3 都市伝説いろいろ
「私のクラスですか?」
「うん。僕らのクラスは和スイーツカフェをすることになったけど、他のクラスはどうするのかなって」
ヒューイのクラスの出し物に関してアステルの感想は「ヒューイさんらしいですね」だった。見透かされている。
「私のクラスは展示ですね。伝承とか怪談が好きな子がいて……」
他に案も無く、なし崩し的にそうなってしまったとのこと。
「どこにでもゴリ押しが好きな輩は居るのだな。ワガハイの相棒のような! 相棒のような!」
「こないだ和スイーツ食べ放題だぁって喜んでた黒猫がいたような気がするんですけど!! あとなんで繰り返した!?」
「そうしなければならないとワガハイの魂が叫んだからニャ!」
「いみがわからないよ……」
*
「それにしても怖い話ってどんなのがあるかなー?」
こういう話は年を経るごとに自然に知っていくものなので、記憶喪失なヒューイにはあまりよくわからない。
「『向こう側』とか結構怖いですよ」
「オススメ的な意味で?」
「こういう話にオススメとかってあるんですか……?」
「ですよねー。ちなみにどんな内容で?」
戸惑うアステルに話を促すヒューイ。ごまかしたともいう。
「悪い事をすると『向こう側』に連れていかれて戻って来れなくなる、というのが定番ですね」
『向こう側』がどんな所か判らないのがポイントですとアステル。人によっては「地獄のような場所」はたまた「天国のような場所」、「異世界」、「未知の領域」など、憶測が飛び交っているという。
「『向こう側』、ねえ……」
「あ、その顔。信じてませんね?」
「信じてないって訳じゃないんだけど、なーんか引っかかるっていうか……」
薄っすらとではあるが聞き覚えがある気がしたのだ。だが、どこで聞いたのかまでは思い出せない。思い悩むヒューイの苦悩をよそに、意外な場所から声があがった。
「その話ならワガハイ、ばぁばから聞いた事があるぞ」
「「ばぁば?」」
ノーチェの言葉に二人そろって首をかしげた。
「うむ。ワガハイの親的なやつだ」
その『ばぁば』にノーチェは生きるための術を教えてもらったという。彼女が最低限、文化的な暮らしができたのも『ばぁば』のおかげだとか。
「ばぁばの話では『向こう側』は東方の果ての先にある、ニンゲンが支配する魔境らしいぞ」
「人間が支配してる魔境て時点でマユツバだねえ……」
魔王から魔境扱いされる人間の土地という時点で信憑性が薄い。しかも伝聞。そもそも、行ったら戻れないのに何で知っているんだという話である。あと、果てなのに先があるんだ? というツッコミも入れたい所だ。
「それなら簡単だ。ばぁばは『向こう側』と行き来出来てた頃からの古株だからな!」
「マジデ!?」
「行き来、出来てたんですね……」
「……だが、今はどうなっているか想像もつかないとも言っていたのだ」
ばぁばが言うには、いつの頃からか行き来出来なくなったとのこと。
「まあ、ばぁば自身は動けない身の上だから、相棒のいう通り眉唾な可能性は高いかもしれん」
「動けない?」
「なにせ、ばぁばは木だ」
はい? ヒューイとアステルの動きが止まった。
「若い頃は精霊の姿で自由に動き回って近所の魔物をシメてたとか言ってたが、ばぁばの若い頃とか何百年前の話だレベルだからな……」
ボケてて過去を捏造している可能性も否定できないとのこと。
ばぁばの存在事態がホラーな件。
「…………ばぁばには謎の存在のままで居てもらおっか」
「……そうですね。なんだか知ってはいけない世界の裏側を知ってしまう予感がしますし」
実際、魔王の親代わりで数百年生きてきた人外の存在など公になれば厄介ごとでしかない。一学生であるヒューイ達には重すぎる事実である。
「じゃあ、次に行こう。つぎー」
「ほかにパッと思いつくのは妖精郷でしょうか?」
こちらは怖い話じゃなくて、伝承の類いですけど、と補足するアステル。
「それって、物語に出てくる妖精郷?」
「はい、その妖精郷です」
一応、実在はしてるんだっけ? とヒューイが聞くと「はい」と答えるアステル。
