6 ナゾの触手生物
小高い丘の上からは、青い海と石造りの街並みが一望できた。陸地では聞く事のない海鳥の鳴き声が新鮮だ。
「うーみーだー!」
「…………風、しょっぱい」
「いやいや、さすがにそれは無いっしょテオさん」
はしゃぐヒューイに、コメントに困る感想を述べるテオドール。どんだけ塩分濃度高いんだ海風! というツッコミを忘れないローレンツ。
一行は次の研修先である港町・イシュトへやって来ていた。と、いってもまだ街の中に入った訳ではないのだが、貿易都市だけあって街道には荷馬車や商人などが多い。
「さて、イシュトと言えば−−謎の触手焼きでっす!」
「聞いただけで食欲の失せる名だな」
もっと他に名付けようはなかったのかと呆れるエルンスト。
「謎って言うくらいですから、まだ何なのかも判ってないんですよね?」
「しかも触手なんすよねー?」
「……そんなものを最初に食べよう考えた者はある意味勇者じゃの……」
青ざめる常識人たちに対して、元は害獣だったらしい、と前置きしてアルは続ける。
「いつの間にか住み着いてた挙句、他の海産物の収穫量にまで影響が出たとかで、有効活用しようと試行錯誤した結果がソレなんだと」
だが試行錯誤の結果、食用以外に道が見出せず、決意を持って味見してみたらグロテスクな見かけに反して美味だったという。
「…………中毒になるほど、美味。問題ない」
「いや、それはどう考えてもやばい成分が含まれているだろう!?」
「…………美味、本望」
胸を張るテオドールにはエルンストの叫びも届かない。美味いもののためなら命をも張る覚悟のようだ。
「まー、一回くらいなら大丈夫だって!」
「その根拠のない自信はどこから来るのかニャー。……ま、美味いものならどんと来いなのだ」
ノーチェの尻尾は先っぽだけがユラユラと揺れていた。意外と楽しみにしているらしい。
「お前らのその単純さ、ホント羨ましいわ」
この先に何が待っているか知る由の無いアルだが、絶対に何かが起こると確信してため息を吐くのだった。
*
港町だけあって、賑やかな通りには海鮮を扱う屋台が所狭しと並んでいる。だが、圧倒的に多いのは『謎の触手焼き』を扱う店舗だ。
「おじさーん、触手焼き一人一個ずつお願いしまっす!」
「あいよー、触手焼き一人一個ずつだね!」
注文を受けた屋台のおっちゃんは、小麦粉を水で溶いたものを熱した鉄板の上に伸ばし、その端に何か細長いものを置いて素早く巻いていく。形状や作り方から言えば『焼き』というより『巻き』と言った方が良いかもしれない。最後に秘伝と思われるどろっとした茶色のソースをたっぷりと塗って完成。
鉄板に落ちたソースが焦げる香りは、最高に食欲を掻き立ててくれる。
−−しかし。
生地から飛び出す鮮やかな青色をした人差し指大の細長い何か。所々に吸盤のようなものが付いていて、先に行くにつれ更に細く尖っているそれ。噂の『謎の触手』である。どこから見ても食欲減退色全開のそれ。
「はいよー、触手焼きあがりぃー」
屋台のおっちゃんが、食べやすいように持ち手用の紙で包んだブツを一人一人に手渡していく。
「−−これが何故か幾多もの人々を虜にした『謎の触手焼き』……」
まさかここまでゲテモノ染みているとは思ってもいなかったので、流石のヒューイもゴクリと唾を飲んだ。美味しい食べ物を食べるのが好きなだけで、ゲテモノが好きという訳では決してないのだ。
「……本当に『それ』を食べるのか?」
躊躇するヒューイにエルンストが最終確認を突きつける。あまりと言えばあんまりな見た目に、彼もちょっと引いている。
「……うぅ」
ふと周りを見てみる。
購入前までは気が付かなかったが、歩く人は大概が片手に『触手焼き』を持っており、所構わずぱくついている。『アレ』を『躊躇無く』。その光景に戸惑っている者も多少は見受けられたが、おそらくヒューイ達と同様に初見なのだろう。
それでヒューイは決意を固めた。
「で……」
