4 うごうご南国フルーツ
前回更新から何年経ったか……エタらぬ、エタらぬぞぉぉぉ!!
「着いたー! でもってヘールズまじ学園都市ィ!!」
「……まあここ、学術研究施設誘致しまくってるからな」
街並みは王都と似たり寄ったりだが、ヒューイの視界に入る人々ほぼ全てが制服姿の学生であった。ただ学生と言っても子供から大人まで幅広い年齢層、人種・種族を問わないとでも言いたげな雑多具合で、この国では珍しく国際色豊かであるように見受けられる。
それもこれも領主であるカーラー家が学問に力を入れているのが主な原因である。かの家は研究者を多く輩出している学者狂いの家系でもあった。ちなみにテオドールの実家だ。
「ひとり、で、やる……より、みんなで……研究。はかどる」
「良いセリフなんすけど、テオさんが言っても説得力無いような……」
テオドールが珍しく長ゼリフを放ったというのに、即座にローレンツから否定のつぶやき。なにしろテオドールは基本的にぼっちなので。
「えっ? でもロー君とテオ君ってよく魔術について議論してるよね?」
そもそもこの街に遠征する羽目になったのは彼らが共同研究・開発した謹製の索敵陣が原因である。
「……あー、そういえばそうだったっすねー」
「…………ロー、そういう、ところ、だぞ」
テオドールが不機嫌そうにローレンツを睨め付けた。
「すわ、コンビ解散の危機トカ!?」
「いや、コンビとか組んだ覚え無いっすから。つーか、そういうところってどういうところなんすか!」
「……わすれっぽい」
「そんなこたぁないっすよ! 俺っちこれでも情報処理のプロっすよ!?」
物忘れが激しいやからには無理なポジションなんすよぉぉ! などと叫びながらさめざめと泣き始めるローレンツ。一気に気まずい空気が広がる。
「そ、そういえばさっきからずっと見えてるあの透明な建物は何なんですかっ?」
アステルが指を差した先には、木の生い茂る透明な建築物が建っていた。
「…………あれ、は、温室。植物、研究してる」
「全面ガラス張りとは狂気の沙汰だな……どんだけ金がかかってるのやら」
「……最先端。南国フルーツ、盛り、だくさん」
「マンゴー!!マンゴーあるよね!? 太陽のめぐみ!!」
皮が赤くて身がオレンジ色の甘ーいやつー!
「名前、違うけど……ある……!」
「いえーい! 南国パフェ作ろー!」
「ぱふぇ……!」
「ぱふぇとはなんだ? うまいのか?? ワガハイのも用意しろなのだ!」
「お前らの食い気には脱帽だよ……その意欲をもうちょい俺への気遣いに回してくれればッ!」
アルがどさくさに紛れて愚痴るが、そんなん知ったことではない3人はパフェの話に夢中であった。
「ちな、僕、コーンフレークが入ってるパフェ苦手だからアイスたっぷりのやつがいいー!」
「……フルーツ、と、クリーム。夢……の、こらぼ……!」
「あまいのにゃ? フワフワなのにゃ!?」
生クリームの上にフルーツジャムを乗せてー、さらに生クリーム。その上にたっぷり生のフルーツをのせたら爽やかシャーベットとビスコッティを乗せてフィニッシュ! コーンフレークでカサ増しなど許さない!
