甦りの龍のヒゲ
アシェリィとシャルノワーレは何もない暗闇に沈んでいた。
人間の少女は肩を落とした。
「そっかぁ……。私たちは2回死んじゃってたから生き返れなかったんだね……」
エルフの少女もうなだれた。
「そうですわね。せめて新しい世界がどうなったのか、見てみたかったですわ……」
アシェリィは幼少の頃に病気で、ノワレは2度のドラゴン変態でそれぞれ1回死んでいた。
そのうえ、グリモアの電撃で2回目の死を迎えた。
確かに、主人公達は復活したが彼女らにはその権利は無かったらしい。
「でも、こうやってアシェリィと一緒に堕ちていくのならまんざらでもなくってよ」
「ノワレちゃん……」
2人は手を繋ぎあって、深淵に沈んでいく覚悟をした。
目をギュッとつむって緊張した彼女らだったが、いきなり辺りが明るくなった。
まるで深海から掬い上げられたようだ。
そこには海龍が佇んでいた。
優しげな声で語りかけてくる。
「アシェリィ、シャルノワーレ。よくやりましたね。お礼を言わせてください。貴女たちは復活したものの、既に2回死んでしまっているため生命を取り戻したのは一時的なものでした。ですが、奇跡的に肉体も魂もまだ生きています。まだ諦めることはありません。今の2人が再び体へと戻れれば完全なる蘇生が可能なのです」
日の当たる海底で死んだはずの2人は目を会わせた。
「なに、簡単なことです。私の左右に生えた2本のヒゲをかじりなさい。そうすれば不老不死……いえ、貴女たちの場合は甦るチャンスができるかもしれません」
アシェリィは慌てた様子で声をあげた。
「でっ、でもッ!!! 海龍様のヒゲは命の源だって!!! そんな事をしたら海龍様が死んじゃうじゃないですか!!!!」
大海のドラゴンはあぶくを出している。笑っているようだった。
「安心なさい。私は長い休眠状態になってしまいますが、滅びてしまうことはありません。これは他の属性のトップの協力あってのものです。今回の大戦は私たちの責任でもあります。我々、幻魔の怠慢です。その尻拭いをしてくれた貴女方を見殺しにするわけにはいきません。まぁ、復活は無理難題ではありますが……」
人間とエルフの少女達は素直に喜べなかった。
それに、理をねじ曲げる行為が幻魔界に及ぼす影響は計り知れないからだ。
弱い幻魔は滅びてしまうし、コミュニティも崩壊するだろう。
だが、海龍は告げた。
「大丈夫。新しい世界では幻魔も日常生活に溶け込んでいます。小さな者たちもちゃっかり出稼ぎに出ていますから。さあ、余計な心配をせずに、私のヒゲをかじるのです!!」
アシェリィとシャルノワーレは向かい合って頷くと前に出た。
そして同時に海龍のヒゲをかじった。
言葉にはできないが、非常にそれは美味だった。
すると辺りがグルグルと回りだした。
「我が子らよ。健闘を祈ります……」
現世に戻ってきた2人は辺りを見回した。
そばを泳ぐ魚の種類からアシェリィは場所を特定した。
「ここ、ポカプエル湖の中だよ!!! 魚は幻魔じゃない!! 本物だよ!!!!」
シャルノワーレは驚いて水面に釘付けになった。
自分達の肉体が湖面に浮いていたのである。
顔は確認できないが、服装は全く同じである。
それをオルバが覗いていた。
「師匠!!! 師匠!!!! 聞こえないんですか!?」
全くリアクションはなかった。聞こえていないようだ。
一方のオルバは注意深く観察した。
「これはアシェリィとノワレくんの死体……いや、生きてるな。魂を待っているかのようにみえる。空からか、いや、湖の中か。2人とも、聞こえるかい? ここが踏ん張りどころだよ。死ぬ気で体にしがみつくんだ!!!」
アシェリィとシャルノワーレは互いを見ると全力で湖面めがけてもがき始めた。
創世の魔術書に殺された時と似たような感触だった。
だが、あのときより明らかに反発が強い気がした。
しかも、気づくと急激に霊体が薄くなってきている。
残された時間はわずかだった。
「ぐぬぬぬぬッッ!!! 全然距離が縮まらないよ!!! 海龍様が言っていたようにこれはめちゃくちゃ無茶な事なんだよ!!!!」
苦虫を噛み潰したような顔をするアシェリィをノワレは突っついた。
「無理でもヘチマでもやるしかありませんわ!!! なんとしても、2人揃って生き返るんですわ!!!!」
その強い意志にアシェリィは元のじゃじゃ馬っぷりを取り戻した。
「私らしく無かったね。そうだよ。チャンスがあるなら何としても掴みとるまで!!! 行くよーーーーーッッッ!!!!」
しかし、もがけばもがくほど魂が泡となって消えていく。
彼女らの意識も薄れてきて、もはや会話をする余裕さえ無くなっていった。
(もう……ダメなのかな……)
(あぁ………アシェリィ………ごめんなさい………)
その時、アシェリィの目に釣り竿がとまった。
糸が垂れてルアーが水中をふわふわしていた。
日に反射してそれはキラキラと光る。
釣りガールは無意識のうちに腰のロッドを取り出して、水中でルアーを投げた。
「絡まルアーッッッ!!!!」
師匠である人魚のウィナシュからもらったものだ。
湖のそばでオルバは魂の反応を探していた。
「どこだろう? まだ生きているはずだ。諦めるにはまだ早すぎる。なにか出来ることはあるはずだ」
創雲の賢人は心を落ち着けた。
それとほぼ同時に地面に立てかけてあった釣りざおが何者かによって引かれた。
あまりのパワーに竿は湖に吸い込まれそうになる。
すかさずオルバはロッドを拾い上げた。
「なんだってこんな時に限って大物がかかるんだ。お前の相手をしている暇は……」
竿を握った直後、オルバは感づいた。
「これは……人の重さだ。しかも2人分の。そうか。アシェリィとノワレくんがかかったんだな? フィジカルでの駆け引きじゃない。彼女達を釣り上げるにはメンタルを研ぎ澄ますしかない。いいか、心を落ち着けろオルバ。焦ったら弟子たちは帰ってこないぞ」
彼は釣り竿を握りつつ瞑想を始めた。
鳥のさえずりや風の音が聞こえなくなっていく。
するとじわじわと湖底で揺らぐ魂を捉えることが出来た。
そして細いラインを伝ってこちらの合図を送った。
(アシェリィ、アシェリィ。いいかい、リールを高速で巻き上げるんだ。私がタイミングを合わせて引き上げる。うまくいけばなんとかなるはずさ。さぁ、もうちょっとだけ頑張って!!)
