5 本当の敵は身内に潜んでいる……かも
「お菓子が届かない?」
ヒューイがその知らせを受けたのは学園祭開催二日前のことだった。
「仕入れ先の店主が怪我したらしいんだ。それも——襲われたって……」
暗い表情で委員長が言った。
「——そう。エトガルさんが誰かに襲われたんだ……」
このタイミングでの凶事。学園祭と無関係だとは思えない。教官の言っていた事態が起こってしまったということか。だが、意外にもヒューイは落ち着いていた。
「どうしよう、ユストゥスくん。これじゃあ和スイーツカフェができない」
「大丈夫だよ委員長。無ければ作ればいいんだよ! 自分たちで作った方が手作り感満載で学園祭らしいしさ!」
「ええっ!? 作るってどうやって!」
「幸いレシピなら僕が知ってるし、材料と場所さえ確保できれば……」
今から調理場を確保できるだろうかと不安に駆られるが、やらなければならないと気合いを入れ直す。
「そう言うと思ってリサーチして来たっす!」
一足早く知らせを受けていたというローレンツが息を切らせてやって来た。
「さっすがロー君仕事が早い!」
「調理場は残念ながら全滅っす……。でも材料に関しては手配済みなんで、明日には届くっすよー」
かねてから同じ班の人間には新しい和スイーツの話をしていた甲斐もあり、材料に関してはローレンツも知っていたのが幸いだった。
「そんなロー君が大好きっ!」
だけど調理場は全滅かぁ……と、うなだれるヒューイ。材料があっても、調理場がなければお菓子作りは難しい。何かないかと思い巡らせるがいい案が浮かばない。
「あの、いいかな?」
おずおずと委員長が手を挙げた。
「前に中庭でバーベキューしたよね? あの時みたいに外で作ることは出来ないかな?」
「……まあ、カマド作って作業スペースを確保できれば外でも……いけ、る……?」
火も水も魔術で解決できる。
「後は念のために出来た菓子を見張る係とかも決めた方が良いかもしれないっすね」
エトガルがよりにもよってこのタイミングで襲われたというのは、いかにもな妨害だ。ならば当日まで油断する訳にはいかない。
そこにぽんぽんとヒューイの肩を叩く手が。
「………………見張り、どんと来い」
事情はわかっていると言いたげなテオドールが滅多にないやる気を漲らせて佇んでいた。
「テオさん、やる気なのはいいっすけど……つまみ食いとかしないっすよね?」
「………………我慢する」
「ダメじゃん!! 敵は身内にもいるじゃん!!」
思わずツッコミを入れるヒューイだが、彼とて同じ穴のムジナである。つまみ食いしない保証がない。
「とりあえず、俺っちも付き合うっすよ。罠とかも仕掛けとけば、人数が少なくても何とかなるっしょ」
*
学園祭前日。中庭に急遽ヒューイたちの手で設置された調理会場。
「みんなー、忙しいところ集まってきてくれてありがとー!」
『おー!』
ヒューイの眼前には貴族クラスの生徒の大半が集まっていた。貴族の割には気さくな者が多く、ノリもよい。それが現在のクラスメイト達である。
「みんな知ってると思うけど、職人さんが襲撃されたので急遽、僕らで和スイーツを作ることになりましたー!」
『おー!』
何でもないような言い方だったので思わずスルーして声を上げる一同。ここで初めて事情を知った者も多少居て、一瞬「ん?」となったが場の空気に流された。
「犯人は後日、鉄拳制裁するとして——」
『うわー……』
そんなクラスメイト達も、さすがに魔王様の制裁宣言はスルーはできなかった。
「さっそくですが和スイーツ製作に入りたいと思います」
『おおーっ!!』
高まる期待にクラスメイト達の声も大きくなる。なにせ話題の食べ物、それも客に振る舞うものを自分たちで作るというのだ。貴族である彼らには滅多に無い経験。彼らが興奮するのも当然と言えた。
「先ずはここにあるコメの粉と砂糖を混ぜた粉に、お湯を少しづつ混ぜて捏ねてくださーい」
ヒューイの指示でおっかなびっくりと生地を捏ね始めるクラスメートたち。
