ひどいじゃじゃ馬
アシェリィとシャルノワーレは雲の賢人の隠れ家に向かった。
やがてあたりは濃い霧に包まれた。
サモナーは知人の幻魔に声をかけた。
「おおい。カッゾ!! 聞こえる?」
この霧の森は道に迷うまじないがしてある。
番人に声をかけないとオルバの家にはたどり着けないのだ。
少しするとボールのような何かが転がってきた。
球体の殻からニュッと首が出る。
「おお、アシェリィじゃねぇか。久っさしぶりだな。今日はどうした?」
しばらくアシェリィは彼を見つめてから尋ねた。
「カッゾ、あなた私のこと覚えてるの?」
すると幻魔は頭を出たり引っ込めたりした。
「おめぇよ、あんだけハデに幻魔界に干渉したってのに忘れるも何もねーだろ!!」
思わずアシェリィは満面の笑みを浮かべてカッゾを抱きしめた。
「おい、なんだやめろ。照れるだろ~。離せって~~~」
彼はまんざらでもなさそうだった。
「じゃあ、師匠も一連の出来事を覚えてると思う?」
道案内をしつつ、霧の幻魔は首をかしげた。
「どうだろうな。さすがのアイツでも今回のは堪えたらしい。さっきすれ違ったが、意識が混濁してやがった。まぁ、俺ら幻魔は少なからず主とリンクしてるからな。俺が覚えてるってこたぁ、つまりそういうことだ」
気づくとオルバの木をくりぬいてできた家の前に着いていた。
「じゃあなアシェリィ。ちょっとやそっとじゃ起きんかもしれんが、たたき起こしてやれ」
そう言うとカッゾは持ち場に戻った。
エルフの少女が見守る中、弟子は思い切りドアをノックした。
「師匠!! 聞こえますか師匠!!!!」
ダンダンダンと握りこぶしを叩きつける。
オルバは居眠りしている事が多いのでいつもこんな感じである。
あまりの遠慮のなさにシャルノワーレは唖然とした。
一方、家の主はハンモックに揺られて眠りこけていた。
だが、どこからか声がする。
「師匠!! 師匠!!!! 師匠!!!!」
オルバは激しくうなされた。
「う、う~ん。すまないアシェリィくん。どうやら君たちを助けることができなかったらしい。謝るからそうやって私に取り憑いたり、化けて出るのはやめてくれないか……」
あまりの悪夢に彼は寝床から転げ落ちた。
「あ~、いっつ~~。これは……夢じゃないみたいだ。ということはやはりアシェリィくんが現世でさ迷っていて……。浄化する前に顔くらいは見ておこう」
そうつぶやきながら賢人は覗き窓から外を見た。
「あれ……あっれ~? これ、生きてないか? 後ろには……エルフの娘もいるね。どうやら彼女らを釣り上げたのは本当に夢じゃないらしい」
オルバは自分の頬をつねってからドアのカギを開けた。
勢いでアシェリィとノワレが転げ混んでくる。
「うわぁ!!」
「きゃあっ!!」
反射的にオルバは飛び退いた。
「いたた……そりゃないですよぉ~~。あっ!!!」
師弟の視線が合った。
「あ……師匠、今までのこと、お、覚えてますか? 私たちの復活を助けてくれたこと、新しい世界が創られたこと……」
もし、全て忘れていたら。アシェリィは嫌な汗を全身にかいた。
オルバは顎に指をやった。
「ふーむ。ピクシーを集めて湖に投げ込んだのは覚えてる。それでもって湖の女神を呼び出して、海龍を活性化させて、それからそれから……」
彼の覚えている出来事は全て創世前の記憶と一致していた。
「そうか。やはり創世に近づきすぎた私にも影響があったようだね。ただ、私は君らより少し早く新しい世界に移ったらしい。色々と情報を分析しているけれど、とんでもない変化だよこれは。しかも記憶改変された人は全く変化を感じ取ってない。ずっと前からこの世界が続いていたかのようだよ」
アシェリィとシャルノワーレは首をかしげた。
「変化って……? とくに何も変わらないように思えますが……」
とんがり耳の少女が聞くと賢人は首を左右に振った。
「何から話そうか。まず、ラマダンザ大陸が消滅して海になった。ライネンテとの敵対って認識が願いによって覆えったらしいんだ。もともと星の寄生者が火種のカードとしていたものだったから、平和を望む心の前では残らなかったんだよ。住人には敵意が無いし、人種も同じ。だから他の大陸や島国に分散したんじゃないかな」
2人は驚いた。そんな事がありうるのだろうか。
「私たちが起こしたとはいえ、記憶改変とは恐ろしいものだよ。ライネンテ対ラマダンザの構造がまるごとなくなってしまった。ただ、戦禍の中心となったノットラントは未だに意味もなく東西で争ってるみたいだよ。それはなんとか解決しそうだけどね。詳しくは後に回すよ」
賢人は更に2人を驚愕させる世界の変化を伝えた。
