1 僕は友達が少ない
「ふと思ったんだけど、僕って友達が少ないよね?」
「トモダチ? なんだそれは」
うまいのか? などと聞いてくるノーチェはスルー。ヤツは今のところ食べ物にしか興味が無いのだ。知性があるとはいえ野生動物に分類されるので。
「そういう訳で、友達増やしたいんだけど何かいい方法無い?」
「なんで俺っちなんすか……」
「んー。ロー君ってチャラ男っぽいしトモダチ多そうだなーって」
「ちょ、チャラ男って。俺っちチャラ男違うし! せめて社交性があると言って欲しいっす!!」
「ちなみにお友達の数は?」
「ご期待に添えなくて申し訳ないっす……」
「…………ロー君て、なんちゃってリア充?」
「うるさいっすよ!? それでもたぶんヒューイさんよりは多いっす!!」
ローレンツの何気ない一言がヒューイにクリティカルヒット。ぐっはぁと崩れ落ちるヒューイ。
「あ、すんません。……つい」
「……どーせ僕は友達少ないですよぅ」
「機嫌直してくださいよー。俺っちが悪かったっす。……まぁ、量より質っすよ! 質!」
「そうだね。…………今の所10人も居ないけど、ともだち……」
「大丈夫! 多けりゃ良いってモンでもないっすから!」
「……信者は友達に入ると思いますか?」
「ちょ、ヒューイさん、早まっちゃだめっすよぉぉ!」
思いつめた顔で呟くヒューイを、慌てて引き止めるローレンツ。
「信者……とは何なのだ?」
「ヒューイさんの事を魔王様と呼んでる人たちの事っす」
「……ああ、本物の魔王であるワガハイを差し置いて、そのちびっ子を魔王と呼んでいる輩かニャ」
とはいえ、その内訳は様々だ。単に憧れている者、恐れている者、それからガチ勢などなど。ちなみにアステルはライト層である。
「……ワガハイも崇め奉られたいぞ!」
「駄目ですー。これ以上ややこしい事はごめんですー」
「ガチ勢とかマジでヤバいらしいってウワサっすもんねー」
ガチ勢は怪しげな集会を開いたり、偶像崇拝したり、怪しげな儀式をするレベルらしい。しかも正体を悟られないよう、普段は普通の学生を装っているとか。
なぜ騎士学校に通っている人間の中に、そんな危険思考なのがいるんだと小一時間問い詰めたいものだが、実際にいるものはいるのでどうしようもない。一応、信仰の自由は認められているので。
「にゃうぅぅ……何と羨ましい!」
「…………ああ、そういえば。ノーチェさんって俺っちたちとは感性が違ってたっすね」
「生物レベルで別物だもんね……」
そうして2人はため息を吐くのだった。
*
「ユストゥス!」
突如、背後から怒鳴り散らすかのような呼びかけがあった。振り返り見てみると、一人の男子生徒の姿。金髪青目の整った顔立ち。おそらく年上と思われるが、もちろん見覚えは無い。
「−−どちら様ですか?」
「……くそ。俺の事なんて眼中にも無かったという事か!」
ヒューイの反応に、男子生徒は手近な壁に拳を打ち付け悔しがり始めた。どうやら初対面ではないらしい。
「俺とお前は、いつもタマゴサンドを巡って競うライバルだったろうが!」
タ・マ・ゴ・サ・ン・ド・?
