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性悪貴族?なにそれおいしいの?  作者: ぽて
ドキドキワクワク学外研修編

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4 『中の人』は和菓子が食べたい



 初日の夜。アルとハインツは打ち合わせも兼ねた夕食をとっていた。


「そういや予定表見させていただいたんですが、明日の朝食当番……」

「ヒューイ君とテオドール君ですね」

「……あいつら上手くやれますかねぇ」

「彼らなら大丈夫でしょう。見たところウチの者と問題を起こすような人間には見えませんでしたし」


 なにも二人だけで朝食を作るわけではないので。と、ハインツは朗らかに笑った。朝食の支度は一応、詰め所勤務の当番と合同だし、メニューもほぼ決まっているので余程のことがない限り失敗はしないとも。


 アルとしてはヒューイの腕は僅かながら知っているので心配はないが、問題はテオドールのほうである。食道楽らしいのは知っているが、それと料理の腕が比例するかといえば疑問が残る。


「心配性なのですね、アルフレッド殿は」

「お恥ずかしながら野営時の調理に関しては、アステルに任せっきりにしていたもので……」


 野営で調理をするようになったのはそれを得意とするアステルが来てからの事。雪山実習の時は例外的にヒューイが一食作っていたが、彼女が来る前は野営食か出来合いの物で済ませていた。その弊害がここに来て頭痛のタネになりつつあった。班メンバーそれぞれの調理レベルが判らない。

 朝食は詰め所にいる全員が口にする物だ。万が一何かあったら街の治安がヤバイ。地味に死活レベルだ。

 こうなると班のメンバーに、詰め所の他の当番が軌道修正できないレベルのメシマズが混ざっていない事を祈るほかなかった。





 −−翌朝。

 朝食を済ませ、応接室に集まった一同を見回すハインツ。アルの危惧が外れたことと、ヒューイたちに疲れの色が見えないことに満足して、彼は説明を始めた。


「本日の予定だが、見回りは午前と午後の一回ずつ。それ以外の時間は、昼休憩を除き各々分かれて雑務をこなしてもらう」


 それから−−と言いつつ、彼は机の上に置いてあった腕章を人数分だけ取り出して皆に配った。


「実習中は常にこの腕章を腕に付けるように。これが実習生の証明になっている」


 その辺りは街の人間も承知しているので、そう問題は起こらないだろうとの事だった。もしも手に負えない案件なら、正規の兵に連絡を取るように等の注意事項を説明していくハインツ。


