好奇心に対して正直
気づくと鼠閣下の月は終わり、表裏季獣の暦は半分巡って裏に入った。裏赤山猫の月の9日、アシェリィは配達業務を手伝い始めて1ヶ月が過ぎた。
ポットのおかげもあって、特に欠勤することは無かった。もちろん休みを希望することもできる。ただ、1日の拘束時間がせいぜい2時間程度なので毎日通ってもさほど苦にはならなかった。
それに他のメンバー達も1日も休んでいなかった。郵便配達に休みはないというのが暗黙の了解になっているという事もあったのだが。その日の朝、ウェイストが彼女に業務連絡を伝えてきた。
「アシェリィ、1ヶ月間、休む事無く真面目に勤務してくれたよ。上から給料を1000上げるように連絡を受けてる。内訳はシリル分で500シエール、アルマ村間の配達で500シエールの合計1000シエールの増額だね。今日の終わりから支払うよ。あ、それと、いよいよ配達を任せるよ。いつもどおりにポストから郵便物を回収した後、分別した郵便物を配達してほしいんだ。要は今までメンバーを待っている時間があったけど、あの時間を使って配達をしてもらうって事。じゃあまずは回収をしてきてね」
アシェリィは相棒のマナボードを駆り、慣れたルート取りで街中を回った。もう大体どのあたりにポストがあるのか覚えつつあり、地図は時々眺める程度で十分になっていた。
最初の頃は回収を7時に始め、終えるのが9時近くなってだったが、すっかりこなれた最近では8時半程度には終わるようになっていた。それを取りに来たメンバー達が配達を終えるまでの間、彼女はその待機時間を暇だと感じていた。
ウェイストと雑談はするものの、さすがに1ヶ月も二人きりでは似たような話ばかりでマンネリになっていた。そんな彼女にとって配達業務の追加は内心待ち望んでいた事であった。
退屈を潰せるし、ようやく一人前扱いされたのだなと感慨深く思いながら彼女は今朝の分の回収を終えて、郵便局へ戻った。
回収物を待機していたウェイストに渡すと彼は手早く分別を始めた。街をブロック分けして、郵便物を色の違う箱に振り分けていっているのである。
普段、箱は3つで郵便物も3等分されるが、今日は箱が4つに増えていた。目も止まらぬ早さで手紙を地図に読み込ませながら分別していく。その手さばきに見とれているとウェイストが声をかけてきた。
「よし、まずは配達員の担当地域を伝えておこう。担当エリアの微調整はあるんだけど、おおむねカレンヌはR2が回りやすい田舎道の多い西半分。小回りの効くクラッカスはマーケット周辺や住宅街のある東側、シェアラ姉はほぼ全域で重いものや割れ物をピンポイントに担当。僕のG・ゲッコーズは高い建物の配達とか、緊急連絡の依頼が入った時のメッセンジャーをやってる」
彼は手元に集中しながらも各員の担当エリアについて解説した。一旦、分別の手を止めて顔を上げて低い階段の上から振り向いて座っているアシェリィに向けて手のひらを前に出した。こちらを指しているようだ。
「そして、君はカレンヌが担当しているエリアの一部、南西部の配達を頼むよ。地図を見たらわかると思うけど、シリルは西側の南北の距離が長くて、台形のような形をしているのさ。だから流石にR2でも北端から南端への移動はそれなりに大変だし、時間もかかるんだ。R2の疲労度も気遣ってやらなきゃいけない。大丈夫。南西は人口密度も低くて配達件数もあまり多くない地域だから安心して」
そう言うと再びウェイストは仕分けに戻った。いつもなら真っ先にカレンヌが追加分を取りに来る頃だ。地図を見るとカレンヌがこちらに戻ってきているのがわかった。
彼女が戻りの道のりの半分を過ぎた辺りでウェイストがグラトニーズ・バッグを差し出してきた。
「はい完了!! アシェリィ、これが南西の分だよ。いってきてください。手の余ったカレンヌは残った分に回すから」
アシェリィはコクリと頷いてマナボードに飛び乗り、迅速に南へ向けて走りだした。何度も繰り返したポスト巡りのお陰で、どこの道がどこに繋がっているのかや、地図に載っているのがどの建物なのかがすぐにわかった。
記念すべき一軒目のポストの前に彼女は立った。グラトニーズ・バッグの扱い方もしっかり身についていた。底の見えない真っ暗なカバンの中に臆すること無く手を突っ込むとバッグはゴボゴボと嫌な音を立てたが、もはや慣れたものだった。