「「「「「で……?」」」」」
「でびるふぃーーっしゅ!!」
意味不明な掛け声と共に『触手焼き』にかぶり付いた。最近、自重しなくなった『中の人』の叫びだった。
もぐもぐと咀嚼する音だけがしばし響く。
触手は生ではなく茹でたものが使われているらしく、程よい弾力が生まれ充分な歯ごたえがある。ソースは濃すぎず薄すぎず、生地と合わさるといつまでも口に留めておきたくな塩梅だ。
「……お、おいひぃでふ……んぐんぐ」
出来立ての熱さに多少苦戦しているが、その顔は幸せいっぱい。感動で涙まで出てきそうな勢いだ。
「ワガハイもっ、ワガハイも食べたいぞ!」
ヒューイの肩をぺしぺしとノーチェが叩いて促す。よほど衝撃的な美味しさだったのか、普段の彼なら絶対にしない行動に出た。
「−−ほい」
何とノーチェに自分の分の触手焼きを分け与えたのだ! 無邪気にそれを頬張るノーチェ。
「うーまーいーのニャー!」
−−なッ!? と、一同に衝撃が走る。
「あのヒューイがよりにもよってノーチェに自分の食べ物を分け与える……だと!?」
食べ物関係ではお互い譲ることの無いライバル関係である一人と一匹。その様はまさに弱肉強食。勝てば全てを手にし、負ければ何も残らない。そんな二人が、何の理由もなく食べ物を分け合っている−−!?
つまりそれは、因縁を忘れるほどの美味さという事の証左に他ならない。
ゴクリと皆が唾を飲み込んだ。この物体は如何程のものなのか……? 皆が自分の手の内にある触手焼きを見つめる。
「ええい! この程度で怯んでいては剣士の名が廃る!!」
まず迷いを断ち切ったのはエルンストだった。がブリとかぶりつき、「この見た目でこの美味さだと……? 詐欺か!」とのコメント。
「……美味いのう」
フェルが後に続いた。ローレンツが「マジっすか……」と呆然と呟きつつひとかじりして絶句。
「……あの、そういえば教官はこれ食べた事無いんですか?」
「コイツが有名になったのは最近だからな……職業柄、遠出は出来ないモンでお初ってヤツだ」
アステルがせめてもの抵抗でアルに話しかける。彼は彼で、噂には聞いてたがここまでとは……と顔を引きつらせている。
「宗教上の理由で……とか言って破棄は−−駄目だよなー。ああ、分かってたさコンチクショー!!」
『食べ物を無駄にする輩絶対殺すマン』な魔王様にギロリと睨まれ、ヤケになって触手焼きをかっ喰らうアル。見た目に似合わず味が良いのが余計に涙を誘う。
「さぁ、アステルちゃんもコッチにオイデヨ」
「ちょ、あのっ、ヒューイさん目が怖いですぅぅぅっ!」
−−かくしてアステルも触手焼きを完食した。
ちなみに一連のやり取りに全く参加していなかったテオドールは、周りの空気など全く気にせず一人マイペースに完食していた。おかわりすらも。猛者である。
*
王都の時と同じ様に、お世話になる詰め所へ挨拶を済ませると、案の定自由行動の許可が出たので海へやって来た一同。
「青い海と白い砂浜でーす!」
ならばやる事はわかるな? と言わんばかりにヒューイはある物を取り出した。
−−壺である。なんの変哲もない、土でできた素焼きの壺。いつの間にか彼の背後には壺が山積みになっていた。
「この場合、取り出すなら普通は水着とかだろ!?」
「僕らが水着でキャッキャウフフしたとして誰得なんですか、きょーかん」
アルの抗議をヒューイは冷静に受け流した。何しろ男女比が3:1(内0.5は猫)。見ようによっては逆ハーレム状態なので、何の罪もないアステルにヘイトが集まる可能性、あるいは意味不明なモテ期がやってくる可能性は高い。
「……そうだな。華がアステルしか居ないのは寂しいな」
言われてそれに気が付いたアルはガクリと肩を落とした。アステルが悪いのではないが、華は多くないと目の保養とは言えない。余談だが、アルはロリコンでは決して無い。なので、一巡りほど年の離れた少女に興奮するとかはない。
だが、なぜ壺なのか?