食い意地の張った三人はうっとりと妄想のパフェに思いを馳せる。そこにそういえば、とテオドールが口を開いた。
「……エルヴィン侯、果実研究……エキスパート!」
「おー、その人の所に行けば南国フルーツを分けてもらえるかもなんだね!」
「ヒューイ。貴様ついに自分で作るところまで来てしまったのか」
エルンストが遠くを見るような諦めの表情で呟いたのだが。
「えっ? 自作ならとうの昔に手を出してるけど?」
今更ですが何か? とでも言いたげなヒューイを見て、一同にゲンナリとした空気が漂う。
「……ヒューイ、とりあえず今日までの間に何をやらかしたか白状しろ」
今ならばまだ罪は軽いとばかりにアルが詰め寄る。この真っ白雪うさぎは己の目が届かない場所で一体何をやらかしているのか。
「……ミソスープを作るためにいろいろ実験、トカ?」
「ミソスープがなんなのかはわからんが……実験という不吉ワードは見逃せねーぞ」
「麹菌を作る過程で肥料を大量生産しちゃったので、農家さんに売ったら結構儲けました!」
「何でそんなうまい話に俺を一枚噛ませないんだよ!?」
「え? だって教官カンケーないじゃないですか」
「……ごっほん。教官である俺にはお前らがやらかした学内での不始末の後始末をする義務がある!」
「つまり?」
「分け前が欲しい!!」
「最低だ!?」
「何を言う。普段問題行動ばっかり起こすお前らの後始末してるの誰だと思ってるんだ! たまには甘い汁を吸わせろ!」
「……あぁ。じゃあ今度そんな感じの予定があったらお知らせしますねー」
「ならばヨシ!」
ツッコミどころのおおいやり取りだったが誰も何も言わない。
「エルンストさん、突っ込まないんすか?」
「……もういちいち反応するのも疲れた」
「え、ちょ、エルンストさんが燃え尽きそうなんすけどぉぉぉ!?」
しおしおと真っ白になったエルンストをローレンツが支えようとした時。
ドォォォーーーーンと大きな爆音と揺れが一行を襲った。
「なっ、なんすか!?」
「地震だと!? この辺りの地盤じゃ起こらないはずだぞ!」
アルが信じられないと言ったふうに叫んだが、実際に地面が揺れていることに変わりはない。震源は……と周りを見渡す一行の目に入ってきたのは、先ほど見かけたガラスの温室を突き破りうねる緑の何かだった。
「……温室、ドッカーン、してる……」
「あ、本当ですね。それにそこからうねうね~っと……ってまた触手系なんですか!?」
触手にトラウマのあるアステルが青い顔で叫んだ。
「戦闘か! よし、いま行くぞ!!」
叫ぶが早いか、色を取り戻したエルンストは騒動の真っ只中に突っ込んでいった。
「って、エルンストさーーーん! なんで急に生き生きとしだすんっすかぁぁ!!」
「まあ、戦いがヤツを呼んでおるんじゃろうなぁ」
「フェルさんもなに落ち着いてるんっすか!」
「慌てなさんな慌てなさんな」
最近は余程のことでなければ動じなくなったフェル。お茶でも飲み始めそうなのんびり具合だ。
「ん、ヒューイのやつはどうした? なんかさっきからめっちゃ静かなんだが……」
「……雪うさぎ、真っ先に、飛んでった……」
「早すぎない!? 何がアイツを駆り立てたんだ!?」
「あっ、教官! ノーチェさんもいません!!」
「──はっ。南国フルーツか! 南国フルーツがアイツらを駆り立てたのか!!」
その間もドカーンやらドゴーンという爆音が響き渡り、緑の触手がうねり狂い他の建物にまで被害が出始めている。何本かの触手がより合わされているのか、その太さは子供を飲み込めるくらいには太い。
「──どっせーい!」
「吹っ飛べにゃー!」
そんな触手がうねる中、ヒューイとノーチェは元温室への侵入を試みているようだった。近くでは張り切りまくったエルンストが触手を細切れにしている。
「なーんーごーくーふーるーぅーつぅーー!」
「ぱーふぇー!」
ドカンドゴンと迫ってくる触手を千切っては投げ千切っては投げ、二人はなんとか温室の入り口だった場所へとたどり着いた。そこで見たものは……。
「やせいのらくえん……!」
「なんかばぁばが怒った時を思い出すのにゃ……!」
目が点になったヒューイと、過ぎし日の恐怖でぶるりと震えたノーチェの目に入ってきたのは……うねうねと暴れ回る触手、走り回るバナナ、巨大化した果実の山、瓦礫と化した温室の残骸、走り回るパイナップルの姿だった。
「あのさ、ノーチェ。僕の気のせいかな?」
「何がにゃ?」
「なんか南国フルーツに手足が生えてうごうごしてるのが見えるんだよね」
「ふむふむ。アレが南国フルーツというヤツなのか。生きがよくてうまそうなのにゃー」
