2 新学期早々に短期留学らしいですよ?
「……さて。実は今日から新学年新学期なわけだが、忘れてたやつ挙手ー」
「はーい!」
アルの言葉に勢いよく手をあげたのはヒューイだけだった。彼に視線が集まる。
「――って、新学年!? 三年って事は後輩が二倍!?」
「まぁ、入学式はまだっすから一年は居ないんすけどねー」
だからまだ後輩は一倍っす。とローレンツ。
「入学式……といえば、先輩たちの卒業式は? そんな気配無かったんだけど!?」
ヒューイは基本的に休日は寮か食堂に入り浸っている。卒業ともなれば多くの人の出入りが発生するものだが微塵も気が付かなかった。
「この前やってましたよ。ヒューイさんが気がつかなかっただけかも」
「……うわーお。寮の防音性能に拍手喝采すべきか迷うとこだね。……まー、前の四年生に仲のいい先輩はいなかったから別にいいかぁ」
騎士学校は四年制。ヒューイと唯一交流のあるリベルトは一つ上の学年なので卒業は来年である。
「ちなみに晴れて三年になったお前らの最初の課題は、ヘールズへの長期演習だぞー。勉強漬けの毎日だ、喜べー」
こんな言い方で喜べるはずもなく、ブーブーと沸き起こるブーイング。
「勉強漬けって、学校にいるのと変わらないような気がするんですが……?」
「まあ、演習と言うよりは短期留学に近いかもな」
アステルの言葉に、それもそうかと思いなおして言い直すアル。
「……教官。ヘールズといえば魔術都市なのだが……他のやつらはともかく魔術適正ゼロの俺に何を学べと言うんだ?」
エルンストが困り顔で告げた。彼のように武技の才がある人間は大概が魔術適正が無かったりする。逆もまた然り。両方を高い精度で持ち合わせているヒューイは珍しい部類だ。
「使えなくても基礎は学べるだろ。でもまあ何なら戦闘訓練メニュー組んでやるから安心しろ」
その辺りのアフターケアは万全にしてやるよと、珍しく教官らしさを見せるアル。
「ワシもエルンストに便乗して良いじゃろうか? 魔術適正はあってもからっきしじゃしなぁ」
フェルも多少は魔術行使できるが、あくまで補助的な物。その本質は武人なのでこれ以上の魔術上達は見込めないと診断されていた。それゆえの申し出である。
「……まぁ、エルンストとフェルディナンドは仕方ないわなぁ。だが、他の連中はみっちりしっかりと勉強するように!」
「急にこんなメニュー持ち出してくるなんて、教官一体なにを企んでるんすか……?」
ジロリと疑いの目でアルを見つめるローレンツ。そこへ弁護に入ったのは。
「僕知ってるー。王子様対策なんだってさー」
先日少しばかり話を聞いていたヒューイだった。『王子様対策』と聞いて一瞬首を傾げたローレンツだが、少し考えて心当たりに行き着く。運動会の表彰式でエンカウントしてしまった第二王子だ。
「……あー、サフィーロ殿下っすかー」
「……………殿下、魔術専攻。ツッコミ、激しい」
件の王子は第二王子で魔術道楽と評判だ。そののめり込み具合は凄まじく、質問攻めに遭った人間の三割ほどが自信喪失して再起不能になったとかならないとか。
「え、そんな恐ろしいヒトだったの、あのひと?」
「だから言ったじゃないっすか! ヤバいヒトに目を付けられたって!!」
「………兄がマブダチ」
「魔術に関する変人具合じゃカーラー家もひけを取らないっすもんねぇぇ! どうしてそこで満足しなかったのか!!」
意外な人間関係が明るみに出たが、そんな事は彼らに関係なかった。そして地団駄を踏むローレンツだが、既に目を付けられてしまっているのが判明しているのでどうしようもない。
「恨むんなら、索敵陣を魔改造しちまった自分の腕を恨むんだな」
あとソレを殿下の面前で使ったヒューイも。と、アルの反応は素気ない。その言葉に困惑したのは、意外にも素っ気なくあしらわれたローレンツ自身だった。
「ヒューイさんを恨めって言われても、一番被害を被るのはヒューイさんっすよ……」
「えぇっ、断定系!? 僕、再起不能になっちゃうの!?」
「そうならないための短期留学なんだろうが……。こちらはとんだとばっちりだな」
魔術都市に行っても得るものが無いエルンストは不満たらたらだ。
