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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter:9 虹の向こうに何が見えるの?
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パラレルパラダイス

「ハァ……!! ハァ……!!」


アシェリィはシャルノワーレの手を引いて湖を後にした。


エルフの少女は疑問を投げ掛けた。


「いいんですの? お師匠様の(あと)を継がなくて」


問いかけられた人間の少女は満面の笑みを浮かべた。


「ノワレちゃんが一番知ってるはずだよ。私が滅茶苦茶、冒険好きだってこと!!! そりゃ師匠(せんせい)には悪いけど、なんだかんだでまだまだ若いから。実のところ切羽詰(せっぱつ)まって後継者が必要って訳でもないんだよ。きっと師匠(せんせい)も私がこういう反応をするってわかってたと思うんだ。だから遠慮しなかったの」


そんなやりとりをしながら2人はアシェリィの故郷であるアルマ村についた。


「おー、なんか、ちょっと発展してる!!!」


村の広場は行き交う人も建物も多くなっていた。


寒村だった前の姿が嘘のようだった。


その時、向こうから剣と盾を吊るしたスケルトンが歩いてきた。


思わずアシェリィとノワレは身構えた。


「こんな街中に不死者(アンデッド)!?」


辺りを見渡すと悪魔らしき者や、正体不明の種族が入り乱れていた。


骸骨の旅人はこちらに尋ねてきた。


「あのぉ……宿屋ってどっちですか?」


緊張していた2人は気が抜けてしまった。


村に詳しいアシェリィだったが、宿屋などこの集落には無いはずだ。


そう答えようとすると恰幅(かっぷく)のいいおばさんが声をかけてきた。


「あら、いらっしゃい。宿屋はウチだよ。あれ? そこにいるのはアシェリィじゃないかい。学院は休暇みかね?」


「モッドおばさん!! お久しぶりです!!」


おばさんはスケルトンを案内した。


それを見て村娘は疑問に思った。


「あれ、おばさん。いつの間に宿屋なんか始めたんです?」


宿屋の女将は豪快に笑った。


「なーにとぼけてんだいアシェリィ。あんたが生まれる前から宿屋やってんじゃないかい。ねぼけてんのかい?」


すぐにシャルノワーレはアシェリィの首根っこを引っ張って内緒話(ないしょばなし)を始めた。


とんがり耳の少女はカンが(するど)く、素早く状況を判断した。


(アシェリィ!! これはきっとパラレルワールドというやつですわ!!! 前の世界と人や町はソックリだけれど、記憶や関係性が違うんです。だから今までと同じだと思って不用意な発言をすると混乱を(まね)きかねません。それに、私たちにとって酷な改変がなされている可能性もありますわ。用心しましょう)


アシェリィは無言のまま(うなづ)いた。


村出身の名誉ある学院生ということで、すぐに人だかりが出来た。


教師のレンツや学校の子供たちが寄ってくる。


だが、幼馴染(おさななじ)みで、ライバルのハンナの顔がない。


「あれ? ハンナ来てないね」


その発言に村人たちは違和感を感じたらしい。


まずった。アシェリィが思うと同時にレンツが答えた。


「ハンナならあなたと同級で学院に合格したじゃありませんか。同じクラスじゃありませんか」


あか抜けない村娘は驚きの声をあげそうになったが、ぐっとこらえた。


(ノワレちゃんの言うとおりだ……。同じだけど、どこか違う。確かにハンナが同じクラスだったら面白いなぁと心の底で思ってたけど、まさかそれが影響したんじゃ……?)


すぐに彼女は取り(つくろ)った。


「あはは。そうだったね。学院でも切磋琢磨(せっさたくま)してるよ!!!」


村人や冒険者たちは再び笑顔を浮かべた。


「ノワレちゃん、行こう」


歓迎もそこそこに2人はアシェリィの実家へと向かった。


「どうしよう。お父さんもお母さんも変わっちゃってたらどうしよう……」


戸惑(とまど)う彼女をシャルノワーレが落ち着けた。


「きっと大丈夫。今のところの変化はアシェリィの無意識下での願いが現実化したにすぎません。変わってほしくないという心を持っているなら大きな影響は受けていないはずですわ」


