3 ひと狩り行こうぜ!
暖かな日差しが降り注ぐ学校の中庭。そこにどっしりと生えた木に背を預けていたアルフレッド——アルの元に生徒が一人やって来た。毎度おなじみになりつつあるヒューイである。
「アルきょーかん、こんにわー」
「……ヒューイか。まーた取り巻き共を撒いたのか」
「わざとじゃないですー。足手まといだっただけですー」
咎めるアルにヒューイは唇を尖らせた。わざとじゃ無いのに心外だ、とでも言いたいようだ。
「……お前なぁ、そんなんじゃあアイツらをお前に付けた田舎のおっ父とおっ母が泣くぞ?」
「ウチの両親なら田舎じゃなくて王都住みですけどね……もぐもぐ」
「バーカ、単なる言葉の綾ってやつだよ。……つーか今日も幻のタマゴサンドかよ。勝率高ぇな、オイ」
ヒューイが食する白い物体の正体を即座に看破したアルは、よくもまぁそう連続で入手出来るなと感心していた。
「今回は全力ダッシュに加えて、コース見直しもしてみました……もぐもぐ」
「……お前の食への執念、すさまじすぎだろ」
「別に食べ物なら何でも良いって訳じゃないですよー……もぐもぐ」
「どうせ美味いもの限定とか言うんだろーよ」
「ですです。あと珍味」
「ちなみに忠告しとくが、珍味だからって美味いとは限らんからな?」
「……なん……だと…………!?」
動きを止めたヒューイに、アルは先達だからこその苦い記憶をあえて呼び起こす。
「昔、珍味って言われてるキノコ食った事あるけどな……」
「……あるけど?」
「まっっったく味がしなかった。飛んでったのは、俺の給料だけだったとゆー悲劇があった」
「MAJIDE!?」
「なんか今、発音おかしくなかったかお前!?」
「……あ、でもきょーかんのお給料が飛んでったのはお店で食べたからでは?」
「……まぁ、な。——って、お前まさか——」
「自分で材料ゲットすれば費用も抑えられますよね? それに不味くても、それまでの過程が思い出になるし」
思い出はプライスレス! と、サムズアップ。
「おい、ツッコミ所満載だぞ今のセリフ!?」
「……ところできょーかん。ぐるめはんたーっていい響きだとおもいませんか?」
「まって、ねぇマジで待って。これ以上俺にストレス負荷掛けるのマジ止めて!!」
アルの苦難はまだまだ続くようだ。
*
リンゴーンと授業終了の鐘が鳴り、雑然とする教室の中で静かに響く不気味な笑い声が一つ。
「ふふふふふ、ふはははは!」
運悪くそれが聞こえた者達は、発生源を前に震え上がった。まさかあの暴君が復活してしまったのか!? と。
「い、いきなり笑い出すとかどうしたんスか、ヒューイさん」
少々怯えつつ声をかけたのは、ヒューイの取り巻きの一人であるローレンツだった。
「ロー君か。ふっふっふ、僕は学習したのだよ!!」
「学習……っすか」
『ロー君』呼びに、一先ず暴君復活は無い——以前はちゃんとフルネームで呼び捨てだった——と安堵しつつ合いの手を入れるローレンツ。そんな彼に少々の満足を感じつつヒューイは続けた。
「この間の熊での失敗は、ドロップアイテムを知らなかったのが敗因だった——ので!」
「ので?」
「次なるターゲットはドロップに肉のあるスティングブル! 今度こそはみんなで焼肉パーティーだよ!!」
えっへん! と胸を張るヒューイ。その脳内では既に焼肉パーティーが開かれているのか、口元がじゅるじゅるしている。
