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紅戦記  作者: 竜堂 酔仙
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 あれはちょうど四年前の、睦月の十あまり二日ほどのことでございました。

 私たちの住むこの『シュメール国』にも、魔族が現れ始めたのでございます。

 魔族とは、邪神『アンラ・マンユ』を主神と為し、邪神の加護によりその体を異形のものへと変化させた邪悪のものたちのことを指します。

 ヤツらは長年の宿敵である『スプンタ・マンユの六勇士』を下し、その勢いに乗じて世界を併合しようと企んでいるのでございました。

 そのような輩が現れたとなれば、安心できようはずがありません。

 事態を重く見た天子“アーサー・J・シュメール”様は、神託を求めて祭壇を築き、与えられた神託にしたがって、ひとつの大呪法を完成させたのでございます。

 『勇者召喚の儀』がそれにあたります。

 こうして召喚の儀が執り行われ、後の世で『シュメールの五王』と称される五名の勇者が誕生したのでございます。

 その五王の一人と数えられるお嬢様のことをお話しする上でどうしてもはずせないのは、やはりその召喚された時の事でございましょう。

 あれは魔族の出現から四月よつきほど経った、皐月さつきの五日の事でございました。

 万全を期したシュメール国は、召喚術式を始動させたのでございます。

 術式の要となる魔法円は、城の中庭に、溝として掘り下げて作られました。今でもその跡を見ることができますな。

 神聖魔法の合唱コーラスが響き渡り、大気に溶ける魔素マナがかき集められ、魔法円の周りに渦を巻きました。

 あの夜はちょうど望月のきれいな夜でしたので、凝結しそうなほどの密度の月の光が、そのマナと反応して、オーロラのような七色の光を放っておりましたのを覚えております。

 その光によってあたりが真昼のように照らし出された頃。魔法円の真上に、まるで真っ黒く塗りつぶした太陽のような球体が生じ始めたのでございます。

 それは『そらあな』でございました。

 『勇者召喚の儀』の原理は、空間に孔をあけ、その孔から勇者の素質のある者を引き込むという、単純なものだったのでございます。

 『孔』は次第に広がってゆき、人を五人ほど呑み込めそうな大きさへと成長いたしました。

 大丈夫だろうか......

 その場にいた私ども全員がそう思ってしまいましたのも、いたしかたのないことでございましょう。

 そして、そんな折でございました。膨れ上がっていた孔が一気に収縮し、爆発いたしましたのは。

 みな、気が抜けているところでしたので、爆発のために生じた爆風と、光の奔流をしたたかに浴び、意識を数瞬だけ手放すこととなったのでございます。

 一瞬の後、私が意識を取り戻して目を開けたらば、魔法円の上に、40人ほどの少年少女が、ざわめきながら立ってございます。

 召喚の儀が、見事成功したのでございます。

 私どもはみな、歓喜して叫んでしまっておりました。

 気を取り戻した私どもは、召喚者の面々を丁重にお迎えいたしました。

 なんせ勇者様がたなのでございますからなぁ。

 少年少女でありましたので、これから戦いに向かわせるということに忍びないものはありましたが、この世界を救える力を彼ら以外は持たないのです。

 今思えば、彼らには酷な期待をかけてしまっておりました。

 召喚者のうちの一人に、戦いの日々に心を壊してしまった少女もおりましたので、殊更ことさらその思いが強くなってしまいます。

 話が逸れてしまいましたな。

 召喚は月の魔力を多量に使わなければなりませんでしたので、召喚できた頃には夜も更けており、勇者様がたには、その日は準備した部屋にて休んでいただくことといたしました。

 そして翌朝。

 天子自ら、勇者様がたに事情をご説明することとあいなったのでございます。

「朕はこのシュメール国を治める天子。アーサー・J・シュメールである。そなたらを勇者として召喚したのは他でもない。この地を汚そうとする魔族どもを殲滅してほしいのじゃ......」

 カーテンの向こうにいらっしゃる天子のご説明は、そのような言葉から始まったのでございます。

 数年前に魔族を抑える役目を負った国家が敗けてしまったこと、その勢いに乗じて、飛ぶ鳥を落とす勢いで魔族が各地を攻め落としているということ、つい数か月前に魔族がその姿をこの領内に現したことなどが、事細かに語られてゆきました。

「我らを助けてほしいのじゃ...」

 天子は、そう言って説明を締めくくりました。

 召喚者の反応は人によってまちまちでございました。

 その瞳に義憤を湛えるもの。

 突然の事に戸惑っているもの。

 呆れた風に口をぽかんと開けているもの。

 そのような反応が、そこかしこから見受けられました。

 しかし不思議なことに、大半は、とてもワクワクして落ち着かないようすなのでございました。

 後にお嬢様にお訊きいたしましても、苦笑いするだけで答えてくださりませんでしたので、今でも生きるか死ぬかの瀬戸際にいたはずの彼らがニヤニヤしていた理由は、まるでわかりません。

 おぉ、じじいの話はすぐに脱線するからいけませんな。

 天子が話をお締めになられて、私は召喚者の方々の反応を見ておったのでございます。

 と、すぐさま立ち上がって叫んだものがおりました。

「みんな、この世界の人たちを助けてあげよう!」

 後の世で『全能の王』に封ぜられる、橘伊周たちばなこれちかその人でございました。

「オレはこんな理不尽が許せない...... オレたちには彼らを助けられる“力”があるんだ! 困っている人がいるのにその力を振るわないなんて、そんなことはあってはならない!!」