というとアレだろうか? 週一食堂幻のタマゴサンド。入手する事第一だったので、ライバルとか全く意識してなかったヒューイ。むしろ自分の限界に挑戦している部分があったので、ある意味、自分自身がライバルのようなものだったのだが……。
「えーっと……。それでライバルさんがどんなご用ですか?」
「お前、長期休暇が明けてからは、タマゴサンドを購入していないだろう?」
「ええ、まぁ……」
「何故だ!?」
詰め寄ってくる男子生徒。何気にスケジュールを把握されているのが微妙に怖い。
「ぶっちゃけ…………他の事で頭いっぱいでした」
「つまり忘れていた…………だと!」
「それに……別に毎週じゃなくて、月一でも良いかなって」
「ぐっはぁ!」
何かしらのダメージを受けて仰け反る男子学生。しかし、ヒューイの言葉から何らかの希望を見出したのか、あっという間に復活した。
「−−という事は、月一だけでも争奪戦に参加するという事か」
「まー、そーなりますねー」
「そうかそうか。ならば−−俺こと騎士学校3年リベルト。お前に勝負を挑ませてもらう!」
「えぇっ!?」
「どちらが先に手に入れられるか……今度は俺が勝つ!」
ヒューイが戸惑っている間に、男子生徒−−リベルトは一人納得して去っていった。戸惑ってはいたが、こと食べ物に関する勝負事である。
「……ま、いいか」
断る理由も無いので、それを受ける事にしたヒューイ。となれば、まずは情報収集が必要である。
「タマゴサンドとやらは争奪戦が起こるほど美味いのかニャ?」
今までは黙っていたノーチェが口を開いた。どうやら新しい食べ物の情報に興味津々らしい。
そういえば、こうなりそうな予感があったから避けてたんだよなぁ……と、ヒューイは頭を掻きながらその問いに答える。
「食堂のおばちゃん渾身のメニューだからねー」
「渾身とな。それはまた期待できそうだニャ!」
あの者のゴハンは美味しいからな! と、期待に胸膨らませるノーチェ。
「ただ、一人一個限定なんだよね……」
「どういう意味なのだ?」
「例えば僕がタマゴサンドを手に入れる。でも、ノーチェに分けちゃうと半人前しか食べられない」
「……それ、ワガハイも半人前しか食えないパターンだニャ?」
「うん、そう。でも分けるの嫌」
ハッキリとした拒絶の言葉に絶句するノーチェ。
「……く、ククク。やはり食においてキサマとは相容れんようだな」
完全拒絶がショックだったのか、少々笑いがぎこちない。
「き、決めたぞ。ワガハイも先ほどの勝負とやらに参戦する!」
一人につき一個なら、自らの手で購入すれば良いのだ! とでも言いたげであった。だがそこに一つの穴がある事に気付いていない。
「えーっと……猫の姿で売って貰えるかな……?」
「そこはアレだ。首に財布でも下げて、おつかいを装うのだ」
ノーチェの場合、別に競争に加わる必要は無いんじゃなかろうかという考えがヒューイの頭を掠めた。別行動で売店に張り付いてれば簡単なんじゃないか、と。
掠めたのだが、それだけだった。購入枠を減らしかねないような指摘をわざわざしてやるほど、お人好しにはなれない。こと食においては。
「まあ話せさえすれば買えないこともない、のかなあ……猫でも」
*
そうしてタマゴサンド発売日と目された日がやってきた。授業終了が近付くにつれソワソワしだす生徒たち。
そんな中リンゴーンと戦闘開始の鐘が鳴り響く。
「最近すっかり忘れられてる気がするが、ワガハイが本当に強いこと、思い出させてやるニャ!」
言うが早いかノーチェの影からいくつもの円錐が飛び出し、食堂へ向かおうとする生徒たちを次々と拘束していく。彼女の影魔術による影縛りだ。
「ククク。魔術を使ってはいかんなどというルールは無いからなあ!」
「うわ。台詞だけ聞いてたら悪役以外の何者でもない」
ちゃっかり魔術を回避したヒューイがツッコミを入れた。
「チッ。やはりキサマには効かんか……!」
「影縛りは影分身の時と違って、『もにょ』ってするからねー」
「だから何なのだ、その例え!?」
会話しつつも一人と一匹は食堂へ向かってダッシュしている。途中で遭遇する者はことごとくがノーチェの魔術の餌食になっていく。
「うーん。ノーチェのお陰でらっくらくだねー」
「ニャーッ、キサマの為にやってるわけじゃ無いのニャ!」
シャシャシャッとノーチェが威嚇攻撃するが、危うげもなく全て避けるヒューイ。繰り返すがその間にも食堂は近づいている。
「−−お前らっ、この俺の存在を忘れるんじゃないっ!」
叫びつつリベルトが乱入してきた。
「−−あ、ライバルの人だ」
「確か……リなんとかだったか」
「リベルトだ!」
挨拶代わりとばかりにノーチェの影縛りがリベルトに迫る。彼女の中ではヒューイ以外眼中になく、この一撃で邪魔者を片付ける腹づもりだった。
