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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter:9 虹の向こうに何が見えるの?
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それいけ!! ぷりんしぱる!!

ファイセルは大きなデスクに肘を立ててまどろんでいたが、眠りから覚めた。


「zzz……zzz……ふがッ!?」


あくびをしながら伸びをする。


「なんだか不思議な夢だったなぁ……。ハッ!!」


彼はいつのまにか白く、美しい装飾が施された制服に着替えていた。


慌ててペタペタと感触を確かめる。


「ホッ……いや、待てよ……」


彼はガバッと制服の胸元を開いた。


そこにはあるはずの肉体がない。それどころか、全身が空っぽである。


衣服によって身体が構築(こうちく)されていた。


「あれは……夢じゃなかったんだ!! ということはここは楽園なのかな……」


窓辺に駆け寄った青年は驚いた。


そこには平和だった頃の学院の風景が広がっていたからだ。


思わず彼は涙をこぼした。


その時、背後で何かが転げ落ちる音がした。


すぐにファイセルが振り向くとそこには尻餅(しりもち)をついたリーリンカが居た。


「いちちち……まったく、なんだこの小部屋は……コインと切手ばかりじゃないか!!」


そして2人の視線があった。


この時、夫は危機感を抱いた。


楽土創世(らくどそうせい)のグリモアは記憶を都合の良いように改変する。


歴史上、文学書、果てはポエムや落書きさえも。


もちろん、噂話や言い伝えにも干渉する。


もしかしたら妻であるリーリンカの記憶も改変されて、今までの"彼女ではない何か"に変化してしまっているのではないか。


青年の心は爆発しそうに高鳴った。


「ファイ……セル? ファイセルなのか!! 本物なんだな!?」


向こうも同じ考えだったらしい。


飛び込んでくるリーリンカをファイセルは抱き止めた。


「ああ、本物だ。間違いなく……本物だ……」


滝のようにリーリンカは涙を流した。


「リーリンカ、でも僕は身体が……」


彼女はもう逃すまいと体をくっつけた。


「ああ、わかってるよ。お前、もう体がないんだろ? 大丈夫。私は確かに覚えている。私もお前もこうやって再会できた。それだけで……いいんだ」


しばらく2人は抱き合っていた。


やがて互いに落ち着くと疑問が沸いてきた。


「ザティスや、アイネは!? それにラーシェも!!」


彼らは教授棟から自分達のクラスに行こうと校庭に出た。


思わず2人はギョッとした。


不死者(アンデッド)や悪魔、果てはよくわからない存在までもが学内を行き来していたのだ。


「こ……これは……。あの願いなら確かにこうなってもおかしくはないけれど、ここまでダイレクトに反映されるなんて……」


ゾンビの男子生徒が声をかけてきた。


完全に腐っていたが、何らかの方法で臭い消しをしているようだ。


「こうちょぼ先生、こんにちば」


ファイセルとリーリンカは耳を疑った。


「こうちょぼ先生? 今、"こうちょぼ"って!?」


腐敗した生徒はひらひらと手を振った。片腕がボトリと落ちる。


「ハハッハ。どうしだんですか。ヘンなせんぜい」


落ちた腕を拾ってくっつけると彼は次の講義へ向かった。


次は飛んでいる小柄な悪魔の少女が声をかけてきた。


「やっほ~~!! 校長先生こんちゃーーーッス!!」


となりの炎の精霊が続けて挨拶(あいさつ)してきた。


「こら~。校長先生に失礼でしょう。ちゃんとした挨拶(あいさつ)しなよ。あ、校長先生、こんにちは!」


ファイセルは恐る恐る聞き返した。


「あの、えっと……校長先生って僕のこと?」


悪魔と精霊はそれを笑い飛ばした。


「ウケる~~~。センセー寝ぼけてんの? もうお昼近いぢゃん」


「ウフフ。なにとぼけてるんですか? ファイセル学院長さん。不脱(ふだつ)の二つ名が泣きますよ」


彼女らの話からするとどうやらファイセルはいつのまにかリジャントブイルの校長になってしまったらしい。


しかもご丁寧に「不脱(ふだつ)」という二つ名までついてしまったようだ。


確かに的を()ているといえばそうなのだが。


「ばっはは~い」


「失礼しますね」


こうして異種族コンビは去っていった。


「アルクランツ校長先生の願いを継いだからこうなったのかな……」


夫妻(ふさい)面食(めんく)らった。


だがアシェリィの変わることを恐れない勇気という願いもあってか、違和感無く溶け込んでいった。


それとは別にファイセルとリーリンカは嫌な胸騒(むなさわ)ぎがしていた。


今まで、知っている教授や生徒に出くわさなかったのである。


楽園を(つく)っても死者は戻ってくることはない。


となれば、ザティスやアイネの存在は消えてしまったことになる。


一抹(いちまつ)の希望かけて2人は校内を巡り始めた。


明らかに目につくのは初等科(エレメンタリィ)中等科(ミドル)の多さである。


彼ら彼女らは戦いに(おもむ)かず、避難したものも多い。


逆に研究科(エルダー)の教室は極端に人が少ない。


おそらく、死んだ生徒やリジャスターは消滅はしてしまったのだろう。


その穴を埋めるように人外(じんがい)が生徒として加わっていた。


ファイセルたちは自分のチームの属するクラスのドアを開けた。


「ザティス!! アイネ!!」


生徒たちは突然、教室のドアを開けた校長に釘付(くぎづ)けになった。


「おいおい校長。まだ授業中だぜ。それにザティスやアイネなんて生徒はいねぇよ。人違いじゃねぇのか?」


教壇に立っていたのはバレン教授だった。


どうやらあの激戦を生き抜いたらしい。


「ああ!! バレン先生!! ご存命(ぞんめい)だったんですね!!! 他の先生は……。フラリアーノ先生はどうなったんですか!?」


バレンは怪訝(けげん)な顔をした。


「ン~~~? ご存命(ぞんめい)って……まるで俺が生死をかけた状況下におかれたみてぇじゃんかよ。そりゃミッションはいくつかあったが、そこまで危険度が高いものは無かっただろ? それと……フラリアーノ? 誰だい、そいつは?」