 その言葉で、召喚者全員の雰囲気が、大小の違いはあれども変わります。

 彼は勇者にふさわしきカリスマ性も持ち合わせてございました。

「やりましょう!」

 彼に続くようにして立ち上がったのは隣にいらっしゃった女子でございます。

「私たちの力で何ができるかわからないけれど、私たちの力はこの世界の人々のものに比べれば遥かに強大で、私たちにはその力を正しく使う義務があるから!」

「同感だな。さすがにこの状況でここの人たち見捨てるのはダメだろ」

 伊周様の隣にいらっしゃった男子が続けました。

 そんな風で、伊周様が返答をしようとした時にございました。

「オレ戦うのはパァ~ス。いち抜けた」

 緊張感の欠片もない、飄々とした声が響き渡りました。

 一同の視線が、声のもとへ集まります。

 そこにいたのは、漆黒の髪をうるさそうにかきあげ、涼しげな目を眠そうに潤ませる一人の男子でございました。

「考えてもみろぉ。オレらぁ七十年間もぬるま湯に浸かってきた現代日本の申し子達だぜ? まともに戦争なんぞできるわけがないっしょ」

 聞き逃しがたい言葉が聞こえて参りました。

 言葉の半分は理解ができませんでしたが、彼らは戦争などとは無縁の生活を送っていたようでございました。

「それでも見捨てるわけにはいかないだろうが!」

 瞳の奥に怒りをたぎらせながら、伊周様が男にくってかかりました。

 男はそれを無視してさらに言葉を続けてゆきます。

「そ~もそもおめぇら、死ぬ覚悟もないくせに戦うなんて抜かしてんじゃねえよ。てめぇらに躊躇いなく人が殺せるのか? 躊躇なく隣にいる人間を見捨てられるか? ダチが人質にとられても冷静な判断が下せんのかよ?」

 その言葉に、また伊周様が反応いたしました。

「そんなことは関係ない! 助けるか助けないかだろう!」

 伊周様は顔を真っ赤にして怒鳴ったのでございます。

 その言葉が、男のカンにさわったようでございました。彼は伊周様を睨み付け、言葉を続けました。

「関係ないわけがあるかボケ。......てめぇらが今から関わろうとしてんのはゲームじゃねぇよ。人の命がかかった、殺し合いだぁ」

 その時私は、はじめて彼の瞳に燃える憤りを見てとったのでございます。

「ラノベみたい~ キャー素敵 これでオレも勇者だぜぇ! さっさと死んでこいスカタン。そんな生ぬるいもんじゃねぇよハゲ。てめぇらの今から突っ込もうとしている場所はオレらが生きてきた平和な世界とは違う。愛憎と欲と金にまみれた、えげつねぇ世界なんだよ。たかが一時の自己マンのせいで、一生が狂う選択が目の前にある事がわかんねぇんだろがよてめぇ。戦争だからなにしても良いって訳でもないだろうが、なにされるかわかったもんじゃねぇ世界にてめぇは突っ走ろうとしてんだよ。戦いが苦手なヤツだっているだろが。そいつらも戦争に引き連れてくつもりか? そ~れは死ねっていってんのと同義だぜ。夢を見ずに現実を見ろ」

 瞳の奥に憤怒をたぎらせながら、それを瞳以外からはおくびにも出さずに男は言ってのけました。

 そして男は、言いたいことを言うと、そのまま座り込んで居眠りを始めてしまいました。

 なんとも活闥な男でございました。

 実はこの男、この国の歴史には『智慧の王』と名を残すのみでございますが、裏の歴史ーー魔法史や考古学史、そして魔族史には『天下の鬼才』として名を残すこととなる、狩野竜雅という人間であったのでございます。

 そんなことを知るよしもない当時の宮廷では、ただ単に厄介者と認識されておるのみでございましたが。

 さて、ここで初めて、私はお嬢様を拝見することとなるのでございます。

 お嬢様は仲の良いご友人とともに、竜雅様のフォローをなさったのでございました。

「確かに考えてみると、あたしたちって戦いらしい戦いすらろくろく知らないよね~」

「確かにケンカはしたことあっけど、(タマ)の取り合いはしたことねぇなぁ。怖くてヤーさんやら暴走族には近づかなかったしよ」

「まぁ、わたしたちが戦力になるとは思えないネー」

 次々と、言葉が飛び出して参りました。

 先ほどの勢いはとうに消え失せ、かわりに重苦しい沈黙が、その場に台頭しております。

「だけど」

 そこでお嬢様が言葉を続けます。

「助けてあげられるものなら助けたくは思うよね。あたしたちだってなにもしなきゃただこの場所で死んでいくだけだし。戦わなくてもこの国の手助けをすることはできるだろうしね~」

 それは、天から射す光のような言葉でございました。

 その一言で伊周さまは勢い猛となり、みんな、助けてあげようよ! などと言い返します。

「天子さま。もう一日だけ、時間をくださいませんか? 決断しますから、猶予をください」

 お嬢様のその話は、天子さまも呑まざるを得ない状況でございました。

「......猶予をやろう。明日の今ごろ、この場にて話を聞く。往ぬるがよい」

 天子さまは、そのまま奥へと隠っておしまいになられました。

「ありがとうございます」

 みな、頭を下げてお送りいたしました。


 そして翌日までの協議の結果、波瀾万丈はありつつも、それぞれに向いた形にて、勇者様がたにこの国に協力していただけることとあいなったのでございます。

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