「あれは断じて自然の姿じゃないと、僕でもわかるよ!? っていうかアレを食べるの!?」
2人に追いついてきたエルンストも同じ光景を目にして動きが止まっていたが、なんとか再起動して一言。
「ヒューイ、お前でもアレは忌避するんだな」
「ぶっちゃけ手足がキモいの……」
「…………そうか。まあキモいな」
「そうかにゃ? 引きちぎれば問題なくない?」
「容赦のないグロッキー!?」
手足をもがれた奇怪な果物たちが「ギィイヤァァァ」と断末魔をあげる様を思い描いてちょっと青ざめるヒューイ。それはちょっと……いや、かなり口にはしたくない。
「斬って皿に盛り付ければ……いや、ないな。なんだ?」
「え、エルンストくんが食べ物に興味を持ってるーー!!」
「真面目野郎もワガハイたちの仲間入りか? 仲間入りなのか?」
「誰が食いしん坊倶楽部の仲間入りなんぞするか!」
「えっ、僕らそんな風に呼ばれてたの……?」
「誰が食いしん坊だにゃー!」
「お前らだお前ら」
そんなやりとりをしている間も触手に襲われている3人だが、そこそこ戦闘能力のある面々である。ヒョイっと軽い調子で避けながら駆除を続けていた。果実系はもちろん無視である。なんかおぞましいので。
「うお!? なんだこりゃぁ!?」
「……奇怪」
「えー……なんすかこれ」
「またゲテモノ系なんですね……」
「これはまた面妖な……」
遅れて到着したアル達が手足の生えた果物たちを見て言葉を失っている。
「……あれ、魔物化、してる……」
「テオさんがそう言うならそうなんだろーとは思うっすけど……」
「アレが何かはさておき、ここから逃すわけにはいかんというのは判るのう」
「あのイキの良さ、生命力だけは強そうだもんな……ぜってー生態系を破壊する系だぞ」
まあ魔物であるなら駆除せねばなるまい。ここは街のど真ん中なので。
「きょうかーん、果物さんもアレだけど触手、触手がやばいでーす! なんか倒しても倒しても湧いてくるぅー!」
「テオドール、貴様の炎系魔術でどうにかならないか!」
倒された触手は消えてゆくのだが、どうも発生源と思しき場所から次々と湧き出てきているようで数が減らない。しかも手が回らない触手からは果実が実り、例のアレが生み出されているという地獄絵図。
「……『燃え上がれ、灰になるまで』」
早速テオドールが炎の魔術で見える範囲内の触手を焼き払う。巻き込まれた果物たちが香ばしい香りをあげながらピクピクと地面の上で痙攣している。含有している水分量が多いため焼き払えなかったらしい。
「……おいしそうなかおりー」
「うまー」
「おいこら何食ってんだノーチェ! ぺっしろ、ぺっ!」
香りに釣られそうになっているヒューイ。そして我慢できなかったノーチェがどさくさに紛れて焼きフルーツにかぶりついていたが、そんな怪しいものを腹に入れるなとアルが叱咤する。
「とりあえず触手の発生は抑えられた、かのう?」
「いやー、一番でっかい反応が消えてないっすね、これ」
索敵陣を起動していたローレンツが辺りの敵性反応を探ると、まだ果物以外にも何かが残っているようだったが。見る限りそれらしいものは見当たらない。
「あの、植物なら根っことかあるはず……ですよね?」
「──地面の中か!!」
アステルの言葉にエルンストが爆心地へと視線を向けた瞬間、ボコリと地面が盛り上がった。
「qwせfghjklーーーーー!!」
人間には理解不能な雄叫びをあげつつ、勢いよく地面から出てきたのは球根のような形をした巨大な魔物。所々から生えた根っこを鞭のようにしならせながらヒューイたちの方へと近寄ってきた。
「な、南国フルーツの根っこなのに何故に球根型なのか!?」
「いまツッコミ入れるのはそこじゃねぇ!!」
「……焼き球根、おいしい……?」
「ええと、球根には毒性があるものも多いので食べない方が……」
「少しくらいの毒ならワガハイには無問題なのにゃー!」
「そう言う問題ではないと思うがのう……」
「──って、呑気に話してる場合じゃないっすよぉぉ!!」
のっしのっしと言う足音が次第にズンズンという地響きを伴うものになっており、確実に一行との距離を詰めてきている。
「ふん、斬り甲斐があるな!」
「……『風よ刻め粉々に』」
一足早くエルンストが飛び出してカマイタチを撃ち込みつつ、球根型モンスターに迫った。続いたのはテオドールの風魔術。次々と放たれる斬撃でどんどんと球根が剥がされ痩せ細っていく。
「もうエルンストくんとテオくんだけで決着付きそうですねー」
「お前の出番はなさそうだな。打撃、あんま効きそうにないもんな」
対球根戦にさりげなくフェルも参戦していい感じに進んでいる様子で、手持ち無沙汰なメンバーも出てきていた。
