4 運動会? そういえばそんなイベントもありましたね
登校すると、掲示板の周りがざわざわとしているのに気付いた。
「どうしたのかな、あれ」
「トーナメントの発表じゃないっスかね」
ローレンツの言葉に「ああ、もうそんな時期になったんだねー」と納得するヒューイ。日々、学園祭の準備に追われて忘れていたが、そういえば大運動会も同日開催だった。
「……まあ、確認は後でもいっか」
ヒューイにとって、今は大運動会よりも和スイーツカフェの準備が先決なのである。
「——随分と余裕があるじゃないか、ユストゥス」
そう言ってヒューイの行く手を遮ったのは、あからさまに性格の悪そうな貴族生徒の集団だった。
「…………どちら様で?」
見知らぬ顔だったので正直に口に出したのだが、不味かったらしい。代表格の貴族生徒の顔が怒りに染まっていく。
「このフュッテラー家のルーカスを忘れるとはどういう事だ! 一応、同じクラスだぞ!?」
「授業にはちゃんと出ていますか?」
「ふんっ、こんな学校で習う事なんてとっくの昔に取得済みさ!」
「つまり授業には出てない。……なら、やっぱ知らないや」
記憶喪失から数ヶ月。日々教室で会う級友の名前はなんとか覚え直したが、さすがに授業を自主的にボイコットしている級友までは手が回らない。クラスでは話題にも上がらないので知りようもなかった。
ヒューイの言葉に再び憤慨するルーカス。が、公衆の面前で怒りをあらわにするのはスマートではないと思い直したらしく、コホンと一つ咳払いをして落ち着いた。
「まあ良いさ。最近は随分と活躍しているようだが、それもここまで。今年の優勝は僕らルーカス班が頂く!」
貴様らは精々学園祭を盛り上げる事だな! との言葉を残し彼らは去っていった。
「……別にガチで優勝目指してるわけじゃないんだけど」
「教官はメッチャやる気だったっすけどね」
アルの思惑とは違い、ヒューイ的には優勝できたらいいなぁレベルである。元より戦いよりも食べ物の比重が大きいので、自然と大運動会よりも学園祭に熱が入ってしまうのは当然と言えた。公然とライバル宣言されても困るだけである。
*
——昼休み。
食堂でクイクイっと制服の袖を引っ張られたので見てみると、背後にテオドールが佇んでいた。
「………………掲示板、みた?」
「トーナメントの発表? それならまだ見てないけど……テオ君がわざわざ確認なんて珍しいね」
「…………掲示板確認、オススメ」
彼が自発的に他人に関わるのは、本当に珍しい事である。その彼が『オススメ』と言い張るモノが、トーナメント発表に隠されている。興味が湧いてきたヒューイ。彼とテオドールは地味に趣味趣向も似ているから、期待も大だ。
「テオ君がそう言うなら——」
*
「——大運動会、学年別優勝を目指します!」
ヒューイの唐突な宣言。筋トレしていたエルンストの動きが止まった。
「なんだ、藪から棒に……お前、学園祭に全力投球すると言っていただろうに、どういう風の吹き回しだ?」
怪訝な顔でエルンストが問う。
「学年別優勝商品がね、アレだったんだよ」
「指示語ではわからん」
「特別食券だったんだよ! しかも十枚綴り!」
特別食券? 首をかしげるエルンストにヒューイは熱く語る。それがどれだけ貴重で重要なものであるかを!