「謎の触手生物は海底の壺に入る習性があるそーです。せっかく本場に来たんだから新鮮な海鮮食べたいよね!」
さしみに生わさに踊り食いに……など、何やら不穏な単語を並べていくヒューイ。
「加工品でも隠しきれないグロさなのに、生で行く気っすか!?」
「何故そこに『普通の魚介類』という選択肢が無いんじゃ、ヒューイよ!」
ローレンツとフェルが力いっぱい抗議の声を上げるが何のその。アステルなどは、加熱したものでさえ口にするのに勇気が必要だったのに「あれを生で……!?」と、顔を青くして震えている。エルンストは既に諦めの境地である。
「そこはそれ、生食が不安な人向けにはバーベキューセットをご用意いたしますともー」
−−テオ君がネ!
ヒューイの言葉にテオドールがコクコクと頷く。野営ではかまど作製係なので、バーベキュー用の準備などお手の物だ。壺もテオドール作である。
「ぶっちゃけ、浜辺に近い所だと謎の触手生物しか採れないんですけどねー」
ヒューイの謎情報網によれば、害獣の名に相応しく、浜辺近辺は完全に奴らのテリトリーと化しているらしい。普通の海鮮を望むなら船を出さなければならないので、漁師でない一般市民が海鮮を手に入れるルートは鮮魚店しかないのが現状だ。
「いくら美味いつったって、触手オンリーバーベキューとかそれこそ誰得なんだよ!?」
「−−僕得ですが?」
「−−……俺、得」
「−−ワガハイ得だな」
食いしん坊三人組即答。
「……そうだよな。お前らはそういう奴らだったな」
アルは諦めの境地に至るしかなかった。彼らは自分が止めようとも止まりはしない。ならばせめてやらかさないように見守るという選択肢を選ばざるを得ない、と。
「−−では気を取り直して。まずはこの壺を紐で繋げます」
サッとヒューイが取り出したのは丈夫そうな長い縄。道中でこっそり用意していたものである。それで壺を繋げていく。
「で、これを海底に放置して一刻ほど休憩タイムします」
釣りと同じです。かほーは寝て待てです! と微妙に間違ったニュアンスで付け足すヒューイ。
「そーしーてー引き上げると、あら不思議! 壺の中にはみっちり詰まった触手さんがこんにちわー、という訳でーす」
「……壺を紐で繋げるのはいいが、どうやって海底に壺を設置するんだ?」
「あ」
船などはない。泳いで壺を運ぶというのも現実的とはいえない。目を泳がせるヒューイを見て、アルはもしかしてバーベキュー大会中止ワンチャンあるんじゃ無いかと期待してしまった。だが……。
「くっくっく。それならばワガハイに任せるがいい!」
何か手があるのか? と、視線で問うアルにノーチェは術の詠唱で応えた。
「−−影人形」
その途端モリッとノーチェの影が盛り上がり、次々と二頭身の小人のような黒い人影が生まれる。彼らは紐を括り終えた壺を頭に乗せて海へと向かっていく。
「コイツらならば、海中だろうが行動に支障は無いぞ!」
「相っ変わらずの汎用性の高さだなぁ、影魔術。応用力高すぎるのもいい加減にしとけよ……!」
「あれっ、ワガハイいま怒られてる? 何故だ!?」
「お前が余計な行動力を発揮しなきゃ救われてた人間がいたっつー話だよ!」
アルがノーチェに八つ当たりしている間にも、影から生まれた小人達はひたすら壺を抱えて海へと行列を作り続けていた。
「……なんかシュールな光景っすね」
「心なしか切なさを感じるのは何故かのう……」
黙々と作業をする小人達が哀愁を背負っている気がするのは気のせいか……。
*
「わーい、大漁だぁ!」
「大漁なのだー!」
「−−って、何か大量に魔物の反応があるんすけどぉぉぉ!?」
ヒューイとノーチェ喜びの雄叫びと、暇つぶしに索敵陣を起動させていたローレンツの絶叫が響き渡ったのは、ほぼ同時だった。
「…………食用の触手、魔物ドロップ」
「それもっと早く言って欲しかったっすっ!」
