虹の向こうに何が見えるの?(終)
今日はレイシェルハウト大統領がミナレートを訪れる日だ。
メインストリートではパレードが開かれていた。
ノットラント大統領初の表敬訪問ということで、大層歓迎されている。
通りは人で埋め尽くされていた。
担ぎ台座の上には大統領、パルフィー、サユキが乗っているのが見える。
権力者にしては質素な服装だった。
きっと格式張ったものを遠ざけ、庶民に歩み寄っているのだろう。
アシェリィ達はその後を追うようにしてついていった。
パレードは学院の前で終わっており、そこからはレイシェルハウトが自分達で歩きだした。
学院は臨時の休みで、許可証がないと立ち入り禁止になっていた。
アシェリィとノワレはファイセルから受け取った紹介状を見せて学内に入れてもらった。
歓迎会の前に校長室に寄ると聞いていたので2人はファイセルの元へ向かった。
少しドキドキしたが、きっと記憶は残っている。
そう期待を抱いてドアを開けた。
すぐにレイシェルハウトが振り向く。
「アシェリィに、ノワレじゃない!! 久しぶりね。元気やっていらして? ああ、なにも言わなくてかまわないわ。私たちも"覚えて"いるもの」
脇にたったパルフィーもニカッと笑った。
「安心しなよ。アタシらもソーセーに近づいたからか、しっかり記憶が残ってんだ。ただ、よくわからないけど、大人から子供まで弟子になりたいってあたしんとこに集まってくるんだよな。なんか拳術の師範になった気分だよ。いや、もう師範なのかもな」
だが、サユキは目線を落とした。
「カエデ姉様と、百虎丸さんとリクは改変の影響を受けて……。私たちもとても驚きました。私はジパの家に戻ったことになっていますし、百虎丸さんは姉さんに婿入りしてきた事になっています。不服はないのですが、義理の妹として接されるとこれがなんとも……」
それぞれが世界改変で大変な思いをしているようだ。
レイシェルハウトも少しやつれていた。
「いくら望んでいたとはいえ、いきなり大統領となると負う責任がとても大きくて。いつもこれで務まっているのかと不安になる毎日ですわ」
アシェリィとシャルノワーレは彼女を励ました。
「すごいよ。あれだけ荒れてたノットラントを統一するなんて。誰にでもできるわけじゃないよ!! まさにノットラント愛だね!!!」
「フフッ。そんな弱気な顔をするなんて、らしくないですわ。あなたはイクセントの時のように、涼しく、冷静な顔の方が似合っていますから」
レイシェルハウトは思わず首を振って苦笑いを浮かべた。
「はは。イクセントはもう止めてくれよ」
ドッと笑いが起こった。
そしてその場の面々はあれやこれやと尽きない話を続けた。
中でも、今後はどうするかの話題に関して注目が集まった。
真っ先にパルフィーが答えた。
「あたしはマツバエ兄弟子の意志を継ごうと思う。ミナレートに残ってる道場を使って、殺人術ではない……人を活かす拳術を広めていきたい。さんざん殺めてきたあたしにそんな資格があるかはわかんないけどさ。お嬢の護衛でもよかったんだけど、サユキが優秀だからな。1人でも任せられると思ってる」
パルフィーらしくない至極全うなビジョンだった。
校長室は沈黙につつまれた。
「なんだよ! あたしがマジメな事言うといちいち静まり返るのやめろよなぁ! 」
その場の緊張感が緩んだ。
「ほら!! 次はサユキの番だ!! 改めて聞かせてもらおうじゃないか!!」
サユキは目線を泳がせた。
「そうね。改めてと言われると想像以上にプランがないわね。もちろん、お嬢様の護衛は決まってるのだけれど他になにかやりたいことがあるかといえば回答に悩むわね。強いて挙げるならお嬢様の仕事のお手伝いかしら」
リーリンカが苦笑いをして頷いた。
「ははっ。校長補佐の私とおそろいじゃないか。もっとも、大統領なんて大それた者ではないが……」
それを聞いてサユキはとんでもないといった顔をした。
「なにをおっしゃいますか。ミナレートはもはや首都。そして学院によって成り立ってるので、校長は都市のリーダーじゃありませんか」
ファイセルは思わず立ち上がった。
「ええっ!? そんな!? ミナレートが首都になったのは知ってるけど、そんな大それた事になってるとは聞いてないよ!!」
リーリンカは呆れて肩をすくめた。
「おいおい。お前な、なんでそんなに申請書類があると思ってたんだ。中身もしっかり読んでるのか? 私に任せっきりにするのもほどほどにしろ」
校長は反論した。
「だってさ、首長宛って言ったら普通に考えて学院の首長でしょ。首都の首長とは聞いてないって!! あっ……言われてみたら都政関連の書類がいくつもあったじゃないか!!!」
今さらになってファイセルは気づいた。
彼は新世界に慣れることに必死で、その上、職務に忙殺されていた。
彼の意見を忠実にリーリンカがそちらの仕事を受け持っていたというのもある。
そのため、ファイセルが把握出来なかったのも無理からぬところだった。
考えが及ばなかった彼をリーリンカは一喝した。
