューイが棒読みで叫びつつ、塀の上から先程できたスペースへと飛び降りた。
その様を見ていたアルは一つの事に気がついた。
「……おい、ヒューイのヤツ武器持ってなくないか……?」
「なんか長剣があると動きづらいから短剣にチェンジするって、こないだ言ってたっすよ」
「あの数の魔物に短剣で接近戦挑むとか頭おかしいにも程があるだろ!?」
「実際はもっと頭おかしいっす。短剣は基本的に使わないっすから」
「じゃあどうやって戦う気だよアイツ!?」
拳で語るんすよ。と、若干遠い目をして話すローレンツ。さすがに全くの素手では心許ないので、間に合わせではあるがナックルガード装備なのだが。
「…………まじであいつ何処を目指してるんだ」
「まあ、魔王様っすから」
「……そうか。魔王様か……拳で語る魔王様か…………」
そんなアルとローレンツのやり取りがされているのを横目に、エルンストやフェルも塀から飛び降りて参戦していく。
空間が狭まらないよう、テオドールが牽制の魔術を放ち、アステルも弓矢で応戦していた。
「どっせーい!」
ヒューイの掛け声とともに突き出した拳。直撃した魔物だけでなく、周りの諸々を巻き込んで吹き飛ぶ。
「−−セイッ!」
エルンストがサッと素早く振り抜いた剣圧で発生したカマイタチが、十数匹の魔物を上下に両断した。
その後に残るのは、魔石と食材の山。フェルが魔物を片すついでに、それらを邪魔にならない場所へまとめる。そんなチームプレイが形成されていた。ここ数日行っていた実技試験対策の訓練が身を結んだようだ。
「−−おいおいおいおいおいっ、ちょっと待て!」
「どうしたっすか?」
「エルンストはともかくとして、何でヒューイのヤツが武技を使ってるんだ!?」
「何となくやってみたら出た、らしいっす」
「アレは何と無くでできる代物じゃねーだろう!?」
アルが驚くのも無理はない。武技というのは魔術とは違い、魔力ではなく気と呼ばれるものを使い発動させる技術である。当然、誰でも使えるようなものでは無いのだ。
「とはいえ実際出来てる訳で」
「禁句かもしれんが……あいつマジ何なの? 記憶喪失前と後じゃ本気で別人じゃねーか」
「『元々は潜在能力を活かせてなかった説』を俺っちは推しますけどねー」
「……戦闘方面の潜在能力あり過ぎだ」
「その代わりと言っちゃあ何すけど、学科はガッカリレベルっす」
「特化型なんだな。すっげーよくわかる」
話し込む二人の頭に、唐突に積雪の季節でもないのに雪玉がポンポンとぶつけられた。
「ぶふぉっ!?」
「くはっ!?」
「………………ロレ、教官。サボる……ダメ」
静かながらも怒りをたたえたテオドールの仕業だった。魔術で作り出したらしい。固いものでなかったのは彼なりの優しさかもしれない。
「お、俺っちはちゃんと仕事してるっすよ! 三人の位置の把握とか、索敵陣のチェックとか!」
ローレンツは自分の前に展開していた魔術である索敵陣−−刻一刻と変化する光の線で描かれた図形−−を指して叫んだ。
「ちょ、おい、ローレンツてめぇ自分だけ!」
「教官は実践派っすよね? 今すぐ飛び込むべきでは?」
「俺をあの人外共と一緒にすんな! つーか飛び込む前にやる事があるわ!!」
「他の班との連携の件っすよね?」
「………………さっさと、やれ」
「テオドール。積極的になってくれたのは嬉しいが、その言い様は悲しすぎるぞ……」
魔術をぶっ放すテオドール達を背に、アルは自分に対する扱いに心の中で涙しつつ、その場を後にするのであった。
*
「武技が使える奴、成績上位の実戦慣れしている奴は三人一組を作り、二班交代制で魔物討伐! 間違っても一人で特攻とかすんなよ!」
アルの指示が集まった学生達に飛ぶ。そうして外を指差し−−
−−お前らはあの人外共とは違う。肝に銘じろ! ぜってー一人になるな、死ぬぞ!!
