楽土創世のグリモア
気づくと眼下には雲が見える。
だが、床などはなく宙に浮いていた。
ここは天高くだろうか。さながら楽園のようでもある。
「……サマセ。………サマセ、モノタチヨ」
頭に響くように声が聞こえる。
「メヲサマセ。ラクエンヲホッスモノタチヨ……」
その言葉で招かれた者達は目を覚ました。
その目には神々しく輝くマジックアイテム……。
全ての者が望む"楽土創世のグリモア"が現れていた。
それを中心に3つのグループが三角形に喚ばれた。
1つ、レイシェルハウトだけがポツンといた。
2つ、ファイセル、リーリンカ、ラーシェとジュリスの4人。
そして3つはアシェリィとシャルノワーレの2人だった。
これは何かの偶然か、ほとんど顔見知りが揃った。
そしてそれぞれが異なった疑問を抱いた。
だが、誰も納得のいく答えは見いだせなかった
「ハッ!? ザフィアル……いえ、パルフィーはどうなったの!? それに、サユキだって!! 無事、無事なの?」
レイシェルハウトはお供の2人が居なかったので焦って辺りを見渡した。
「あれが……楽土創世のグリモア!!! 名前や、教本の通り本の形をしていたんだ!!!!」
ファイセルはその形状に着目した。
予想通り、辞典のような見た目をしていた。
「わからん。ここに呼び出された者の共通点がわからん。私たち以外にもたくさんの人がいた。なぜ私達なんだ!?」
リーリンカはこの人選に困惑した。どういった基準で呼び出されたのか不透明だったからだ。
「これがウワサに聞くアレか……。与太話かと思ってたが。いやはや実在したと来たもんだ」
ジュリスは懐疑的な存在であったマジックアイテムが現れたことに、驚きを隠せなかった。
「賢人会って言ってもさ……。これだけ大人数でどう決めるんだろ? 話し合い? そんな簡単に決まるもんなのかな……」
ラーシェはこの状況に混乱した。
「あれ……ここは? わたくしは……生きていますの?」
ノワレは手を開いたり閉じたりしていつのまにか回復した体に驚いていた。
そこにアシェリィが泣きながら抱きついた。
「わーん!!ノワレちゃんのバカー!!! 死んじゃうかと思ったんだからね!!!!」
その流れを正すようにマジックアイテムは淡々(たんたん)と喋った。
「ヨクゾキタ。ソウダツセンニショウリヲオサメタモノタチヨ。ラクエンソウセイノネガイ、イマカナエン。コンカイハ、カチヌイタジンルイノナカデノ、ケンジンカイトス。ソレゾレガコトナッタラクエンヲエガケ。サスレバヨリヨイラクエンガウマレルダロウ……」
そろった3グループは顔を見合わせたが、ちらほら答えが出てきた。
しっかりと願いが決まっていたファイセル達は胸を張って宣言した。
「僕らは……生けとし、生けるものが賢人になる……ウィザーズ・ヘイブンを望みます!!」
すぐに楽土創世のグリモアはペラリペラリと勝手にページをまくった。
「タシカニキキイレタ。ホカノモノハ?」
次に望みを言ったのはレイシェルハウトだった。
「今回の戦いは互いに歩み寄る姿勢が無かったから起こったようなもの。わたくしは全ての存在の融和を希望しますわ。融和主義の賢人達が戦争を起こすわけがないもの……」
最後はアシェリィとシャルノワーレだったが、アシェリィの様子がおかしい。
「そんな……ウソだよ………こんな………」
思わずエルフの恋人から体を離して彼女は後ずさりした。
その瞳の奥には確かに、"何か"が映っていた。
まだ残っていたフラリアーノの魂がアシェリィの体を活性化させていた。
それによって、本人の意識していなかった海龍のとの間でリンクが発生した。
彼女の目にはドラゴンの力が宿った。
すぐにアシェリィは戦いに望むような緊迫感に溢れた顔つきになった。
「みんな……そいつは楽園を作るなんていう有難いマジックアイテムなんかじゃないよ。悪意に満ちた存在。人が苦しむのを楽しんでいる外道だッ!!!!」
アシェリィは厚い本を指差した。
咄嗟のことで、周りは彼女が何を言わんとしているのかがわからなかった。
「ムスメ、ネガイヲイワンノカ。サスレバフタツノイライデラクエンヲツクルゾ」
ぶんぶんとアシェリィは首を横に振った。
「ウソだ!!! そんなに暗くて、血なまぐさい者が希望ある未来を叶えられるわけがない。何? あなたは誰? 目的は何!?」
アシェリィは召喚術師特有の魔術で他の人に見えないものが見えたりする。
そういう時はたいてい何かが起こる。
この類いの不思議な現象はその場の全員が体験していた。
彼女の発言は全く根拠がないわけではないと人間達は思った。
伝説絶対の存在であるマジックアイテム。
一方、信頼度の高いアシェリィの魔術。
その場の面々はどっちを選べばいいのかますますわからなくなった。
「ドウシタムスメ。ノゾムラクエンガホシクハナイノカ。サァ、ドンナラクエンヲノゾムノダ?」
召喚術師はそれを無視して強く念じた。
(フラリアーノ先生……フラリアーノ先生!! どうか私に力を!!!!)
