4 親交を深めよう
「もぐもぐ……」
「今日も今日とて幻のタマゴサンドか」
「(こくこく)はむはむ」
「……ここまでくるともう幻でもなんでもねぇな」
今のところパーフェクトではなかろうか。昼休みにこうしてアルがヒューイと遭遇した時には必ずその手に幻のタマゴサンドがあった。
「今回は壁走りを体得しましたので……もぐもぐ」
「壁走り……ってお前一体どっちの方向に向かおうとしてんだよ!?」
「そですねー……ぐるめはんたーが第一希望です」
「騎士学校全否定!?」
別に否定はしてないです。友達もいますし。と、前置いた上でヒューイは宣言する。拳を握りしめつつ。
「僕はぐるめはんたーな騎士がいても良いと思います!」
「……これは個人的な疑問なんだが、どっちが本業なんだ?」
「ぐるめはんたーですが」
「もうちょっと騎士も大事にしてあげて!!」
騎士学校教官心の叫びが中庭に響き渡った。
「あ、そだ。きょーかん」
「……なんだよ、んな改まって」
「おととい、みんなで狩りに行ったんです。んで、大量に獲れたんで今日みんなでバーベキューパーティーする事になりましてー」
「狩りかー。………………ちなみに、何を狩ってきたんだ?」
「スティングブルをちょちょいーっと」
「——既にグルメハンターが本格始動しているだとぉ!?」
「してますがそれが何か?」
ごく自然に開き直るヒューイにアルは思った。これもう手遅れじゃね? と。
「まー、何はともあれ。お暇だったらきょーかんもどーぞ」
「…………タダ飯だっつーなら、まぁ」
「今回の諸経費は、こないだのスカーレットグリズリーの魔石代で賄ってるんで、格安でいいですよー」
「金取るのかよ!?」
「……冗談デスヨ?」
「…………今お前、割と本気だったろ……?」
語尾のおかしさに本気を見たアル。フイっとそっぽを向くヒューイ。疑惑の視線に耐えきれず口笛を吹こうとして失敗した。
気まずい沈黙。
「まあ、そのー……親睦会みたいなのも兼ねてるんでぜひぜひー」
一応同じクラスの人達にも声掛けてるんですよー。と期待に胸を弾ませて言うヒューイにアルは、気が向いたらなと疲れた様子で答えたのだった。
*
——放課後。
学校の中庭に集まったヒューイたち。せっせと準備をしていた。
「まさか中庭使わせてもらえるなんて、思わなかったなぁ。下ごしらえも食堂で引き受けてもらえたし、飲み物の手配もバッチリ! いたれりつくせりだねー」
「ウチの学校、基本的に在学中は自主性とか重視してくれるっすから」
「……その代わりと言ってはなんじゃが、卒業後は配属先によっては規則でガチガチだと聞くのう」
食事スペースになる台のセッティングをしつつフェルが、将来が不安になるような噂を披露。要するに、学生のうちにやりたい事やっとけという事らしい。
「まー、騎士っすからねー。今のうちに自由を満喫しておけって事なんじゃないっすか?」
運んできた素材を、用意した台の上に並べながらローレンツが言う。
「……そこに騎士にならないって選択肢はないのでしょーか?」
「少数派ではあるっすけど、そういう選択するヒトはいるらしいっす。後はまぁ、家の嫡男で跡取りのヒトとかなら、ある程度規則がゆるくて自由があるらしいっすねぇ……」
でも一応ここ騎士学校っすからね? 騎士にならないほうが少数派っすからね? とローレンツは念押しした。
「僕は跡取りってわけでもなさそーだし、少数派でもよくない?」
ぐるめはんたーとかぐるめはんたー。ヒューイの表情は言外にそう言っていた。
「ワシは構わんが……その場合、確実にエルンスト辺りは激昂するじゃろうなぁ……」
「一応、俺っち達、卒業後はヒューイさん直属の部下になるって話になってるっすからねー」
「俺は…………グルハン、バッチ来い」
土魔術で即席かまどを作っていたテオドールがボソリと呟いた。
「グルハン……ってなんすか?」
「グルメハンター……略して、グルハン。……ヒューイ、よく、言ってる」
「うわ、ヒューイさんに毒されたひとが地味に存在してるっす……つかテオさんインドア派っしょ!?」
「フィールドワーク……兼、美味しい食べ物…………正義」
どうやら、インドアで身に付けた知識の実地検証ができて、美味しいものも食べられるので一挙両得と言いたいらしい。
「どう考えても食べ物に釣られてるようにしか見えないっすよ……」
そんな会話を繰り広げつつ、彼らは準備を進めていくのだった。
*
食事会は、元悪名高いヒューイ主催にもかかわらず、意外にも和やかムードで始まった。チラホラと女子生徒の姿も見える。