「本日と明日の見回りに関しては、アルフレッド殿が不在なので諸君だけで行ってもらうが……一応、報告を上げてもらう予定なのでサボらないようにな」





「おや、今日の兵士さんは随分と可愛い子達だねぇ」


 食堂の前で掃き掃除をしていたおばさんが、ヒューイたちを見て声をかけてきた。


「どもどもー。何かお困りごとはありませんかー?」

「困り事かい? ……それなら−−」


 少し考えたおばさんは、ちょいちょいっとヒューイたちに手招きした。そして食堂の入り口を指差す。中を見ろ、という事らしい。


 そうして中を覗き込んだ一同が見たのは−−


「……朝からお酒飲んでる人って、ホントに存在するんだね」


 ヒューイの視線の先には、机に突っ伏しながらも酒の入ったコップを手放そうとしない酔っ払いの姿。「うー」とか「あー」と、言葉にならない呻き声を上げている。


「ええっと……深夜勤務とかだったんじゃないでしょうか」

「百歩譲ってそうだとしても、他人に迷惑を掛けるなと言いたい所だが」


 このまま放っておきたいところだが、そうする訳にもいかない。


「なんか嫌な事でもあったのカナ?」

「やけ酒っすか? こんな朝っぱらから? ……いやいやナシでしょ」


 ところがどっこい。食堂のおばさんが言うには、この男がここに居るのは朝からではないとの事。


「まあね? ちゃんとお金払って注文してくれるのは良いんさ。だけどひと瓶で一晩粘られるのがねぇ……」


 おばさんが困った困ったと呟く。しかもあの男、酒に弱いくせに自覚症状が無いとも。


「朝どころか昨日の夜から粘ってる人だった!?」


 ヒューイの叫び声で、んあ? と顔を上げた酔っ払いが、自分に視線が集まっていることに気がついた。


「俺が稼いだ金で飲んでんだ! 文句言われる筋合いはねぇぞぉー」

「うわー、これ知ってる。絡み酒だー!」


 ヒューイが襲われそうになった刹那−−


「…………水球」


 腕を上げたテオがボソリと呪文を唱えた。すると空中にその名の通りの水球が現れ、酔っ払いの顔を目掛けて勢いよく飛んでいった。


 すると当然−−


「ごぼぼがぼごぼごぼ−−!」


 水球に顔を覆われた酔っ払いは、呼吸ができずもがき始めた。


「うわぉ、テオ君ってば過激」

「うぇぇぇぇ!? あのっ、大丈夫なんですかあの人っ!」


 チームメイト突然の凶行に慌てたのは、アステルだけだった。他の面子は「うわ」と少し表情を歪めたくらい。着実にバイオレンスに染まってきている。そしてその場でひとしきり暴れた酔っ払いは、すぐに動きを止めてバタリと倒れた。


「……おい、テオドール」

「…………酔っ払い……説得、むり」


 なので、手っ取り早く実力行使に出たという事らしい。


「大丈夫っす、ちゃんと生きてるっすよー」

「…………加減、ばっちり」


 すかさず酔っ払いの状態確認に飛び出したローレンツが無事を確認。


「おばさーん、この人どーするー?」

「ああ、とりあえず表に置いといとくれ」


 酒を出す食堂を切り盛りしているが故か、おばさんに動揺は全く無い。そこそこ大柄の男だったので、フェルとエルンストの二人で外に運び出して放置した。





 広場には一際どんよりとした空気を放つ青年がいた。余りの暗さに、心なしか行き交う人々も彼を避けて歩いているように見えた。


「−−ああ、俺はもうダメだぁぁっ」


 いきなり叫びだした青年。ただでさえ空いていた青年の周りのスペースが更に広がる。中には「ママー、あのお兄さんなにー」「しっ、見ちゃいけません!」などという会話も相当数交されているのが伺えた。


 そこそこ広い広場ではあるのだが、青年を避けるスペースが確保された結果、通行人の数が多い為に人口密度が上がって結果的に歩きにくくなっている。普通に交通妨害である。


「……これ、注意しないとだよね?」

「関わり合いになりたくない気持ちはわかるが、これも仕事だ」


 言外に諦めろとのお言葉。この辺り一帯はヒューイ達の管轄になっているので、彼らがどうにかするか、男が諦めるかしない限り、状況が動くことは無い。


「あのー、すみませーん。ちょっと良いですかー?」

「……あんたらは−−見回りの兵士さんか」


 男は最初、声をかけてきたヒューイ達一行に怪訝な顔をしていたが、彼らが着けている腕章に気付くと警戒を解いた。


「大変言い難いのだが、貴方の行動で通りの通行に支障が出ている。もしよければ事情をお聞かせ願いたい」


 エルンストが代表して男に問う。すると、男はたどたどしくも話し始めた。


 男の名はエトガル。この王都で小さな菓子店を営む菓子職人とのこと。だが売れ行きが芳しくなく、店の命運をかけた新作菓子の制作に取り掛かったものの、上手くいかないまま日数だけが過ぎていく状況に耐えられなくなったのだとか。


「お菓子職人……」


 ヒューイの目がキラリと輝いた。


 スランプなお菓子職人=今はスランプだけどお菓子を作る人=仲良くなったら新作スイーツ先行試食!=スランプ脱したら試食頻度アップ!!


 即座にそんな式が脳裏に展開された彼は、ガシッとエトガルの手を取り握りしめる。


「−−ぜひ協力させて下さい!」





「ヒューイ君とテオ君の三分どころじゃないクッキング。はっじまっるよー」


 エプロンをつけたヒューイがテンション高く宣言したのは、エトガルの店にある厨房でのこと。彼の隣にはアシスタント役としてテオドールが控え、店の主人であるエトガルはメモを片手に、何一つ見逃すまいと気を張っている。


 ローレンツ、フェル、アステルとノーチェにはアリバイ工作のため見回りを続行してもらっているので、ここにはいない。


「本日のメニューは、たぶん東方のお菓子である『おはぎ』です!」

「………わー、どんどん、ぱふぱふー」


 全く感情のこもっていないテオドールの合いの手が入り、調理が開始された。


「まずは市場で購入した小豆をかるーく洗ったらナベにぶち込んで、たっぷり水を入れまーす」


 適当な仕草でナベに洗った豆をぶち込み、テオドールに魔術で水を出してもらう。そうして竃にも魔術で火を入れる。一家に一人は欲しいテオドールだが、彼程に適正属性の多い魔術師はそうそういない。完全なる才能の無駄遣いである。通常の判断力を持った常識人がいたら間違いなく突っ込みが入るレベルの。


