閑話 技の名前
「技名が欲しいです」
「なんだ、唐突に……」
「エルンスト君の武技には『カマイタチ』っていうかっこいい技名があるのに、僕のには特にないのでかっこいい技名が欲しいです」
「普通に『発勁』とかでいいだろ?」
「ありきたりなので、もっとかっこいいのが良いです」
——書き文字とセリフが違う感じのやつで。
そんなヒューイの無茶振りに言葉を失うアル。「おま、それ数年後に思い出してアイタタタタってなるやつ——!!」とか、言えない空気。男子(と一部の女子)なら誰もが一度は患う奇病である。
「…………」
「きょーかん、何かないですか?」
「ヒューイ、悪い事はいわない。やめとけ」
後悔するのはお前だぞ、と言外に想いを込めた真心溢れる言葉だった。
「きょーおーかーんー」
「ダメなものはダメだ。そんな事したら、お前が技名を叫ぶたびに俺が(精神的に)死ぬ!」
「意味がわからないです?」
ヒューイにアルの説得は全く届いていなかった。彼は「きょーかんが何を言ってるのかわかりません」と首をかしげている。そこには世代間の壁が立ち塞がっていた。経験者と未経験者という名の壁が。
「きょーかーん、贅沢はいわないから、とにかく何か! 何か無いですかっ?」
「——烈破……とか?」
こうなるともう、何かしらの反応を返さなければヒューイは止まらないだろうと、アルは観念した。そしてちゃっかり考えていた候補の中から、比較的にダメージが低そうなものをひっぱりだした。
「……むぅ。カッコいいとは思いますけど、僕の希望とちがいますよね?」
「ばっ、おまっ、俺にマジで死ねっていうのか!?」
「だからなんで技名決めたらきょーかんが死んじゃうんですか?」
「恥ずかしいからだよっ——って言わせんな!!」
「カッコいいのに……?」
「……オトナにはな、羞恥心という物があるんだ」
「シューチシン、ですか。僕にもありますけど、別に恥ずかしくないですよ?」
「あるのかよ!? って、黒歴史確定事項が恥ずかしくない時点でお前に羞恥心は無ぇよ!!」
勘違いだ勘違い! とまくし立てるアル。
「あー、もう。そもそも自分の武技だろうが。自分で考えようとは思わねぇのか?」
「——あ」
「おい」
言われて初めて気がついたという顔になるヒューイ。
「じゃあ、アドバイス! アドバイス下さい!」
「アドバイス、ねえ……」
本気でこの話題には関わるのすら嫌だったが、答えない限りは解放されなさそうである。
「とりあえずかっこよさげな単語繋げていきゃあ良いんじゃね?」
「ふむふむ。かっこよさげな単語、と」
「後はまあ、異国の言葉とか使うのもアリだな」
「ふむふむ。異国のことば、と」
「——以上だ。後は自分で頑張ってみろ」
熱心にメモをとるヒューイへ「俺はこれ以上関知しない」との言葉を残してアルは去っていった。これ以上の羞恥に耐えられなかったともいう。
その後、ヒューイの武技には無事名前が付いたのだが……アルの心労は増すばかりだったという。




