初代大統領就任
「う、う~ん……」
少女は虚ろな目で天井を見た。
いかにもセレブな天蓋が目にはいる。
意識がハッキリしてきたレイシェルハウトはベッドから跳ね起きた。
「ッッッ!! ここは!? 夢なの!? それとも現実!?」
サユキとパルフィーがこちらを振り向いた。
「貴女たち!! 生きていたのね!!! 確かに覚えてる。私の命を救ってくれた!! ううん。それより、貴女たちが生きていてくれていたことがなにより嬉しいわ!!!」
だが、2人はいぶかしげな表情でこちらを見た。
「お嬢様、一体、何の事をしゃべっておいでなのですか?」
サユキの冷たい視線が刺さる。
「今日は何を狩るんだ? オオリクセイウチか? ノッテン・サウラか? 今日もしこたま食うぞ~!!!」
パルフィーは無邪気に笑った。
レイシェルハウトは最悪の事態に絶望した。
「え……あ……あなたたち……。ま、まさか………」
サユキもパルフィーも記憶が一昔前に戻ってしまったようだった。
「ねぇ、あ、あの………」
和服の乳母はその後の言葉をピシャリと遮った。
「野狩りの後は帝王学の講義、着付けの実践、戦闘魔術訓練……それから……」
楽園の創世は夢だったのだろう。そうレイシェルハウトは思った。
まるで暗闇のそこに引きずり込まれたようで彼女はすすり泣いた。
「あーあー。サユキが泣~かした~。今に始まったことじゃないけど、ドギツイんだよなぁ」
口に手をやってサユキは微笑んだ。
「あら。パルフィーもなかなか演技派でしたよ? てっきりボロを出すかと思ったのですが……」
するとサユキとパルフィーは親しげに肩を組んだ。
あまりの体格差でサユキが担ぎ上げられる形になってしまったが。
「じゃ~~ん!! ドッキリ大成功~!!!!」
「だ、だいせいこ~。……なんちゃって……」
お供の2人は記憶がないフリをしてレイシェルハウトをからかっていたのだ。
「うわ~ん!!! サユキ、パルフィーのバカバカァ!!! 人が悪いにもほどがあるわ!!!!」
彼女は年相応の感情を丸出しにお供をポカポカと叩いた。
だが、今まで通りの三人娘であることがわかると3人はがっしり抱き合った。
そしていつものペースに戻るとパルフィーは状況を確認した。
「どうも、あたしもサユキも記憶は失ってないらしいんだよ。お嬢を引っ張りあげたのも覚えてるし、ソーセーの事も覚えてるぞ」
サユキはベッドサイドに腰かけている。
「ええ。パルフィーの言うとおりです。おそらく、私たちはお嬢様の復活に強く関わったからかもしれませんね。それはそうと、お嬢様、貴女の願いはなんだったか、覚えておいでですか?」
次期当主は迷うこと無く答えた。
「ええ。自分で言ったことだもの。忘れるわけがないわ。私が望んだのは融和。すべてが友好的な世界よ」
サユキとパルフィーは顔を見合わせるとコクリと頷いた。
そして、真剣な顔をした乳母はレイシェルハウトに告げた。
「いいですか? 驚かないでくださいね。ここはダッザニアにある屋敷です。今は迎賓館として機能しています」
ウルラディール家の娘は思わず聞き返した。
「迎賓館……? 誰が誰を迎える施設なの? 勢力の空白地帯であるダッザニアにそんなものは無かったはずよ? それに、この街は戦場になって滅びたはず……」
サユキは首を左右に振った。
「それが……。元に戻ったみたいなんです。ただ、死者は戻らなかったようで、今は悪魔や不死者が寄り添って暮らしています。お嬢様の願いの結果とも言えます」
それを聞いたレイシェルハウトは吸い付くように窓の外を見た。
話の通り、ストリートは人間と同じくらい人外が多く行き来していた。
驚く彼女の肩にサユキが触れた。
「ここからが本番です。今、この迎賓館では東西の武家の棟梁が集まって、和平会談を始めます。うまく話が進めば両者の争いは終わるかもしれません。そのうちの1人、それがお嬢様なのです」
驚きを隠せずにレイシェルハウトは振り向いた。
「ど、どうしてこんな事に!? それは確かに私の願い通りではあるけれど、いきなりそんな事を言われても困ります!!!」
彼女は拳を握ってじたんだを踏んだ。
耳をピコンピコンさせて亜人の少女は主をなだめた。
「何もパニクってんのはお嬢だけじゃないんだぜ? あたしもサユキも相当ビビってる。だけどな、もうこうなりゃ腹をくくるしかねぇよ。大丈夫だって。自分が信じた道を貫けよ」
それを聞いてレイシェルハウトもサユキも目を点にした。
まさか能天気に見える彼女からそんな言葉がでてくるとは思っても見なかったからだ。