「まずは強火で煮るよ!」


 しばらくするとグツグツと鍋が煮立ってきた。ヒューイは沸騰した鍋に一度だけ水を入れて熱を冷ます。


「こうして……と」

「…………今のは?」

「よくわかんないけど、『ビックリ水』って言うらしいよ」

「…………豆、驚愕?」

「そーかもねぇ」


 そんな会話を挟みつつ、二人は再び鍋が沸騰するまで待った。


「もう一度沸騰したらお湯を捨てて……やさしーく豆を洗ったら、もう一度水を入れて炊きます!」


 今度は沸騰した後は弱火でユラユラ二刻だよ! と、宣言。たまに水を入れて沸騰させすぎないのがポイント! と、言いつつなぜかポーズをつけるヒューイ。エトガルは律儀にポーズまでデッサンしている。


「次はコメを綺麗に洗って……一刻くらい水に浸けます」

「…………一刻、余る」

「そうだねー。様子見だねー……」


 後は鍋の様子を見つつも、待ち時間となり手の空いた二人。


「…………で。何なんだ、この茶番は?」


 脱線しやすい二人の軌道調整役−−監督役とも言う−−として残っていたエルンストが問う。彼なりに二人の手が空くまで待っていた辺り、意外と優しいのかもしれない。


「ヒューイ君とテオ君の3分どころじゃないクッキングですが?」

「何故、こんな、茶番を、する必要が、有るのか、と、俺は聞いている」


 大事なことなので二回、それも真顔で問われた。少しでも茶化そうものならマズイ空気である。


「こ、これぞ『情けは人の為ならず』作戦ッ!」

「……一応、概要だけは聞いてやる」


 悪即斬の様相を呈するエルンストに、ヒューイの額から一筋の汗がこぼれ落ちる。何時ものアレだ。一つでも答えを間違えたら強制終了ルートなアレ。


「……その、まず、比較的簡単な和スイーツをエトガルさんに伝授する。するとお菓子職人であるエトガルさんは和スイーツの研鑽を積んでいく。……んで、新たな和スイーツ誕生!」

「それで完成した物をお前が美味しくいただく、と?」

「そう、エトガルさんは新しいノウハウを手に入れ、僕は和スイーツ入手ルートを確保できるという、正に一石二鳥の大作戦!」

「……困っている市民を助けつつ、自分の欲も満たせる。実に貴様らしい考えだな」

「でしょでしょ?」


 えへへとはにかむヒューイに、エルンストはため息で答えるしかなかった。





「では一刻くらい水に浸けたコメを取り出しまーす」


 ヒューイはササっとコメの入ったボウルを取り出して、中の物をもう一つの竃に置いてあった鍋へとぶち込んだ。


「コメと水を一対一の割合で鍋に入れたら、最初は強火で。沸騰したら中火にして炊きまーす」


 また、しばし鍋を眺めるだけの時間が過ぎていった。今度はエルンストも話しかけては来ない。


「−−お、小豆がいい感じになってきたので、砂糖を入れるネー」


 ドバーッと小豆と同量の砂糖を投入。砂糖は割と高級品なのだが、菓子店なので使いたい放題だ。


「砂糖を入れたら木ベラでかき混ぜまっす。ねりねり」

「…………ねりねり」


 木ベラで鍋そこを掬うように、豆を混ぜると次第に餡状になってきた。少しだけ緩いか? と感じられる硬さになってきた頃、コメが丁度良い感じに炊けてきたので、ヒューイは次の工程に移ることにした。


「餡は火から降ろそう。コメが炊けたから、魔法の粉こと砂糖をちょっとだけ入れるよー」

「…………なぜ?」

「こうすると、時間が経ってもコメが固まりにくくなるんだってさー」


 ちょっとした豆知識もエトガルは漏らすことなくメモに記していく。彼は最早、記録するだけの機械と化していた。クッキングが始まってから一言も口を開いていない。


「次はこの熱々なコメを、濡らした木の棒で半殺しにします」

「…………暴行事件、現行犯?」

「ぼくはむじつです」


 ある程度粒が残る状態でつくのを止めたものを半殺しと言うのだと弁解するヒューイ。


「……どうでもいいが、お前のその知識は何処から来たんだ」

「ウワサの『中の人』なんじゃない?」

「昨日はあれだけ否定していたのに認めるか」

「正直、美味しいものが食べられるなら『中の人』とかどーでもいい」

「結局、そこに行き着くんだな」


 この数ヶ月、以前とは比べ物にならないくらい濃い付き合いをしてきたのだ。エルンストにだってもうヒューイの行動原理は嫌というほど理解できている。時々読み間違えて王都への道中であったような勘違いも生まれることはあるが。