慌てて腰の短剣を引き抜くローレンツ。テオドールの言葉に、他の面子もそれぞれ戦闘準備に入った。
「生だと余計におぞましいな……」
呟くアルの視界では、ヒューイの引き上げた壺から鈍い青みがかった灰色の触手が飛び出しニョロニョロと踊っている。
壺の大きさはひと抱え位なので、一体につきだいたい人の頭くらいのサイズだろうか。這い出てきたソレはバナナの房を逆さにしたような形状をしている。
「取り敢えず片っ端から叩き潰すしかないじゃろうなぁ」
槍を振り回して、這い出てきた触手生物を倒しまくるフェル。一撃で倒せる程度の弱さのようで、それらは次々と食材へと姿を変えていく。
「ヒューイ! 貴様たまには限度という物を考えろ!」
フェルと同様に触手生物達を狩りまくるエルンストから罵声が飛ぶ。既に充分な量が狩られているというのに、奴らが減る気配が一向にない。
「大丈夫だよ、次の引き揚げでラストだから!」
えーんやこーら、という掛け声と共に縄を引っ張り上げるヒューイと影の小人達。そうして引き揚げられた壺のうち一つに、明らかにおかしいものが混じっていた。
壺の数倍はある個体が無理やり中に入ろうとして、失敗しているさま。それでもめげずに壺の中に入ろうと頑張っていたのだが、ピタリと動きが止まった。ここが海中ではなく、陸地に移動したことに気付いたのだ。そこからの行動切り替えは迅速だった。
わさわさわさっ。
逃げ出したそいつは見た目からは考えられないスピードであたりを走り回った。それが向かう先にいたのは−−よりにもよって一番耐性の無いアステル。
「きゃあぁぁぁっ、来ーなーいーでーぇーっ!!」
あまりのおぞましさに動けないアステル。武器を取り出すこともできず、座り込んで嫌よ嫌よと両手をすごい速さで振り回している。来ないでと言われれば行きたくなるのは魔物でも同じなのか、進行速度がアップ。
「い、嫌ぁぁっ!」
「−−セイッ!」
アステルに飛び掛かる寸前だった触手生物の一部が、エルンストの気合い一閃のカマイタチに切り裂かれた。それで危険を察知したのか飛び退く触手生物。
そして異常が起こった。切り離された触手は消えることなく、食材にもならず、みるみるうちに新しい触手を生やして一回り小さい新たな個体になってしまったのだ。元の個体もいつの間にか再生してしまっている。
「−−なっ!? こいつ分裂するだと!?」
「他のとは比べものにならん大きさだからな。特殊個体かもしれん!」
お前ら気をつけろ! というアルの鋭い声が飛ぶ。
「気を付けろったって、斬りつけても再生する上に、切り離されたら分離する触手相手にどうしろって言うんすかぁぁ!?」
小型の触手生物を倒しながらローレンツの絶叫が響き渡る。生半可な斬撃が効かないとなれば、短剣しか攻撃手段の無い彼には大型触手生物への対抗手段がない。
「とならば、ワシにも荷が重いな……」
「……正直言うと俺も厳しそうだ」
槍を使うフェルと、短剣二刀遣いのアルもギブアップ。二名とも攻撃力が足りないとの判断。
「この中で高火力つったらテオドール。後は……核に当たりさえすりゃあエルンストも行ける、か?」
二人の火力なら倒せるはず。だが、あの素早さが厄介だ。
「ヒューイならば捉え切れると思うんじゃが……」
残るヒューイの場合は、攻撃が特殊個体に通るのか? そして軟体生物にどれだけ打撃が効くのかという問題があった。そこへ−−
「−−とりあえずは動きを止めればいいのかニャ?」
言うが早いか、特殊個体の動きが突如止まった。ノーチェの影縫いだ。
「テオ君、エルンスト君、お願いっ!」
まるで示し合わせたかのようにヒューイの声が響く。
「応ッ!」
「−−了解」
二人は了解するや否や、同時に武技と魔術を放った。細切れになったそばから欠片も残す事なく消し飛んでゆく特殊個体。後に残ったのは、これまた特大の食材だった。
「うわー、あからさまに珍味っぽい」
「……まぁ、レアドロップではあるんだろうな」
