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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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鎧袖一触

 レイシーとアレンダはサユキを横目に声をひそめながら彼女と、対戦相手を見比べた。特に2人とも珍しく苛立っている様子のサユキに注目したらしく、これから始まる試合についてあれこれとささやきあった。


「ほお……、サユキの奴、珍しいわね。”出してくる”のね」

「対戦相手はバンディカ・バンディ選手ですね。全身鎧と武装の施された盾の攻防一体の戦法の持ち主です。装備品はかなり高級品で固めていますね。また、話によれば戦場で一度も後に退いたことがないとの事です」


 アレンダは手元のデータリストをパラパラめくりながら情報を確認したが、バウネの時と同じく特殊な能力について言及されている箇所は無かった。


 だが、サユキに当ててくるならば中途半端な特技を持つものより、シンプルに正面からぶつかっていけるタイプを選んでくるだろうとアレンダは予測した。


「猪突猛進型でサユキ様には相性が最悪に思えますが、サユキ様は今回かなり怒ってますからね……。パルフィーにやりすぎるなと警告しておきながら、ご自身は相手が致命傷を負うのもやむなしの姿勢です。相手が重装備だから命は落とさないだろうと踏んでいるようですが、さすがに”あれ”をモロに喰らったらかなりの高級装備でも……」


 普段は温和でよっぽどのことがなければ怒らないサユキだが、堪忍袋の緒が切れると静かだが強く憤怒するのをレイシー達は知っていた。屋敷ではこれを燃えさかる氷などと例えられたりしている。


 両者が見合って準備が整ったのを”察した”ランカースは再び大きな声を上げて試合の開始を告げた。


「それでは!! 親善試合二回戦目を開始します!! サユキ=サイオンジ様、対、バンディカ・バンディの試合です。両者、一旦距離をとってから見合ってー……始めーーーッ!!」


 試合開始と同時に大男は地を揺らすような雄叫びを上げてバンディカと呼ばれた大男がサユキに向かってタックルしていった。それに対してサユキは袖の下から巾着袋を引っ張りだした。


 素早く中からカンザシを何本か取り出して目にも留まらぬ速さで打ち込んだ。全てが相手に命中したが、強靭な全身鎧に弾かれてしまった。


 鎧の隙間を狙えば本体にダメージが与えられるかもしれないとサユキは思ったが、フルプレートメイルは関節を含む全身を隙間なく覆っていた。それに加えて盾まで構えている。


「うおおおおおおおおおおおおおおらああああああッッ!!!!」


どうやら相手はかなりの力の持ち主のようで重そうな鎧と盾を身につけているにも関わらず、結構な速度で突っ込んで来た。サユキはレイシーやパルフィーのように何度も常人離れした機敏な回避行動は取れない。


 この速度でタックルされ続ければ避けるのにかなり強く負荷をかけて肉体エンチャントをせねばならず、やがて消耗しきって直撃を喰らってしまうだろう。


 サユキはひとまず一回目のタックルをひらりとかわして後方へ走っていったバンディカ向けて振り向いた。


 一方のバンディカは勢いを殺しきれずに屋敷の壁に盾からタックルする形で突っ込んだ。もはや障壁の効果は怪しく、またもや屋敷の壁は大きくへこんで屋敷全体も少し揺れた。


 パラパラと破片を散らしながらバンディカもはすぐにくるりと振り向いてサユキの方を向いた。鎧越しだが、鋭い視線を感じる。


「ほう、なかなかすばしっこいな。そしてそれが噂のカンザシか……矢のような使い方をするのだな。だが、見ての通り俺の鎧と盾を前にしては子供騙しでしかないようだ。見てみろ。貫通どころか、刺さりさえしない。どうする? 無駄だとわかってもなお撃ってくるか?」


