第四話 登場!劇場!超適当!メイド六人衆の巻
今日は疲れた。そう思っているうちに眠ってしまったらしい。スーツ姿のままで俺はベッドから起き上がる。
「ふあ、あー」
しまったと思ってもあくびは出るもんだ。俺はまぬけな声を上げながら窓を見た。
まだ深夜なのか、それとも朝なのか見分けはつかないが外は暗い。欠けたデジタル時計の機能の一つで明かりをつけてみれば、朝の四時を十数分ほど過ぎているくらいだ。
そういえば実感がまだわいていないけど、俺は今日から働く身分になったんだっけな、何時くらいに起きていたらいいんだろう。
――あれ、寝る前に電気消したっけ、と思い暗い部屋の中で立ち上がった。沈み込むようなブルーの中にある白い月の光が窓辺から差し込む、その光のおかげで明かりをつけるスイッチを探すことに苦労しなかった。
狭い部屋に明かりが灯る。昨日眠る前に見た景色と同じものが目に飛び込んできて、これはいよいよ、今日からこの六宮の家に仕えるんだと実感する。
「ん? これは」
昨日食べたトーストの皿があった場所には一枚のメモ帳が残されていた。
『誠人君へ――明日からの勤務は、朝五時に一階のロビーにてお待ちしております。寺尾』
そこには寺尾さんらしい生真面目な文字と言葉が書かれていた。
俺はそれを手にとって、とりあえずもう一度時計を見る。先ほど確認した時間が間違えていたら、それこそコトだ。
俺はいま着ているスーツを一度脱いだ。しわになっていないか確認したくなった。
「……大丈夫」
と呟いて、また意味も無く袖を通す。そういえば一応取り付けてある物干し竿にはシャツの替えが置いてあるらしく、ハンガーに提げてあった。せっかくなのでシャツくらいは着替えようと思い、またスーツを脱いだ。
なんだか緊張しているらしい。いそいそと落ち着かずに服を着たり脱いだりしているのを、誰かが見ていたら笑うんだろうか。
せっかく色々準備してもらったから、せめて寺尾さんや明子さんの仕事を邪魔しない程度にがんばらないとな。
時間はまだ四時三十分を指していた。
狭い部屋の窓は、少しずつ白んできて、夜も終わりが来ようとしている。窓の外は先ほどよりも白んできて、もう一時間もすれば朝がより近くなるんだろう。
結局部屋の灯りを消したのはその十分後だった。
エレベーターの前に立って、もうすでに慣れたような手つきで、矢印が下に向いているボタンを押した。1に点いていたランプはすぐに3まで動いて、目の前のドアが開く。
相変わらず不釣合いなそれは、俺の身体の重心をずらしながら下っていく。あっという間に一階まで着くと、すでに灯りは点いている。ロビーの中央には寺尾さんが俺を待っていたらしく、エレベーターを出る俺に一礼をした。俺もそれに応えた。
「おはようございます。待ちましたか?」
「おはようございます、誠人君。私も、いま来たところです」
……俺に気を遣ってくれているんだろう。そんな慣れない挨拶を交わした。
寺尾さんの足は、また昨日のあの仰々しい扉に向かって歩く。
「寺尾さんはいつごろ寝ているんですか?」
と俺は着いていきながら尋ねると、
「私はあまり寝ることはありません。もしこの家になにかがあったときに、すぐ対応するために起きていることもあります」
となんの苦も無さそうに寺尾さんは言った。
――その言葉に、そこまで自分の仕えるべき場所について考えている人もいるんだと驚いた。アルバイトをしているときはそんなことなんて微塵も考えなかったものだけど、寺尾さんは自分の居場所を守ることで、自分もまた守られていると、その一言に集約されていると言っても過言ではないほど、それには説得力も重みもあった。
「ところで、今日から誠人君には、共に働いてもらうパートナーたちを紹介しようと思う」
「へえ、どんな人なんですか?」
「着いてきていただければ、すぐにわかります」
とあっけに取られている俺を無関心に置いていくと、さっさと歩いていってしまった。
なんとなく避けられている気がしなくもないが、昨日から続いている俺の不義理だと思うと、仕方が無いのかもしれない。
相変わらず外の見た目以上に大きく感じる家の間取りに感心しながら、俺たちはあの扉を開いた。
「……? 暗い?」
しかしその部屋は誰もいないのか、窓の外以上に暗いままだった。
「ひとーつ! 世のため人のため」
「ふたぁつ。正義は悪を、社会は断罪を~」
「み、みっつ……えっと、あ、寒がりの恋人にはマッチを……」
「よーっつゥ! 困った人には手を差し伸べマース!」
「五つ……我らの使命は常に六宮と生ける人々のため」
「六宮家に仕える、僕たちこそが……」
突然現れた謎の口上が盛り上がりを見せ……、ばっと、部屋を照らすライトが声の主たちにスポットされる……!
