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性悪貴族?なにそれおいしいの?  作者: ぽて
ヒューイ君と愉快な仲間たち編
6/45

5 新メンバーは衛生兵


 ある日、アルから呼び出しをうけたヒューイ班。教官室に集まった一同に向けてアルは重苦しい表情で宣言した。


「あー。この度、ヒューイの記憶喪失という事態を重く見て、我が班に補充人員が追加される事になった」


「「「「補充人員?」」」」


「アルフレッド教官、そもそも、だ。一体いつから我々の班が貴方のものになったのだ?」


 エルンストが疑問を投げかけると、アルは、なにを今更とでも言いたげに答えた。


「こないだの雪山実習からだが?」


 ヒューイ達は2年生になって少々経つ。そして学外実習だが2年生から解禁される。つまり雪山実習は実質的に彼らが初めて体験した学外実習になる。そしてその際に同行した教官がその後に継続して担当者になる事も少なくない。少なくない、のだが、一同にとってアルが専属教官になった事は初耳だった。

 そういえば最近やけに絡みが多かったなぁ……というくらいの印象である。


「それはそうとして…………泣いて喜べ! 追加人員はメディック−−衛生兵、それも女子だ!!」


 一部(主にヒューイ)より、おぉーっ、と声が上がったが……


「衛生兵っすか……。事態を重く見たというより、教官の保身とか下心の方が大きいような……」


 因みに、実習時ヒューイに万が一の事態があった場合、真っ先にクビ切りされるのは責任者である教官である。


「おいそこ、下心とか言うな!」

「という事は、保身である事は認めるんじゃな、教官殿」

「それは認める。俺だって今の安定した職は失いたくねぇんだよ!!」


 教官、心の叫び爆発。

 基本的に寮暮らしで、食事も味の良い食堂がある。更に貴族も通う学校なので、そこそこ高給。

 衣住食のうち住と食が揃っている職場というのはこのご時世恵まれているといえる。衣に関しても、休日に多少遠出すれば質の良いものが揃う店があるので問題はない。


「……人を教え導く者としては色々と台無しな本心暴露だな」


 他人に厳しいエルンストからの厳しい意見が、アルの心にぐはっと大ダメージを与えた。

 しかし、理想だけでは生きてはいけないのだ。霞を食っても腹が満たされる事はない。と、何とか持ち直す。

 元来、真面目な方でない教官と自覚は有れど多少のプライドはあるのだ。


 だからこそアルは生徒たちに言わない事がある。彼が他の教官達からヒューイ班を押し付けられたという事実だけは。


「まあいい。ともかく、新メンバーのお披露目行くぞ!」


 そうしてアルが連れてきたのは、茶髪の肩でふわっとカールした髪型の女子生徒だった。美人ではないが不細工でもない、至って平均的な顔。その華奢な体に見合わない大きさの肩掛けカバンをかけている。


「こ、ここここの度っ、衛生兵として班に編入する事になったアステルですっ。よろしくお願いします! あと私、平民なので失礼な事をしたらごめんなさいっ」


 緊張した面持ちで自己紹介するアステル。最近では忘れがちになるが、ヒューイは一応これでも高位貴族。そんな彼が所属する班に配置されたという事は、平民とはいえそれだけ優秀であるという事でもある。