−−だが。
「−−なんの。ライバルシールドッ」
リベルトは事もあろうに、手近にいた生徒を引っ張り込んだかと思うと、素早く位置を入れ替え術を回避した。
「舐めてもらっては困るな。これでも俺は歴戦の猛者。この程度の障害では止まらん!」
「なん、だと!? ワガハイの術がこうも簡単に……!」
「おおー。ライバルを消しつつ自分は助かるとか、まさに一石二鳥」
やってる事は外道以外の何者でもないが、ヒューイはリベルトの評価を上方修正する。さすが先輩なだけある、と。
「−−クッ、ならば直接動きを封じてくれる!」
ノーチェが素早い動きで接近、リベルトの影に手を触れると突如その影が蠢き始めた。
「クハハッ、ワガハイが操る事ができるのは何も自分の影だけではないのニャ!」
自らの影相手では先程と同じ手は使えまい! 自信たっぷりに宣言するノーチェだったが、それに反してリベルトの表情は冷静そのものだった。
「−−残念だったな黒猫よ! お前が影使いである限り俺が負ける事はないっ」
「ニャっ、まさかキサマ……!」
「この俺の適正属性は光。あとは言わずともわかるだろう?」
−−あ、これやばいのくるわ。
二人の会話を聞いていたヒューイは、それを悟った瞬間に固く目をつぶった。
その直後、カッと迸る光。固く目をつぶっていてもわかるほどのそれ。
「ニャぁぁっ、目が、目がぁっ……!」
当然、目を開けていたノーチェは大ダメージを受けた。たまらずその場でのたうちまわる。
「うわぁ、むごい」
「……属性の相性が悪ければ、負けていたのは俺の方だった」
やたらシリアスな空気を醸し出しつつ呟くリベルト。ノリッノリである。
「−−では、ユストゥス。ここからが勝負本番だ」
「はいっ、せんぱい。負けませんからね!」
トップを争っていたライバル達は一通りのノーチェの手によって脱落、後続集団との差にも余裕がある。よって、実質ヒューイとリベルトの二人によるトップ争いということになる。
「今回は魔術も解禁されているらしいからな。遠慮なく行かせてもらう」
そう言うと、リベルトは光の弾丸を放ってきた。
「ノーチェの置き土産がこんなところでぇぇ」
叫びながらもきっちり避けるヒューイ。床に着弾した弾丸はガガガッと音を立てて床に穴を開けた。これは直撃したら駄目なやつである。
「これは……何とか止める方法を見つけないと」
廊下を駆け抜けながらも、キョロキョロと周りを見渡して打開策がないか探る。武技を使えればリベルトを無効化することが出来るかもしれないが、使うとなると一旦動きが止まってしまう。故に考えもなしに使うわけにはいかない。
「ふーんふふーん♪」
聞こえてきたのは、聞き覚えのある声が奏でる鼻歌。残念ながらそんなに上手くない。
食堂手前の横道から出てきたのはアルだった。えらくウキウキした顔見知りの登場に、ピンと閃くものがあったヒューイ。
「きょーかーん。ごきょーりょくおねがいしまぁーーーーすっ」
「ヒューイ!? ちょ、おま、何をする、ヤメ、ちょぉぉぉ!!」
ガシリとアルの腕を引き寄せ−−
「ライバルあたーっく!!」
遠心力を使って後方−−リベルトへと向けて放り投げる。
「こ、今回ばかりは買えると思ってたのにぃぃ−−ッ!!」
アルの魂の叫びが響き渡った直後、弾丸の乱射は止まった。
*
「−−せんぱい。リベルトせんぱい」
無事にタマゴサンドを購入したヒューイは、同じく購入し終えたリベルトへと声を掛けていた。
「どうした? ユストゥス」
「友達になってください!」
ヒューイの言葉に、ニカッと爽やかな笑みを浮かべるリベルト。
「いまさら何を言っているんだか。同じものを求め、共に切磋琢磨する俺たちは既に友人だろう?」
これで『求めている物』がタマゴサンドでなければ万人がカッコイイと感じた事だろう。無駄に爽やかである。
「おわー、せんぱいカッコイイ……」
「……そうか?」
目をキラキラさせるヒューイとは対照的に、ノーチェは半眼だ。猫にはロマンがわからないらしい。
「では俺はこの辺りで失礼する。次こそは負けないからな、ヒューイ(・・・・)」
そう言ってリベルトはサンドイッチの入った袋片手に去っていった。
「えへへ……友達増えたー」
「……ええい、気持ち悪い顔をするニャ!」
ぺしっとノーチェが尻尾で叩くが、ヒューイのだらけた表情が変わることは無かった。
「…………で、なんで俺は巻き込まれたんだ」
「ちょうどそこに居たので」
「…………なぁ、俺、泣いても良いか?」
「まーまー。きょーかんも念願のタマゴサンドが手に入ったんだしよかったじゃないですか」
「美味いんだが、なんかしょっぱい……」
教官初のタマゴサンドは塩分多めだったそうな。そして友人が増えたヒューイ終始ご機嫌だったとのこと。