「ふふん。ワガハイのおかげだな!」
胸を張るノーチェ。尻尾がピンと立っているので今回の成果にはご満悦なのだろう。
「あらかたカタもついたし、さっそく実食だね!」
ワクワクを隠せない様子でヒューイが言った。その言葉に数名ほどガタッとなったが、ここまで来たならもう腹を括るしかない。抜け出す機会もあったのに抜けださず、こうなると分かっていたなら別行動していたのに、などと言わない辺り付き合いが良すぎる面々ではある。
「……いきなり生でたべる、とか言わない……です、よね…………?」
若干涙まじりに恐る恐る尋ねてくるアステルに、「ぐふっ」と多少の精神ダメージを受けるヒューイ。こんな聞き方されて「うん、生で食べるよ!」とか平気で言えるほど彼も鬼畜ではない。人間誰しも苦手なものがある事は、ぽんこつな彼でもちゃんと分かっている。
「まあ、すぐに鮮度が落ちるって訳でもないし……バーベキュー行ってみよか」
と、そうして特殊個体からドロップした食材から焼いてみたのだが−−
「うおっ!?」
「……!!」
「うまっ!」
「あり得ねー!?」
「むっ!?」
「なんと……!」
「うっわ、まじっすか!?」
「ええええ!?」
驚愕の美味さだった。タレは無し、味付けは塩のみだというのに、皆驚きの声をあげた。その後、口から出る言葉は一つだけ−−
おいしいねおいしいなおいしいよおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいし−−−−
*
「−−はっ!? 僕らは今まで何を……?」
ふと彼らが正気に戻ったのは太陽が地平線に沈む頃だった。オレンジ色に染まる海と空と砂浜。山ほど採れて、消費するのは人数的に無理だろうと思われた触手の山もいつの間にか貪り尽くされていた。どこに消えたか、など考えるまでも無い。
「ふぇぇーん……覚えてないけどお腹いっぱい食べちゃったよぅ、あんなのをぉ……」
アステルはショックで幼児退行を起こしてしまっているようだ。
「流石にこの中毒性はヤバイとかそんなレベルを超えてるっしょ……」
走る戦慄を隠す事もせずローレンツが呟いた。アレを食べ物として捉える事を最後まで拒んでいたアステルでさえ、この状態にする中毒性。もはや魅了成分と言ってしまってもいいかもしれない。
「途中から記憶も完全に飛んでいるぞ……」
冷や汗を流しながら呟くエルンスト。触手生物の襲来がなかったから良かったものの、もしあったならどうなっていた事か……。
「………味の記憶、飛んでる、残念」
「僕も覚えてないやー、残念残念」
「ワガハイも……だと……!?」
「そんな記憶はどうでもいい!」
食い盛り三兄弟を即斬って捨てるエルンスト。彼としては味の記憶など何の足しにもならない。
「原因は間違いなく特殊個体のアレじゃろうなあ」
フェルの記憶が途切れたのは、特殊個体の食材で作った物を食べ始めた辺り。どう考えても元凶はそれしかない。他に変わった物など無かった。
「そもそも、あんな半端に強い個体が浜の近くで採れるって時点で十分ヤバイって話なんだよな」
漁師とかアレと遭遇した時どう対処してんだ? と首を傾げるアル。
「やー、案外普通に倒してたりするんでは? なんかここの地元の人、ムッキムキが多いですしー」
浜辺に来る途中で彼らがすれ違った地元民は皆、貫禄のある猛者の空気を纏っていた。彼らならばそう簡単に負けはしないだろう。
「何にせよ報告案件じゃないっすか、これ?」
「噂に聞こえんのは案外、身近すぎるからかもしれんの……」
身近であるからこそ気づけない、当たり前になってしまう。問題を問題として認識出来なくなっているのかもしれないとフェルは言う。
「それにしても王都付近のゾンビといい、この街の触手生物といい、一体何が起こってるんだろうな……」
厄介な事にならなけりゃいいが、とアルは大きく息を吐いた。