「−−さて、と。あとは丸めたコメを小豆の餡で包めば完成だよっ!」

「…………いよいよ、完成」





「OHAGI! それは素朴な和スィーツッ!」

「……OHAGI、OHAGI」


 完成した菓子の乗った皿を掲げてテンション高く叫ぶヒューイと、追随するテオドール。はたから見るとヒューイだけが騒いでいるように見えるが、実はそんなことはない。テオドールのフードから覗く肌は、未知の食への興奮のためかいつもより血色が良い。つまりノリノリだった。


「では、お待ちかねのー」

「…………実食」


 ヒューイ的には丸かぶりしたかったのだが、エルンストストップ−−曰く、貴族がそんな下品な真似をするなとのこと−−がかかったため、フォークで切り分けての実食である。


「うーん。これこそ、正におばーちゃんの味っ」

「…………なつかし、故郷、の味」

「おお、これはまた……従来の焼き菓子とは異なった概念の、新しい菓子だ!!」


「おいヒューイ、ユストゥスの大奥方の趣味が東方の菓子作りなどと聞いた事は無いのだが!?」


 中の人か? 中の人なのか!? あとテオドール。お前の故郷は東方じゃなく此処、王都だろ! と、エルンストのツッコミが入るが誰も聞いちゃいなかった。


「ヒューイ君! 大変貴重な知識を俺なんかに教えてくれてありがとう!」


 エトガルにとって今回の出来事は福音であったようだ。大変な喜びようである。


「いえいえ、僕が食べたかっただけなので。施設や材料の提供をしていただけて、こっちこそ感謝です」


 つきましては定期的に和スイーツを横流しして頂ければ……と、怪しい取引が始まりかけた所で、エルンストに首根っこ掴まれたヒューイとテオドールはエトガル菓子店から辞することになった。





 詰所の一角でアルとハインツが二人、若干険しい顔で話をしていた。


「行方不明事件?」

「−−ええ。とは言っても生きている人間では無いんですが……」

「と、言うと−−?」

「先日のアルフレッド殿の報告に思う所があり、個人的な伝で調べてみたのですが……」


 幾つかの墓地で、つい最近埋め戻された痕跡が見つかったのだとハインツは告げた。


「やはりゾンビの大元はソレでしょうかね?」

「大量発生ということであれば、それに加えてどこぞのネクロマンサーか魔術結社の仕業ということも考えられますね」


 基本的に人型ゾンビの自然発生率はそう高くない。それが大量発生しているというのであれば、確実に人の手が介在していると言える。


「だとすると……やはり俺たちの手には余る、か」


 アル達は一時的に王都に身を置いている状態だ。ここでの任務が終われば次の任務地が待っている。そもそも王都周辺の異変調査は騎士学校所属である彼らの本分ではない。なので−−


「この件に関しては、これ以降そちら預かりという事でよろしいか?」

「ええ、もちろんです。そもそもこれは我らの管轄下での事件ですので」


 アルの言葉に快く頷くハインツ。これで一応の引き継ぎは終了ということになる。ホッと一息つくアル。


「−−あぁ、ところでアルフレッド殿。一休みついでに此方いかがですか?」


 そう言ってハインツが取り出したのは、とある菓子店の包み。それを開くと赤黒くて丸い物体が二つ。


「それは?」

「今、評判になっているオハギという菓子らしいですね。……何でも製作にはヒューイ君たちが関わっているとか」

「……ナニやってんの!? あいつら!」

「アリバイ工作までして完成させた一品のようです」

「ハインツ殿にバレてる時点でアリバイ工作失敗してんじゃねぇかぁーッ!!」

「まあ、それでも見回り自体はちゃんと行っていたようなので、見逃す事にはしましたが」

「……ご迷惑をおかけして大変申し訳ない」

「いえいえ。市民に親身になって接するのは良いことですよ」


 街の新たな名物も生まれたことですし、と朗らかに笑うハインツ。


「……はぁ。俺、貴方のような同僚が欲しかったですよ」


 そしたらもうちょっと楽になれたに違いないのにとアルは独りごちた。



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