「まあ、仲間のためと我慢するのも漢の甲斐性じゃろうて」
「フェルディナンド。貴様はそう言うが……」
「エルンストよ。あまりごねると器の小さい男と思われるぞ?」
フェルの言葉にぐぬぬと口をつぐむエルンスト。こんな言われ方をしてはプライドの高い彼は文句も言えなくなってしまう。
「ちゃんと勉強しないと……がくぶるがくぶる」
「…………ヒューイ。…………いざとなったら、俺、が、なんとかする」
「俺っちにもその優しさを分けて欲しいっす」
「…………ローは、自力で、がんば」
「ちょぉぉぉ!?」
非情な宣告に、ローレンツの悲鳴が響き渡ったのだった。
*
そしてヘールズへ出発する日がやってきたのだが――
「きょーかーん。バナナはオヤツに入りますかー?」
「入らん。……が、持ってくのはやめとけ」
「え?」
キョトンとするヒューイ。その背後には大きな木箱。その中に何が入っているか明白だったため、敢えて聞こうとはしないアル。
「なんで不思議そうな顔してんだよ? 七日だぞ、七日かかるんだぞ? 痛むわ!」
「えぇー!?」
更に驚がくするヒューイ。ついでにさり気なく何かから木箱をかばうような所作をした。大きくため息をつくアル。
「……だからその箱いっぱいのバナナは、他の生徒に無料配布でもしとけ!」
「えっ?」
「えっ?」
「お取り寄せの高級なお品物なので無料配布はちょっと……」
「じゃあどうすんだよ、この大量のバナナ!!」
七日で消費できる量じゃねぇよと、バンバン箱を叩くアル。だが、ヒューイにも言い分はあった。
「ちゃんとその辺は考えてますよぅ!」
「……ちなみにだが、どうするつもりだった?」
「ノーチェの四次元ポケ――ごふんごふんっ! も、もとい影のアイテムボックスに収納すれば余裕で保ちますとも!」
「って事だが、その辺はどうなんだ?」
アルの視線が、他人事と言わんばかりに毛づくろいしていたノーチェに突き刺さる。いきなり水を向けられた彼女は不機嫌そうに眉をひそめた。
「お断りなのだ。なぜワガハイが他人の荷物まで面倒見ねばならんのだ」
「えー」
「えーっじゃない! ……ま、まぁ? 分け前があるのならチョットくらいは――」
「――そういえばヒューイ。お前、影魔術使えるんだから、自前で収納できるんじゃないか?」
もじもじとデレ始めたノーチェを遮るようにアルが告げると、ハッとした顔になるヒューイ。
「言われてみればそーでした。そーかぁ、僕もついに四次元ポケット持ちかぁ……」
昨今のファンタジーでは定番であるアイテムボックスの入手にウキウキと心踊る。なにより手荷物がなくなるのが地味に嬉しい。出先での手荷物ほど邪魔になるものはないので。
「だからといって、箱いっぱいのバナナ持ってくのは勧めないけどな」
絶対に途中で飽きるだろそれ、とかなんとか。真理である。だが、何度も言われれば逆に火がつくというもの。
「ふーんだ! 絶対に完食してやりますもんねーだ!」
「……俺、には、くれないのか……」
ここまで黙ってやりとりを眺めていた外野の中ではヒューイ寄りなテオドールが、さみしそうな声を上げた。彼とて珍しい南国フルーツには興味津々であった。食べ友なヒューイなら当然分けてくれるよね? とか思わないでもなかった。
「へっ? ……わ、わすれてた。ゴメンナサイ、テオ君」
「…………わすれてた、のか」
「わ、忘れてたけど、ちゃんとテオ君の分のバナナもあるから!」
「…………なら、いい」
シュンと落ち込むテオドールを慌ててなぐさめるヒューイ。似た者同士という事もあってか、テオドールもすぐに持ち直した。安い関係である。
「茶番は終わったか?」
「いやいや、ヒューイにとっては重要な事じゃろうよ」
「エルンストさんは不満そうですけど、バナナってお手軽に栄養補給できる優良果物なんですよ」
高級品だし、痛みやすいからあんまり知られてないですけど。と、アステルもフォローに入る。
「まさかヒューイさん。そこまで考えて……って、そりゃないっすよねー」
「知ってたよ!? ただ、ネタ的に一回はやっておかないといけない気がしただけだからね!?」
