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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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入門書にサヨナラ!

 それから数日後、街の図書館から借りていた『ナマケ=アホ=エテモンキーにも乗れる!! マナボード入門』を借りてから一ヶ月半が経過しようとしていた。


 長めに借りてしまったのでそろそろこの本をシリルの図書館に返却せねばとアシェリィは思った。


 思い返せばこの本を借りた裏首長蛙の月の末は学校が焼け落ちたり、レンツ先生が生還したり、シリルに行ったりと色々あったなとアシェリィはしみじみ思った。


 それだけではない。満月クラゲの月に入ってからは丘犬様からもらったまさかの誕生日プレゼントによってアシェリィの日常は大きく変わった。そのまま駆け抜けるように時は過ぎて巨大怪鳥の月も下旬にさしかかろうとしていた。


 そんなある日の朝、クレメンツ家のドアがノックされた。それに応じて玄関先までバルドーレが出て行くと、村人が何やら伝言を伝えて帰っていった。


 朝食を終えて一息ついていたアキネとアシェリィはどんな伝言だったのだろうと疑問を浮かべてバルドーレの方を見た。バルドーレはお辞儀をして伝言役の村人を見送ると2人に向けて伝言内容を伝えた。


「もう学校が焼けてから一ヶ月半も経つだろう? にも関わらず全く大工さんが村に来る気配が無い事に長老が腹を立てて居てね。『ワシが直々に交渉するからバルドーレに送り迎えを頼みたい』だって。場合によってはアンティークを売り払うのも辞さない勢いだって」


 バルドーレは肩をすくめてテーブルの方に戻ってきて椅子に座り、薄い青色をしたほんのり甘い風味がするアザリ茶を飲み始めた。アキネはなぜわざわざウチに指名がかかったのかわからずに腑に落ちないといった顔でバルドーレに聞き返した。


「でも、なんでわざわざアナタに送迎役を頼んだのかしら? 前に交渉役を任されたから? でも別に契約書は長老さんが持ってるわけだし、ウチで無くてもいいんじゃないかしらね?」


 バルドーレはそれを聞いて舌をチッチッチっと鳴らしながら続きがあるとばかりに人差し指を立てて左右に振った。そして振っていた指先をアシェリィに対して向けた。


「それがだね、村中でウワサになってるアシェリィとハンナの勝負を長老も見てたらしいんだよね。それでもって30分はボードに乗っていられるって聞いてたらしくて、それならばシリルまでボードで行けるんじゃないかって。そういうわけで本人にやる気があるならば試してみてはどうかだって」


 聞いた限りでは長老の思いつきの無茶振りのようにも思えたが、長老は長老なりに優れた才能が辺境の地で埋もれることを憂慮してこの案を出したのだった。


 長老は村の長を務めてから相当長いが、村の歴史の中で現れた優れたマナ使いが外部へ出て行くのは珍しいことではなかったし、アシェリィもそのうちの一人として長老から期待されていた。


 それを聞いたアシェリィはすぐに笑顔を浮かべた。丁度、借りている本も返したかったところだったので実力を測るいい機会だと思い、二つ返事でシリルへのマナボードでの試験走行の件を了承した。早速バルドーレとアシェリィは手早く準備を済ませた。


 今日はスポーティーな出で立ちで行こうとアシェリィは後ろ髪をまとめて例のお姉さんのようなポニーテールにした。このヘアスタイルは思い出のせいもあってか彼女のお気に入りの髪型だ。


 元気で活動的な性格と可憐な少女らしさを両立させたこの髪型がアシェリィには一番似合っていると両親や村の人々は思っていた。


 今まで履いていた厚手のズボンも今となってはよっぽどのことでもなければボードで転ぶ事が無くなったため、スカートに戻しても問題がなかった。


 せっかく街に行くのだから、男の子のようなズボンでは見栄えが悪いと思い、白いブラウスに水色のスカートという服装でシンプルにまとめた。


 家の事情もあって彼女の持っている服は基本的に質素だった。年頃らしくおしゃれに気を使ってはいたが、特別おめかし出来るようなグッズや服は持ち合わせていない。


 準備を終えるとアキネの見送りを受けつつバルドーレとともに彼女は家を出た。今日はいつもとは事情が違い、アシェリィがマナボードに乗っていたのでバルドーレは足早に村の広場を目指した。