バンディカがガシャガシャとプレートの胸部を叩いて挑発した。サユキはそれならばくれてやるとばかりに再びカンザシを数本取り出して素早く打ち込んだ。


 この距離ならば特に集中する事もなく、全弾命中させることが可能だった。カンザシはかなり高速でバンディカを捕らえたが、彼は盾を軽く振って全てカンザシを弾いた。


 盾の動きは無駄がなく、わずかに動かしただけで全てサユキの攻撃を無効化した。その様子を見ていたサユキがバンディカに聞こえるようにつぶやいた。


「……はぁ……どのみちカンサシだけでは勝算は薄いわね。分析官も見ていることだし、本当はうかつには披露したくなかったのだけれど。背に腹は代えられないわ。喰らってから文句を言っても遅いとだけは忠告しておくわ。”次はない”と。それでも私に仕掛けてくるならば来るがいいわ」


「なんだ? ウルラディールの家の者はハッタリなぞ言うのか。素直に攻撃が防がれ、もはや打つ手がない事を認めればいいものを。見苦しい。実に見苦しい。そして見損なった。潔くそちらが敗北を認めるならこちらこそこれ以上の攻撃はせん。どうだ?」


 その言葉に聞く耳がないと言った様子でサユキは手早く帯の扇を抜き取って鮮やかに開き、扇子の扇ぐ部分を下に傾けてバンディカの方へ向けた。


 そして扇子を持っている右手を前に出しつつ、軽く腰を落として舞の一場面のような姿勢で構えた。そしてひらりひらりと左手で手招きして相手を煽った。


「強情張りは損しかせんぞ!! ならば容赦無く行かせてもらう!! ぬおおおおおおおおおおお!!!!」


 バンディカはバウンズ家のアナリストから「サユキは遠距離攻撃を得意とするスナイパーで、その点においては同年代で右に並ぶものはいない。だが近接戦や防御の高い者との一対一の戦闘は避けている」と聞かされていた。


 そのため、彼はサユキの忠告を小細工じみたブラフであると踏んだ。それに彼は恐れるという事を知らない。普通の戦士ならば警戒して攻める手を止めてしまうところでも恐れず踏み込み、突き進んでいくのだ。パルフィーの時と同じく、彼もまたサユキの弱点を突くべくして選ばれた人選だった。


 バンディカはまたもや勢いをつけて突進してきた。盾はまっすぐに構え、脇の刃やスパイクは使わずに力で押しつぶすつもりらしい。


 確かに彼は装備の割には機敏だったが、いつもパルフィーと模擬戦をしているサユキにとってはこの程度のスピードは見慣れたものだった。


 今度は攻撃をかわすことなく、サユキはじっと構えた。それを見たバンディカは勝利を確信した。


「どうした!! 避けないのか!! もうこうなったら俺は止められんぞ!! 受けてみろぉぉぉォォォーーーーーーーーーーッ!! 」


 バンディカの攻撃が直撃するまであと3~4秒といったところでサユキは構えを崩して両腕を右、左と振り抜いた。すると、両方の袖の下から鉤縄が一瞬の間に飛び出した。


 2つ飛び出した鉤縄の先端はバンディカの左腕と、盾を持った右手にクルクルと巻き付いてがんじがらめにした。


 まるで束縛の仕上げとばかりに、グルグル巻きになった縄に返しのついた釣り針のような鉤縄がしっかりと腕や盾の縁に音を立てて引っかかった。


 勢いをつけて突撃してきたバンディカだったが、物凄い勢いで射出された鉤縄で勢いを相殺され、逆に若干弾き飛ばされて距離が広がっていた。


「縄だと!? なめくさりおって!! こんなもの、引きちぎってくれるわァーーーーーーーッ!!」

「アナタ、本当に勢いだけなのね……。見損なったのはこちらの方よ……」


 サユキは普段見せない凍てつくように冷たい視線を送りながら再び最初の構えへと姿勢を戻した。サユキは一歩も動いていないし、腕を引いては居ないのだが、徐々に縄がサユキの袖の中に引っ張られていくのが周りからも確認できた。


 まるで海底から錨を引き上げ、抜錨するかのようにじわり、じわりとバンディカが手繰り寄せられていった。


「これはカホの大樹から採った樹の繊維の縄よ。そう簡単に千切れるわけないじゃない。キリルカンテ石を味方が使ってるのにどうして相手も似たような対策をしてくるって警戒できないのかしら……」

