奇跡は自ら掴むんだ
"主人公達"が死んでしまった頃、ポカプエル湖のほとりでオルバは寝そべりながら呑気に釣りをしていた。
ファイセルとアシェリィの師匠で一応、賢人である。
雲を創って環境保全をしていることから創雲のオルバとして慕われている。
彼は世界の危機を知る由もなく、極めてマイペースだった。
そんな時、湖面がボゥっと光った。
「これは……フラリアーノか? 懐かしいなぁ。あいつ元気でやってるかな……。いや、これは最後の力を振り絞ったメッセージだ。安らかに眠れよ……」
サモナーズ・ブックを取り出すと空白のブランクページに文字が浮き上がった。
"5人が楽土創世のグリモアに追い詰められ、絶望的な状態です。ほとんどが死んでしまいました。ですが、アシェリィさんは海龍にコネクトがある。うまく繋げれば活路が見いだせるかもしれない。私にはこれが限界です。あとはお願いします。親愛なるクレケンティノスへ……"
直後、湖にファイセル達の様子が映った。
酷い状況だったが、オルバは落ち着き払ってた。
こういうときにギャーギャー騒いでも仕方ないのを理解しているからだ。
「あちゃー。こりゃまたこっぴどくやられたねー。常識的なアプローチでは回復できないな……。フラリアーノめ……無理難題を言ってくれるなぁ」
オルバは顎に手をやり、トントンと片足を踏んだ。
「そうだな…。ポカプエルの血盟は海龍様と正式に契約を結んでいる。もしかしたら助けてくれるかもしれない。だが、私には湖の主が見えない。はて、どうしたものか……」
そんな中、下衆な笑い声が聞こえてきた。
「何を期待してた? 逆転劇か? 希望ある展開か? 残念でしたーーーーーッッッ!!!! それこそ"奇跡"でも起こらねぇ限りはこれでおしまいだ!!! じゃあな!!!! グゲゲゲゲゲ!!!!」
普段、あまり腹をたてない賢人だがこれを聞いて思わずムカついた。
「コイツ……あったま来た。奇跡は起きるもんじゃない。自分で掴みとるものだよ!! 人間の底力を舐めてもらっちゃあ困るよ。うん、困る!!」
彼はそういうと、木をくりぬいて出来た家に戻り、片っ端から自分で造った瓶詰めピクシーたちを持ち出した。
ビンの蓋を開けて彼女らを湖にどんどん流し込んでいく。
中には完成までに十数年かけた妖精もいた。
「ええい!!!ダメ元だ!!! 一度だけでいい!! ピクシーたち、力をあわせてポカプエルの主と会わせてくれ!!!!」
しばらくすると銀髪で白いローブを着た女神が浮き上がってきた。
それはオルバの恋人のフィリンだった。
もっとも、クラリアと同じ水解症 で十年以上前に死別しているが。
雲を創る賢人が引きこもるようになった原因でもある。
湖の女神は語りかけて来た。
「クレケンティノス……。久しぶりですね。ゆっくりお話ししたいのですが、もうあまり時間がないようです。私がアシェリィのブックと海龍様をダイレクトに繋げます。私はこの接続に全身全霊をかけます。消滅してしまう事になりますが……」
オルバは内心、嬉しいやら悲しいやらで泣きそうになった。
それでも彼は毅然と前を向いた。
「いいに決まってるさ。君をここに縛り付けたのは私の弱さでもあり、エゴでもある。いっそしがらみがなくなるのであれば私も救われる。これは別れじゃない。きっとまた、どこかで会える。いや、会おうじゃないか」
長い髪をかきあげてフィリンは苦笑いをうかべた。
「ふふっ。相変わらずですね。クレケンティノス……いえ、創雲のオルバ……。さようなら。そしてありがとう。また、どこかで会いましょう……」
するとポカプエル湖に起きるはずのない渦巻きが発生した。
すぐに海龍にヘルプが届いた。
海の底で巨大な蒼い龍が長い首を持ち上げた。
「私たちはマナを対価として力を貸しています。それだけ聞くと乱世のほうが回収量は多く思えますが、平和によって生まれる健やかなマナは量も質も高い。皆さんもご存知でしょう。私たちは今まで臭いものに蓋をしてきました。ですが、彼ら彼女ならやってくれるかもしれません。それに賭けてみましょう」
深海のドラゴンは全ての幻魔に呼び掛けた。
反対種族の炎でさえ、これには同意せざるを得なかった。
また、意識下の底に住まう彼らが呼び水となって、人や死者、悪魔でさえ思わず祈りを捧げた。
そしてそのマナは5人の持つマジックアイテムに宿り、急速に離れ行く魂を繋ぎ止めた。
リーリンカはファイセルの生首を抱き締め続けていた。
心はもう壊れる寸前だった。
だがその時、婚姻チョーカーが光り始めた。
漆黒だったはずなのに神々(こうごう)しく光る。
リーリンカのものだけでは無い。生首のチョーカーも反応していた。
「こっ……これは? いったい何が……」
思わず首もとに手をやっていると視界の中に動くものが映った。
すぐにリーリンカは顔を上げた。
ファイセルの着ていた制服が互いに接着し合って人の形を形成していったのだ。
服を着るように上着、ズボン、ベルトまで締めている。
それに、バッグから手袋を出して拳の代わりにはめた。
脱げた靴もしっかり拾って履いている。