「——て、ヒューイさんはどうして魔物の肉にこだわるんすか! そこは普通の牛肉とかでも良いっしょ!?」
因みにスティングブル。先日遭遇したスカーレットグリズリーには劣る脅威度Dだが、姿は牛に似ており群れで行動するため狩るとなると実質Cになる魔物だ。ただ、それを補って余るほど、ドロップの肉が美味。先程受けた魔物学の授業で習った。タイムリーすぎる話題である。
「珍味を求めずして何がぐるめはんたーか!」
「いや、俺ら騎士候補生っすからね!?」
「さー、仲間を募ってひと狩り行こうゼ!」
「今からっすか!? いやいや、お願いだからヒューイさん、俺っちの話もちゃんと聞いて!?」
——数分後、ローレンツの説得もあり、即日の狩は無理だと理解してうなだれるヒューイの姿があった。
*
数日後に訪れた休息日1日目。
今度はちゃんとスティングブルの生息域を調べ、仲間を募り、装備を整えた上でこの場所へやって来た一同。
「……さて勢いでここまでやってきた訳ですがー」
「問題はどう狩るか、じゃな」
「そだねー」
ヒューイとフェルディナント——フェルが見下ろす崖下にはスティングブルの群れ。見た目は気性の荒そうな牛の群れだがれっきとした魔物の一種である。
流石にど真ん中に突っ込むなんて愚行は犯さない。タコ殴り——タコ蹴り?——にあって終わりなのはバカでもわかる。
「なんで2人共すでに狩る気満々なんすか……。相手は実質脅威度Cの群れっすよ……」
「俺も……忘れるな」
「基本面倒くさがりでインドアなテオさんまでいるとか……」
「スティングブルの肉……絶品!」
「マジで本気なんすね……」
ローレンツやテオドールも同行し、取り巻きーズ集結。ただしエルンストだけは誘っていなかった。まず間違いなく断られそうだったので。
「というかヒューイさん。そんなにスティングブルの肉が食べたいなら、別に自分で狩らなくてもいいんじゃないっすか?」
ほら、実家に頼むとか……と、あまり乗り気でないローレンツは説得を試みたのだが……。
「却下です。自分が食べたい物で、手に届く範囲にあるなら自分で手に入れるべし!」
「……そこは一般常識の範囲内に抑えてて欲しかったっす」
「……一般常識よくわかんないです。あと正直、あんまり家にめーわくかけたくない」
ヒューイは記憶喪失前の自分が具体的になにをやらかしていたか……聞くわけにもいかず未だにわからない有様だが、周りの反応を見るにどうも実家に泣き付きまくっていたらしいぐらいは察していた。
先日対面した両親のことを思うと、あまり負担はかけたくない。現状で既に無茶振りしているので。ぐるめ情報とか、ぐるめ情報とか、ぐるめ情報。
ヒューイの言葉にローレンツも折れた。今までのヒューイからは考えられない成長に心を打たれたともいう。
「そこまで言うのなら……俺っちも協力するっす! あ、でもヒューイさん、帰ったらちゃんと一般常識勉強してくださいよ?」
「……ぜ、ぜんしょします」
「……そこはしっかりとした返答が欲しかったっす……」
ガックリと肩を落とすローレンツ。この返事では成果は期待できなさそうだ、と。
そんなローレンツから目をそらしてヒューイは仕切り直す。フェルは苦笑い、テオドールは我関せずを貫いていた。
「ええと、その、まあ基本僕らで食べるのが目的だから、倒すのは1匹だけで良いんだよね。1匹なら脅威度はDだし」