「縄で捕縛した程度でいい気になるな!! まだ手はいくらでも……!!」


 バンディカはかなりの巨漢だ。しかも尋常ではない位の重装備である。それは使い手本人が一番わかっていることだった。


 だが彼を待ち受けていたのはさほど強力な肉体エンチャントが出来そうにない並の女性が自分を確実に近く近くへと手繰り寄せているという現実だった。更にジリジリと縄がサユキの袖の中に引っ張られていく。


「ばっ、バカな!! 俺が力負けしている!? おかしい!! それほどの肉体エンチャントができるわけがない!! 限界を超えている!! 縄に仕掛けがあるのか!?」

「まだ猶予はあるわ。これが最後の警告……大怪我したくなければ降参なさい……」


そう言いながらサユキはどんどん縄を巻き取っていった。巻き取ると言っても全く縄には手を触れていない。まるで袖の中に吸い込まれていくように縄の長さは短くなっていった。


 先程はバンディカが距離を詰めたが、今度は立場が逆転してサユキが距離を詰めている。2人はまるでアリが蟻地獄にハマったかのような関係になっていた。バンディカはしばらく無言で観察を続けていたが、次の手を打ってきた。


「確かに驚異的な力だ。だが、長いこと時間稼ぎをしているところを見るとやはりこの鎧を打ち破る有効な攻撃手段はは皆無と見た。いくら強力な捕縛術を持っていたとしても決定打にかけるのではな!! こちらから行かせてもらう!!」


 バンディカはそう叫ぶと捕縛されていない足を力強く踏み出して動きを封じられた上半身ごと大きな塊になって向かってきた。彼の辞書に「退く」などと言った言葉はないといったところだろうか。


 どんな不利な状況でも捨て身の突撃戦法を取る選手と対戦することになるだろうとサユキもまた前もって予想していた。もはや警告は無駄だと判断したサユキは左腕をスッっと前に突き出し、右手の鉄扇で優雅に口元を覆いながらつぶやいた。


「七式玉、ニノ玉『裂破癇癪玉……(れっぱかんしゃくだま)』」


サユキの袖から今度はホオズキの実のような球体が6つほど射出された。さきほどの縄と同じく、肉眼で捉えきれないほどの速さである。


 球はバンディカに衝突すると同時に錆びたバケツを木で叩くような鈍い炸裂音を立てて、彼の着ている鎧のあちこちを虫食いのように抉って破壊した。


 球には貫通性能もあるらしく、全身鎧の下に着ていた鎖帷子までもえぐった。素肌にも破裂のダメージがあるかと思われたが、不思議と破壊したのは鎧だけだった。彼を捕縛しているサユキの縄にも命中したが、縄も切れる事はなかった。


 今までの不可解な出来事への困惑を押さえつけていたバンディカだったが、流石にこれには唖然とし、無言のまま立ち尽くした。


 鎧の胸部は大きな穴がいくつも空いているし、兜も半分破壊されていた。ご自慢の盾に関してはあちこちに風穴が空き、もはや盾としての効果を成さないまでに破壊されていた。


 彼はもはやサユキが狙う気になればカンザシ一撃で仕留められるほど無防備で、まるで動かぬ的のような状態になっていた。


 だが、サユキはあえてそこで手を緩めることなく容赦無い追撃に移った。抉った鎧と盾の分だけ縄に隙間ができていたので彼女はすぐさま縄を引いて固く束縛しなおした。


 バンディカはこれを受けて我に返ったが、もう既に時遅くサユキの縄に凄まじい力で引っ張られていた。彼のタックルの速度よりも縄の巻取り速度は速かった。


 彼は声を上げる間もなく右手の鉄扇に手をかぶせるように斜め下にかまえて姿勢をとったサユキに吸い寄せられた。バンディカの盾が鉄扇の先端に触れた瞬間、すぐさま反応が起こった。