「よろしくねー、アステルちゃん」

「はいっ。わたし、がんばりますねっ」


 大人たちの思惑はどうあれ、ほんわかとした空気を振りまく2人。


「なんかあそこだけ空気違うっすね……」

「微笑ましいのう」

「癒し空間」

「…………フン」





−−翌日。



「あ、ヒューイ君!」

「……アステルちゃん?」


 廊下でアステルに声を掛けられたヒューイはこんもりと何かが盛られた器を持っていた。


「その器は……?」

「コレ? これはね−−」



−−数分後。校舎裏に彼らの姿があった。その前には一匹の猫の姿。



「可愛いネコちゃんですねっ」

「アステルちゃんもそー思う? このツーンとしたトコがまたいいよねぇ」


 すらっとしたシルエット、人間なんかに媚びないぜ! とでも言いたげな様は誇り高さすら感じられる。そんな黒猫だった。


「ほらほら、ごはんだよー」


 ヒューイがネコ用に用意した器(鮮魚)を差し出すが、猫はツーンと澄ましたまま視線をやろうともしない。


「ヒューイ君があげるご飯に、目も向けないなんて……とってもグルメな子なのかなぁ」

「ぐぬぬ……ちょっと敗北感」


 シンプルだからこそ、新鮮でこだわりの逸品を用意したつもりである。まさか見向きもされないとは思わなかった。


「でもこの子、一体どこから来たのかしら……?」

「え? ここに住み着いてるんじゃないの?」

「こんな美人さんなら、噂になってもおかしくないですっ! ……でも、そんな話聞いた覚えはないし、寮もペットは禁止だし……」

「じゃあ、何処からか迷い込んできたってことかぁ」

「この毛並みで野良っていうのもちょっと無理がある気もするんですけどね」


 2人が猫の来歴について話す間も、当の猫が器に手を出す様子は全くなかった。


「こうなったら僕が先にこれを食べて美味しさアピールするしか……! オレサマオマエマルカジリっ!」

「え、それ、生魚ですよね!? 骨とかあるかもだし、何より生で食べたらお腹壊しちゃいます!!」

「それでも……そうする事でこの子がご飯を食べてくれるなら!」

「ダメですってば、ヒューイさん!!」


 言い争いがひと段落し、ぜーはーぜーはーと荒い息をつく2人。その間、猫はと言うと、心なしかジト目で2人を見ていた。


「しょうがないや。これは後で食堂のおばちゃんに焼いてもらって、僕の晩ご飯にしてもらおう」

「……えーっと。結局、自分で食べるっていうのは変わらないんですね」

「食材を無駄にするなんてとんでもない!」

「……うん。この食材に対するこだわり……さすが魔王さまですっ」


 ちなみに魔王様というのは、先日の食事会での騒動が原因で、一部の人間の間で呼ばれはじめたものだ。中にはその恐ろしさにかえって心酔してしまった人種がいるらしい。

 その名で呼ぶという事は彼女は信者なのだろう。……知りたくなかったそんな事実。


「まおーさま言うのヤメテ」

「ニャウッ!」


 ヒューイがアステルに懇願すると同時に、初めて猫が反応した。


「「……え?」」

「ニャウニャウニャッ!」


 ひとしきり唸ると、猫は機嫌を損ねたかのように、この場から去って行ってしまった。


「えっと……行っちゃったね」

「……行っちゃいましたね」


 2人は呆然と猫の去った方角を見つめていたのだった。





−−数日後。


「おいしそーな香りがする……」

「……甘い、香り」


 唐突にそんな事を言い始めたヒューイとテオドールの2人。ふらふらーっと何処かへと向かって歩き出した。


「おい、お前たち一体何処に行くつもりだ!」


 エルンストが咎めるが、2人は止まらない。そうこうしているうちに辿り着いたのは、とある部屋の前だった。プレートには「調理室」の文字。


「確かに甘い美味しそうな匂いがするっすねー」

「あの距離から嗅ぎ分けた2人の嗅覚、末恐ろしいのう……」


 2人は迷う事なくその扉を開く。そこには−−


「あら、皆さん揃ってどうしたんですか?」


 フリフリエプロンを着けたアステル他、数名の女子の姿があった。


「なんか美味しそうな香りがしたから……」

「…………前に同じ」