「メイド六人衆っ!」
それぞれの声が重なり、ビシっと決まる!
そして部屋全体にライトが灯され、声の主たちが姿を見せた。
「やった、やったよ! 昨日練習したかいがあったねっ」
「おー、おお! 新人サンがビビってマス!」
緑色と金髪の髪の毛の女の子が俺を指差しながら得意げな顔を見せている。
「こらこらぁ二人とも、人を困らせてはいけませんよぉ」
「そ、そうですよ……ひっ、オトコの、ヒト……っ」
白色と黒色の髪の毛の親子に見える二人が、先の二人をなだめたり、黒い髪の女の子は俺を見ておびえている。
「私たち、なにを馬鹿なことをやっているんだろう……」
「まあまあ、青さんのセリフが一番まともだったんですから。僕もですけど」
桃色と青色の髪の女の子たちはそれぞれ慰めあっている。
――なんだ、この地獄絵図は。『メイド六人衆』と名乗るだけあってメイド服は着ているようだけど、なんというか、個性的なメンツだなあ。
これ、もしかして日常的にやってるんだろうか、と思って寺尾さんをちらっと見ると、気のせいだろうか白髪交じりの頭以外も真っ白に枯れ果てているように見える。
あ、これアカンやつだ。
直感で察すると、俺はあまりにも形容しがたい感情に襲われ、ああ、こんな顔もするのかだとか、なんというか会って早々に指をさされるとか、いやまあ昨日のトランクに突っ込まれる事案よりかはマシなのかもしれないが……しかし。
「あなたが新人さんなのかしら~?」
ぼーっとしていると、白色の髪の毛の大人っぽい女性がふわふわと喋りながら近づいてくる。
「あ、はい」
としか言い返せなかったが、いや間違えていない気もする。
「私たちは~六宮家に仕えているメイド見習いになります、私は白と申します~」
「ああ、日日誠人です」
俺よりも少し背の低い、腰まで伸びた少し癖のある髪の毛がを揺らして腰を折る。俺もそれに合わせて挨拶をした。なんとなく彼女には大人の品格を感じられる。ところどころ抜けているような雰囲気を感じるが、それもまた魅力なのかもしれないな。
頭をゆっくり上げると、その雰囲気を纏う香りが鼻をくすぐる。そういうところにも気を遣っていることに俺は感心した。
それぞれの女の子が俺のもとに集まってくる。
「えー、新人! あたしは緑って呼ばれてる、先輩にはケイゴを使うんだぞ!」
と緑色のショートカットの女の子が……俺のみぞおち辺りでなにか言っている。俺は必然的に見下ろす形になるのだけど、ううん、先輩になるから失礼になるかもしれないな。
そう思い、俺は膝をついて彼女の顔を見上げる。すると、彼女はぷりぷりと怒り出した。
「お、お前ぇ~先輩を舐めてるなぁっ!」
ぺちぺち。
「ええ、いやそういうわけじゃ」
「ぐうー! あたしが背の低いのを馬鹿にしてぇ!」
怒らせてしまったらしく、なんかあたまをぺちぺちされている俺がいる。いや、そんなつもりも無かったのになあ。
「み、緑ぃ……ダメだって……このヒト困ってる」
「黒ーっ!? なにようあたしが悪いんじゃない、こいつが……」
黒髪のツインテールの女の子が緑色の女の子を抑えている。が俺に対する目は、寺尾さんとは違う冷ややかさがある。たぶん先ほどどもっていたのはこの子かもしれない。
「さて、それなりに和やかになったところで、改めて我らの自己紹介をさせてもらおうか」
今度は青髪のポニーテールの女の子……とはいえ俺とはそんなに年齢も変わらなさそうだ。鋭い目が俺に向けられる。ある意味で舞――お嬢様とは違う凛とした姿に思わずたじろいでしまう。
「はいは~い。私がメイド見習い長の白、と申します~。趣味は日向ぼっことお掃除~あとは……日向ぼっこです」
先ほど名乗りを上げた一人の白さんが、これでもかと言うくらいに日向ぼっこを推してくる。
「ちっ先を越された……あたしは緑! 得意なことはカーペットクリーニングだよ! よろしくな後輩!」
と小さな緑色の頭が白さんの前に出てきて腰に手を当てている。年下なんだろうが、なんでこんなに偉そうなのか。
「緑ちゃんは元気ねえ~」
頭撫でられてるし。