「あーッ!!! 2人してそんな顔してー!!! あたしが真面目なこと言っちゃいけないのかよー!!!」
彼女は恥ずかしげにそっぽを向いた。
創世を巡る一連の出来事でパルフィーも大きく成長していた。
「ほら!! 目が覚めただろ? ボーッとしてないで、会議室にいこうぜ。くれぐれもキンチョーしたり、ビクビクするなよ? ナメられたら困る。なんせあたしたち自慢のご当主様なんだからな!!」
今まで未熟で気が使えなかったサユキはすぐにフォローに入った。
「パルフィー!! ……お嬢様、もう家に拘られる事はないのですよ? 嫌ならここで抜けてもいいのです。情けないことに私は今までお嬢様の気持ちをお察しすることができませんでした……」
それを聞いた令嬢は不思議と不快感を抱かなかった。
「どうしてかしらね。以前は家に縛られる事を死ぬまでの使命だと思っていたわ。でも今は自然体。自分の意思でやれるべき事をやるべきだと思えます」
レイシェルハウトもまた、立派に成長していた。
「ウルラディール家の当主というのは所詮、飾りでしかないの。でも、当主としての責任はしっかりと果たすつもりよ。どうしたら家を養っていけるか、もっと広い視野で見るとしたらどうすべきか。融和をどう実現していけるか……」
難しい問題だったが、ありのままで取り組んでいこうと思えた。
家の呪縛から解放してくれたクラリアも今なら笑っていてくれる。
そんな気がした。
難しい顔をしているレイシェルハウト。
その左右からパルフィーとサユキが彼女と腕を組んだ。
身長差でデコボコな列になってしまったが。
サユキはレイシェルハウトの意志を聞いて思わず涙を流していた。
ハンカチーフで頬を何度も拭う。
「もー。しけっぽいぞ。もう泣くんじゃない!!」
パルフィーがしっかり場をまとめた。
「ありがとう2人とも!! いきましょう!! 和平会談の場へ!!!!」
会議場に入ると今まで人間だけだったはずの武家の当主に人外が混じっていた。
悪魔や不死者、幻魔やその他の存在。
違和感はあったが、レイシェルハウトは変われる勇気に導かれた。
和平交渉はトントン拍子で進んだ。
これだけ好感触で進んでいるのだ。
そこで、融和のためにレイシェルハウトは重大な決断をした。
反発する武家もあったが、過半数が彼女に賛同した。
その代わりに発起人として全ての責任を負うこと。それが条件だった。
信じられないくらい話がうまくまとまった。
きっとこれも融和の願いのおかげなのだろう。
話し合いが終わるとリーダーたちは迎賓館のテラスに立った。
客人の御披露目用にスピーチには最適の場所だった。
様々な種族の住民が注目した。
戦禍で崩壊したはずのダッザニアは前の形を取り戻していた。
レイシェルハウトは深呼吸すると大きな声で呼び掛けた。
「私がウルラディール家の正当後継者、レイシェルハウト・ディン・ウルラディールです!! その証がこれです!!!!」
彼女は魔剣をヴァッセの宝剣として扱った。
抜刀すると神々(こうごう)しく剣は輝いた。
正当後継者の証に聴衆は感嘆の声をあげた。
「この度の和平会談は成功に終わりました。見てください。この武家の主達を!! みんな、和平を望んでいます。もう東部と西部が争う時代は終わりました!!」
しばらくその場は静まり返ったが、すぐに大歓声があがった。
だが、レイシェルハウトは続けた。
「まだ、お知らせは終わっていません。ここからが重要です」
場はまた静まり返った。
「これより、武家単位で運営されていた統治体制を一元化します。つまり、今日からこの国は王政の無い共和国となります!!! 統治者は選挙で決めること。なお、この発起人は私です。そのため、全ての責任を負った上で初代ノットラント大統領をつとめさせていただくことになりました!!! 東部と西部の皆さん、どうかこの若輩者に力を貸してください!!!」
動揺が広がったが、レイシェルハウトは宝剣をかかげた。
「私も覚悟を示します。平和になったこの国には武器なんていらないんです!!!」
そう言うと彼女は魔力を込めて思いの全てがこもった剣を粉砕させた。
誰しもヴァッセの宝剣の重要性は知っている。
ましてや武家の当主が直々にそれをへし折るとなると自害するにも等しい行為だ。
しかし、レイシェルハウトはスッキリしたように微笑んでいた。
あらゆる種族はその姿を見て地響きするような歓声を上げた。
「ヴァッセ!! ノットラントヴァッセ!! ヴァッセ!! レイシェルハウトヴァッセ!!!」
彼ら彼女らはウルラディール家を称える掛け声をあげた。
同時に共和国の誕生を心から祝うのだった。