ちなみにコメの粉はローレンツがユストゥス家のツテを使って急ピッチで王都のエトガル菓子店から運ばせたもの。その他器具なども同様だ。持つべきは権力のある後ろ盾である。そして療養中に、材料その他諸々を徴収されたエトガルは泣いてもいい。
初めての割には作業は順調で、中には粘土細工のように色々な形を作っているものもいたのだが……。
「こらーっ! 食べ物で遊んじゃダメー!!」
という魔王様の言葉に慌てて従うという場面もあった。
「生地がまとまって耳たぶくらいの硬さになったら……じゃーん!」
と、ヒューイがピックアップしたのはエトガルお手製の蒸し器。
「これで生地を約半刻くらい蒸しまーす」
そして雑談など交えつつ過ごすとあっという間に時間は過ぎていった。蒸された生地に木の串を刺しても粉っぽさはない。だが、これはまだヒューイのお気に召す状態ではない。
「——ちょっともっちりしてるけどまだまだ! こんどはコレを木の棒でついていくよ」
熱いからやけどに気をつけてねという彼の指示に従って、クラスメートたちが奮闘する。途中で数回水を加えついていくと、次第に手でも触れるくらいには生地の熱が冷めてきた。
「柔らかさを調整したら三等分にして、それぞれに色の元になる物を混ぜ込みまっす」
三等分したうちの一つには何も混ぜず、二つ目の塊にはいちごの粉末を混ぜ込む。残った一つに混ぜるのはヨモギだ。そうして色の付いた生地を食べやすい大きさに分けて丸めていった。
「最後にピンク、しろ、みどりの順番で串に刺していけば完成だよ!」
そうして——
「できたー!」
完成した団子を見て、わぁっと歓声が上がる。
ヒューイたちの前には、串に刺さるピンクしろ緑の三色の団子の山。慣れない者が作ったからか、たまに形が歪なものもあるが味には問題ない。クラスの面々も達成感から満足そうな顔をしているものが多い。
「これ、本当に私たちが作ったんだよね?」
「客に出すもが作れるとかすごいよな!」
などの言葉が飛び交っている一角もあったりする。いづれにしろ明日からの本番が楽しみで仕方ないと皆の顔に書いてあった。
*
——夜。
静まり返った中庭の物陰にヒューイとローレンツ、そしてテオドールがいた。調理場と同じく保管場所が確保できず、中庭の一画に団子の保管庫を作ったので見張りをしているのである。
エトガルを襲撃した犯人が、ヒューイたちの学園祭を潰そうとしているのならば今夜は絶好の機会だった。
「夜の見張りって何かワクワクするよね!」
「王都の時と百八十度態度が違うっすねー」
ヒューイが見張りをボイコットしたのは記憶に新しい。ローレンツのツッコミに彼は明後日の方向を向いて言った。
「……ここは墓場じゃないので」
「あー。ここには幽霊いないんすね」
「………………」
「その長い沈黙はなんなんすか!?」
「事故って何処でも起こり得るよね……」
「待って、マジで何かいるんすかウチの学校!!」
「普通に学校の人だと思って話してたのが実は……とか、ありました」
後になって、どおりで夕方以降にしか会わないはずだと納得したが、知った当初はガクブルで眠れなかったとヒューイは語る。
「——実は今回、そんな彼らにも協力を仰いでいます」
「…………すっかり死霊使いやってるじゃないっすか」
「事はお団子の結末がかかっているので、背に腹はかえられぬのです」
むんすと胸を張るヒューイ。苦手な者たちにも協力を仰ぐ位に、食べ物は大事なのだ。あと学園祭を楽しみにしているクラスメート達の為にも。
「ところでテオさんはさっきからなにモソモソしてるんすか?」
「………………非常食」
うっかり団子をつまみ食いしないようにするために彼が考えた秘策だそうだ。ゆったりしたローブの内側にはクッキーの入った小さな袋がいくつも結び付けられている。その口にはクッキーの食べカスがついていた。
「そういえばノーチェさんは……」
食べ物——特に菓子に関してはヒューイ並にうるさい黒猫の姿が見えないことに一抹の不安を覚えたローレンツ。