「でも、何処にあるのかは判らないんですよね。妖精女王シリーズを書いているアナベル・ヘーレンも、そのあたりはぼかしてますし……」
「暴いてはいけないものがこの世にはゴマンとあるからねー」
「……ヒューイさんって、この話題になると途端にあたりが強くなりません?」
「ソンナコト無いよー」
とヒューイはとぼけるが、視線は明後日の方向を向いている。一応、自覚はあるらしい。だが、本人にもいまいち理由がわからないので、とぼけるしかないのだ。
「なんか妖精って聞くと浮かんでくるイメージが『残念』っていうかー」
「ヒューイさんの中では残念な存在なんですね……妖精さん」
「あいつら本能で生きてるからニャー」
「——って、ノーチェさん妖精さんに会ったことあるんですか!?」
しかも残念な存在なのは否定しないんですか!? 実際に遭遇した人物(?)の証言。アステルの理想にヒビが入りかねない事実の暴露だった。
「そりゃまー。ワガハイの森の中にも、あいつらのお気に入りスポットあるし」
「魔の森に妖精さんが……っ」
ガタリと急に立ち上がったかと思うとフラフラーっと歩き出すアステル。
「え!? ちょ、どこ行くつもりなのアステルちゃんっ!!」
「魔の森が……妖精さんが私を呼んでいるんですぅぅ!!」
実際に……実際に逢えれば妖精さんが神秘的な生き物だって実感できるはずなんです! と譲らないアステルを止めるのにかなりの力を要した。火事場の馬鹿力というやつだろうか。
「済みません……取り乱しちゃいました」
「別に良いんだけど……。あんまり妖精さんに夢、持たない方がいいと思うよ?」
「じ、実際に出会うまで夢を見るくらいなら許されると思うんですけどぅ……」
ヒューイの忠告に、涙目になりつつ抗議するアステル。幼い頃から抱き続けてきた夢がこんな形で粉砕されるのは納得がいかないのだろう。
「妖精さんに関する話はこの辺りにしとこ? 他の話題、他の話題いってみよー!」
「他、ですか? ……『ヘールズの笛吹き』とか、勿体無いオバケは定番ですよね……」
パッと気持ちを切り替えられないのか、急な話題変化についていけず未だ恨みがましい目つきのアステル。
「そういえば笛吹き……って、なんか最近聞いたような」
具体的にはゾンビぱにっくだった時に。悪の科学者と一緒にいたりトカ。
「ヘールズには悪い子を連れて行く笛吹きのネクロマンサーが……あっ!」
アステルも気がついたようで、しばし二人は顔を見合わせた。笛吹きという名のネクロマンサー。そうそうある組み合わせではない。
「この間の笛吹きさんって都市伝説だったんですか……」
「都市伝説の割にはけっこう気さくな性格してたよね」
とても子供をさらって行くとはおもえない割とまともな性格をしていた。倫理観がネクロマンサーらしい方向にぶっ壊れていたが、生者に手を出すようには見えなかった。
「あの人、ヘールズの人だったんですねぇ」
「ちなみにヘールズって?」
「イシュトの北にある魔術研究都市です。国中の魔術師さんが集まってる凄い街らしいですよ」
「へーそっかー。なるべく近寄りたくないね」
アステルの説明に頷きながらも、ヒューイはヘールズには絶対に近寄らないでおこうと決意した。研究都市の名に相応しく、この間の自称・マッドサイエンティストもどきがうじゃうじゃ居そうな気がしたからである。
「勿体無いおばけは……ヒューイさんの所には来そうもありませんね」
「あーそれはなんとなくわかるよ。ご飯残したらメッ、ていうアレでしょ」
うんうん絶対に来ないねと同意。ご飯を残すなど彼にとっては言語道断である。
「私が知ってるのはその位ですけど、アリィちゃん——あ、最初に話した怪談とか伝承好きな子なんですけど、彼女ならもっと知ってる筈なので展示は本格的になると思いますよ」
「楽しみと言うべきか、ぶっ飛びすぎて地雷になりそうと言うべきか反応に困るよね……」
「ああ、それはありますね。アリィちゃん凝り性だから……」
どっち方面に? とは怖くて聞けないヒューイだった。