「往生際が悪いぞ!! こうなってしまった以上、やるしかないだろ。都市の代表として自覚をもってシャキッとしろシャキッと!!!」
いつもこうなのかとレイシェルハウトがツッコミを入れた。
「はいはい、痴話喧嘩も程ほどにしてほしいものですわね……」
指摘されると2人は恥ずかしげに視線をそらした。
「ご、ゴホン。と、いうわけで僕とリリィは今の仕事を続けることにするつもりだよ。さて、残るはアシェリィとノワレさんだね。君たちはこっちにきて間もない。とても辛い思いをしたね。それを踏まえてこれから先、どうするつもりなのかな? 焦って答えを出すことはないけど……」
アシェリィとノワレはしばらく黙っていたがやがて互いに顔をあわせて笑いだした。
数日前まで意気消沈していたとは思えなかった。
シャルノワーレは目を輝かせて言った。
「アシェリィとしっかり話し合って今後の身の振りようを決めました。学院を手伝ったり、レイシェルハウトさんに着いていくのも面白いかもしれません。でも、みなさん新世界に新しい居場所を開拓されてらっしゃるじゃないですか」
エルフの少女の手のひらを、その相棒が握った。
「それなら私たちも開拓したいと思うんです!! この新世界を股にかけるトレジャーハンターとして!!!」
一同から「そうきたか」という感嘆の声が上がった。
「家族や、友達と別れるのは辛いかもしれない。だけど、変わってしまったみんなを見ているのは辛いし、元にはもどれません。なら、新しい出会いで自分達の存在意義を確かなものにしていきたい!!!」
そして、2人揃って問いかけた。
「私たち、変なこといってますかね?」
「わたくしたち、おかしな事いってらして?」
すぐに周りの面々が暖かい拍手を送った。
ファイセルは思わず笑っていた。
「ははっ!!! なんともアシェリィらしい答えだね。ノワレさんに迷惑かけるんじゃないよ?」
リーリンカも頷いた。
「ああ、お前はとんだ"じゃじゃ馬"だからな。それくらいでちょうどいい」
レイシェルハウト達も同じような考えだった。
「素晴らしい答えをだしましたね。挫けない強靭な意志を感じます。どんな出会いやお宝がまっているかしらね」
お付きのサユキも手叩いていた。
「きっとお2人なら世界を股にかけるトレジャーハンターになれますわ。私も陰ながら応援していますよ。あ、ノットラントのお宝は勘弁してくださいね」
皆が笑い声をあげた。
最後にパルフィーがウインクしながら頼み込んできた。
「もしお宝が高く売れたら帰って来てご飯おごってくれよな!!!」
彼女らが帰ってくる余地を残したので一同は救われた気分になった。
それから晩餐会まで互いの別れを惜しむかのように、雑談や苦労話で盛り上がった。
ファイセルたちの計らいで、一般人のアシェリィとノワレも夜の部に参加させてもらった。
場違いだと2人は断ったが、創世の仲間として呼ばれる権利はあると大統領直々に招待してもらった。
その夜は皆でご馳走を食べ、飲みあかした。
気づくとアシェリィはホテルのベッドに寝かされていた。
「あ~いっつ~!!! くらくらするよ……」
シャルノワーレが水を差し出した。
「アシェリィったら。得意でないのにあんなにお酒を飲むからですわ。安静にしてなさい」
自分よりはるかに多く飲んでいたノワレはピンピンしている。
もはやいつものことである。エルフの特性がなんちゃらなのだそうだ。
「!!! レイシェルハウトさんが帰るのはいつ!?」
シャルノワーレは半身を起こした二日酔いを寝かせた。
「明後日ですわよ。今日は寝ていなさい」
翌日、調子を取り戻した2人はミナレートの店を回った。
冒険に必要なものをチェックしながら揃えていく。
特にマジックアイテムはミナレートにしか無いものも多い。
何度も行き来して抜けがないかと確認する。
いくら腕利きの旅人とはいえ、万全の準備がないと命を落としかねない。
冒険に長けたアシェリィの知識と知恵が発揮された。
そして、出発の朝が来た。
校門の前でファイセル、リーリンカ、レイシェルハウト、パルフィー、サユキが見送りしてくれた。
女性陣は互いに抱き合って顔をしわくちゃにして泣き、名残惜しげにした。
気づくとファイセルの頬にも涙がつたった。
その時、海から何かが吹き出した。それが何か、アシェリィには一目でわかった。
「おおきな……ウロコ!? 海龍様だ!! きっと復活なされたんだ!!!」
創世からはだいぶ時間が経っていたようだ。
2人にはあっという間に甦ったように思えた。
その飛沫からは巨大な虹が生まれた。
あまりにも大きく、世界中から見ることが出来た。
神秘的に輝いてそれは全ての存在を祝福した。
虹を見た者達は心に暖かい希望を抱き、未来に生きる活力を得た。
心なしか勇気や隣人愛ももらえた気がした。
決して新世界に見放されたわけではない。
それに自分達を真剣に想ってくれる仲間たちがいる。
離れはしても、2人だけではない。
アシェリィとシャルノワーレはそう確信した。
そして、終わりのない大冒険へ出発するのだった。
(本編おわり)
(あとがき&反省会に続く)