「ネタ的にって…………まさかヒューイさんからそんな単語が飛び出てくるなんて!」
「ロー君は僕のことを一体なんだと思ってるのさ!?」
「そんな本人を前にして言えるわけ無いじゃないっすか!」
「どゆいみ!?」
とっさに口をつぐんだローレンツだったが、手遅れだった。一度口から出た言葉は取り返しがつかない。すぐに観念してこう言った。
「…………そのー、食べる事以外には興味ない系というか」
「ある意味では……ある意味では、その通りなんだけどなんか悪意を感じる…………!」
まるでそれ以外は壊滅的だと言われているかのようだ。ぐぬぬ、と握った拳に力が入るヒューイ。
「悪意とかはないっす。呆れはあるっすけど」
時々巻き起こる暴走と騒動がアレなだけで。と弁解するローレンツ。
「まあ、世が世なら一番生存確率高そうだし良いんじゃねーか? 食い物に執着が強くても」
食うに困る貧困層でもなし、ヒューイが食い道楽を極めて困る人間は今のところいない。実家のユストゥスさん家くらいか? いや、あの親ばかたちなら喜んで協力するに違いない。要は自分が迷惑を被らなければ何でもいいと思っているアルである。
「ま、それはともかく出発すんぞ。とっとと馬車に乗っちまえー」
生徒たちを促すアル。ヘールズまでは馬車で移動しても七日はかかる距離だ。早く出発するに越したことはない。
「…………やっとか。まぁ、俺は到着が遅れても別に構わんが」
「ワシらとは縁遠い都市じゃからなぁ、ヘールズは」
エルンストはやれやれと頭を振りながら、フェルは苦笑いしながら馬車に乗り込んでいった。
*
一日目の道中では別段変わったことは起こらなかった。ヒューイとテオドールがはぐはぐもぐもぐと
バナナを食す音だけが響くという一種異様な光景はあったが。それを羨ましそうに見るノーチェの姿も見られたが、プライドの高さゆえか物乞いのような真似もできず悶々としていた。
そして二日、三日と過ぎていき、ちょうど中間となる四日目の夕方にそれは起きた。
「とり肉が食べたいです。保存食飽きました」
今回も野営実習を兼ねた行き道だったため、食事は保存食とそれらをアレンジした物だったのだが、ヒューイがNOを突き付けた。
「タレ付きとか贅沢は言わないです。塩だけで味付けしたシンプルな焼き鳥が食べたいです」
「いやいや、無茶言うなや」
今晩の逗留地は野営用の中継地点なので、街は遥か遠くで店などない。食べたければ狩るしか無いのだが……。
「今から調達とか、夜の森舐めんな」
「同感だニャ。夜目が効くワガハイでも面倒臭くてしないぞ、夜の狩りとか」
一応はサバイバル実習の教官であるアルと、長年森暮らしの野生児だったノーチェが反対の意を示す。だがヒューイは諦めない。一度、想像してしまったら食べたくて仕方なくなって止められなくなってしまったのだ。
「そのー。お家に帰る途中の鳥をこうズバン! と、撃ち抜く感じでいけば間に合うのでは?」
「その『お家に帰る途中の鳥』とやらはどこにいるんだ?」
エルンストが残酷な真実を告げる。近く見える森は静まり返っていて、鳥の鳴き声どころか虫の鳴き声すら聞こえない。暮れていく空にもそれらしき影は一つもない。絶好の狩り日和ならぬ最悪の狩り日和だ。
「ヒューイや。狩りをするなら、何も今日じゃなく明日でも良かろうて」
それなら準備もできる、なんなら途中の街で仕入れてもいいとフェルがフォローを入れたのだが、ヒューイは頑として聞き入れなかった。
「それでも! 僕は! 今! 焼き鳥が食べたいんだぁぁぁ!」
叫びつつあさっての方向へ走り出したヒューイ。
「ヒューイさん、そっちは森じゃないですよっ!? 遭難しちゃいますっ! いえ、森に入っても遭難しちゃうんですけどっ!」
「おいっ、どこに向かってんのお前!? 消息不明とかマジ勘弁してくれよぉぉ!!」
アステルやアルの制止を振り切って、森とは反対側の平原へとダッシュ。
「やーきーとーりーーー!!」
叫びとともに彼の姿は平原の彼方へと消えていった。
ちなみに翌朝、とても満足そうな顔で戻ってきた。何体かの鳥型の魔物を調達して。




