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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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最前線の尾を掴め

 次の朝、アシェリィは昨日と同じ時間に起きることが出来た。だが強い倦怠感を感じて体が重く感じた。体自体に異常はなく元気なのだが、マナ切れ特有の鈍いけだるさを感じる。


 流石にシリルとの往復で計4時間、郵便局の業務で2時間もの時間、マナボードに乗り続けるのはやはりオーバーワークだった。いくらアシェリィにマナのスタミナがあるとはいえ、これはこたえた。


 下手したらマナボードの長距離競技レースに出られるレベルの走行時間である。


 今日はシリルまで行けないだろうと彼女は思ったが、ポットを貰ったのを思い出し、カバンから取り出して飲み干してみた。


 すると得も言われぬ清涼感と爽快感を感じた。どんよりした気分は一気に晴れて、万全の状態に戻ったように感じた。


 だが、昨日のウェイストの話によれば、実際にマナが回復するにはしばらく時間が必要らしい。アシェリィは気持ちのんびりと朝食を済ませ、両親に手を振って家を出た。


 出かけてからすぐにはボードに乗らず、ボードを脇に抱えて林道をしばらくとぼとぼと歩いた。するとライラマの甘い香りが心地よく香ってきた。ライラマとポットが相乗効果を起こし、想像以上の早さで気力がみなぎってくる。


 本調子を取り戻したアシェリィはマナボードを床に倒して乗り、腕章をつけて真っ白な紙を広げた。少しすると白紙にアルマ村の地図が浮かび上がった。


 村は広場を中心として民家があり、そこを中心に小道が伸びて民家が点々としている。意外と広場から遠い家もあり、一軒一軒回ると急いでも30分はかかりそうだった。


 これは思ったより厄介だなとアシェリィが思っていると、地図の民家の色がオレンジ色のものとグレーのものに分かれた。


 広場に出てきて、ちょうどオレンジの民家とグレーの民家が隣り合っていたのでそれぞれのポストを開けるとオレンジにはシリル宛の手紙が、グレーの方は何も入っていなかった。


 どうやら回収すべき家はオレンジ色にマッピングされるらしい。この後に数軒回ってみてそれは確信に変わった。


 だが、グレーのポストには何も入っていないかというとそんな事もなく、村内間の郵便物が入っていたりする。非常に便利な機能だなと思ったが、一体どうやって判別しているのだろうとアシェリィは手紙の表裏を眺めながら疑問に思った。


 違いはすぐにわかった。恐らく、切手の有無だろう。シリルの郵便局で取り扱ってもらうには切手が必要だが、村内での手紙のやり取りの場合は村の会費で行われているので切手が不要なのだ。


 長いこと村外郵便が出されていなかったからか、貼られている切手は色あせたものばかりだった。


 15分程度で村の分の回収は完了し、アシェリィはシリルへと出かけていった。ポットの効き目は明らかで、昨日と同じ内容の2日目の業務も難なくこなすことが出来た。


 休憩にポットを飲んだ時点でだいぶ余裕があったのでその日も貰ったポットは持ち帰ることにした。


 ウェイストは「ポットは高額だ」と言っていたが、1体、1本どれくらいの値段がするのだろうかと気になった。しかし、うっかり値段を知ってしまうと使うべき時に使えなくなりそうだったので、聞いたり調べたりするのはやめた。


 驚くべきことに、その日に払われた「シリル~アルマ間配達員手当」と名付けられた追加報酬は2000シエールと、これもまた高額だった。


 これとシリルの分を合わせると日給5000シエールという事になるが、週に二回休んだとしてもこれだけで共働きで稼いでいる両親の収入をあっさり抜き去ってしまうことになる。


 もちろん、報酬を得ること自体は悪いことではないのだが、一生懸命に働いている両親に対してこんなにあっさり儲けられたなどと言えるわけがないと彼女は思い悩んだ。


 アシェリィはその真面目さ故に、嘘をつくことが苦手だった。黙ってやり過ごすことは出来るのだが、いざ問いただされたりした時のごまかしが効かない。きっとこの高額報酬もいつか両親にバレるのだろうなと彼女は薄々と感じていた。

 

 いっそ伝えてしまったほうが余計な心配がないかなとも思えたのだが、娘にあっさり収入を追い抜かれるのがいい気分だとは到底思えなかったので、やはりしばらくは黙っておくことにした。


 その後、自分の仕事をこなし、メンバー達に必死に食らいついていくように過ごしているとあっという間に鼠閣下の月も下旬に差し掛かっていた。


 その間、メンバー達から色々とオルバ探しのアドバイスを受けたが、どれも各々の能力を活かした活動が多くてとても真似出来そうになかった。


 ウェイストは病原菌を媒介する害虫をヤモリで駆除する活動、シェアラは気球の研究と操縦情報の報告に献身的に保母に従事、クラッカスは切り出した超重量のパルム鉱の塊を遠方から牽引。カレンヌはR2の調教技術の研究、開拓、血統書の監修といった内容だった。