次に出てきたのは身長の高い、俺と同じかそれ以上の金髪の……外人さんらしきメイド服の女の子がバレエのようにくるくると回りながら俺の目の前まで……まさに躍り出てきた。
「ハーイ! ナイストゥミーチュー! ワタシは金と呼ばれてマース! 好きな日本ブンカはオチャにスシにカブキにラクゴ……アンドフジマウンテン!」
いきなりの自己紹介。緑――先輩とはちょっと違ったテンションの高さに、俺は一歩退いた。端整でかわいらしい顔立ちに、金色のストレートな髪の毛が眩しく感じる。まさしく『間違った日本好き外国人』だ。ああ、誰も教えてやってないパターンだこれ。
「金さんは相変わらずですね、ふふっ。僕は桃って言います。今年から六宮に仕えております、見習いのメイドです」
桃と名乗ったその子は礼儀正しく、スカートの端を持っておじぎをした。歳はおそらく中学生から高校生くらいだろうが、それにしては他のメイドたちと比べてもとび抜けてまともだ。
「長所は短所が無いことですが、ある意味では特筆すべきところが無いのが短所と言えます」
と付け加えると、恥ずかしそうにはにかんだ。こういう部分は歳相応に見えるけど、意外と自信家なのかもしれない。
「さて、我の出番か」
先ほど威圧感のある、青色の髪の毛の女の子が一歩前に出た。
――金ちゃんとはまるで真逆な、闘志みなぎるオーラが溢れているように見える。
「我は青。六宮家に忠誠を誓い、舞お嬢様のために死を賭して戦うメイド。剣だけではなく拳も全てお嬢様のために使おう。趣味は温泉だ。よろしく頼む」
その息苦しくなるほど強いおじぎに、生唾を飲み込んだ。というかこの人たちなんでこんなに個性的なんだろう。
「……あ」
その後ろで隠れるように俺を見ていたのは、黒と呼ばれた女の子だ。
彼女は俺と目を合わせまいと必死にきょろきょろと顔を動かしている。
「ほらほら、黒ちゃん~、挨拶アイサツっ」
「え、っと、あ……でも」
白さんに肩を持たれて、前に出てくる。明らかその足は後ろに下がりたがっているが。
「ダーイジョーブ! クロは自身をもっと信頼するべきデス!」
「そうだぞ、あたしよりデカいんだから……胸も身長も」
金ちゃんと緑先輩がそばに立って励ましている。
「金、ちゃん……緑ちゃん……うん。わたし、わたし!」
二人の顔を交互に見る黒い女の子。
「世話を焼かせるな。お前はそれでも我らメイド六人衆が一人か?」
「あはは、青さんも僕も、黒さんのこと信頼しているんですよ。だから、ほら」
「青、それに桃ちゃんも……うん、わたし……」
みんなに囲まれて黒と呼ばれた子は一粒、宝石のような涙を、頬に伝わらせて、それをゆっくりと拭った。
「わたし、がんばるね!」
そう言って、自信のついた足を今度は、はっきりと俺に向けて進め出す。
「おお、おお! なんと美しき友情! 私はその麗しい友情に涙を禁じえませぬっ」
いつの間にか立ち直ったらしい寺尾さんが俺の脇でハンカチを目に当てながらおいおい泣いている。
――あれ、なんだろうこの空気は。もしかしてこの空気に俺は流されなくちゃいけないやつか?
そう思っているうちに黒は俺の目の前に、きびきびとした動きで目の前に立つ。
「お、おい。なんなんだいったい」
「わ、わ、わわわたしは……!」
その顔は赤く上気して、必死なことさえ隠さず、まさしくいま、俺に向き合ってくれようとしている。
「わたしは、く、くろくろ、黒と……っ、申しま――」
「アンタたちなにをやっているんだい! もう集合の時間は過ぎて……あ?」
……明子さんの大きな声が部屋全体の空気を壊して、全員の視線を一気に集める。黒以外は。
「ええ? アンタたちその視線はいったいなんだい? 寺尾さんまでなにを泣いているんですか」
しらっとした空気が流れて、その一瞬あと、急に部屋が冷え込んだ気がした。それと同時に、
「ふあ、ふああっ! ぷしゅうっ」
と言いながら突然黒が仰向けに倒れてしまった。
「わー!? 黒さん、黒さーん!?」
近くにいた桃が顔を真っ赤にして目を回している黒を介抱した。
――ああ、よかった。普段からこういうことしてるわけじゃないんだな。
よくわからない納得の仕方をして、そのあと気づいてしまった。
俺、まともに自己紹介してねえ。