中々に酷い事を言っているが事実である。脅威度的には下から数えたほうが早い魔物ばかりだが、実際は本職の者が数人がかりでないと倒せない魔物も混じっている。見習いばかりの学生には少々荷が重い。
それらを関係なく単騎でズバズバ倒しているヒューイ達がおかしいのだ。
「魔術師と衛生兵は一班に一人必須。その他の前衛担当者はドロップ品の回収及び搬入作業! 後衛担当者は塀の上からの援護射撃を!」
はい! と統率の取れた返事があった後、学生達は各々の持ち場へと走っていく。
「教官陣営は生徒達のサポートを。可能であれば魔物討伐への助力を頼みます!」
今度は了解! という返事とともに散っていく教官陣。緊急事態だからか異常に聞き分けが良い。普段はアルを煙たがっている者も多いというのに。
「…………で。ねぇ何で俺が総司令官みたくなってんの? ねぇ何で?」
「そりゃー、アルフレッド教官が招集掛けたからじゃないっすか?」
「…………失敗、トカゲの尻尾」
「おい、テオドール。不吉な事言うの止めろ止めてくれマジで本当になりそうで怖いだろが」
他の教官の手のひら返しを目撃したばかりなので、万が一被害が出た場合の光景が容易に想像できる。
「それにしてもヒューイさん。かなり動いてるみたいですけど体力は大丈夫でしょうか……」
「魔王様状態だと増幅作用とかあってもおかしくない気がするっすけど」
「−−いや、もうそろそろヤバそうだな。あいつ加減ってものを知らんようだ」
ヒューイを見てみると、まるで泳ぐのを止めたら死んでしまう魚のごとく、魔物を吹き飛ばし続けている。が、最初に比べ明らかに勢いが無くなっている。
「はぁ……あんま行きたくねぇんだがなぁ」
「とか言いつつ塀を降りる準備してる辺り、教官って本当に面倒見が良いっすよねー」
「………アステル、覚える。……これ、つんでれ」
「あ、こういうのがそうなんですね!」
「おいこらテオドール。どさくさに紛れて変な知識を植え込んでんじゃねぇよ!?」
*
−−戦いが始まってから、どれだけの時間が過ぎただろうか。少なくとも一、二日は経っていた。
「……そーかんですねー、きょーかん」
サッパリなにもなくなった−−時折、素材の山が築かれているが−−校外を眺めつつヒューイが呟いた。
「…………首の皮一枚で繋がってそれどころじゃねぇ…………」
「……まー、良かったじゃないっすか。援軍がギリで間に合って」
「………………ギリギリ、やばかった」
あわやという所で援軍の騎士団が到着し、その協力もあって何とか魔物達の討伐を完了できたのだ。
「……私たち、やり遂げたんですね!」
「……うむ。ワシは荷運びくらいしか出来なんだが、骨が折れたのう……」
「あのくらい楽勝だ!」
一人だけ無駄に元気な剣士がいたが誰もツッコミを入れない。入れるほどの気力が残っていない。
「お前らはいいよなぁ……休めて」
−−俺は今から事後処理だよ……何で最高責任者扱いになってんだよ、校長何処だよ……。
そんな事をぼやきつつアルは校舎内に戻っていった。
「……結局、なんで魔物来たのかわからないかんじだったねー……」
「…………………ボス、居なかった」
「いま考えても仕方ないんじゃないすかね。つか、アタマ働かないっすよー……」
「私もすごく眠たいです……」
「ワシもじゃ……」
皆の中でもう帰って休もうというムードが広がる中、一人だけ空気読めてない剣士がいた。
「貴様ら……この程度で疲労困憊するなど、鍛え方が足りないのではないか?」
長い戦闘で興奮物質の放出が止まらない剣士様は、一つでも受け答えを間違えると鍛錬ENDを迎えそうな勢いがある。
「……元気、余ってるなら一人で素材のかいしゅーすればいいと思うよ」
「そうさな。ワシは手伝ってやれんが……」
「エルンストさん、乙っすー」
「あの、お先に失礼しますね」
「…………エル……………がんば」
そんな勢いも疲労困憊の一同には通じず、みなエルンストに一言ずつかけると帰ってしまった。
「…………………………やるか」
もう誰もいない正門前でエルンストは一人寂しく呟くのだった。