そうこうしているうちに2人はアシェリィの家にたどり着いた。


貧乏屋敷だったはずなのだが、小綺麗(こぎれい)な家に変わっていた。


嫌な予感しかしなくて少女は実家の扉を開けた。


第一に母、アキネと目があった。


たまらずに娘は母親に抱きついた。


「お母さん!! お母さん!!!」


相手も驚いたようで、抱き返しつつ聞いてきた。


「アシェリィ!! どうしたの? 学院に行ってるんじゃなかったの?」


アシェリィはしゃくりあげた。


「うっ、うっ、えぐっ。お母さん、私のこと、覚えてるよね?」


アキネは首を(かし)げた。


「なに言ってるの。かわいい娘を忘れるわけが無いでしょう。ヘンな子ねぇ……」


村特産のアルマ染めをしていた父、バルドーレが手を止めてやってきた。


「おや? アシェリィじゃないか。そんなに大泣きしてどうしたんだい? 何か辛いことでもあったのかい?」


間違いなく父母に変わりはなかった。


アシェリィの想像していた最悪の事態は実現しなかった。


「あ、ノワレちゃんじゃない。あなたもお休み? まぁゆっくりしていきなさいな。平気平気。アシェリィは床で眠れば」


バルドーレも笑顔を浮かべた。


「ノワレちゃんも大人っぽくなったね。アシェリィはまだまだだね。でも2人共、いつかは()だっていくんだね」


サプレの妻は夫に突っ込みをいれた。


「そういうの、おっさんくさいわよ」


そう指摘された父は頭を()いた。


何気ないやり取りだ。だが、アシェリィとノワレは愕然(がくぜん)とした。


羞恥心(しゅうちしん)からアシェリィは手紙で恋人の紹介をしていなかった。


それがどういうことだろうか。


付き合っている話どころか、まるで何度も会ったかのような反応をしてきた。


そのままの勢いで実家に泊まることになった。


どっと疲れがたまっていたアシェリィとノワレはしばらくここに連泊することにした。


その夜、床に毛布を()いて寝ていた少女はベッドのエルフに声をかけた。


「ねぇ、ノワレちゃん。やっぱり新しい世界ってどこかが違うんだね。みんな幸せになれたのかもしれないけど、私は内心、複雑だよ。もちろん創世(そうせい)した事は後悔してないよ。だけど、自分達だけ記憶が残るっていうのも辛いもんだね。校長先生とか同じ気持ちだったんだろうね……」


シャルノワーレはベッドから半身を起こして問うた。


「アシェリィ、あなたの願いはなんだったか。もう一度、思い出すんですわ。変わることを恐れない勇気。きっとこの先、こんな変化が腐るほどあるでしょう。でも、それを乗り切らなければ新しい世界を見届けることはできない。大丈夫。あなたの願いは(かな)いますわ。それに、1人だけじゃない。私もアシェリィと一緒に世界中を旅してみたい。わたくしたちが望んで、勝ち取った世界を」


月の光が窓から差し込んだ。


シャルノワーレはまるで女神のように慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


(ひと)りじゃない。その言葉でアシェリィは冷静さを取り戻した。


すべてが変わっても、変わらない笑顔がそこにはある。


そう思うだけで、心には変化を恐れない勇気の火が(とも)ってきていた。


変わったのなら変わってもいい。ありのままを受け入れよう……と。


「そうだね。それに私たちだけが願った望みじゃないしね。すべての存在の総意とは言えないかもしれないけれど、ファイセル先輩もレイシーちゃんも正しい選択をしたと思う。その末に創られた世界なら受け止めるべきだと思うんだ。私たちにも責任があるからね」


人間の少女が小難しい顔をしていると、とんがり耳の少女が寄ってきた。


そして肩に手をやった。


「ふふ。そんなに(りき)む事は無いと思いますわ。失ったものは確かに大きいけれど、新しい世界では得たもののほうが多いはずです。希望をもって旅をしましょう」


エルフの魔性のタッチでアシェリィはとろ~んとしてしまった。


気づくと狭いベッドに2人で寝ていた。


「アシェリィ、冒険のアテはありますの?」


冒険マニアは楽しそうな顔であれこれ考えているようだった。


「うーんと、そうだね~。今のところ、一番気になってるのはリジャントブイルとミナレートかな。陸続きで割と近いし。特に学院が気になるよ。面倒見はいいんだけれどファイセル先輩が校長先生だってのは想像がつかないし」


ノワレもそれに同意した。


「ええ、それにクラスのみんなもどうなったのか気になりますわ。まぁ、こっちは辛いことのほうが多いかもしれませんが、それでも気にせずにはいられない」


アシェリィも同じくそれに同意した。


2人して夢中になって旅のあれこれを語りだして予定を立てていった。


「今日はもう疲れたよ。ノワレちゃん、寝ようか」


相手も頷いて同意した。


「ふぁ~あ。私もですわ。おやすみなさい」


不意打ちでシャルノワーレは絶妙な手つきでアシェリィの肌に触れた。


「あっ………ノワレちゃっ……」


すると彼女はまたとろけるような快感に包まれてうっとりしてしまった。


「うふふ。アシェリィったら。とても気持ち良さそうにしていらしてよ……」


そのまま2人の夜は()けていった。


できるだけ早く旅立ちたいところだったが、まだ本来のコンディションを取り戻していない。


結局、2週間くらいはアシェリィ家の好意に甘えて静養することになった。


まずは変化した集落の環境から慣れておく必要があった。


先ほど、スケルトンに道を聞かれたがどうやらそれが普通らしい。


人外(じんがい)に出くわすたびに、悪魔(デモン)だ、不死者(アンデッド)だなどど騒いでいては話にならない。


そもそも、骸骨は不死者(アンデッド)と呼ばれても全く自覚してないようであったし。


種族間の壁はかなり低いように思えた。


ライネンテの冒険に慣れていたアシェリィはざざっと計画を立てた。


「そうだね。やっぱりアルマ村から北上して中央部、北部と抜けてミナレートに着くのが定番のルートかな。危ないところはアテラサウルスの出るヨーグの森くらいだけど、今の私たちなら全く問題ないと思う。全体的にゆっくり進んでもそこまで時間はかからないかな。1週間弱もあれば目的地に着くと思うよ」


このあと、何度か細かい旅の日程を煮詰(につ)めていった。


2人は(はや)る心が隠せなかったが、焦ってもロクなことがないと気持ちを落ち着けた。


しっかり休養をとった彼女らは村人達の見送りを受けながらミナレートへ向かって出発した。

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