「見回りに出てるよ。ノーチェはノーチェでネコ仲間に協力させるって言ってた」
「犯人もまさかユーレイとネコが二重で見張ってるとは思わないっすよねー」
罠、仕掛けなくても十分だったのでは……? 万全のバックアップ体制にそんなことすら思うローレンツ。ツッコミ入れるのもそろそろ疲れてきた。
そんな時、ひゅうっと生ぬるい風が吹いた。
「——あ、わざわざどーも。ローリィ先輩」
ヒューイが何もない場所に向かって会話を始める。
「……これってまさか」
「………………ユーレイ」
ローレンツが背筋をびくりと震わせている間も、ヒューイと何者かの会話は続く。ちなみにテオドールは平静そのものである。
「ふむふむ。やっぱり今回の件は繋がってたんですねー」
黒幕は分からなかった? いえいえ、どうせその内出てくると思うのでお気になさらずー。それじゃー見回りの続きお願いしますねー。
バイバーイとヒューイが手を振ったのを合図に、空気が澄んだものに変わった。幽霊は去っていったようである。
「………………繋がってた?」
「犯人、わかったんすよね?」
「幽霊さんがそれらしいゴロツキ達を校内に誘導する学生さんを見かけたんだって」
しかも菓子屋の主人をどうとか……などと話していたらしいので、ほぼ確定だろう。
「わざわざ外部から人雇うって、どんだけなんすか」
「自分の手は汚したくないタイプなのかもねー」
「……ああ。という事は貴族の可能性が高いっすねぇ。第一候補はフュッテラーあたりで」
「あー、ポスト・ユストゥスさんかぁ……」
しかし運動会で妨害してくるのなら分かるが、なぜ学園祭の妨害をしてくるのか?
「どうせ学園祭の対応で手一杯にしておいて、運動会を手薄にするとかそんなところじゃないっすか」
「それにしても……まさか同じクラスから学園祭の妨害者が出るなんてねぇぇ」
珍しくヒューイのこめかみには血管が浮いていた。準備に全く参加していなかったとはいえ、同じクラスの仲間からこんなマネをする者が現れるとは……。昼間の期待に満ちたクラスメート達の顔を思い起こすと、それを裏切るような行いをする者達への怒りが倍増してしまう。
「………………ヒューイ、落ち着く」
「まだ単なる推測っす! 鉄拳制裁は確定してからでも遅くないっすよ!!」
「そうかなぁ? 疑わしきは罰した方がいいんじゃないかなぁ?」
「冤罪の温床!?」
容疑者浮上に静かにヒートアップしていくヒューイを懸命に止めるローレンツとテオドール。冤罪よくない。そんな折、突如「ミギャァァ」という甲高い鳴き声がいくつも響いた。
「え、なに、いまの神籬さんみたいな鳴き声!」
「………………ひもろぎ?」
「ネコじゃないっすか?」
続いて聞こえてきたのは野太い悲鳴。
「…………ノーチェ部隊に捕捉されちゃったんだね」
「野生を生き抜いてきたネコ部隊とかどんだけやばいんすかねー……」
「………………(もそもそ)」
ちなみにこの学園ではペットは禁止である。つまりこの辺りにいるノーチェのネコ仲間とは、魔物の闊歩する大自然を生き抜いてきた猛者達に他ならない。そんなものに町のゴロツキごときが敵うはずもない。やがて声は聞こえなくなり夜の静寂が戻ってきた。
「……今日はもう来ないんじゃないっすか?」
「第二第三のゴロツキがいるかもだし僕はお団子を守り続けるよ!」
「………………(こくこく)」
結局この日彼らは徹夜することになった。なお、第二第三のゴロツキは現れなかったとのこと。
ただ、仕掛けた罠は無駄にならなかった。何故なら——
「なんなのにゃーこーれーはー!」
落とし穴にはまった挙句、底に仕掛けられていたトリモチで身動きの取れなくなった魔王が発見されたのは、見張り組もうっかり寝かけていた朝方のことだった。
「犯人じゃなくて、つまみ食い未遂が捕まった件」
「………………残念魔王」
「協力すると見せかけて、隙をついての犯行とは手馴れてるっすねー。余追及しといた方がいいんじゃないっすか?」