 中央広場まではバルドーレが早めのペースで歩くと20分弱で到着した。バルドーレは結構早歩きでここまで来ていた気がするのだが、アシェリィはというと汗一つかかずに父の横を滑ってきていた。


「本当に30分くらい乗りっぱなしでもバテないんだなぁ。お父さんびっくりだよ」


 父は深呼吸して少し乱れていた息を整えた。アシェリィはと言うと広場に着いたのを確認すると右足に重心を傾けてボードの前方を浮かした。


 そして、更に右足を踏み込んでボードを跳ね上げて縦になって空中に浮いたボードを器用に手でキャッチして着地した。”ピックアップ”というトリックだった。


 それを見るとバルドーレはこんなことも出来るのかといった表情でこちらを見ていた。かばんに入れてきたガイドブックはあくまで入門者向けだったので指を折る程度しかトリックが載っていなかった。


 そんなごくごく初歩的なトリックでも、実際にやってみせると中々様になっており、見栄えや見た人のリアクションは上々だった。


 クレメンツ親子が長老の家に入ると、長老は何やら騒がしくドタバタしていた。どうやら学校再建の資金を工面するために売り払うアンティークグッズを選別しているらしかった。長老の奥さんと一緒に一つ一つを見つめながら惜しげに骨董品を分類している。


 さすがに長老が直々に大工ギルドに交渉に行ったところで既にだいぶツケがあるし、金払いが悪いのもわかっているわけだから、現金がなければそう簡単に学校を再建してくれるはずがないと骨董品を換金する覚悟を決めたようだった。


 飾っておく以外に何の役にも立たない骨董品と生徒たちに必要な学校では両方を天秤にかけるまでもない。やがて入り口に立っている2人に気づくと振り向いて長老は声をかけた。


「おお、2人ともよく来たのう。見ての通り、売り払ってしまおうと思う骨董品は結構量がある。わしとバルドーレ2人が台車の座席に座って、荷台に骨董品を乗せると残念ながらアシェリィの乗るスペースは無いんじゃ。途中疲れてもウィールネールの台車に乗ることは出来ん。それでも挑戦してみるかね?」


 アシェリィはもちろんといった気概に満ちた態度で首を縦に振って返事をした。それを見ると長老は威勢の良さに感心して目を細めながら機嫌良さそうにして軽く笑い声を上げた。


「ほっほ。おぬしほどの使い手は久しいのう。じゃがまぁそれほど肩を張るでない。ウィールネールと同じペースでシリルまで走れるとは誰も思っとらん。適度に休憩を挟みながら余裕をもって予定は組んであるでの。まずは己の限界を知る事じゃて」


 長老と奥さんが骨董品をまとめ終わると数人の村人たちがそれをウィールネール乗り場まで運ぶのを手伝ってくれた。中にはかなり重いものもあったが、ウィールネールの馬力ならなんとかなりそうだった。


 長老の予告通り、台車は大小様々な骨董品でいっぱいになり、人がこれ以上乗るスペースは無くなった。準備が終わるとバルドーレと長老は運転席に座り、バルドーレが手綱を握った。アシェリィもボードに乗って出発に備えて構えた。


「そうざのう、ウィールネールは全速なら馬よりやや遅い程度じゃ。じゃが、その速さではこやつらがバテるでの。急ぎの用事以外は普通出さないもんじゃ。というわけで普段はハンナのぬいぐるみ程度の速度じゃ。ただし、今回はかなり積み荷が重い。それよりやや遅くなるじゃろう。もっともその速度についていくことができれば、二時間半とかからずにシリルへ到着する事が可能じゃ。上手く行けば一人で好きな時にシリルへ行けるようになるかもしれんよ」


 それを聞いてアシェリィは「自由にシリルへ行けるかも」という予想外の可能性を示唆されて、気持ちがはやった。たとえ隣町とは言え、自力で行けるようになれば行動範囲は大きく広がる。


 これを繰り返していけばやがて遠方へ旅をすることも不可能ではないのではないかという期待を抱き始めていた。


「では長老、アシェリィ、出発するよ」


 そう言ってバルドーレはウィールネールの引く荷車を発車させた。街道を走り始めると骨董品がガタガタと音を立てた。アシェリィはハンナとの対決の教訓から今回はペース配分を徹底していこうと考えていた。


