序章
ふっ、なんとか書ききったぜ、我が友よ...
人の一生などというものは、一瞬先の事すら、容易く関知できるものではございませんなぁ。
このようなことを思うのは、お嬢様をお側で拝見しているからなのでございますけれどもね?
というのも、私が仕えておりますお嬢様は、俗にいう『召喚者』なのでございますよ。
見も知らぬ世界にいきなり呼び出され、勇者などという大層な称号を背負わされる気分というものは、どれ程辛いものなのでございましょうか。
異世界に心踊らせる少年少女、やっと顕れた救いに歓喜する人々。そのなかで数人の召喚者ーーお嬢様たちが見せたあの瞳には、四年も経った今でもまざまざと思い起こすことができるほど、この老いぼれの心に深く訴えるものがございました。
「じぃ~? じぃ!」
そんなお嬢様も、今ではすっかりこの世界にお慣れなさって、立ち振舞いも、堂々たる、勇者に相応しきものとなって参りました。
このまま、何事もなくお嬢様が天寿を全うなさるなら、これ以上の喜びはないものなのですが...
「じぃ! いたんなら返事くらいしてよ」
扉が開き、明るい茶色をした、肩ほどまでの長さの髪の毛を揺らしながら、少女が顔を出しました。
これはしたり。
お嬢様が部屋の中へ入っておいでになったのでございます。
主の呼び掛けに応えないなど、執事にあるまじき失態です。
「これは申し訳ありませんお嬢様。物思いに耽って、周りの音が聞こえておりませなんだ」
私は手の中のティーカップを置き、大急ぎで立ち上がって頭を垂れました。
「あ、いや、そんな畏まらなくてもいいんだけどさ、大した用事でもないし...」
私が頭を下げたのを見て、途端に可愛らしくおろおろなさるお嬢様。
この姿を見れば、確かに金の勇者様が求婚なさるのも頷ける話というものですなぁ。
もっともお嬢様はその求婚を断っておしまいになられましたが。
「して、私めをお呼びなさった用件は?」
私のこの言葉に、ハッと我に返るお嬢様。
「車を用意して。たつくんのところに用事があるの」
「畏まりました。ただいま準備いたします」
本日は、青の勇者ーー狩野竜雅様のところへお出掛けになるようでございます。
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馬車は、ゴトゴトと音をたてながら石畳の上を進んでゆきます。
青の勇者様がいらっしゃるのは技術研究所。これは城壁の外側にありますから、半日ほど、馬車に揺られることとあいなります。
「平和だね~」
車窓から民草をご覧になりながら、お嬢様はおっしゃいました。
その表情は、母なる神“アナト”様もかくやというほどの優しさに満ちておりまして、この老いぼれは、そんなお嬢様にお仕えしていると思うと、年甲斐もなく心が踊ってしまうのでございますよ。
「すべては、お嬢様をはじめとした五人の勇者様のお陰でございます」
心の底から、そのような言葉が自然と沸き上がって参りました。
「いやー、わたしたちはほとんどなんにもできなかったよ。いまみんなで笑って過ごせてるのは、みんながいろんなことに負けない強い心を持ってたからなんだ」
しかしお嬢様は、こんなことをおっしゃるのです。
謙遜は美徳ではございますが、度を過ぎるとただの嫌味となってしまいます。
私は、お嬢様の“伝説”とも呼べる今までの物語を、お話しすることにいたしました。
突然異世界に呼ばれて、仲間の死に触れて、様々な悪意に触れざるをえず、それでも前を向いて、この世界の、いわば他人を救うために突き進んできた、勇者の物語を。