創雲はほんのわずかな反応を逃さないように全身全霊をかけた。
身体中からぶわっと脂汗が出てくる。
しかし、もはやアシェリィにはリールを巻き取る力が残っていなかった。
"もうダメだ"
そう思った時だった。今度はノワレが根性を出して見せた。
アシェリィの手とリールを握りしめて、限界ギリギリまでマナを注ぎ込んだのだ。
その魔力を受けとると釣りざおの少女はカッと目を見開いた。
「いまだッ!!! 猛回転リール巻き取りッッッ!!!!」
陸上のオルバはそのかすかな反応をキャッチした。
「そらッ!!!」
凄まじいスピードで湖面に向かった魂は浮いている肉体と衝突した。
アシェリィとシャルノワーレがまず感じたのは溺れている感覚だった。
「ぬわっぷ!!!! おわっぷ!!!」
「あぼぼぼ!!! ぼふっ!!! ぼぼっ!!!」
雲の賢人は彼女らが生身の身体に戻ったのを確認すると、ふらふらと自宅のほうへと消えていった。
「あっ!!! ゴポポ……せんせい!!! 引き、引き上げてください…ガポガポ……よォ!!!」
湖に背を向けてオルバはつぶやいた。
「うん……? 私が海龍に繋いでファイルくんや、彼女らの復活を助けたのは夢じゃなかったのか? でも、アシェリィくん達の2回目の蘇生を手伝ったのは現実だった気もするし。そもそも私は彼女達の存在を覚えていた。これは……創世に近づきすぎたからだろうか? ひょっとして私にも記憶が残っているのかな?)
彼はしばらく立ち止まって考えていたがすぐに答えを出した。
「ま、これが夢だとしたら寝たら覚めるでしょ。もうどれが夢なんだか現実なんだかわからないし。まさに夢現だなぁ。いや、これはきっとタチの悪い夢だな。ここ最近は本当にハードだった。なんで夢の中でもしんどい思いをしなきゃならんの。さて、昼寝しよう」
賢人はとぼとぼと森の奥へ消えた。
その頃、なんとかアシェリィとシャルノワーレは岸にたどり着いていた。
「げほ!!! げほげほ!!!! 師匠~~!!! ポカプエル湖は塩湖なんだからさぁ。引き上げてくれなきゃ……うえっ、しおっから!!!」
人間の少女がむせているとエルフの少女が抱きついた。
「アシェリィ……私たち、本当に蘇ったのですのね?」
アシェリィは彼女を抱き返した。
互いの体温や鼓動を感じとることができた。
「うん。そうみたい。奇跡的だったみたいだけど、生き返ったもん勝ちだよね!!!」
2人は涙で顔をグシャグシャにしながら満面の笑みを浮かべた。
その後、一息つくと彼女らは湖の湖畔に寝そべった。
あれこれと疑問が沸き上がってきた。
「ねぇ、アシェリィ。本当に新しい世界は創られたのかしら? 何も変わっていないように思えるのだけれど……。本当に融和と知恵、勇気と隣人愛のある世界に変わったのかしら?」
そう問いかけられた少女は辺りを見回した。
「う~ん、ここはとにかく人気が少ないから、何が変わったのかはわかんないね。パッと見、変化はないみたいだけど……」
とんがり耳の少女はオルバが消えた方向を指差した。
「アシェリィの師匠、記憶改変の影響を受けてないように思えたのですが……」
その弟子は腕を組んだ。
「確かに。一連の出来事に深く関わってたからね。昼寝を邪魔するのは気がひけるけど、詳しいことを聞くのは師匠が適任だと思うよ。記憶が無くなってたらそれはすっごくイヤだけど、今は話してみるしかないね」
こうして2人は創雲の賢人の家へと向かった。