「おーい、アイボー! やっぱり結構美味いぞコイツら」
「ノーチェさん、お腹壊しても知りませんからね!」
「おいしいならこの際珍味ってことで……手足は気にしないことにして……」
「おいヒューイ、やめとけ! 人間の胃と魔物の胃は違うんだぞ!?」
私というものがありながら! とか呟きつつ、焼きフルーツを堪能するノーチェを戒めるアステル。だが彼女の制止もノーチェの食欲の前には無力のようだ。そして釣られかけているヒューイを必死で止めるアル。
「もうあっちは決着付いてるみたいなものですしー、いま僕の胃は南国フルーツモードなんです! 止めないできょーかん!」
「やーめーとーけーって! 食うにしたってせめてアステルに成分分析してもらってからだ!」
現場は一部混乱を極めていた。
※
警備隊が到着したのは球根にフェルがとどめを刺した直後だった。一番近くにいたヒューイたちの初動が早かったおかげで被害が最小限に抑えられたと褒められた。後日、礼状とお礼の品が届くらしい。そして球根が残したものはそれだけではなかった。
「結局、あの球根のドロップは種だったんだねー」
「コレを植えたらあのどデカいふるーつ食べ放題なのかにゃ? にゃ?」
「や め と け ! またあの魔物が産まれちまうだろうが!」
警備隊に引き渡して永久封印に決まってるだろうとアルが言うが、テオドールが待ったをかけた。
「……永久封印、むりかも……」
「なんでだよ、明らかに危険物じゃねーか」
不満顔のアルにテオドールが首を振る。
「……ヘールズ、好奇心、旺盛……」
「あー、うん、そういう街だったな、ここ」
「つまりマッドな人が多いから研究用に栽培されちゃうんですねわかります、うん」
「……常識というものが通用しないのか、この街の住人は」
「学生が多いから若気の至りってヤツなのかもしれないっすねぇ……」
「監視の上で育てるというのなら、まあ大事には至らんのではないか?」
「まさか食用に育てたりは……しない、ですよね……?」
「それはそれでうみゃーなのにゃ!」
種を預けるには不安要素しかない街。一行の考えは一部を除き一致した。
「とりあえず種は僕の影倉庫にいれときましょっか?」
「ノーチェのやつに預けるよりは安心だな」
アイツはコッソリ育てそうだし。とアルが言うとビクリとヒューイの肩が揺れた。
「おい、ヒューイ。お前まさか……その種育てようなんて思ってないよな?」
「あわよくば南国フルーツどっさりだなんて考えてナイヨ?」
思いっきり目を逸らすヒューイ。
「……おいエルンスト。この種を一刀両断してくれ。残してたら何があるかわからん」
「……了解した」
そう言ってアルが放り投げた種を、セイっと一呼吸でエルンストが両断した。さらに念入りに粉微塵になるまで切り刻まれ、疑惑の種はこの世から消えたのだった。
※
温室の後片付けをする警備隊の皆さまを眺めながら、アルは考え込んでいた。
「……そういえばさぁ、この無限増殖と溢れる生命力に満ちた魔物。めっちゃ既視感があるんだが」
具体的には割と最近。直近だとゾンビとかゾンビとかゾンビ。あとタコ。
「はーい。それですけど、そこらの人たちに聞き込みしてきたっすよー」
「ロレくんってばお仕事早いねぇ」
ヒューイに褒められ満更でもなさそうに照れながらローレンツは報告をはじめた。
「この辺りで研究に従事していた学生の話によると、まあ例によって例の如くあの悪の魔術師の影があったっす」
「見慣れない学者風の男てきな?」
「学術都市ならそんなんいくらでもいそうなのになんで特定できたんだ?」
「あっ、それなんですけど。私が似顔絵を描いたので……」
これです、とアステルが差し出した紙には特徴を捉えたイラストチックな似顔絵があった。ボッサボサの髪に丸メガネをかけた困り顔の男の絵。
「うわー、似てるー! アステルちゃんすご!」
「意外な特技じゃのう」
「それにしてもあの野郎。あれから全然見つからないと思ったらこの街に潜伏してた挙句に、堂々と研究に勤しんでやがったとはなぁ!」
アルのこめかみがピキピキと音を立てる。王都でのゾンビ事件の後に国内手配された悪の魔術師(仮)ではあるが、そこからとんと足取りが掴めず捜査が難航しているとの話を聞いていたのだ。
「植物が暴走し出したタイミングを考えれば、まだこの街の近辺に潜伏している可能性が高いんじゃないか?」
あの男の目的を考えれば、自分の研究結果を見届けずにこの場を去るとは思えない。なので暴走の混乱に紛れてフェードアウトした可能性は高い……かもしれない。
「つ、通報だーーーー!」