ヒューイ的には、当初、騎士学校という字面から何故か男子校というイメージがあったのだが、クラスには女子もいるし、ローレンツ曰く女騎士というのもそう少なくない数がいるとの事。あまり交流がないのは、班行動が多い上に、単に班によって男女比が偏っているからというのが大きいらしい。ヒューイ班は標準的な男所帯である。
「コソコソと何をやっているかと思えば……まさか材料を自力調達した上での食事会とは……」
いささか呆れた様子で呟くエルンストの姿もあった。嫌っていても誘えば来てくれる程度には付き合いは良いようだ。
「あ、エルンスト君。来てくれたんだねー」
「……親睦を深めるための会なのだろう? そちらが歩み寄るというなら乗ってやらんこともない」
ふふんと何故か偉そうなエルンストに苦笑するヒューイ。
「あはは。……まぁ、ありがと」
「それにしても……昨日見た時も思ったが、あの肉は一体どこで入手したんだ?」
「みんなでスティングブル狩りしてきたんだよ」
「…………狩り? スティングブルを?」
うん。と答えたヒューイにエルンストはブルブルと震えだした。そしてガシリとヒューイの両肩をホールド。
「え、エルンスト君?」
「きーさーまーはー! 何を考えている!? スティングブルと言えば実質脅威度はCだろう!!」
基本的に脅威度Cというのは学生が相手できるものではない。ある程度経験を積んだ騎士や冒険者が数人がかりで挑んでやっと対応できるレベルを指している。
以前遭遇したグリズリーは単体だった事、学生の中でも優秀な者がそろっていたからこそ何とか凌げる状態だっただけである。
スティングブルに関しては、見かけたら町の詰め所に報告すべしと、騎士学校の魔物学の授業では教えている。間違えても挑むな、とも。
ガクガクとヒューイの肩を揺さぶりつつエルンストが似たような内容の説教を始めた。
「いいいいややや、でっ、でもフェルとテオ君が安全な作戦立ててくれたししっ」
「そうだとしても無茶な事に変わりない!!」
それなら尚更、何故俺を誘わなかった!! と激昂するエルンスト。彼も何だかんだ言いつつズレているが自覚はない。
「それと忘れているだろうから改めて言っておくが、本来なら作戦立案と指揮は貴様の仕事だ!!」
「……え? そうなの?」
「現状の班の構成からすれば当然の帰結だろうが」
ローレンツが索敵、エルンストが前衛、フェルが盾役兼中衛、テオドールは後衛。アルは教官なので、基本的には学生では手に負えない事態にならないと動かない。この面子に、元々剣も魔術も達者で無いヒューイがあてがわれるのは何か……といえば、戦況を眺めるか無い知恵絞るくらいしかない。
「えー、でも作戦立てるとか指揮とか難しそう。むしろ指揮されて動くほうが好きだなー」
「好きとか嫌いとかそういう問題じゃない! 難しいと感じるなら勉強しろ!!」
ヒートアップするエルンスト。これを止められる者はいないと思われたが……
「小動物、いじめ……反対」
両手に程よく焼けた串を持ったテオドールが立っていた。
「……くっ、テオドールか」
「今、ヒューイ……いろいろ足りない。足りない、は補う…………それが、仲間」
「——っ!!」
片言ながら言いたい事が伝わったのか、エルンストが息を飲む。
「ちょ、テオ君、それフォローなの!?」
「記憶喪失前、成績ギリギリ。…………今、記憶喪失。………自明の理」
「……そーなんだー。僕ってアホの子だったんだー……」
今更ながらにがくりと肩を落とすヒューイ。言われてみれば心当たりはある。暗記系科目はそうでも無いのだが、その他の知識の蓄積やら論理とか応用が必要な科目はサッパリ付いていけてなかったりする。
普通、こういう場合は事情が事情だし補習とかするのではないかと思われるが、そんな気配はない。
「…………気落ち、早い。雪うさぎ、大丈夫。飲み込み早い」
「ええと……もしかして慰めてくれてる? いつになく口数多いし」
こくりと頷くテオドール。雪うさぎ呼びはスルーする。どうもこの呼び方は記憶喪失後のヒューイを指しているらしい所までは分かっている。
「……つまり、テオドール。お前や他のやつらは、こいつの今後に期待している、と?」
「……肯定」
それだけ答えるとテオドールは手に持っていた串焼きをモグモグと食べ始めた。これ以上、話すことは無いという事らしい。そしてその場を去っていった。ヒューイもこれ幸いと彼についていき、その場にはエルンストのみが残る。
「あのテオドールにここまで言わせるとは……」
エルンストは顎に手を当て少々考え込んでいたが、
「……俺も多少は信用すべきかもしれんな」
そんな事を呟いたのだった。
*
宴もたけなわ、皆がワイワイと食事を楽しみヒューイへの偏見の目も消えた頃——
——ガシャン! ガシャン!