 ワルガキ達が漏らしていた様々な活動を更に高度に、かつ専門的にしたものとも言える。彼らが時折、口にする”最前線”とはつまりこういう事なのだろう。


 だとするとあのワルガキ達はだいぶ後ろのほうを走っているように思えた。そんなある日、終りのミーティングで、シェアラ姉が話題を振った。


「ねえ、アシェリィちゃん。シリル街には”マイスターズ・クレイドル”って異名があるの、知ってた?」

「”マイスターズ・クレイドル”……? “職人のゆりかご”……ですか?」


 アシェリィがそう答えるとカレンヌは顔をしかめて声を荒げた。


「うっわ、もしかしてあんた結構学科出来る系!? うわ~、裏切られたわ~。普通、元気っ子は勉強はイマイチなもんだよ!? ね? クラッカスセンパイ!!」

「自分も……すぐにわかったんで」

「ムキーッ!!」


 ヒートアップしているカレンヌを無視して、シェアラ姉がゴンドラに近づいてくるように手招きした。


 彼女はミーティングの時もゴンドラからほとんど降りない。別に足が悪いだとかそういう事ではない。ゴンドラが安物かつ小型なために作りが十分でなく、ドアが無いのだ。


 そのため乗り降りするにはゴンドラを跨がないとならないため、かなり股を開かねばならないらしい。


 彼女は普段、落ち着いた長めの丈のスカートを履いているので、乗り降りするところを見られるのは色んな意味で非常に恥ずかしいのだそうだ。


 アシェリィは動きやすく短めなスカートを好むため、対極を行く女性らしいシェアラ姉には憧れていたりする。そばに寄るとウェイストもやってきて3人で続きを話し始めた。


「そう、職人のゆりかご。シリルは職人の街ではないけれど、職人を多く輩出する街として有名なの。なんでだと思う?」


 アシェリィは少し考えこんだが、答えは目の前にあった。シーポスのメンバー各員の専門性の高い知識や技能だ。


 オルバ探しの最前線を走り抜けた少年少女達はたとえオルバには認められなかったとしても、その過程において否が応でも自分の専門性と深く向き合うことになる。


 ここからは完全に憶測だが、オルバ様もそれを承知で子供たちのスキルを伸ばすためにあえてそんな伝統を作ったのではないか。その仮説をシェアラ姉とウェイストに話すと2人とも顔を見合わせて少し驚いた顔をした。


「アシェリィちゃん……あなた本当に村の学校で勉強しただけなの? 同い歳の子たちと比べると相当デキるわよ……」


「ああ、普通、そのくらいの年齢ならオルバ様を追いかけている自分を客観視することさえ出来ない。僕らがそれに気づいた頃にはオルバ様探しは終わっていたよ。だいたい皆、終わった後に気づくんだ。誰もそんな話題を話さないしね」


 そう言われて初めてアシェリィは自分が他人の想像している以上の知識と判断力を持っていることを自覚させられた。


 村の学校でそれほど大それたことは学んだ記憶が無い。思い当たるフシがあるとすれば独学での読書だろうか。


 アシェリィは例のお姉さんに会って以降、冒険譚にどっぷりのめり込んだ。時に楽しみながら、時に自由に旅をできない己の病を呪い、涙を流しながら読んだ。


 そうやって彼女は病で床に伏せつつも冒険譚や探検日記をひたすら読み込んだ。中には相当難しい本もあったし、現代の言葉とはだいぶ違う古い本も読んだ。


 その結果、彼女には語彙力は当然の事として、ワールドワイドな物の見方が身についていた。それが多角的な分野の興味にも繋がり、物事の繋がりや筋道などを見抜く能力の高さとなって現れていた。


 昔のことを考えてなんだか感慨深くなり、思わず自分が目線を下に落としていた事にアシェリィは気づいた。顔をあげるとシェアラ姉とウェイストが笑っている。


 おそらく、照れてうつむいたのだと思ったのだろう。確かに多少恥ずかしくはあったが、いまいち実感がわかなかったのでさらりと才能に関する発言は流した。


 確かに、マナボードには長けているが、それは自分の実力ではなくオルバ様のおかげである。それなりに努力はしたと言えるのかもしれないが、アシェリィは人と比べて自分に特別な才能があるとは微塵も思っていなかった。


 だから彼女はこういう類の評価をされると毎回、決まってお世辞だとか社交辞令だとか捉えてしまうのだった。


「まあ、そうは言ってもシリルは限りなくライネンテの南端に近いわ。交易路の途中とは言ってもどうしても手に入る素材とか、物流には限界があるの。だから、あくまで”ゆりかご”なのよね。オルバ様の用意してくださったゆりかごで育てられた優秀な人材はそのほとんどが王都や、ミナレートなどに旅立ってしまうのよ」


「そうだね、僕らと競いあった皆も散り散りになってしまったよ。僕らは郵便局があるからここに留まっているけど、もし無かったとしたら……」


「こんな4人、いえ、5人がチームを組むなんて素敵な事は無かったわね」


 3人はクラッカスをつっつくカレンヌをよそに微笑みあった。


「あっ、アンタら何楽しげにやってんのよ、あたしも混ぜなさいよね!!」


 その輪にカレンヌ、その後を追うようにクラッカスが加わってきた。そうやって毎日皆でワイワイと他愛のない会話や、やりとりをした。


 村では経験できなかった年上の先輩たちとの交流をアシェリィは非常に新鮮に、そして楽しく感じていた。また、結果的に実力者達の中に飛び込んでいく形となったために、また一回り彼女の腕は上がった。

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