めでたしめでたしのフィナーレ
楽土創世のグリモアの正体は星に巣食う寄生者だった。
彼は楽園を叶えるのを装って全ての存在を大戦へと導き、その生き血から快感を得てきた。
生き血だけではない。その者が滅ぶまでに抱く混乱、焦燥、恨み、未練、痛み、苦痛、恐怖……全ての苦しみという蜜をすすっていた。
今までの大戦は全てこの外道の所業だったのだ。
喚びだされた7人は一斉にこれを破壊すべく、攻撃をかけようとした。
だが、立ち向かう者たちの体が動かなくなってしまった。
「おっとぉ。言ったろ? 大切なものを奪いながら殺すって。お前らにゃこれくらいのプレッシャーで十分だぜ。動けなくなってやんの。ギャハハハハ!!!!」
ジュリスは歯をくいしばってわずかに前進した。
「お。ジュリス君、エライエライ!!!」
一歩歩みを進めた彼はマジックアイテムにくってかかった。
「おい、てめえ。どうして俺の名前を知ってやがる。てめえにゃあ一度も名乗ってねーぞ!! 来やすく呼ぶんじゃねぇよ!!!!」
創世の魔術書はゲラゲラと笑った。
「お前、バカかぁ? 言ったろお前ら駒だって。プレイヤーがキャラクターを把握しないでどうすんだよ!! グギギギギッ!!!!」
癪にさわる態度にジュリスはまた一歩、相手に近づいた。
「あのな、悪いんだけど、お前と後ろのラーシェはファイセルたちのついでで巻き込んじまった。だから、2人とも退場だ。おっと、その前にプレゼントをやるぜ」
立ち向かっているメンバーはかなり距離があったので、それぞれで何が起こっているかわからなかった。
「確かさぁ、カブトムシザリガニだっけ? あのドブ臭いやつさ。よくあの呪いを解いたなぁ。お前、呪いを解くのが趣味だったりしない? シューーーーーッ!!!!!!」
グリモアがページをめくりながら叫ぶとジュリスに異変があった。
「こっ!! ここ……これ……ha……」
すぐに彼はペタンと座り込んでしまった。
「a……a…a………a…a………」
それを見た寄生者は笑った。
「ギャハハハ!!!! おもしれぇー!!! 完全に退しちまった!!! ガキ、いや、赤んぼよりもひでぇな。封印を解かないと元には戻れねぇが、ジュリス君はこういうの好きだろ? だから、一生解けないように複雑に組んでやったぜ。死ぬまでそのまま解呪してろや」
思わずラーシェが駆け寄った。
「先輩!! 先輩!!!」
「a……a…a………」
その場で彼は倒れこみ、完全に廃人になってしまった。
「あ、おめーら間違いで呼んだんだったな。もういいぞ。失せろよ」
魔術書が激しくめくれる。すると2人は地上に叩き落とされていった。
「きゃあああああッッッ!!!!!!」
ラーシェの悲鳴がこだました。ジュリスと一緒に落ちていく。
それを見ていたファイセルが楽園の創造者に詰め寄った。
「なんて事をするんだ!!! お前に僕らを弄ぶ権利は無いッ!!! やっぱり楽土創世のグリモアは木っ端微塵にしなきゃならないんだッ!!!!」
一方の相手はおどけてみせた。
「おいおい。ファイセル君、物騒なことを言うじゃねぇか。でも、お前、勘違いしてるよ。お前も苦しむ当事者ってことをな!!! サイコーの痛みと苦痛を味あわせてやるぜ!!!!」
するとファイセルの身体は宙たかく打ち上げられてしまった。
「おい、リーリンカ。これからお前の旦那を生きたままバラバラにしてやる。じっくり眺めてろよ?」
リーリンカは抵抗しようとしたが、プレッシャーで声さえ出せない。
まるで蛇に睨まれたカエルのようである。
彼女の全身はぐっしょり汗で濡れた。
「おらぁッ!!! まずは右脚からだ!!!!」
激しく頁がバラバラとめくれる。
次の瞬間、ファイセルの右脚が根本から切断された。
「ぐああああああァァァァ!!!!!!!!」
彼はあまりの痛みに絶叫した。
だが、リーリンカ以外にその声は聞こえていなかった。
「あ? 木っ端微塵がどうとか言ってたな。そっくりそのままお返しするぜッ!!!」
空中で青年の右脚は粉々に微塵切りにされてしまった。
「次は右腕だ。フラリアーノのヤツが無くしたほうだな。アイツもいいヤツだったんだけどなー。でも死ぬ予定だったしここには来れねぇわな」
思わずリーリンカは懇願した。
「もう、やめてくれ……。十分だろう。ファイセルを……離してやってくれないか……」
グリモアは下卑た笑いを浮かべた。
「"やってくれないか"? どうか、離して下さいませんか? だろ!? おら、土下座してやり直せ!!!!」
もはやプライドがどうこうという問題ではない。
リーリンカは戸惑わずに頭を地面にすり付けて土下座した。
「どうか、どうかファイセルを離してくださいませんでしょうか……」
すぐに返事が返って来た。
「そうだなー。そこまでいうなら解放してやってもいいかな」
ファイセルの妻はバッと顔をあげた。
「うっそぴょ~~~~んんん!!!!!!! ほい右腕、逝ったぁ!!!」