突如、皿の割れる音が響き、次に悲鳴が上がる。騒ぎを聞きつけたヒューイたちがむかった騒ぎの中心には割れた食器や食材が散らばり、一種の惨状と化していた。
「ハハハッ、食い気しか残ってねぇ元暴君なんざ怖がる価値もねぇな!」
騒ぎを起こし食材を台無しにした生徒A(仮)は、そう言い放ったのだが……。ヒューイたちは、そんな生徒(仮)のセリフなど全く聞いちゃいなかった
「あわわわっ、せっかく獲ってきたお肉が! 買ってきたお野菜がぁっ! ——っ! さ、3秒ルール! 3秒ルール適用でぇぇっ!!」
生徒A(仮)など眼中にもなく、地面に散らばった肉や野菜を前に慌てふためいている。
「そうだ! 洗えば、あと周りの汚れてるとこだけ削ぎ落とせばナントカ!!」
「ヒューイさぁぁんっ、いくら何でも、もったいない精神発揮しすぎっすよぉぉ!!」
アンタ一応伯爵家の人っすよねぇぇ!? とローレンツがツッコミを入れる。まぁ、自分達だけでこの場の食材を集めきった時点で伯爵家がどうとか言えない状況ではある。普通なら自分の手ではなく、権力使って揃えるような食材たちなので。
「おやさいー、すてぃんぐぶるぅぅー」
「しっかり! 気をしっかり持つんじゃ、ヒューイ!」
ショックのあまりついに地へ手を付いたヒューイに、フェルが檄を飛ばすが、聞こえているかは定かではない。
「わざわざ権力使ってこんな肉の塊やら野菜なんて用意して? 料理大会でもするつもりだったのかよ」
さっすが高位貴サマは無駄にやることがでかいよなぁ! と、事情など知ろうとせず勝手なことを言い放ちつつ、生徒A(仮)は地面に転がった肉の塊を足蹴にした。
その物言いや態度に、さしものエルンストでさえ一歩前に出ようとした——
正にその時。
——プチン。
何かが切れるような音が、何故かその場にいた全員に聞こえた。
ゆらりと立ち上がるヒューイ。その表情は俯いている為、確認はできない。だが、先程の音の発生源が彼であると皆が確信していた。
「…………………………たべものを粗末に扱う悪いやつはどーこーだー」
囁くような呟きだった。しかもノンブレス。ギギギとヒューイの顔が生徒A(仮)に向いた。
「——ヒィッ!?」
思わず上がる悲鳴。後に判明したが、なんか目が据わっていてハイライトが消えてたらしい。そして突如として消えるその姿。
「ぐはっ」
次の瞬間には、生徒A(仮)の体はくの字になり、地面に転がっていた。更に——
「……うぐ……なっ、何すんだよ!?」
生徒A(仮)を足蹴にするヒューイ。
「『何』って、キミだってお肉さんやお野菜さんに同じことしたじゃないか」
ヒューイは口調こそ変わらないが、いつもと違い抑揚のない平坦な声だった。
「はぁ!?」
「そのお肉さんはさ、食べられる為にお肉になったはずなんだよね。野菜さんなんて農家の人が丹精込めて育てたんだ……けど、キミのせいで食べられなくなった」
「だから何なんだよ!!」
「食べられるという存在意義を奪われ失ったお肉さんやお野菜さんはこれからどうしたらいいのかなぁ? ねえ? どうしたらいいの? ねぇ? ねぇ? ねぇ? ねぇ? ねぇ?」
「 ひぃぃぃッ!?」
感情の乗らない疑問が投げかけられる度に鈍い音が響いた。何の音かは言わずもがな。
軽くホラーでバイオレンスだった。その異様さに生徒A(仮)だけでなく皆の背筋にも冷たいものが走った。
——あかん。
これ暴君よりもたちの悪い魔王様や、と。
*
「当初よりだいぶ減っちゃったけど、無事なのがあってよかったねー」
周囲の人間にその恐ろしさを刻みつけた張本人は、そんな事ありましたっけ? とでも言いたげに、通常仕様へと戻っていた。
地面に落ちた食材は残念ながら破棄という事になったが、荒らされていない場所もそこそこあったので親睦会は続行という事になったのだ。
「そ、そうっすね……」
ローレンツの視界の端には、未だ「魔王コワイ魔王コワイ」と震え続ける加害者兼被害者が映ったが、何も見てないし聞こえていない事にした。
「おーう、お前らやってんな!」
そこへ登場する地味に運のいい教官——アルである。どうやら仕事を終えて様子見かつ相伴に預かりに来たようだ。
「ん? なんか荒れてる気がすんのは気のせいか?」
「そこは気付かなかった振りをするのが良い大人だと思うんじゃがな……教官殿よ」
フェルにしては珍しく「蒸し返さないでくれ」と懇願の篭ったセリフだった。彼にしても魔王降臨はショッキングな出来事だったらしい。
「フェルディナント。お前にそこまで言わせる出来事とか凄ぇ気になるんだが」
「——二度は言わんぞ、教官殿」
「俺はいいオトナなのでもう追求しません。追求しないから威圧すんのヤメロ。ヤメテください……」
アルの情けない懇願が中庭にひびいた。