サプレ夫妻に衝撃が走った。


バレンは学院生活の時点の時間軸(じかんじく)に戻っていた。


だが、死んだ者の存在自体は無かったことに改変されているのだ。


自分達は巻き戻ってはおらず、おそらく創世(そうせい)に触れたものだけが記憶を引き継いでいるようだった。


まさにアルクランツやザフィアルがこんな感じだったのだろう。


あまりのショックで呆然(ぼうぜん)としていると生徒たちがドッと笑った。


人間も、悪魔も、不死者も、幻魔、その他も同じ感情を抱いた。


「ファイセル校長~~~。また何かの夢でも見てたんじゃないの? 最近、(うわ)(そら)だって噂だぜ?」


だんだんと現実味がわいてきた。


「あ……ああ。ゴメン。今日も寝ぼけててね。バレン先生、失礼しました」


ペコリとお辞儀(じぎ)するとファイセルとリーリンカは教室をあとにした。


認めたくはないが、こんなリアクションが帰ってくるということは、ザティスもアイネも消滅してしまったのであろう。


これはアルクランツ元校長もハッキリ言及(げんきゅう)していたことだ。


だが、そう簡単に割りきれるものでもなかった。


廊下を歩いているとファネリ教授が駆け寄ってきた。


「ハァ……ハァ……ファイセル校長先生。どこへ行っておられたのですじゃ? まもなく新任教授の面接試験ですじゃ。我が校も生徒数が増えてより多くの教授陣が必要になりました。そもそも、この学院は教授の数が少なすぎます!!」


反射的にファイセルは口に出した。


「ファネリ教授!! 生きて―――」


思わず彼は口を(ふさ)いだ。


バレンと同じ反応が返ってくるのは火を見るより明らかだったからだ。


またもや青年たちは残酷(ざんこく)な現実を突きつけられた。


教授の数が少なすぎるということはその大抵(たいてい)が死んでしまったことを意味する。


ファイセルとリーリンカはぐったりして校長室へと戻った。


「リリィ、どう思う?」


豪華そうなチェアに体重を預けると校長は妻に尋ねた。


「どうって……疲れた。本当に楽土(らくど)(つく)られてしまったんだな。変わるところは変わってしまったし、失った者は帰ってこない。だが、リジャントブイルの人々は希望や生命力に満ちている。これでいいかなと私は思えるよ」


夫のほうもそれに同意して(うなづ)いた。


「ああ、そうだね。僕もそう思うよ」


その直後、ドアがノックされた。


「あっ!! 新任教授の面接があるんだったね。リーリンカがいるとめんどくさいことになりそうだから、屋根裏に隠れていてくれないかい?」


カタカタと出てくる隠し階段にリーリンカは押し込まれた。


「しょうがない。切手とコインでも(なが)めているか。じゃあな」


彼女はアルクランツの残した小部屋に入った。


再びノック音がする。


「あ、はーい。どうぞー」


カチコチに固まった女性が入ってきた。手と足が同時に出る。


「リラックスしていいですよ」


(どーしよ。面接なんてどうやるんだ? まぁどうせ人手不足だし、あまりにも問題がなければ……)


ファイセルがそんなことを思っていると席に座った受験生は名乗った。


「は、はい。ノッティ・ラナゲージです!!」


転婆(てんば)っぽいそばかすが印象的な女性だ。


校長は履歴書に目を通した。


「お、CMC(クリエイト・マジカル・クリーチャー)専攻かぁ。僕と同じだね。で、ラナゲージさんは何が得意なのかな?」


おどおどしながらも彼女は答えた。


「あ、え、はい。木材に特化しています。森からゴーレムを作ったりできます」


ファイセルは(あご)に指をやった。


「ほぉ………。それは面白いね。よし合格ッ!!!」


ラナゲージは目をぱちくりさせて唖然(あぜん)とした。


「採用だよ。今度、ゴーレム生成やってみせてよ。楽しみだなぁ!! ゴ、ゴホン。あと何か質問はありますか?」


体裁(ていさい)を整えようと最後にそれっぽい質問を設けておいた。


「そ、その……あの……ファイセル校長先生の……」


なぜだか採用されたばかりの女教授は口ごもった。


「ん? 遠慮無く、なんでも聞いてよ」


すると女性は話の核心に触れた。


「あの、その………ファイセル校長先生の不脱(ふだつ)っていう二つ名は……本当なんですか? なんでも服を脱ぐことが無いとか、脱ぐことができないとか……」


不脱(ふだつ)のファイセルは頭を()いた。


「いや、別にいいんだけどさ、なんかこう胸元を開くのって露出狂(ろしゅつきょう)っぽくない?」


そう言いながら中身の無い手袋の指を使って胸元を開いて見せた。


そこにあるはずの胴体はなかった。背中がわの制服の生地(きじ)がみえる。


「こっ……これは………ホントに!? うっ!!」


そして校長は胸元を閉じた。


「うーん。服を脱ぐことが無いってそりゃただの不潔な人だし、脱ぐことができないってのも語弊(ごへい)があるね。服さえ無事なら再構築できるし。不脱(ふだつ)っていう二つ名はわかりにくいなぁ……」


気づくと新米教授は泡をふいて気絶していた。


「えぇ…そんなに驚くとこ?」


リーリンカにラナゲージを任せるとファイセルは面接を続けるのだった。


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