「あ、あと、街にいけばわかるけど人間と他の種族が共存してるんだ。悪魔とか、不死者とかが一緒に暮らしているんだよ。ほら、ファイセルくんが"生きとし生けるもの"っていう文言を外しただろう? あれが強く影響したみたいなんだ」
オルバが杖でコンコンと壁をつつくとシリルの光景が映った。
斥候の幻魔から送られてきたらしい。
そこにはシリルを行き交う人達、それと同じくらいの人外が楽しそうにストリートを見て回っていた。
「なんでこんな状態が成り立っているかは君たちのほうがよく知ってるはずだよ」
アシェリィは考え込んだ。
「う~ん、融和によってみんなが仲良くなって、賢人になったから争いが起こらなくなった……」
シャルノワーレが残りの部分を解釈した。
「そして、変化を恐れない勇気と互いを思いやる隣人愛。それが全て反映されたのがこの世界だ……と?」
雲創りは映像をひっこめて頷いた。
「あぁ、そうえばファイセルくんやレイシェルハウトくんは君たちは既に新しい世界に馴染んだみたいだよ。ライネンテ・タイムズのスクラップがあるから読んでごらん」
アシェリィとシャルノワーレは新聞記事を拾った。
「えーっと、なになに? リジャントブイル学院のファイセル・サプレ校長。ミナレートの発展に貢献し、またもや表彰される。今回は海龍級勲章が送られた」
アシェリィは二度見した。
「ええ!? ファイセル先輩!? 別人? あ、いや……でも、ファミリーネームまで同じだし、もしや……」
彼女はオルバの顔をのぞきこんだ。
「あー、それ。リーネくんを使いにやったけど、本人だったよ。多分、アルクランツ校長の意志がそうさせたんだと思う。まったく、創雲の跡継ぎとして頑張ってもらうはずだったのに…… 」
師匠はむくれた。
「あとはね、そっちの海外面の記事も読んでごらん。国内紙でそこまでのスペースを割くのはなかなかありえないよ」
今度はノワレが記事を読み上げた。
「どれどれ……。ノットラントの和平会談は無事に終了。それだけにとどまらず、武家の主の賛同を経てノットラント共和国が樹立。初代大統領は元、東部武家のレイシェルハウトに決まったとのこと」
思わず復活した2人は顔を見合わせた。
「まさか、このレイシェルハウトってあのレイシーちゃん!?」
「また大統領とは大きく出ましたわね……」
まるで他人事かのように話し合う少女達にオルバが突っ込んだ。
「なに言ってるんだ。君らも願い通りに進んでいくんだよ。アシェリィくんは創雲の跡取りとして、歴史に名を刻む。その責任に怖じけることのない勇気だね。ノワレくんはマナの大樹を愛で育てる。カホの大樹はもう限界だ。母樹の星弓が君にに託されたのはつまりそういう事だね」
シャルノワーレは焦りながら問いかけた。
「そんな!! 母様みたいになれるわけありませんわ!!! 第一、どうしたらそんな事ができるのですの?」
創雲は顎に指をやった。
「ふーむ。まずは隣人愛の実践だろうね。なに、急ぐことはないよ。大樹について一番詳しいのは君自身だ。手探りでやっていくしかないね。あ、アシェリィは明日から猛特訓ね」
帰って来て間もないのに予定をいれられてアシェリィはうなだれた。
「せんせぇ……まだ身体の感覚が戻りきってないのに……」
師匠は多少、多目に見た。
「それもそうだね。そこまで私はスパルタじゃないからね。しばらくゆっくりするといい」
ひどい嘘だなぁとアシェリィは内心で思った。
「君はファイセルくんより雲創りに向いた魔術をしているからね。磨けば磨くほど輝く。ま、そうは言っても創雲は基本的に隠者だからね。地味で誰にも知られないようなもんだし。ただ、やりがいはあるよ。旅や冒険とは縁遠いかもしれないけど」
旅や冒険が三度の飯より大好物のアシェリィは聞き捨てならなかった。
「え? ずっとこの湖で暮らすんですか? たまになら旅とかできますよね?」
オルバは首を左右に振った。
「そ…そんなぁ……」
人間の少女はうつむいた。今にも泣きそうだ。
「あ、アシェリィくん? アシェリィくん?」
体を起こした彼女はいたずらっぽく笑った。
「にひひ!! 師匠には悪いけど、私は旅に出ちゃいます!!! ノワレちゃんと一緒にね!!! 私が望むのは冒険する勇気ですよ!!!!」
そう言うとアシェリィはノワレの手を引いて冒険に出てしまった。
「やれやれ。ひどいじゃじゃ馬娘だなぁ。責任を怖じない勇気とかテキトー言ったけど、やっぱりあるべき願いには逆らえない……か。本人はまだ意識してないけど、真の意味での変われる勇気にきっと彼女は悩まされるだろう。それにしてもまいったね。まだしばらく隠居できないみたいだね……」
賢人は何事もなかったかのように昼寝に戻った。