底をさらうように何枚うちの手紙を持ち上げるとそのうちの1枚の切手が青白く光っていた。手の形をチョキにしてその手紙を人差し指と中指で挟んでつまみ上げた。
確かに住所に間違いはない。ウェイストが毎日やっている例の作業は地図のデータベースに宛名の住所をインプットしているのだ。もし郵便物の宛先と最寄りのポストの住所が一致すれば切手が青白く光るという仕組みだ。
まったく、魔法局というのはとんでもない技術力を持っているのだなとアシェリィは街での生活を知るうちに思い知った。
国のトップクラスの魔術師達が国の機能の利便性や快適性を高めるために活動している国立の機関と聞いたことはあるが、それにしてもどうやったらこんな高度なことが出来るのかはサッパリわからなかった。
郵便配達もその機能のお陰で問題なく進んだ。ウェイストが言うとおり、南西部は本当に民家の間の距離も広めで、とても住宅街やマーケットのような賑いはない。
シリルは割と広いのでこういった粗密が生まれるのかもしれないが。住宅街で配達するイメージを抱いていた彼女は想像との落差に拍子抜けした。
もっとも、いきなり住宅街での配達は無理だとも思っていたので、ウェイストのこの判断は適切だった。
南西部の郵便物もあとわずかとなった頃、アシェリィは町外れの教会についた。ここにも配達物があるらしい。
手紙を入れようかと思ったが、ポストが無かった。だが教会自体が登録されているようで、地図も切手も光っていた。
アシェリィが扉をノックしようとした時だった。教会の中からなにやら話し声がする。教会の扉は半開きだったので会話が筒抜けだった。
「ん? 今、ドアが? だれかそこにいるだか!?」
彼女はその声に驚いて反射的に教会の影に隠れてしまった。とりあえず姿を隠してホッとしていたが、教会内からの話し声が相変わらず漏れている。
盗み聞きなんて柄ではないし、悪いことだとはわかっていたが、耳は好奇心に対して正直だった。
「ブレン殿、申し訳ない!! 私の不注意のばかり、こんなことに……」
「すんぷさんがあやまるごだあね。そんれにすぎてまったことはしかだねですだ。なんどあしにあやまってもしがたねぇ。それより……ついにおとついから、つかぼちかられんつうがはかんばに……」
「な、なんですって!? そんな……このまま放置してしまったら!!」
「ちかいうち、れんつうがまつなかにも……」
「そ、そんな!! ブレン殿なら地下墓地、カタコンベに精通しているはず! 何とかなりませんか!?」
「”あれ”をとりにいごにも、このきょうかいのましたはつかぼちのどまなかでずだ。いまんごろれんつうがうろうろしているにちがいね。そんれに、せんめぇし、ゆかがぬけそうなとこがいくつもあんでさ。あらちっさなこどもでもねっと……とてもじゃねえがあしではとりにいけねでずだ」
「ルーンティア教会本部に連絡を……いや、間に合わない!! 一週間もしないうちにアンデッド達が溢れだしてしまう!! ……ブレン殿、いいですね。あと数日待ってから少しずつ話を広めましょう」
「やむをえんですだなや……」
アシェリィは壁にずしりともたれかかり、とんでもない話を聞いてしまったとショックを受けた。そのまま放心状態のままヨロヨロと教会を離れた。
上の空のまま数軒の残りの手紙配達して、郵便局前に戻ってきた。ウェイストが労いの言葉をかけてきたようだったが、何を言っているか全く頭に入ってこない。そのままどっかりと集会場所の階段にこしかけた。
「リィ……? アシェリィ。 どうしたんだい? そんな真っ青な顔をして。気分が悪いのかい?」
ウェイストが彼女の顔を覗きこんで呼びかけてきたのでアシェリィは首を横に振った。それを見た彼は心配そうな顔をしながら持ち場へもどった。今の彼女には愛想笑いする余裕さえ無かった。
そうしている間にも先ほどの神父さんと誰かの会話内容が頭のなかをぐるぐるとめぐる。
きっと、なにか聞き間違いをしたのだとアシェリィは自分に言い聞かせて頭を振った。だが、万が一という事もある。彼女はこの街の教会についてほとんど知らないので先ほどの会話が何を意味するのかわからなかった。