「……あいつら気を引くと群れで突っ込んでくるらしいっすよ? だからこその脅威度ランクアップだと思うんすけど……」
「となると、1匹だけ誘き寄せる方法を考えねばならんのう……。テオドールや、お前さん良い方法など知らんか?」
「1匹だけ、誘き寄せる、難しい。……罠にかける、一匹だけ確保、楽。落とし穴……おすすめ」
テオが言うには、一旦群れごと引き寄せて、1匹確保したら群れを撒けということらしい。
「そして袋叩き……えぐいけど確実そうではあるかなぁ」
「罠ならローレンツに任せるが適当じゃろう。誘い込みはワシが引き受ける」
「ま、やるからにはまかせるっすよ!」
「じゃあ、僕とテオ君で袋叩き?」
「……いや、ヒューイにも誘い込みを手伝って貰いたい。スカーレットグリズリーの時や、食堂の一件での運動能力を考えれば十分に行けるはずじゃ」
「りょうかーい!」
それから軽く作戦の打ち合わせをしてそれぞれ準備に取り掛かった。
——数分後。
「B地点に落とし穴の設置完了したっすよ!」
「待ってましたー……とは言いつつ、早かったね?」
「魔術使ったっすからねー」
この世界には魔術の素養がある者とない者がいるのだが、ローレンツは前者だった。とはいえ、その素養にも適応属性の種類や、扱える力の大小など色々あるのだがここでは割愛する。
「……では作成の確認じゃ。まず、ワシが奴らの気を引く。次にA地点でヒューイにバトンタッチ。B地点の落とし穴に誘導後、C地点から崖上に避難、奴らを撒く。その後に群れの撤退を確認後に罠に掛かった個体を仕留める」
それで良いな? とのフェルの確認に、皆頷いた。
*
「おら、牛ども! こっちじゃぁぁ!!」
フェルが大きく声を上げると、離れた場所にいるスティングブルたちが一斉に彼の方を向いた。
「「「「グルルルル——ッ!!」」」」
そしてフェルのいる方へ、唸り声を上げつつ猛然と走り出した。それを確認するとフェルも目的の地点目指して走り始める。
付かず離れずの距離を保ちつつ疾走するフェル。ただ、意外にも足の速い方である彼でも少々キツイものがあるようで、
「ふむ、やはり魔物相手ではいささかキツイかのう……」
そんな弱音が漏れ始めた頃合い。
「フェールー! もーちょいもーちょい!」
「ヒューイか! 助かった、か?」
「後は任された!」
「うむ、後は任せる」
ヒューイに後を任せフェルは物陰へと身を隠した。もちろん可能な限り気配は隠している。このあとはスティングブルをやり過ごして、ゆっくりフェードアウトする予定である。
「よーし、じゃあ鬼ごっこの始まりだよー」
捕まったら死んじゃうかもだけどー。などと軽く呟くその顔に焦りはない。スピードには自信があるのだ。
「こっわい牛さん、こっこまでおっいでー!」
その声にフェルを見失い、戸惑っていた牛達の注意が向く。
「「「「ブモーーッ」」」」
新たなターゲットを見つけた牛達。獲物を逃すまいと再度、猛ダッシュを始めたのだが——
「——ブモモッ!?」
とある牛の足元が唐突に崩れ去り、間の抜けた声を残して地面へ吸い込まれていった。
「よっし、お肉確保ぉ!」
喜びつつも走り続けるヒューイの前には高い崖が。ここを登れば牛達が追ってくる事は出来なくなる。
僅かな出っ張りを足場に崖を駆け上る彼だったが——
「——やばっ、思ってたよりちょい高っ!」
——届かない!?