 そのため、無理なくウィールネールの後ろにつけて、スピードを抑えつつ台車に付いていった。


 アシェリィは30分おき程度にマナの消耗のため汗だくになって休憩をとったが、5分程度で出発可能な状態になり、おおむねシリルへの行程は順調に進んだ。


 途中で朽ちた看板の脇を通り過ぎた。そういえば丘犬様が「また会いたければポカプエル湖へ自力で来なさい」と言っていたのをアシェリィは今になって思い出した。


 徒歩では距離がありとても湖には行けず、マナボードは必死に自主訓練する他に無かったのでその言葉をすっかり忘れていた。後で寄ってみようかなと漠然と考えながらポカプエル湖へ繋がる上り坂の横を通り過ぎた。


 休憩をはさみつつだったが、結局二時間半とかからずに一行はシリルの街へと到着した。街の外の停留所にウィールネールを止めて、長老と父が降りた。


 アシェリィもボードをピックアップで拾い上げて深呼吸をして呼吸を落ち着けた。バルドーレがその様子を見て聞いてきた。


「よくシリルまで着いてこれたね。ウィールネールだって遅くは無かったはずなのに。疲れてはいないかい? 帰り道とか大丈夫そう?」


 その問いにアシェリィは額に汗を浮かべつつ脇にボードを抱えて、開いた方の片手をひらひらと振りながら答えた。


「あのペースを長時間維持するのはちょっとキツいけど、無茶しなきゃ付いていけないってほどでもないよ。それに休憩しながら来れば疲れ果てて途中で動けなくなるとかも無さそうかな」


 長老はそのやりとりを聞いていて見込み通りだと言わんばかりに満足気な笑みを浮かべた。馬車からゆっくり降りながら杖を突きながらクレメンツ親子に歩み寄った。


 杖は突いているものの、高齢にしてはしっかりとした足どりである。3人は向い合って今後の予定を確認した。


「アシェリィ、見事じゃったぞ。骨董品じゃが、わしとバルドーレでは量も多いし重たいために全部を降ろすことが出来ん。鑑定店がシリルにあるのでそこへ鑑定と引取りの運搬を依頼しようと思うんじゃ。こちらはワシとバルドーレでなんとかなる。おぬしは本を返してくるがええ」


 そう長老に言われたのでアシェリィは2人と別れてシリルの街を歩き始めた。相変わらず街では最新型のマナボードが流行っていて、そここで子どもたちが乗り回している。


 アシェリィは来る途中で散々乗ったので街中でまで乗らなくてはいいだろうとスタミナの回復を意識した。


 マナボードは乗っているときは気にならないが、持ち運んでいるときは意外にかさばる。腋に抱え込むので片腕がふさがってしまうのだ。


 おまけに見た目がただの木の板でしかも縦横の比率が画板などのそれと明らかに違うため、少女の持ち物としてはやや風変わりだった。そのため多少、奇異の目にさらされた感はあった。


 返却の遅れを司書に指摘されつつも、アルマ村から来ているという事情も考慮され、返却遅れのペナルティは特に科される事はなかった。ずいぶん長いこと愛読してきたような気がするムック本を受付の司書へと渡した。


 借りた時は新品だったはずなのだが、だいぶ年季が入ったようになってしまった。丁寧に扱ったつもりだったのだが、相当読み込んだため仕方がなかった。


 次は何の本を借りようかと少し悩んだが今度は一段階レベルを上げて『競技用マナボードトリック大全』という本を借りた。今度はムック本ではなく、しっかりとした小辞典といった感じの書籍だ。


 パラパラと見た感じでは紹介されているトリックの数は50を越える超ボリュームで、一つ一つの技に難易度と配点が書かれていた。おまけにマナボード協会主催の大会へのエントリー方法や開催地まで書かれている。


 アシェリィは大会等への参加は全く考えていなかったが、せっかくやるならば更にマナボードを極めて見たいと思い、この本を借りたのだった。


 それに競技用とは言っても見栄えを評価するトリックだけでなく、使いこなせれば便利な実用性の高いトリックも数多く収録されていた。アシェリィは満足して図書館を出て鑑定店を目指した。

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