そして少女は片腕を天高くかざした。
(それでいいのです。それで。アシェリィさん、幸せを、勝ちと………)
それ以降、彼の声が聞こえることはなかった。
フラリアーノの魂は消滅し、確実に絶命したのをアシェリィは確認した。
突き上げた片腕からは水色の波打ち際のような光があふれでた。
それが楽土創世のグリモア
を照らした。
なんの変化もない。そう思えた時だった。
「げひゃひゃひゃひゃ!!!!」
突然、マジックアイテムが下卑た笑い声をあげた。
あまりのギャップで誰がしゃべっているのかわからないくらいだ。
「お? お前、俺を暴けるのかよ?。あーあ。お前がそうやって余計な詮索をしなけりゃめでたしめでたしで終わったのによぉ。中途半端な腕で首を突っ込むから苦しむことになる。そういうクソ生意気なやつは何年ぶりだ? 3000年くらい前だったか? ちょっと想定外!! ギャハ!! グゲゲゲゲゲッ!!!!!!」
いきなり楽土創世のグリモアは態度を一転させた。
「ああ、そうだよ。まずは、俺を欲する者の夢や欲望からパワーを集める。ほんで、最終的にはこうやって俺が意図的に何度も大戦を起こす。その犠牲者の感情……特に憎しみ、苦しみや苦痛を喰らって快楽を得る!!全部、全部、俺がやったんだよ。そして、賢人会で楽園を与えるフリをしてまた次の戦乱の下地を造る。それの繰り返し。お前らは俺の玩具にすぎねぇんだよ!!!!」
衝撃の事実に一同は愕然としてしまった。
本当のこととはにわかに信じがたかったが、逆にウソだと証明することはできなかった。
むしろ合点さえできる。
下衆な辞典は畳み掛けるように喋った。
「なんでお前らを選んだか、教えてやるよ。そりゃあな、お前らが"主人公"だからだよ。この物語のな。ここにゃあ俺がスポットライトを当てたお気に入りだけを集めてきたんだ」
ファイセルは怪訝な顔つきをした。
「主人公……? スポットライト……?」
なんのことやらさっぱりわからなかった。
レイシェルハウトも疑問を抱きつつ、真っ先に言葉が出た。
「あなたはなんでも出来るし、私達に対してあらゆる決定権をもっているみたいね。あなたは……神や創造主なの?」
それを聞くとグリモアはそれを否定した。
「おっとぉ!! 誤解しちゃいけねえなぁ。俺はあくまでこの星に寄生してるだけだ。お前ら自体を作ったわけじゃねーよ。そりゃあどいつがやったかは知ったこっちゃねぇ。そいつがカミサマなんじゃねーの? ギャハッ!! ギャハハハハハ!!!!」
ますますわけのわからない話になってしまった。
この"星"とはどういう事なのだろうか?
喚ばれた人間たちにはわからなかった。
そういう文明レベルに達していないのだ。
マジックアイテムは捲し立てた。
「ま、順調に進んでいきゃあお前らだって今頃、宇宙に到達してるだろうさ。でもな、俺はこの星をねぐらにしてるからな。下手に飛び立たれると面白くないわけ。だからお前らの文明はいつまで経っても重力から抜けられない中世の剣と魔法の世界のまんま。そういうのはゲームの話だけにしろよな!! ギャハッ!!!!」
人間達はもう話についていけなかった。
一体、彼はなんの事について喋っているのかさえわからなくなってきていた。
「ンだよ。ここぶっ飛ぶくらい驚くとこだぜ? しょうがねぇなぁ。わかるか? 俺はゲームプレイヤーなんだよ。毎回、駒を決めて、遊んでンだ。ただ世界大戦を起こすだけじゃつまんねーだろ? だからよ、俺が世界改編してるのを知った時のお前らの顔はサイコーだったぜ!! まぁ、まさかそれが計画的かつ作為的だったとは思いもしなかっただろうがな!!! ギャハハハ!!!」
これに関しては全員が理解できた。
それが真実であるとしたらとんでもない外道である。
今まで命を懸けて来た、いや、全ての存在に対しての冒涜だった。
真っ先に年長のジュリスが動いた。
「おい。お前ら、こんなヤツに媚びる事はねぇ!! ゲス野郎め、ぶっ壊してやるぞ!!! このクソッタレな負のループを断ち切るんだ!!!!」
楽土創世のグリモア正体が知れた今、楽園に拘るものは1人もいなかった。
それどころか、全員がなんとしてもこれを破壊しなければならないという使命感を強く持った。
魔の辞典は大きく笑った。
「あーあ。バカなヤツら。ここで賢人会に乗っかれば、つかの間の楽園を生きられたものを。3000年前にも似たことがあったなァ。ニンゲンなんてちっぽけな連中が俺を滅ぼすんだとよ。結構結構。お前らには大切なものを失いながら死んでもらうぜ。ギャハハハハハ!!!!!!」
7人は一致団結して、星の寄生者に立ち向かった。