「ヒューイさんっ、手ぇ貸すっす!!」
「ロー君!? さんきゅっ!」
間一髪、ヒューイがローレンツの手を取り一気に崖の上まで駆け上ると同時に、崖下では牛達が崖へタックルを決めていた。
*
ヒューイを追いかけるのを諦めた牛達が去って後。落とし穴を覗いた彼らが見たのは、穴に詰まった肉の塊と魔石だった。
「………………これって?」
「恐らく……じゃが。あの群れじゃからの。後続のスティングブルが次々に落ちて自動的に……といった所か」
「計らずも……自動お肉発生装置……」
「棚ぼた以外の何者でもないっすね……」
むしろ穴を深く掘り過ぎたのでは? という疑惑も無いではなかった。他にも問題はある。
「……獲れたのは良いけどさ、これどーやって運ぼっか……?」
「ああ、それなら運搬用のゴーレムを作ればいいんすよ」
「ごーれむ?」
「魔術で作る即席の魔道人形、と言えば分かりやすいかの」
「即席じゃない……のもある」
そういうのは大抵、頑丈で故意に破壊されない限り形を保ち続け、簡単な指示も都度受け付けるという。高位の物になると複雑な命令を聞くことができるものも存在するらしいと、魔術師であるテオドールが解説した。片言ではあったが。
「ま、運搬用のゴーレム位なら、俺っちでも行けるんで任せてくださいっす!」
「おー、ロー君ってばもしかして凄い有能?」
「器用貧乏なだけっすよ。でもま、補助とか補佐なら基本だいたい行けるっす」
専門の人には敵わないっすけど。と、苦笑いを浮かべるローレンツ。そうこう話しているうちに、落とし穴だった場所が盛り上がり台車のような形になった。
「肉保存、冷却魔術……使っておく」
テオがブツブツと何か呟くと、ゴーレムに載せられていた肉の塊が瞬時に凍りついた。
「こちらはさすが本職、といったところじゃな」
「それじゃあ町へれっつごー!」
*
——休息日2日目。
肉だけではバランスが悪いとの事で、一行は野菜類を仕入れに町の市場にやって来ていた。
「おじさーん! お野菜売ってくださいな!」
「おー、こりゃまためんんこい子だなぁ」
「どもどもー」
「いいべ、いいべ。んで何が欲しいだか?」
「バーベキューパーティーに使えそーな、新鮮なのおねがいしまっす」
「バーベキューとな!? そりゃまた豪勢な」
「ひと狩りしてきたら結構いっぱいとれちゃってー、えへへ」
「ほうほう。なら気合入れて選ばねとな!」
盛り上がるヒューイと露店のおじさん2人。それを遠目で見る3人組。
「ヒューイさんマジで別人説なんすけど……」
なにあのコミュ力。と、ローレンツが呆然と呟く。
「見た目も相まってマスコットのようじゃの」
「……雪うさぎ……本気で、雪ううさぎ……黒く、ない」
「ある意味、暴君よりタチ悪い気がしてきたっす……」
「まあ、あの見た目でスカーレットグリズリーを2撃で仕留める辺りは詐欺っぽいのう……」
「一体どこにそんな力があるんだ!? って感じっすからねー。……そういえばアレ、本業の騎士でも数人がかりって聞いたことあるんすけど」
「……肉食系雪うさぎ……なにそれこわい」
「テオさんそれシャレになってないっすから!?」
*
さて、材料の調達も整いホクホク顏で戻ってきた一同を、学校の正門前にて仁王立ちで待ち構える者がいた——エルンストである。
「あれ? エルンスト君、こんな所でなにしてるの?」
「——貴様らの帰りを待っていた」
その声には静かな怒りが含まれていた。
「ヒューイ・フォン・ユストゥス!」
「はっ、はい!?」
フルネーム名指し、かつ、指差し。人を指差しちゃいけませんなどと言える空気ではない気迫がある。
「俺は貴様の何だ?」
「……と、取り巻き的な何か……?」
「違う!!」
「うにゃぁっ!?」
「俺は貴様の護衛役だ! ご・え・い・や・く!! 学外に出るなら何故、俺に声をかけない!?」
「いや、なんか断られそうだったし……」
「貴様も察しているとは思うが……確かに俺は貴様が気に食わない。それは認めよう」
だがな、とエルンストは続ける。
「私情で仕事を放り出す事などというくだらん真似はせん! 我が家名にかけて!!」
「……おおう。ぷろふぇっしょなる……」
「そういう訳だ。次からは忘れるなよ!」
「わ、ワカリマシタ……」
あれっ? 立場的には僕の方が上じゃなかったっけ? と思いつつも勢いで返事をするヒューイ。
「では俺は戻らせてもらう!」
そう言うとエルンストは学内へ戻っていった。
「……………………もしかしてあれツンデレ? でもっていまのデレ?」
「人ってムズカシイっすね……」
「まぁ、あやつなりに思う所があるんじゃろ……」
「実は、仲間ハズレ……寂しかった……?」
一同は少々困惑しつつも学校へ戻っていったのだった。