「鏡桜絢舞!!(きょうおうけんぶ)」


サユキはそう叫びつつ扇を上に向けて舞い上げた。それと同時に彼女の周囲から大量の鮮やかな桃色の花びらが吹き出して、渦を巻きながら彼女の周りを上昇していった。


 あまりにも苛烈な花びらの勢いでバンディカが巻き上げられながらズタボロになっていくのが誰にでも見て取れた。まるで花びらにもみくちゃにされているようだった。


 目が見えていないはずのランカースも何か感じたのか思わずベンチから立ち上がって声を荒らげた。


「この勝負、そこまでッ!! 救護班、治療準備を急げ!! 早く!!」


 それを聞いてサユキは巻きつけたままの鉤縄の元を自分から切り離した後、試合会場に背を向けた。背後で鈍い落下音がしたが、彼女は振り向く事なく試合会場を後にしてベンチへ向かった。


 ひらひらと美しい花びらが中庭一面に降り注いでいた。普段見ることのない異国の不思議な花びらにバウンズ家の者達は魅了され、すっかり見とれていた。彼女がベンチに入ると花びらは風に舞う砂のように余韻を残してさらりと消えた。


 戻ってきたサユキは珍しく息が上がっていたが、見事に完封勝利した。もっとも、彼女は余力を残しており、当然の結果だとばかりに至って冷静だった。


「完勝ですね。サユキ様、お見事でした。結局、彼は本当に小細工抜きで高級な重装備と盾のみに頼り、今まで戦い抜いてきたようです。サユキ様に拘束されてなお突撃したとなると、他になにか策や能力があるようには思えません。パルフィーのようにピンポイントで弱点を突いたつもりだったのでしょうが、それが仇になりましたね……」


 アレンダはサユキを出迎えてタオルを手渡した。そしてベンチの椅子に戻り、データリストのバンディカのページに「決して実力がない武士ではないが、相手が悪すぎた。パルフィーと当たればいい勝負をしたのではないだろうか」と書き加えた。


 一方のバウンズ家側のベンチは大混乱に陥っていた。担ぎ込まれたバンディカは全身アザだらけで、まるで”花びらに殴られた”かのような傷を作っていた。


 この様子では内臓も深刻なダメージを受けているはずだと救護班は報告し、すぐさま治癒に当たった。不幸中の幸いで一流の武家だけあって、治療体制は万全だった。救護班は治療していく内に、これでも手加減されていた事に気がついて一人がそれをアナリストに伝えた。


 話を聞いたアナリスト達があれやこれやと議論して大騒ぎになっていた。しっかりと観察していたにも関わらずサユキの能力の特性がほとんど掴めなかったためだ。


 彼女がそれほど強力に肉体エンチャントできるという情報は無い。巨漢に加え、重装備のバンディカを縄で縛って引っ張るなど、桁外れの怪力を持たないと不可能である。


 先ほどのパルフィーの戦いを見るとウルラディール家には2人もそんな怪力持ちがいることになる。


 大抵、近距離が得意な魔術師は遠距離を不得意とし、遠距離が得意な魔術師は近距離に不得意という傾向がある。だがそれでは先程のサユキに関して説明がつかない。


 精密な狙撃をしつつ、近接で馬鹿力を発揮するなどということはまずありえないのだ。更にいくつか術を使うという情報はあったが、あれほど強力な攻撃術を使う事は知られていなかった。


 おまけに鉄扇にも何か仕掛けがあると見ていいだろうなどと話し合っている。アナリスト達の分析と議論は白熱して続いていた。


「バンディカの治療中だ!! 静かにしてもらえないか!!」


 再びランカースが声を荒らげた。彼は優男に見えるが、今回は流石に状況が切迫しているだけあって、焦りの色を隠せなかった。彼、いや彼らには曲がりなりにも西部を背負って立つ武家であるという矜持がある。


 それなのにまさかここまで惨敗を喫して、それをへし折られるとは思ってもみなかっただろう。ランカースは深呼吸をして頭を冷やしてから中庭の中央へ出た。


「先程の試合、サユキ=サイオンジ様とバンディカの試合結果はサユキ様のKO勝ちです。私の判断で試合を中断しましたが、もはや彼はあの時点で戦闘不可能状態でした。故に、棄権ではなく、KO負けという事にします。そして、三戦目、最後は私、ランカースとレイシェルハウト・エッセンデル・ディン・ウルラディール16世様の試合になります。レイシェルハウトお嬢様、前へお出になられてください」


 レイシーは待ちくたびれたと言った様子でベンチから立ち上がった。

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