 ヒューイ達がそう告げた途端に、ぐぅとお腹が鳴った。


「ふふっ、ヒューイさんもテオさんも本当に食いしん坊さんなんですね」


 それなら、とアステルは一度自らの使っていた作業台へと戻り、幾つか出来立ての菓子を持って戻ってきた。


「……これ、もしかしたら貴族の方の口には合わないかもしれないですけど、良ければどうぞ!」

「……え、でもそんなの悪いよぉー」


 チラッチラッっとお菓子を気にしつつ、じゅるりと溢れそうになるツバを飲み込むヒューイ。


「ヨダレ垂らしながら言っても説得力無いっすよ、ヒューイさん」


「……お先。もぐもぐ」

「あっ、テオ君ずるい! 僕もっ」


 菓子の中から、大きな丸いクッキーを拝借してかぶりついた。すると−−


「サクサクほろほろー」

「……うまい」

「お口に合ったみたいで良かったです。お茶もありますよ」

「ありがとー。それにしてもアステルちゃんはお菓子作りの達人さん?」

「達人だなんてそんな! 単なる趣味ですよ。それに頻繁に作れるようになったのもこの学校に来てからですし……」


 材料入手の難易度や、設備の関係から平民であるアステルの実家では滅多に作れるものでは無かったらしい。


「自主性を重んじる学校の恩恵がこんな所に……!」

「ただ、お菓子ばっかり作っている訳にもいかないので、それ以外に携帯食の味の改善なんかもしてたりしますけど……」

「携帯食……あ! もしかして謎のブロック型携帯食!?」

「謎、かどうかは別としてその携帯食ですね」


 一応あれはクッキーを参考に作っているんですよ。とのアステルの解説。現状、プレーン味とチーズ味があるとの事。以前、ヒューイたちが雪山に持っていったのはプレーン味だったらしい。


「そういえば、これは何の集まりなんじゃ? クラブ活動ではあるようじゃが」

「名目上は野戦食研究会、なんですけど……実態は製菓クラブ……かな」

「……ああ、だから女子ばっかなんすね」

「お菓子作りが主じゃない日は男子もいるんですけど……今日はお菓子の日なので」

「お菓子の日? それなんて天国!?」

「どーどー。落ち着くっすよヒューイさん」

「僕は放課後のおやつタイムをよーきゅーします!」

「−−却下だ」


 ヒューイの提案に即反応したのはエルンストだった。


「何故にエルンスト君が決定権を!?」

「ローレンツやフェルディナントと違って俺はお前を甘やかすつもりは毛頭無い!」

「そこに何故かテオ君の名前が無い件についてー」

「……最近気がついたがテオドールは貴様と同類だ。よって最初から期待しないことにした」

「……エル、それ、酷い……風評被害」

「何が酷いものか! テオドール、自分の胸に手を当てて今までの行動を振り返れ!!」


 その言葉にテオドールは目をつぶり、今までの自身の行動を思い起こしてみる。


「……………………?」


 −−そして首を傾げた。


「ええい! 何か問題でも? とでも言いたげな視線を寄越すのを止めろ!!」

「……食べ物、罪無し。……よって、無罪」

「少しは自制しろ! あと、貴様がそれを決めるな!!」





「俺っちたちそんなにヒューイさんを甘やかしてるっすかね?」

「さてのう。甘やかす、というよりは振り回されている感の方が強い気がするが……」

「そうっすよねー」

「あれ? 僕ってそんなにみんなのこと振り回した覚え無いんだけど……もぐもぐ」

「−−って、うをあ!? ヒューイさんいつの間に!」

「エルンスト君の注意が離れた隙にですー……んぐんぐ」

「……なんというか。日々、あやつの意図しない方向のスキルが磨かれつつあるのう……」


 近接戦闘だの壁走りだの気配を消しての戦線離脱だの、最近ヒューイが身につけた技術は、エルンストが求めている司令官には凡そ必要なさそうなものばかりである。


「ま、どんな物でもスキルが磨かれるってのは良いことっすよ。エルンストさんが真面目すぎるって話っす」


 あ、アステルちゃんお茶のおかわりいいっすか? とさりげなくティータイムに入っていたローレンツは茶のおかわりを要求したのだった。




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