「これさえあれば、食堂の歴史に埋もれた裏メニュー達を復活させる事ができるんだよ! しかもね、予約はいるけど期間外の期間限定料理も用意してもらえるという便利機能が!」
しかし、十数分にも及ぶ解説はエルンストの胸には響かなかった。
「別に食を馬鹿にする気は無いが……そこまでする程のものか?」
「食堂のおばちゃん、あれで凄腕なんだよ! ゼフィアランスで五指に入る料理人さんなの!!」
そんな料理人に、自分のためだけに料理を作ってもらえるチケット。それが——特別食券。入手は困難。いつ発券されているのか、いくらするのかすら不明という謎に包まれた食券でもあった。
「……まあ、お前がやる気を出してくれるというなら歓迎しよう。その食券の価値はよくわからんが」
「うぅ……テオ君としか分かり合えないんだろうか……」
一緒に掲示板を見に行ったテオとは、感動のあまりアイコンタクトで会話が成立してしまったのだが、脳筋のエルンストではその素晴らしさを共有できないのか。
「そういえば、フュッテラーに宣戦布告されたと聞いたが?」
「そんな事もありました。……正直、フュッテラー君の班ってどんなものなの?」
「去年のうちの班と似たり寄ったりだな」
つまりは指揮系統がボロボロで連携を取る以前の問題らしい。しかもヒューイ班と違い、各々の戦闘能力はそう高くはないときている。
「じゃあ問題ないね」
「だが、今ではポスト・ユストゥスと呼ばれているくらいだ。どんな罠を張って来るかわかったものではない」
「ぽすとゆすとぅす?」
「性悪貴族の筆頭という意味だ」
暴君は己の欲望に忠実で子どものように権力を振りかざしまくった挙句の性悪評価だったのだが、フュッテラーは少し違う。彼は目的のためなら手段を選ばない系の正しい意味での性悪である。とは、エルンスト談。
「なんか不名誉な称号に苗字が使われている件……」
「見に覚えが無かろうが、それはお前の自業自得だ。甘んじて受けておけ。……まあ、これからの頑張り次第では汚名を返上できるかもしれないが」
「がんばる!」
このままでは家族に申し訳なくて仕方がない。汚名返上のため努力しようと改めて決意するヒューイであった。
「まあ、フュッテラーと当たるとすれば決勝だ。あまり心配する必要はないだろう」
その言葉にヒューイはキョトンとした。その顔は「なんで? どして?」と、語っている。
「シード権のある我々と違って、あちらは試合数が多い。そう何度も不正が通るとは思えん」
さりとて実力では一回戦すら敗退だろうとはエルンスト談。
「ところで試合の流れは分かっているだろうな?」
「いつも通り戦って勝つんじゃダメなの?」
何か違うの? と頭をかしげるヒューイにエルンストは頭を抱えた。こいつルールを全く読んでない、と。
「……まあ、身もふたもない言い方をすればそうなるがな」
基本的に使い魔の持ち込みは一体まで。武器は大会側が用意したものを使用する。試合は物理ダメージが体力ダメージに変換される特殊結界の中で行われる。これが大まかな大会のルールである。
「特に注意が必要なのは武技を使う時だな」
「何故に? ——て、ああ! ちょっとだけど体力消費しちゃうもんね、あれ!」
そのちょっとの差が勝敗を分ける可能性があるため、乱発できない。故に純粋な戦闘技術や連携が大事になってくる。余談だが、学生の時分で武技を乱発できるヒューイやエルンストがおかしいのだ。
「あと、使い魔だが——ノーチェを出すのはやめておけ」
「まあノーチェが出たら、あっという間に決着ついちゃうからねぇ」
「無論、それもあるが……王族も観覧しにくるんだぞ? そんな試合に魔王なんぞ出してみろ。万が一正体がバレたら事だろうが!」
「おぅふ……言われてみれば!」
警備も厳重になると思われるので、正体を掴まれるような行動は極力避けるべきだろう。面倒ごとを回避したいのなら尚更に。
「……まあ、ノーチェならオヤツで釣っておけばだいじょーぶかな」
現時点で、一般から出店する屋体の食べ歩きを計画している魔王である。食べ物で釣ればどうとでもなりそうだ。もとより人同士の腕試しにも興味無いようなので、乱入の心配もない。
「…………心配しすぎかもしれんな」
エルンストはそっとため息をついた。