その所作は間違いなくファイセル本人だった。
歩く制服はこちらにずんずん近寄ってきた。
敵意が無いとはわかりつつも、さすがに空っぽの衣服が向かってくると恐怖心を感じざるを得ない。
そしてその制服は腕をのばしてファイセルの生首をひしっと掴んだ。
突然の事にリーリンカは反応できなかった。
「よっとぉ!」
生首が制服の頭部にしっくりハマった。
だが首が前後逆で、リーリンカには後頭部しか見えなかった。
すぐに制服は首を回転させた。
そこには蘇生した青年の笑顔がみてとれた。
「いやー。失敗失敗。首が反対だったね。うわ~、参った参った。本当に体の中は空洞だよ。よくこんなんで生きてるもんだね」
ファイセルは刻まれた服を再生させた。
そして、物体に生命を持たせるCMCによって自分の体を再現したのである。
ファイセル自身が生みだしたものであるから生身と同じに動かせる。
人間の身体を失った分、再生が手軽に出来るようになったのは大きなメリットだった。
これを思い付くだけでも相当に明後日の発想なのに、実行に移すとなると最高にクレイジーだった。
それを実現する彼の技術、それに妻や他の者達の祈り。
それら全てが揃ってここにフルクロースド・ファイセルが生まれた。
リーリンカはなにも言えなかったが、黙って夫の胸に飛び込んだ。
そして、無言のまま何度も何度も彼の胸を叩いた。
中身がないはずなのに、鼓動が聞こえ、温もりがある。
(ま、あえて魔術的に再現してるだけなんだけどね……)
しばらくファイセルがリーリンカを抱いていると、彼女は崩れ落ちるように倒れこんでしまった。
それを空っぽの青年はしっかりと受け止めた。
「きっと気絶するほど泣いたんだね。おまけにこんなんになっちゃったらショックだろうし、気が抜けるのも無理はない。本当は介抱してあげたいんだけど……僕にはやらなきゃいけない事があるからね。リリィ、少し待っててね!! 必ず戻るよ!!」
彼女を優しく寝かせると、ファイセルは凛々(りり)しい顔つきで立ち上がった。
一方、レイシェルハウトの魂は天に上りつつあった。
(あっ……私が……あれは、私の死体? 確か心臓を貫かれて……。そうか、私は死んだのね。霊体になるってのはこういうものなんだわ。もしかして不死者になってしまうかもしれない。まあ、無念ではあるけれど死んでしまったのだから騒いでも仕方ないわね)
彼女は観念して、あるがままに身体を委ねた。
そんな中、暖かい光がレイシェルハウトを包んだ。
(あれは……クラリアのペンダントが光ってる……!?)
気づくと何者かが上から肩を押さえつけてきた。
思わず振り向くとそこにはクラリアがいた。
必死にレイシェルハウトを押し込んで体に戻そうとしている。
「レイシーちゃん!! あきらめちゃダメだよ!!!! ううっ!!」
また少し、レイシェルハウトは上昇した。
「うっくっ!! ほら!!! レイシーちゃんも戻れるように力を入れて!!!!」
霊体に力むもなにもないのではと死んだ少女は思った。
「ねえ……あなた、本当にクラリアなの? またそうやって騙す気じゃないの? たとえ本物だったとして、私は安易な誘惑にひっかかってしまったのよ? あなたの親友である資格なんて……」
そうぼやくと霊体のクラリアはポカポカとレイシェルハウトを叩いた。
「ばかばかぁ!!!親友である事に資格なんているの!? レイシーちゃんが誘惑に乗って、私の考えを誤解したくらいで、見放すわけがないじゃない!!!それに、私は楽園の向こうなんかから来たんじゃない!! ペンダントの中から確かにあなたを見守ってきたんだよ!!!」
幽体離脱した少女は放心してしまった。
またじわじわと天に上っていく。
少しずつクラリアはレイシェルハウトを押し返し始めた。
押されている方も我に帰った。
「ハッ!!! 私は……まだ死ねない!!! やり残した事があるんだ。アイツを破壊しなければならない。東西の軋轢を創ったのもアイツ!! もう好き勝手にはやらせないわ!!!!」
強い意志を持った彼女は思い切り力んだ。
しかし一度、死んでしまったものを蘇生させるのは世の理からして難しかった。
2人が全力を出しても、魂が付かず離れずを保つのが限界だった。
この程度でどうにかなるものではない。
時間が経つにつれてジワジワと肉体から離れていく。
2人の少女は全力で叫び、抜け行くソウルを押し込もうとした。
「うああああーーーーッッッ!!! 死ぬわけにはいかないんだ!! クラリアのためにも!!!!」
ひ弱なクラリアも声を張り上げた。
「お願い!! お願いだから、レイシーちゃんの体に戻って!!!! 戻ってよォ~~~!!!!」
だが、次第に彼女らの霊体は薄くなっていく。
明らかにパワーダウンしたのが感じられた。
「くっ!!! こんなところで!!!」
「ううう!!! 上に押しやられるよー!!!」
こうして2人は天に向けて旅立った。その先には何があるかわからない。
待つのは楽園か、それとも地獄だろうか?
あるいは何もない無の世界かもしれなかった。