いきなり「アンデッドが」などと物騒な事を言い出すのはまずいと思って彼女はウェイストに教会について聞いてみることにした。
「そっ、そういえば~、教会は~お留守で~、ポストもなかったんで~、教会への手紙は~持ち帰ってきました~」
振り向いて階段に座っているアシェリィを見上げたウェイストは少し不思議そうな顔をしていた。動揺のあまり、明らかに自分の口調がいつもと変わったのに彼女自身も気づいていた。
隠し事を取り繕うとするとすぐボロが出る。嘘をつけないとはつまりこういうことだ。しかしアシェリィはここで聞いたことを直接口に出してしまうのはやはり迂闊だと思い、ゴクリとつばを飲んで心を落ち着けた。
「そ、そういえば、あの教会ってどんな教会なんですか? アルマ村にも神父さんはいるんですけど、ああいうしっかりとした教会は無くって……」
それを聞くとウェイストはアシェリィの方に向き直って語り始めた。
「あ~、あの教会は昔に建てられた石造りの教会でね。田舎道を進んだ先にあるから通称”田舎道教会”って呼ばれてる。ヴィーシュ教会って言うちゃんとした名前があるんだけどね……。街の外れにあるけど、それなりに通ってる人は多いみたいだよ。結構広いお墓が教会から少し離れたところにあるし」
おおまかな情報は分かったが、まだ情報が足りない。アシェリィの中で誰かが取りに行けないと言っていた”あれ”と”地下墓地”というワードが燻っていた。墓の話題が出ていたのでまずは自然に墓について聞いてみることにした。
「広いお墓ですか……もしかして、地下にも広がっていたりしますか?」
それを聞いたウェイストは腕を組み、なんとも言えないといった表情で首を傾げた。そして少し考えこむ素振りを見せてからそれに答えた。
「……カタコンベかい? 大昔の地下墓地がシリルのどこかに残っているって噂は聞いたことがあるけれど、今は使われていないはずだよ。でも、なんでアルマ村出身の君がこの街の地下墓地の事なんて知ってるんだい? シリルでも知ってる人はそう多くはないと思うんだけどなぁ」
こういう時に限ってウェイストは非常に嫌らしい反応をした。もちろん、彼自身に悪意も罪も無いことは百も承知だったが、よりによってこういう返しが来るとは思わなかった。
アシェリィは戸惑いのあまり、少し黙ったが長時間持たせるのは不可能と判断して半ばヤケクソで大嘘をついた。
「あっ、アルマ村の子供たちの都市伝説で、村のどこかに地下墓地の入口があるって話がありまして。中には過去の冒険家達が隠した金銀財宝が眠ってるって村では信じられてるんです!! だからどこでもそういう話、あるのかな……かなって!!」
「ふ~ん。そうなの」
うまくやり過ごせたと感じてアシェリィは思わず心の中でガッツポーズを決めた。我ながらよくもまぁこんな根も葉もない嘘を貫き通せたものである。
地下墓地についての情報を得ることは出来た。しかし、”あれ”についてはどうだろう。取りに行くだの、取りにいけないだの言っていた気がする。繰り返し思い出せば出すほど神父さんではない人の言葉の訛りが事態の把握の邪魔をした。
結局「“あれ”をとりに行こうにも、この真下は地下墓地」と確かに言っていたはずだ。そして、会話の一番最初に聞こえたのは神父さんの「不注意のばかり」という言葉だ。
もしかして”あれ”を不注意で地下墓地に落としてしまったのではないかという考えにまで辿り着いた。肝心の”あれ”がわからずに考え込んでいるとウェイストが付け加えるように言った。
「あー、あとあの教会はお祭りを主催してるね。毎年の裏亀龍の月の17日に”ハーヴェスト・フェス”っていう収穫祭をやるのさ。もう来月だね。街中で完結してしまうお祭りだから、教会は飾りくらいにしかならないけど。それでも、その日だけ教会に安置されている”ヴィーシュの珠玉”っていう豆粒くらいの白銀に光るオーブが公開されるんだ。これにはかなりの数の信奉者がいるね。やっぱり教会自体はさほどでもないけど」
アシェリィはそれを聞いて電撃が走るような衝撃を感じた。バラバラだったピースをなんとかまとめ上げて最後の1枚がはまった瞬間だった。同時に嫌な胸騒ぎが始まった。一体、ヴィーシュの珠玉が失われると何が起こってしまうのだろうか?
全く想像がつかず、アシェリィはやきもきした。