無慈悲に宙に拘束されたファイセルの右腕が飛ぶ。
「ぐぬああああああああァァッッ!!!!!!!」
投げ出された右腕も微塵切りにされてしまった。
「やめてくれ……。もう、やめてくれ……」
マジックアイテムはこの行為に全く抵抗がない。
それどころか、子供がアリを踏み殺すように楽しんでさえいるようだった。
「言ったろ? 大切なものを失いながら殺してやるって。ファイセルは精神崩壊する妻を見せてやるし、リーリンカには目の前でミンチにされる旦那を見せてやる。ただ殺す訳じゃなく、ちゃんと配慮してんだぜ? 俺って優しいだろォ!? 最後はリーリンカもオソロでバラバラにしてやるよ!!!グギャギャギャ!!!」
リーリンカはただ泣くしかなかった。
グリモアを殺しにいきたいのに体が動かないのだ。
一方のファイセルは力を振り絞り、残った左腕でブーメランを連続で投げた。
「リーリンカが何だって!? 僕がどうなろうとリリィには一切、手を出させないッッッ!!!!」
3つの放たれたブーメランが楽土創世のグリモアを襲う。
「よっとっと。お前のブーメランの変化球は面白い。だけどな、このくらい俺にゃあ見えるんだよな」
寄生者はひらり、ひらりとこれを回避しきった。
反撃とばかりにファイセルの左腕を斬り落とす。
やられたほうは歯を食いしばって苦痛の叫びをこらえた。
「……ナマイキだよお前!!!!」
ついにファイセルの肢体は全てバラバラになってしまった。
「じゃ、あとは胴体を輪切りにしてって……」
もはや青年は反応さえできなかった。
ダルマ落としのようにスパスパと胴を切られていく。そして首で止まった。
「は~い。ファイセル君の生首完成~。そしてリーリンカちゃんにお届け~」
飛んできた夫の生首は妻の胸元におさまった。
「あっ…あっ……。そんな……そんなことって……」
彼女はギュッとファイセルの生首を抱き締めた。
何度も確認したが、瞳を閉じた表情は変わらず、息もしていない。
首をはねられたのだ。当たり前の事だった。
そこにはかつて生きていたものの温もりしか残っていなかった。
首の漆黒のチョーカーのせいで、首もとが締まり、それほど血は出なかった。
その現実がひしひしと伝わってきてリーリンカに重く重くのしかかった。
こうしてファイセル・サプレは死んだ。
楽土創世のグリモアに圧倒され、そして殺されたのだ。
「はーいッ!!!! ファイセル君、ゲームオーバーァァァッッッ!!!!!! ギャハッ!! グゲグケ!!!!」
だがすぐにマジックアイテムは急にトーンダウンした。
感情の起伏が激しい。
「ウーム。しかし、一番目の主人公だったのに、こんなザコい殺しかたをしたのはいささか盛り上がりに欠けたかね。もうちょっと手を抜いて、ファイセル君に華を持たせるべきだったかな。いっそ負けイベントにしたほうがベターだったか? これじゃ俺が強すぎて弱い者いじめみてーじゃん。あー、これじゃラスボスっぽくねーし。なんかつまんねーなァ」
グリモアはリーリンカを見下ろした。
「アイツもアイツで無駄にメンタルつえーし。こんな目にあっても心が折れないとかどういうことだよ。スキあらば俺を破壊しようとしてやんの。まぁいっつも足手まといのリリィちゃんには絶対ムリだけどな。ギャハハハハハ!!!!!!」
さんざん笑ったあと、寄生者は次のことを考えた。
「ま、俺も忙しい身でね。ファイセル君はめでたしめでたしのフィナーレが決まったっつーことにして、残りのフェスを楽しみにいくかな。あとはレイシェルハウトお嬢ちゃんとバカップルの2組か。ファイセル君みたいにすぐ殺しちゃ面白くないと学習した俺はレベルアップしたのだったァ!!! ゲググググ!!!!」
魔術書は背表紙をあっちこっちへと向けて迷った。
「つってもなー。大切なものを失いながら殺すってのも楽じゃないからなァ。そうだな、レイシェルハウトお嬢ちゃんのほうが心当たりあるぜ。まぁ、バカップルのほうも面白い共通点あるからきっと楽しくなるぜ!!! そういうわけでまずわからせるのはメスガキ当主だな!!!」
グリモアは誰に言うでもなく独り言を垂れ流し続けた。
それはいかにして玩具を楽しく遊ぶかということに終始していた。
常人には理解できないものもあり、聞くに耐えなかった。
それを前にすればクレイントスやザフィアルでさえ霞むくらいだ。
「おい。なに言ってンだよ。クレイントスもザフィアルもロザレイリアに……あと誰だっけ? とにかくな、そいつらが争ったら面白れぇなと思って俺が引き寄せたんだ。その三下より俺が狂ってないわけがないだろォ!? それにな、聞くに耐えないってのはあんまりお上品には聞こえねぇぜ。お前はちょっと黙ってろよ。俺はお前にだって干渉できンだぜ?」
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